第66話 リスティの暴走

 リスティが「ノヴァリスの女王」と呼ばれるようになってから、彼女の行動はエスカレートしていった。

 ハイファミリー同盟のボスになり、ルールは全て彼女の都合のいいように変えられた。合同討伐はリスティの「ブルーブラッド」と彼女のお気に入りのハイファミリーが独占した。ブルーブラッドは戦力的に弱く、彼らだけでは力不足なので、不敗の軍団やフロンティアウォリアーなどのランク上位のファミリーがブルーブラッドをフォローしていた。

 リスティは最初の頃だけは魔物狩りに参加していたが、段々魔物狩りに顔を出さなくなった。パーティの要であるヒーラーの彼女だが、リスティのヒーラーとしての腕は未熟のままだったので、彼女が来ないことが皮肉にも魔物狩りを安定させた。


 リスティは魔物狩りよりも、上級冒険者や上級職人との付き合いに熱心だった。彼女のブランド「リスティ」では洋服だけでなく、アクセサリーも取り扱うようになった。どれも野暮ったいデザインだが、リスティファンの女性達は競うように買い求めた。


 リスティの取り巻きはどんどん増え、彼女の周りにはいつも目尻を嫌らしく下げたドーリア達がいる。彼女の一挙手一投足を褒めたたえ、全て彼女の言いなりだった。




 一方で、そんなリスティのことを苦々しく思っている男がいた。

 ブルーブラッドのメンバーの一人で、ナナセ達を陥れたレオンハルトである。


 ブルーブラッドに入り、しばらくの間レオンハルトは上機嫌だった。彼を追放したファミリー「ライトブリンガー」よりも格上のハイファミリーに入れたことで、レオンハルトにとっては昔の仲間を見下すことができて気分が良かったのだ。

 レオンハルトに嫌がらせを受けたと言いがかりをつけてきた新人冒険者二人のことなど、彼の頭からすっかり抜け落ちていた。ナナセとルインはレオンハルトをブラックリストレベル1の対象にしているので、二人がレオンハルトと接触することはない。レオンハルトは以前のような傲慢さをすっかり取り戻していた。


 ファミリーハウスの中ではいつも偉そうに振舞い、他のメンバーに使い走りを頼んだりしていた。レオンハルトはリスティのお気に入りの一人だったので、他のメンバーも彼には逆らえなかった。


 絶好調のレオンハルトだったが、リスティが同盟のボスになり権力を手にしてから、リスティと彼の関係性が変わってきた。




「レオ、明日の魔物狩りだけど、ショーマと交代してね」

「えっ!?」


 翌日の魔物狩りに備えてカバンの中の薬を数えていたレオンハルトは、後ろから突然リスティに声をかけられ驚き、振り返った。

「ショーマがどうしても欲しい落とし物があるんですって。あなたは明日、私のデザイン室の模様替えをやっておいてくれる? 新しい作業台が届いたの。明日中にお願いね」

 可愛らしく微笑むリスティに、レオンハルトは焦り、彼女に食い下がる。

「待ってくれよリスティ。明日の魔物狩りはどうしても俺が行きたいって言ってたの忘れたのか? 俺も欲しい物があるんだけど」


 するとリスティの顔から笑みが消え、冷たい表情に変わった。

「あなただけ我儘を聞くわけにいかないの。分かるでしょ? ああそうだ、模様替えが終わったら壁掛けランプも新しいものに変えたいから、職人を呼んでデザインの候補をもらっておいてくれる? じゃあよろしくね」

「ちょ、ちょっと……」

 レオンハルトの話をろくに聞かず、リスティはさっさと行ってしまった。こんなことが頻繁に起きていた。レオンハルトはリスティを傘に威張っていたが、彼自身、リスティだけには逆らえない。リスティの機嫌を損ねて、ブルーブラッドを追い出される事態だけは避けたかった。



 しばらく経ったある日、欲しかった落とし物をとうとうくじ引きで手に入れたレオンハルトは、意気揚々とファミリーハウスに戻った。しかしその後、リスティからとんでもない提案をされた。


