第64話 自分勝手な理屈
コーヒーゾンビにブルーブラッドから追放されたルビィが入ったという噂は、すぐにリスティの耳に届いた。
その噂が流れて間もなく、リスティはコーヒーゾンビのリーダー、ヤマケンをブルーブラッドの新しい屋敷に呼び出した。不敗の軍団が拠点にしていた屋敷をブルーブラッドが奪った形となっており、屋敷の前に到着したヤマケンは、その豪華な屋敷を見上げながらため息をつく。その横顔を心配そうに眺めるツバサの姿もそこにあった。
不敗の軍団の中では、当然の如くリスティに対する不満がある。絶対的なリーダーだったレンがリスティの虜になり、リスティに同盟のボスの座を譲り渡すばかりか自身の屋敷も明け渡したのだから当然だ。リスティは「同盟のボスになったのだから一番大きなファミリーハウスに移らないと格好がつかない」とレンに訴えたとの噂である。
「まさか本当に屋敷を渡すとはなー……」
屋敷を見上げながら、ヤマケンはぽつりと言った。
「不敗の軍団、良く大人しく屋敷を引き渡したよね」
ツバサは首を傾げる。
「あいつらに聞いてみたけど、どうやらファミリーハウスを譲る代わりに、魔物狩りを優先的に決められる権利をリスティからもらったらしい」
「あー、そういうこと……美味しい魔物は不敗の軍団が頂きってことね」
ツバサは冷めた声で呟いた。
話しながら玄関にたどり着いた二人は、扉の横に付いている呼び出しベルを鳴らす。甲高いベルの音が響き、しばらく待っていると扉が開いた。
中から出てきたのはマオだった。
「お待ちしておりました。どうぞお入りください」
うやうやしく二人を出迎えるマオの姿に、二人は戸惑った顔で視線を合わせる。
「……マオ、前はこんなんじゃなかったよな」
マオの後ろを歩くヤマケンは、こっそりツバサに耳打ちした。
「言葉遣いとか、立ち振る舞いとか、別人みたいだよね」
ツバサも小さな声でヤマケンに返す。リスティの従者になってからのマオは、服装も言葉遣いも何もかもが以前と違っていた。ルビィと仲が良かった頃のマオは、少し気弱だが明るく優しいドーリアだった。今は感情を殺したような顔で、やけに気取った話し方をするようになり、全てがリスティを優先するようになったのだ。
「ねえマオ。そのメイド服、リスティに買ってもらったの?」
ツバサがマオに努めて明るく話しかけた。マオは歩きながらちらりと後ろの二人に視線を送る。
「ええ、買っていただきました。リスティ様との立場の違いを明確にする為です」
「……あ、そう……」
ツバサは顔を引きつらせ、思わず横のヤマケンを見た。ヤマケンは「……ヤバいな」と小さな声で呟いた。
大きな屋敷の中をひたすら歩き、中庭を抜け、更にもう一つの屋敷へと続く廊下を歩く。
「こちらの別館はリスティ様専用となっております」
「ええっ!?」
ツバサが驚き、素っ頓狂な声を上げた。二人はこれまで何度もこの屋敷を訪れたことがあり、中の構造も大体知っている。以前不敗の軍団が使用していた時は、隣の屋敷は一部のメンバー達の住居として使われていた。レンもここで暮らしていたが、全てを独占することはなかった。
「一人で使うには広すぎない?」
ヤマケンが顔をひきつらせながらマオに尋ねる。
「いいえ。リスティ様はご自身のブランドの商品の開発や、日々訪れる客人の対応……様々な仕事があるのです。その為にはいくら部屋があっても足りないのです」
「あ、そう……じゃあ他のメンバーは通いで来てるわけだ」
「ええ。私とゼットとベインの三人は本館に部屋を頂いていますけど、他のメンバーは通いです」
「へえ……でかい屋敷に一人って、俺だったら落ち着かないけどなあ」
ヤマケンは苦笑いしながら言うしかなかった。
ようやくたどり着いた客間は、二十人くらいは入れそうな大きい部屋だった。巨大なテーブルが中央にあり、椅子がずらりと並んでいる。
「こちらにお掛けください。リスティ様はもうすぐいらっしゃいます」
マオは椅子に二人を座らせ、さっさと部屋を出て行った。しんとなった部屋でヤマケンとツバサは顔を寄せ合い、ひそひそ話を始める。
「こりゃ『ノヴァリスの女王』なんて呼ばれて完全に勘違いしてるな」
「リスティ、まさか本当に自分を女王かなんかだと思ってるのかな」
しばらくすると、ようやく彼らを招いた屋敷の主が現れた。
「ヤマケン、ツバサ。今日は来てくれてありがとう」
扉が開いて現れたリスティの姿を見て、また二人は目を丸くした。どこのパーティに行くのかと聞きたくなるような派手なドレス姿でリスティは優雅に歩いてくる。その後ろをツンとすましたマオがぴったりと寄り添っている。他の椅子より一回り大きくて豪華な椅子を引き、マオはリスティを座らせた。
「リスティ……その……今日はどこかへお出かけ?」
我慢できなくなったヤマケンがリスティに尋ねると、リスティは小首を傾げて「いいえ?」と答えた。
「あ、そうなんだ……凄くその、華やかなドレスだからてっきり……はは」
笑いながら誤魔化すヤマケンに、リスティは笑顔で応える。
「これ、私がデザインした新作のドレスなの、いいでしょう? 似たデザインのものを売り出す予定なの」
