第63話 解けた誤解

 ある日のこと。ナナセはヒースバリーの冒険者ギルド総本部にやってきていた。魔物狩りで手に入ったブラッドストーンを、ギルドに買い取ってもらう為である。

 買い取り担当のガーディアンの前はいつも行列だ。行列の最後尾に並んだナナセは、退屈しのぎになんとなくギルドの中の賑わいを眺めていた。

 その時、ファミリー募集掲示板の前に立ち、真剣に掲示板を見つめている二人の冒険者の姿を見たナナセは思わず息を飲んだ。

 そこにいたのはセオドアとノブだ。何やら話をしながら、掲示板の前に立っている。


 ナナセは二人の姿を見ながら少し考え、やがて意を決したように行列から離れ、二人の元へと歩いて行った。


「セオドア、ノブ、久しぶり」


 二人の背中にナナセは声をかけた。その声に驚いた二人は同時に振り返り、目の前に立つナナセの姿に目を丸くした。

「おお、ナナセ! 久しぶりじゃないか」

「元気そうだな、ナナセ!」

 ナナセの想像に反して、二人とも笑顔でナナセに話しかけてきた。意外な反応に戸惑ったナナセは、オドオドしながら話しかける。

「ふ、二人も元気そうで良かった。あの……ファミリー募集なんか見てるから、どうしたのかと思って」


 ナナセが指さすファミリー募集掲示板は、メンバーを探しているファミリーの一覧が見られるものだ。二人はゼットやリスティ達の仲間であり、ダークロードからブルーブラッドに移ってもその関係は続いているはずだ。彼らがファミリー募集掲示板を見る理由はない。セオドアとノブが所属しているハイファミリーは、基本的にこういう場でメンバーを募集することはない。知り合いの紹介だったり、魔物狩りで知り合った冒険者を直接勧誘するなどの方法を取る。


 セオドアとノブは顔を見合わせ、気まずそうに笑った。

「あー、実は俺達今までハイファミリーに入ってたんだけど、色々あって抜けたんだよ」

 セオドアの言葉に、今度はナナセが目を丸くした。

「えっ!? 抜けちゃったの? ハイファミリーを?」

「そう。ナナセは知らないだろうけど、ハイファミリーのブルーブラッドって所とダークロードが合併して、俺達もハイファミリーに入れたんだよね。だけど……」

 ノブがちらりとセオドアに目をやる。セオドアは頷き、話を引き継ぐ。


「俺達の実力じゃ、どう考えたってハイファミリーのお荷物でさ。俺らも頑張ったけど、魔物狩りのメンバーから外されるようになったし、もう潮時だなって」

「そう……だったんだ……。ゼットはまだハイファミリーに?」

 ナナセがゼットの名前を出すと、また二人は微妙な顔つきになった。ノブが小さなため息をつき、口を開いた。

「あいつは元気だよ。ベインと二人でリスティの護衛みたいなことをしてる」

「護衛?」


 きょとんとするナナセに、今度はセオドアが話し出した。

「リスティは今や、ハイファミリー同盟のボスだよ。同盟のボスに危険があったらいけないからって、ゼット達がリスティの護衛に任命されたんだ。いつもリスティの後ろにひっついて歩いてるよ」

「へえ……凄いね」

 凄いね、と言うしかないナナセに、更にセオドアが話を続ける。

「ゼットもベインも、ハイファミリーのメンバーのレベルには追い付いてなくてさ。あいつらも魔物狩りのメンバーからは外されてるんだけど、リスティの護衛だからってことで魔物狩りについてってるんだよ。ベインはともかく、ゼットが付き人みたいなことをやるなんてなあ……」


「あいつ、変わっちゃったんだよ」

 ノブは吐き捨てるように言った。


「そうだよなあ。俺達、ゼットに誘われて三人で『ダークロード』を立ち上げたんだ。まだ下級で右も左も分かんないっていう時に、あいつは『ノヴァリスで一番大きなファミリーを作る』って言ってさ。カッコいいって思ったんだよな、あの時は」

 セオドアはしみじみと語っていた。

「でも今はリスティの従者だもんな。俺達がファミリーを抜けたいって相談した時も、引き留めるどころか『お前らのスキルが足りないってリスティも気にしてた』なんて言うんだぜ……それで俺達ファミリー抜けるって決めたんだよ」