「ねえレオ、その落とし物を私に譲って?」

「え? いやいや、いくらリスティの頼みでもこれは無理だよ。これでようやく新しいロッドを作れるんだから」

 レオンハルトはキラキラ光る魔物の長い爪をぎゅっと握りしめた。

「私も新しいロッドが欲しくなっちゃったの」

「リスティはもっといいロッドを持ってるだろ? これを使って作るロッドは、リスティのロッドよりも性能は下なんだから、作る必要ないだろ?」

 レオンハルトは必死にリスティに訴える。


「でも、私が持ってないロッドだもの。欲しいのよね」

 そう言うとリスティはレオンハルトに手を伸ばし、手のひらを上に向けて「はい」と言った。

「……やっぱり嫌だよ、いくらリスティの頼みでもこれだけは無理だって」

 レオンハルトがきっぱり断ると、リスティの顔がみるみる険しくなった。


「あ、そう。レオって私にそういう態度取るんだ? 誰のおかげでハイファミリーに入れたのか分かってないのね」

「リスティには感謝してるよ」

 慌ててリスティの機嫌を取ろうとすり寄るレオンハルトを避けるように、リスティは一歩後ろに下がる。


「あのこと、みんなに話しちゃおうかしら。あなたが昔、ナナセに嫌がらせをして戦闘不能にさせて、置き去りにした話」


 レオンハルトの顔色がさっと変わった。

「リスティ、なんでそのこと……」

「私があなたの話を信じてると思ってた? あなたが話したことは嘘ばかりよね。本当のことをみんなに話したら、きっとあなたはブルーブラッドにいられなくなるわね」

「そ、それは困る……! やっと俺の居場所を見つけたんだ。頼む、リスティ。黙っててくれ……!」

 情けない顔ですがりつくレオンハルトの顔を、リスティは冷たい表情で見つめた。


「私に見捨てて欲しくないなら、私に対する態度を改めることね」

 レオンハルトが聞いたことのない低い声で、リスティは言い放った。そしてころっと表情を変え、いつもの愛らしい笑顔で「はい、お願い」と手を差し出した。

 レオンハルトは苦虫を嚙み潰したような顔で、渋々リスティに魔物の爪を渡した。




 そしてリスティに振り回される者がもう一人。料理人のマルである。

 マルはリスティの紹介で「バターの誘惑」というカフェで働いていた。カフェの上に部屋をもらい、住み込みで頑張っていた。人気店なので忙しく、日々社交に励むリスティとはすれ違いの毎日だった。

 リスティと一緒にいたいが為に、リスティの言うままに従ってきたマルだが、肝心のリスティはゼットとベイン、マオを従えマルに直接話しかけてくることもなくなっていた。何か用事があれば従者のマオを通して話が来る。


 マルの役目は主に、リスティの飲み物とスイーツを作ること。だが常に最高のものを欲しがるリスティは、やがてマルの作る庶民的なアップルパイやチーズケーキには興味がなくなり、上級職人が作る値段もクオリティも最高級のスイーツばかりを食べるようになった。

 リスティがハイファミリー同盟のボスになり、新しいファミリーハウスに越した時もマルは蚊帳の外だった。


 このままリスティと話せないのは寂しいとマルは思い、ある日マルは気合を入れて美しいベリーのタルトを作った。彼にとっては自信作だ。リスティに食べてもらおうと、ファミリーハウスの敷地内にあるリスティの家を訪ねたマルだったが、従者のマオにあっさりと追い返された。


「リスティ様は召し上がりません。どうぞお帰りください」

「ど、どうして? リスティが前に食べて美味しいって言ってくれたタルトだよ? もう一度リスティに聞いてみてよ。マルが来たってちゃんと伝えてよ」


 マオは冷たい顔でタルトが入った箱を見た。

「勿論伝えましたよ。ですがリスティ様は、今日はケーキを食べる気分ではないそうです。お引き取りください」

「じゃ、じゃあお茶だけでも……! もうずっとリスティと会ってないんだよ? 部屋でお茶を飲みながらお喋りしようって伝えてよ。リスティだってぼくに会いたいはずだよ」


「何度も言わせないで。リスティ様は忙しいんです。今日もこれから客人が来る予定があるんです。あなたと会う暇はないとおっしゃっています」

 マオはピシャリと言い、マルの目の前で扉を閉めてしまった。


 マルは扉の前で呆然と立ち尽くしていた。

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