第65話 黒の手、集合

 ナナセが友人達と暮らす家は、少しずつ内装を変え随分居心地もよくなってきた。

 殺風景だったリビングルームは、マカロンが勝手にあれこれ飾りを置くので賑やかな雰囲気になった。ヴィヴィアンは飾りが増えるたびに文句を言っているが、他の仲間達は華やかでいいと放置しているおかげで、マカロンの収集癖はエスカレートする一方である。


 マカロンは今日もどこかで買ってきた小さな兎のぬいぐるみを、大事そうにリビングの棚に飾った。

「マカロン、そのぬいぐるみ可愛いね、どこで買ったの?」

 通りかかったナナセがぬいぐるみを見てマカロンに声をかけると、マカロンは振り返って嬉しそうに笑う。

「いいでしょ? これエルムグリンで買ったんだよー。生地の端切れが安く買える店があるって聞いて行ってみたら、たまたまぬいぐるみを売ってる売店があってさー」

「エルムグリンは大きな裁縫ギルドがあるもんね」

「うん! おかげでいっぱい生地も手に入ったから、また洋服作ってもらうんだー」


 マカロンはいつも独特なデザインの洋服を身に着けている。様々な柄や素材の生地を組み合わせてデザインし、それを安く請け負ってくれる裁縫職人に作ってもらっている。マカロンの服は唯一無二のもので、どれも派手だが彼女に良く似合っている。だが彼女が依頼する職人は新人ばかりで未熟な為か、縫製が雑なのが玉に瑕だ。


「次はもう少しまともな職人に依頼した方がいいんじゃないかな?」

 心配そうな顔のナナセに、マカロンは得意げな笑みを浮かべた。

「ふっふっふ……それがね、次は上級職人に作ってもらえることになったの!」

「そうなの? 良かったね。でも高いんじゃないの?」

「普通に依頼すればね。でも今回は特別なんだ。前に裁縫ギルドにボタンを買いに行った時にね、上級職人のユリさんと知り合ったんだよ。私の服がほつれてたのを見て、その場で直してくれたんだ」

「その場で!? さすが職人だね」

「うん! それでね、ユリさんに『そんなに服が好きなら裁縫ギルドに入ったら?』って勧められて……思い切って裁縫を始めることにしたんだよね! それでね、裁縫ギルドに入ったお祝いに、今度ユリさんが私のデザインで服を仕立ててくれるんだって! しかも格安で!」

 マカロンは嬉しそうにナナセに話した。


「良かったね! いつも突然服が裂けたり、ズボンの片方だけ大きすぎたりとか、色々欠点があったもんね」

「そうなんだよー! ルインには『だから裁縫ギルドに入って自分で作れって言ってたじゃない』って言われちゃった」

 ルインがマカロンに眉を吊り上げている顔が思い浮かび、ナナセは思わず笑った。

「ルインの言う通り、私もマカロンは裁縫ギルドに入るべきだと思ってたよ。頑張ってね!」

「ありがとー! あ、そうだ。そういえばさ……」

 マカロンは急に真面目な顔になった。


「今ユリさん、リスティの店で働いてるんだって」

「そうなの!? リスティが自分のブランドを立ち上げたって噂は聞いてるけど」

 リスティの名前を聞き、ナナセの顔が曇った。

「ユリさんから聞いたんだけど……ユリさん、自分の店を持ってたのにリスティが急にユリさんの店に来て『店を譲って自分の服を作れ』って言ってきたんだって」

「リスティがそんなことを? 随分横暴だね」

 マカロンは眉間に皺を寄せながら頷き、話を続けた。

「ユリさん、リスティからは自分の服も今まで通り売っていいって言われたらしいけど、実際にはリスティの服作りで忙しくて、自分の服を作る暇がないんだって。かわいそうじゃない?」

「店を奪うなんてひどいことするね、リスティ。どうしてユリさんの店を奪ったのかな」

 ナナセは(彼女らしいな)と思いながら呟いた。


「リスティは自分で服を作れないからだよ」


 ナナセとマカロンが声のする方に目をやると、そこにはルインが立っていた。

「ユリさんは腕のいい職人なんだよね。でもあんまり名前を知られてないっていうか……そこを狙われたんだと思う。リスティは自分でデザインした服を作ってくれる、腕のいい職人が欲しかったんだよ」