 ノブはゼットの変化にがっかりしているようだ。ナナセの記憶では、リスティがダークロードに入った時から、既にゼットは彼女の言いなりだったように見えたが、二人の話だとそれがもっと酷くなっているということなのだろう。


「二人はダークロードの創設メンバーだったのに、ゼットは冷たいね」

「あいつはハイファミリー同盟に入ることが目標だったから、その目標が叶ったら俺達のことはどうでもいいのかもな……悪い、久々に会ったのにナナセに愚痴を言ったな」

 セオドアは寂しそうに笑った。

「気にしないで。いいファミリーが見つかるといいね」


「ありがとう。今日ナナセと話せて良かったよ。俺達、ナナセに嫌われてると思ってたから、まさかナナセから話しかけてくれると思わなかったな」

「え?」

 セオドアの言葉に、ナナセの顔色が変わった。


「それ、どういうこと?」

 ナナセは眉をひそめ、セオドアに尋ねた。

「え? どうって……ナナセ、ダークロードを抜ける時に俺達に『見かけても話しかけないでくれ』って言ってたって聞いてたもんだからさ、なあノブ?」

「ああ、連絡先も消してくれって言ったんだろ? だから俺達、ナナセに何があったのか聞くこともできなくて、ずっと気にしてたんだよ」


 わなわなと怒りで震えそうになりながら、必死にナナセは自分を抑えた。

「……やっぱりマルだけじゃなく、みんなにそう言ってたんだね、リスティは」

「どういうことだ? リスティが何だって?」

 セオドアの表情が曇った。ナナセはふう、とため息をついてから口を開く。

「私はリスティに追放されたんだよ。リスティに呼び出されて、ファミリーみんなの総意だからと言って、私を追放するって」

「まさか! リスティがそう言ったのか?」

 ノブも慌てている。

「そうだよ。マルにも、私が自分から抜けたってリスティは話してたみたいだから、多分二人にも同じ話をしていたんだろうね」

「……そうか……」

 セオドアはノブと顔を見合わせた。二人とも複雑な表情だった。


「ナナセが突然ファミリーを抜けた理由がこれではっきりしたよ。なんか変だと思ってた。リスティは、ナナセがファミリーの積立金を支払うのを嫌がったとか、薬の納品に法外な代金を請求してきたから断ったら逆切れされたとか言ってたけど、おかしいとは思ってたんだよな……ごめん」

 ノブはナナセに頭を下げた。

「そんなことまで言ってたの? リスティ」

 ナナセは呆れ顔で再びため息をついた。


「今思い返せば、変なことはいっぱいあったんだよな……。あのファミリーの中にいるとリスティの言うことが全て正しいと思わされてた。今更遅いけど、俺も謝るよ」

 セオドアもノブに倣って頭を下げる。周囲に冒険者が沢山いる場所でナナセに頭を下げる二人の姿はとても目立った。

「ちょ、ちょっと。いいよ謝らなくて。頭を上げてよ」

 ナナセは慌てて二人に言った。二人は渋々頭を上げ、気まずそうにしている。


「とにかく、あの時のことはもういいんだ。私はダークロードを抜けて良かったと思ってるし、二人とも気にしないで」

 ナナセの言葉は本心だった。リスティに脱退をさせられたことには腹が立っているが、結果的にリスティから離れることができて良かったと思っていた。セオドアとノブは納得のいかない様子だったが、ナナセの言葉に渋々頷いた。


「じゃあ、私は行くね。二人ともまたね」

「ああ、今度一緒に魔物狩りでも行こうぜ」

「連絡するよ、またなナナセ」

 ナナセは再び二人と連絡先を交換し、その場で別れた。


 ダークロードのメンバーに対して、複雑な気持ちがないわけではない。だがナナセの気持ちに少し変化が起きていた。セオドアとノブに真実を伝えることができ、彼らはナナセの話を信じてくれた。そのことが彼女の心にある怒りの炎を少しだけ小さくした。


 ナナセは再びブラッドストーンの買い取りの行列に戻る。さっきよりも更に行列が伸びてげんなりするほど待たされたが、ナナセの気持ちは明るかった。

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