第62話 ハイファミリーに入った亀裂
リスティがハイファミリー同盟のボスになってから、一か月ほど経った。
タケルがツバサを通してハイファミリー同盟内部の調査を続けているが、リスティに対する不満を持つ者もいるものの、表面的には平和を保っていた。だがツバサも知らないところで少しずつ変化が起きていた。
リスティがユリから買い取った洋服店は、店名を「リスティ」と名前を変えて営業を始めていた。デザインは全てリスティが担当し、ユリはそれを仕立てるだけ。ユリのデザインはシンプルで動きやすさにこだわった作りだが、リスティのデザインは良く言えば華やかで、好意的に見れば見た目重視。花やレースの飾りにこだわり、色はピンクなどの淡いものが殆どだ。見た目にこだわるあまり、動くたびに肩からずり落ちる袖とか、座るのに苦労する風船のように膨らんだスカートとか、とにかく個性が強かった。
ユリは奇妙なデザインを、リスティの想像通り完璧に仕上げていた。仕上がった服は「リスティ」ブランドとして売り出した。贅沢に生地を使ったので価格はとても高い。庶民に手を出せる金額ではないが、元々リスティは庶民に売るつもりはない。顧客は主にハイファミリー同盟のメンバーだ。
ハイファミリー同盟のメンバーらに「リスティ」の服を半ば強引に売りつけ、リスティの店は順調にスタートしたように見えた。だがここである事件が起こった。
ブルーブラッドのメンバー、ルビィがリスティのデザインした服を「ダサい女が着る服」と嘲笑ったのだ。ルビィはリスティのいない所で軽口を叩いたつもりだったが、その話はすぐにリスティ本人に伝わってしまった。
リスティはすぐに動いた。ルビィをブルーブラッドから「追放」するという決断を下したのである。
ルビィが大きなカバンを手に持ち、ブルーブラッドのファミリーハウスから外に出て、門まで歩いていると、後ろからルビィを追ってリスティの従者、マオが走ってきた。
「ルビィ!」
息を切らせながらマオはルビィを呼び止めた。ルビィはその声に驚いたような顔をした。
「マオ……どうしたの?」
ルビィとマオは元々、ブルーブラッドで一番の仲良しだった。マオは素直で明るいが流されやすいところがある。何かと疑り深いルビィは最初からリスティに距離があったが、素直なマオはあっという間にリスティに取り込まれた。今ではマオはリスティの従者になってしまった。それ以降、ルビィとマオは話をすることもなくなっていた。
「リスティ様からの伝言よ。その指輪、ブルーブラッドの資金で買ったものでしょ? 今すぐ返して欲しいって」
ルビィの頭にみるみる血が上った。
「私との別れの挨拶がそれ? この指輪は私が買ったものですけど!?」
マオは困ったような顔で首を傾げる。
「……でも、お金が足りなくて当時マティアスから借りて買ったでしょ? ブルーブラッドで買ったってことにして……」
「だから! 確かに買った時はマティアスからお金借りたけど、あの後ちゃんとお金返して自分のものになったんだってば。マオだって知ってるでしょ?」
呆れ顔でルビィは言い返した。
「確かに、当時はそうだったけど……リスティ様がその指輪は元々ブルーブラッドの資金で買ったものだから、ブルーブラッドのものだって……」
「何言ってんの?」
ルビィの目が吊り上がる。カバンを地面にどさりと置き、カツカツとヒールの音を立てながらマオに詰め寄った。
そしてマオに手を突き出し、指輪を見せつけた。その指輪は「魔攻の指輪」でウィザードやメイジが主に使う。魔力を増幅させてくれるもので、ウィザードやメイジが最も欲しがる装備品の一つだ。
「お金をマティアスに返してこの指輪が私のものになった時、二人で一緒にお祝いしたの忘れた? リスティの横暴な言い分を、あんたはどんな気持ちで聞いてたわけ? あの女がどう言おうとこの指輪は私のものなんだから、リスティにそう伝えなよ」
「でもリスティ様が……」
「リスティ様、リスティ様! マオ、あんたどうしちゃったの? リスティの言いなりじゃないの。私がブルーブラッドから追放された時だって、あんたはリスティの後ろでだんまりだった。そのあげくに私の指輪をめちゃくちゃな理屈で奪おうとしてる」
「めちゃくちゃなって、そんな……」
マオは気まずそうにうつむいた。
「私が追放された理由だって『ファミリーの和を乱す』とかわけの分からないことを言って、本当のところはリスティにとって私が目障りなだけでしょ? 私はあんな女と一緒に戦えないし、こっちから願い下げだけど、あんたはこのままでいいの? ずっとリスティの言いなりで生きていくつもり?」
ルビィの言葉には、怒りの中にもマオを心配しているような響きがあった。
「リスティ様は、私を信頼してくれてるし、ちょっと我がままな所はあるけど優しいし、彼女のおかげで合同討伐にもどんどん参加できるようになったでしょ。私は今の生活に満足してる。忙しいリスティ様をこれからも支えたいの」
目を見開き、淡々と語るマオの顔を見て、ルビィはこれ以上何を言っても無駄だと悟った。小さくため息をついたルビィは、再びカバンを手に持った。
「もう分かった。じゃあここでマオともブルーブラッドとも永遠にお別れ。言っとくけど指輪は私がお金を払ったんだから私のものだからね。リスティが何を言おうと無駄だから、それじゃ」
マオに背中を向け、歩き出すルビィにマオは焦って声を張り上げた。
「待ってルビィ、指輪を返してくれないと困るの」