 ルインは不機嫌そうに腕を組む。

「そういうことか……」

 ナナセもルインと同じような顔をした。


「ところでナナセ。そろそろ時間だから出ないと」

「あっ、そうだった」

 ナナセは急に焦りだした。

「なになに? 二人でお出かけなの?」

 マカロンは二人の顔を交互に見た。

「うん、ちょっと魔物狩りの約束があってさ。これからヒースバリーまで行くんだよ」

 ナナセは妙に早口だ。

「そうなんだ! 頑張ってね」

「ありがとう、行ってきます」

「マカロン、またね」

 ナナセとルインはマカロンと別れ、家を出た。



♢♢♢



 ナナセとルインはポータルの鍵を使い、ヒースバリーにやってきた。二人がここへ来た理由は一つ、ブラックから「黒の手」のメンバーに集まって欲しいとメッセージが来ていたからだ。突然の招集に驚きながら、二人はヒースバリーに駆け付けた。


 リスティがハイファミリー同盟のボスになってから、ヒースバリーの雰囲気も少し変わっていた。


 リスティに憧れる女達が出てきたのだ。

 

 ハイファミリー同盟のボスであり、別名「ノヴァリスの女王」と呼ばれるリスティ。彼女のファッションを真似る女がいたり、リスティを過剰に褒めたたえる女もいた。リスティブランドの洋服は非常に高額で簡単に手が出せるものではないが、それでも注文は絶えないという。


 ナナセとルインが冒険者ギルド総本部の広場に着くと、ちょうどリスティの噂話をしている女達とすれ違った。


「リスティ様、今日のブルーのドレスもとっても綺麗だったわよね」

「ねー! 私もリスティ様みたいな髪色に変えようかな。ドレスは無理でも、髪色だけでも近づきたい!」


「リスティ様って……」

 ルインが呆れ顔ではしゃぐ女達を見た。

「ハイファミリー同盟のトップに立った女だから、彼女らにとっては憧れる存在なんだろうね」

 ナナセは冷たく言い放ち、早足でその場を離れた。リスティがどんな女なのか、どういう経緯で同盟のボスになったのか、彼女らには知る由もない。彼女らにとってリスティは、贅沢品を身に着け、羨望の眼差しを浴びるスターのようなものだ。




 冒険者ギルドの中にあるブラックの部屋に入ったナナセとルインは、既に先に来ていたマリーワンとマリーツーの二人と挨拶を交わし、他のメンバーの到着を待った。黒の手という組織は基本的にバラバラに行動し、全員が集まることは殆どないとブラックは話していたが、今日は全員が集まる予定だと言う。めったにないことが起こるということは、よほど重要な件なのだろうとナナセは思った。


 いつもはがらんとしているブラックの部屋だが、今日は椅子がバラバラに沢山置かれている。ナナセとルインは部屋の隅にある椅子に並んで腰かけた。

 次に現れたのはジェイジェイだ。二人は即座に椅子を立ち、ジェイジェイに挨拶をする。

「ジェイジェイさん、こんにちは!」

「お久しぶりです、ジェイジェイさん」


「……ああ、この間は世話になったな」

 ジェイジェイは二人を見て目を細める。

「いえ! またいつでもお手伝いします」

 ジェイジェイは「ああ、頼む」と呟くと、マリーワンとマリーツーの二人に軽く会釈をして近くの椅子に座った。


 その後魔術ギルド長のルシアンが現れ、次にフォルカーがやってきて、最後にタケルが現れた。

「あれ? みんな早いな」

「お前が遅いんだよ」

 フォルカーがタケルを睨む。

「悪い。ちょっと魔物狩りの手伝いしてたからさ」

 タケルは低い声で呟くと空いている椅子にどっかりと腰かけ、長い足を組んだ。


 全員が集まってすぐ、ブラックが部屋に入ってきた。

「皆様、全員お揃いのようですね。それでは早速始めましょう」

 部屋の中にいる全員の視線がブラックに注がれる。


「黒の手のメンバーが全員集まる貴重な機会が、楽しい会合であれば良かったのですが。ハイファミリー同盟のボスが変わり、同盟に変化が起こっているのは皆さまもご存じかと思います」

「コーヒーゾンビが追放されたんだろ?」

 タケルが大きな声を張り上げた。彼女の瞳には怒りが見える。


「はい。コーヒーゾンビはハイファミリー同盟が創られた当初から参加していたファミリーでした。素行にも問題なく、これまでも特にトラブルがあるファミリーとは聞いていません。コーヒーゾンビが同盟から除名された理由もはっきりしません」

「理由? はっきりしてるぜ。リスティが私怨で追い出したんだよ」

「タケル、黙ってブラックの話を聞け」

 苛立つタケルに、フォルカーがたしなめた。

「構いませんよ、フォルカー。話を続けますが、同盟の新しいボスであるリスティについては、私も警戒が必要だと考えます。ハイファミリー同盟は全ての冒険者を代表し、魔物と最前線で向き合う存在。彼女の意のままに扱えるものであってはなりません」