「へえー、それが噂の『リスティ』ブランドのドレスなんだ」
よせばいいのに、ツバサはリスティの話に乗った。ヤマケンがじろりとツバサを睨む。
「うふふ、自信作よ。最高級の『シャトルフシルク』をふんだんに使ったこの生地、美しいでしょう?」
リスティは胸を張り、自慢げだ。
「そのドレス、さぞ高いだろうねえ」
「まあ、それなりにね。でも同盟のメンバーならば払えない金額じゃないわ。それとね、最近は宝飾ギルドにも顔を出してるの。アクセサリーのデザインもしたくて、今ギルドで学んでいる所なのよ。」
「そりゃあ……凄い。同盟をまとめるのも大変だろうに、職人の仕事までやるなんてさ」
ツバサのお世辞に、リスティの話は止まらない。
「みんなに私のデザインしたアクセサリーを付けて欲しいわ。きっとみんな喜んでくれると思うの。私のデザインセンスがいいって、仲間達も褒めてくれるのよ」
「リスティ……その、そろそろ本題に入らないか? 今日俺達を呼び出した理由が知りたいんだけど」
我慢できなくなったヤマケンが割って入った。
「そうね、そうしましょう。今日二人に来てもらったのは、とっても大切な話があったからなの」
リスティは急に表情を変え、その顔から笑顔が消えた。ヤマケンとツバサは眉をひそめ、お互いに目を合わせる。
「回りくどいのは嫌いだからはっきりと言うわね。あなた達のファミリー『コーヒーゾンビ』をハイファミリー同盟から除名することに決定しました」
「は……?」
ヤマケンはぽかんと口を開けていた。
「どういうこと? リスティ」
ツバサは眉間に皺をよせ、低い声でリスティに尋ねる。
「あなた達のファミリーは、近頃同盟に貢献できていないようだから、レンと話し合ってあなた達を同盟から外すことにしたの。これでいいかしら?」
リスティは面倒くさそうに答えた。後ろに立つマオはぴくりとも表情を変えず、黙ってその場に立っている。
「ちょっと待ってよ。貢献できてないって、貢献できないように合同討伐から外したのはリスティだろ? 貢献できないのは俺達のせいじゃないよ」
ツバサの声が興奮で大きくなった。
「リスティ、本当の理由を言え。ルビィだな? ルビィを俺達のファミリーに入れたのが気に入らなかったんだろ?」
ヤマケンは身を乗り出し、リスティに問い詰める。
「やだぁ、そんな理由で私があなた達を除名するわけないでしょ? 同盟はみんなで力を合わせないと、強大な魔物に立ち向かえないわ。同盟の『和を乱す』ファミリーとは一緒にやっていけないってだけよ」
「なんだよそれ。意味が分からないんだけど」
ツバサもリスティに食って掛かる。
「言いたくなかったけど、あなた達のファミリーは最初から浮いてたってレンが言ってたのよ。腕はあるかもしれないけど、他のファミリーに対する気遣いが足りないとも言っていたわ。私はレンの意見も参考にして、よく考えた上で決めました。今この時点で、コーヒーゾンビを同盟から除名する手続きを開始します」
「レンがそんなこと言うわけない」
ヤマケンの言葉を無視し、リスティがすっと片手を上げた。すると後ろにいたマオが素早く近寄り、リスティのムギンを差し出した。
リスティはムギンを操作し始めた。その様子に焦ったヤマケンがムギンを奪おうと手を伸ばした。
「リスティ様に近寄らないで! あなた達の除名はもう決定事項です」
マオが厳しい顔でヤマケンを制止する。
「除名がリスティの独断で決まるって、そんなのないだろ……これまではどんなことでも、俺達はみんなで話し合ってきただろ?」
ヤマケンがリスティを睨みつける。リスティは意に介さず、ムギンの操作を完了させた。
「はい、これでコーヒーゾンビは同盟から除名されました。ファミリーハウスからもできるだけ早く出て行ってね? 新しく入るファミリーの為に空けておきたいの。よろしくね?」
リスティは小首を傾げ、にっこりと微笑んだ。
憮然とした表情のヤマケンとツバサ。二人が重い足取りでリスティの屋敷の廊下を歩いていると、向こう側から戦闘でもないのに白い鎧を身に着け、金属音を立てながら歩く自警団長ユージーンがやってきた。
「あれ? ユージーン。リスティに用事?」
ツバサがユージーンに声を掛けると、なぜか彼はビクっと肩を震わせ、目を泳がせた。
「ああ、君らか。こんな場所で会うとは珍しい。今日はその、同盟について情報交換だ」
「へえ、一人で来たんだ。いつも護衛と一緒なのに」
ヤマケンは探るような目でユージーンを見た。ユージーンはさっとヤマケンから目を逸らす。
「護衛は待たせてある。ここはリスティ……同盟のボスである彼女が大事な客人を招く場所だからね、最低限の者しか入れないんだよ。それじゃ、ボスを待たせているから私は失礼するよ。二人ともまた会合で」
ユージーンはそう言うとそそくさと二人から離れ、去って行った。
「まあ、もう会合で会うことはないけどな」
耳障りな金属音を響かせながら遠ざかっていくユージーンの後ろ姿を睨みながら、ヤマケンはポツリと呟いた。
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