「その通り!」

 タケルは合いの手を入れた。


 魔術ギルド長のルシアンが、顎に手を当てながら口を開いた。

「リスティというヒーラーは、訓練所に通った記録がありません。ですから彼女がどういうヒーラーなのか、我々には分かりません。訓練所では魔術の扱い方だけでなく、ヒーラーとしての心得も学びますが彼女はそれをしていない。私にはリスティの存在が不気味に見えます」


 美容師のマリーツーがルシアンに続く。

「店でお客さんから色々な噂を聞くけど、リスティはまるで自分が女王かのように振舞っているらしいわね。自分のことを『リスティ様』なんて呼ばせたりしているみたいよ。馬鹿みたい」


 料理人のマリーワンは腕を組み、ため息をつきながら話す。

「ヒースバリーでは有能な料理人が引き抜かれて、リスティのファミリーハウスで専属料理人になってるらしいわ。貴重な食材なんかも全部リスティの所に持っていかれて、困ってるレストランも多いのよ」


 マリーワンの話にルインも頷く。

「リバタリアの掲示板でもリスティの噂は色々出てます。職人がリスティから無茶な値下げを頼まれて断ったら、自警団員が店に押し掛けて嫌がらせをするとか……」

「なんでそこで自警団が出てくるんだよ」

 タケルは自警団の名を聞き、眉をひそめた。

「自警団はリスティの頼みは断れないって、リバタリアのメンバーは言ってます。ユージーンとリスティは仲がいいみたいですから」

「自警団の任務じゃねえだろ、もう」

 タケルは呆れながら荒々しく足を組みかえた。


 ナナセもオドオドしながら口を開く。

「あの、リスティはユリっていう裁縫職人の店を奪って、自分のブランドの服を作らせているらしいです」

「マジで? 店を奪うとか明らかにやりすぎだろ」

 タケルが驚いてナナセを見た。

「ユリの店をリスティに譲ったって話は知ってるけど、奪ったとなれば話は変わってくるわね」

 マリーツーは顎に手を当てながら眉をひそめた。


 彼らの話を聞き、頷いていたブラックが口を開く。

「なるほど、分かりました。リスティには確かに問題がありそうですが、我々ガーディアンには同盟に手を出す権利がありません。今の所注意して見守ることしかできませんが、今後リスティの行動がエスカレートしないよう、黒の手の皆様には同盟の動向を探っていただきます」

「当然だよ。リスティをあのまま放っておけねえ」

 タケルが真っ先に声を上げた。他のメンバーも全員、ブラックを真っすぐに見つめ、頷いた。


「他に誰か、同盟に関して知っている情報はありませんか?」

 ブラックは部屋を見回した。すると黙って話を聞いていたジェイジェイが口を開いた。


「……俺は裂け目のことしか知らないから、関係があるかどうか分からない。だが、以前から報告しているシャトルフの森にある『謎のオブジェ』の周辺を、自警団員がうろついてるようだ。彼らに理由を聞いたら『ハイファミリー同盟から頼まれてオブジェを監視している」と話していた』


 ジェイジェイの報告を聞き、一同はざわついた。

「なんで自警団員があのオブジェを監視するんだよ? しかも同盟が依頼? 聞いてたか、ブラック?」

 タケルが真っ先に声を上げ、ブラックを見た。

「いえ、私は承知していません。ハイファミリー同盟が独自に自警団に依頼したのでしょう。あのオブジェの周辺で妙な光を見たと言う噂があり、同盟は新たな『宵の泉』の出現を警戒しているのかもしれません」

「だからといって、自警団は街の中の問題を解決する役割で、街の外は管轄外だろう。なぜ自警団が同盟に協力する? 監視ならガーディアンに依頼すればいいだろう。それがガーディアンの役目だ」

 フォルカーは首を傾げた。


「危険があれば我々が監視を置きますが、今のところあのオブジェに危険な兆候は見られません。なぜ、わざわざ自警団に依頼してまで同盟があのオブジェを監視する必要があるのか……不可解ですね」

「ブラックにも分からないの? その、変なオブジェってやつが何なのか」

 マリーワンはブラックに尋ねた。

「はい。我々はこの『レムリアル』のドーリア達のサポートをする為にここにいます。世界の全てを知るのは『構築者モシュネ』のみなのです」

 ナナセは思わず近くに座るタケルに視線を送る。タケルも同じことを思ったのか、ナナセをちらりと見た。


(この世界を創った人間が、シャトルフの森にあのオブジェを置いたのは間違いない。でもその目的まではガーディアンは知らされてないんだな)


「ブラックが分からないのなら、私達にもどうにもできませんね。ですが同盟はオブジェに何かあると考えているのでしょう。私達もオブジェを監視すべきではないでしょうか」

 ルシアンが提案すると、ブラックはふむ、と頷いた。

「では、私が手配してガーディアンに監視させます。ただガーディアンがあの場に立つとドーリア達に不安を与える可能性がありますので『小さなガーディアン』に監視させましょう」

「小さなガーディアン?」

 ルインが首を傾げ、ナナセと顔を合わせた。

「こちらをご覧ください」

 ノートほどの大きさのムギンを両手に持ち、ブラックは全員に見えるようにムギンに表示されたものを見せた。


 それは一見すると普通のカラスにしか見えないものだ。

「これは飛行型ガーディアンの一つです。ドーリア達には非公開のものですので、他言は控えていただきます。主に森の中などの視界が悪い場所での監視に使われています」

「へえー、どう見ても普通のカラスにしか見えないわね」

 マリーワンとマリーツーの二人は興味津々で身を乗り出している。

「今後、これでオブジェの周辺を監視しますので、何か変化がありましたらお知らせします。では、皆様も同盟の件について何かありましたら報告をお願いします」

 ブラックは話を終えると、黒の手のメンバー達に頭を下げた。




 黒の手の会合が解散となり、それぞれが部屋を出ていく中で、ナナセはルインと一緒にタケルの所へ駆け寄った。

「タケルさん」

「何だよ?」

 タケルは何故か会合の間、ずっと苛立っている様子だった。


「コーヒーゾンビのことが気になってますか?」

 ナナセの問いに、タケルはハッとした顔で目を見開くと、フッと息を漏らし笑みを浮かべた。

「……悪いな、さっきはイライラしちゃって」

 ナナセは首を振った。ここへ来た時からずっとタケルの様子がおかしかったのが気になっていたのだ。

「驚きました。まさかファミリーごと追放されるなんて」

 ルインはナナセと目を合わせながら言った。ナナセも頷きながらルインに続く。

「ツバサさんの所が追放されるなんておかしいですよ。リスティと何があったんですか?」


「……リスティから追放されたルビィを、コーヒーゾンビが仲間に入れたのが気に食わなかったってのが大きいだろうけど、それだけじゃねえだろうな。前に魔物狩りでツバサがリスティに注意したのも気に入らなかっただろうし……他にもあるかもな。何にせよリスティの個人的な理由でコーヒーゾンビを追放したのは間違いねえ。あいつらに落ち度があるとは思えねえよ。レンの所とずっと一緒にやってきたんだぜ。腕も一流揃いだしいい奴ばかりだし、なんであいつらが追放されるんだよ、おかしいだろ!」

 興奮したのか、徐々に声が大きくなるタケルに気づき、フォルカーが心配そうな顔でやってきた。


「大丈夫か、タケル?」

「大丈夫だよ、俺はね。でもツバサ達は大丈夫じゃねえ。あいつらをすぐにでも同盟に戻してやんねえと」

「ああ、俺も同じ気持ちだ。だがとりあえず今は落ち着け」

 フォルカーがタケルの背中をポンと叩くと、タケルはようやく落ち着きを取り戻した。


「……悪かった。ちょっと熱くなりすぎたわ」

 ナナセはいつも明るく飄々としているタケルが怒りをあらわにしている姿を見て、リスティはとんでもないことをしたのだと気づいた。タケルの怒りは当然だ。


「コーヒーゾンビが同盟に戻れる方法はないんですか?」

 ルインがフォルカーに尋ねると、フォルカーは力なく首を振る。

「今まではできただろう。他のハイファミリーが賛成すればいいだけだ。だが今の同盟はリスティの独裁状態のようだ。リスティが首を縦に振らなければ、彼らが戻れることはない」


「だったらリスティを追い出せばいいんじゃないですか」

 ナナセがふと発した言葉に、タケルとフォルカーは少し驚いた顔でナナセを見た。

「お前、良いこと言うねえ」

「そうなればベストだろうが、誰がリスティを追い出すんだ?」


「うーん……リスティがボスの座にいる限り、追い出すこともできない……ってことですか?」

 ナナセは腕組みをしながらぼやいた。

「面倒くせえなあ。レンの奴、リスティなんかにボスの座を譲りやがって」

 タケルはお手上げとばかりに天を仰いだ。

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