「知りませーん」
背中を向けたまま、手を上げてひらひらさせルビィはマオの元を去って行った。
遠ざかるルビィの後ろ姿を見つめていたマオの顔色は悪かった。
「……どうしよう、リスティ様に怒られる……」
マオは小さく呟いた。大事な友人をたった今失ったことに、マオ自身気づいていないようだった。
♢♢♢
ブルーブラッドにはもう一つ、変化があった。
ファミリーハウスの中は沢山の荷物が所狭しと置かれていた。ブルーブラッドは引っ越しを控えていて、多くのメンバーが片づけに追われていた。
メンバーのセオドアとノブ。彼らはリスティが最初に所属した「ダークロード」の元メンバーである。二人は屋敷中が引っ越し準備で大騒ぎの中、形の上ではブルーブラッドのリーダーであるマティアスとこっそり会っていた。
「……残念だな……」
ため息をつくマティアスと、向かい合うセオドアとノブ。二階のバルコニーに三人は立っていた。屋敷の中はどこも大騒ぎなので、ここしか落ち着いて話せる場所がなかったのである。
「こんな時にファミリーを抜けるなんて、申し訳ない」
セオドアがマティアスに頭を下げた。
「これまで俺達に良くしてくれて、感謝しているよ」
ノブもセオドアに続いて頭を下げる。
「本当にいいのか? 俺達『ブルーブラッド』はとうとう『不敗の軍団』が使っていたファミリーハウスに引っ越せることになったのに。俺達は名実ともに同盟のトップに立ったんだぞ」
これまでハイファミリー同盟のトップだった「不敗の軍団」のファミリーハウスは、一番高い丘の上にある大きな屋敷だ。同盟のボスにリスティが指名されたことで、必然的に同盟のトップもブルーブラッドということになってしまった。
リスティがずっと憧れていた「一番大きなファミリーハウス」がとうとう手に入ることとなった。不敗の軍団は他のファミリーハウスに移ることとなり、ブルーブラッドはそれに合わせて引っ越しが決まった。
「俺達はここで十分だったよ。そもそも俺達には今の立場は分不相応だったんだ。ハイファミリー同盟に入るにはまだまだ力が足りないし、足を引っ張ってる自覚もあったよ」
セオドアの言葉に、ノブも頷きながら続く。
「リスティには悪いと思ったけど、彼女にはもう十分、強い仲間がいるからな。俺達はここで引くよ。どこか身の丈にあったファミリーを見つけてやっていくつもりさ」
「そうか……そういうことなら仕方ないな。もっと強くなってまた戻ってきたいと思ったら、すぐに連絡をくれよ」
残念そうな顔をしていたマティアスだったが、二人を送り出すと心に決めると笑顔になり、二人の肩をそれぞれ軽く叩いた。
セオドアとノブが去った後、マティアスは一人バルコニーに残り、物思いにふけっていた。
彼らがこの時期にファミリーを脱退したのは偶然だろうか? ルビィを冷たく切り捨てた直後に、セオドアとノブが同時に脱退を申し出た。
長い付き合いだったルビィを追放する、とリスティから聞いたマティアスは戸惑っていた。リスティはハイファミリー同盟で上手くやっている。ブルーブラッドのランクも上がり、今ではリスティが同盟のボスだ。ブルーブラッドは、同盟のトップになったのだ。
彼女が来てからいいことばかりが続いていた。さすが「ブルーブラッドの女神」だとマティアスはリスティを称賛していた。いつしか彼女が「ノヴァリスの女王」と呼ばれ始めたが、それも当然だとマティアスは思っている。
完璧なリスティが「ルビィがいるとファミリーの和が乱れ、みんなの関係が悪くなる」と言うのは正しい。だからマティアスはルビィの追放に賛成した。
考え事をしているマティアスの所に、リスティがやってきた。
「ここにいたの? もう、サボってないでマティアスも手伝ってよ」
「あ、ああ……悪い」
ハッとしたマティアスは、取り繕うように笑顔を作った。
「急がないと。明日引っ越しなんだから」
「分かってる。すぐに俺も手伝うよ」
リスティは相変わらず可愛らしい笑顔だった。ルビィを追放し、古い友人が二人出て行っても何も変わらなかった。
「リスティ、良かったよ元気そうで」
ついマティアスは思っていたことを口にしてしまった。
「え? 何の話?」
リスティが小首をかしげる。
「いや、ルビィのこととか……セオドアとノブも出て行ったし。色々あったから」
「ああ……そのことね。別に私は平気よ? あの子達とは縁がなかったの。ねえ! それより新しい家のことなんだけどね……」
まるで彼らのことなど最初から気にしてもいなかったかのように、リスティは全く普段通りだった。彼女の笑顔に、少しの恐ろしさをマティアスは感じていた。
♢♢♢
ところ変わって、ここは鉱山都市ハリシュベルにあるレストラン「塩と私」である。
スタミナのつく肉料理が名物のここは、鉱山で働く者や冒険者に大人気のレストランだ。
倉庫を改装したような造りで、とにかく広く天井も高い。店の中には階段があり、中二階のスペースにもテーブルが置かれ、ちょうど店内の様子を見下ろせる場所に「コーヒーゾンビ」のツバサとヤマケン、そしてタケルがいた。
テーブルの上には沢山の料理と飲み物が置かれ、三人が食事を楽しんでいる所に、ブルーブラッドを追放されたルビィが現れた。
「お待たせ」
ルビィの声に、骨付き肉にかぶりついていたツバサが顔を上げた。
「ごめん、先に食べてたよ」
「気にしないで。久しぶりねータケル。とうとう折れてコーヒーゾンビに入ったの?」
ルビィはからかうような言い方でタケルに声を掛けながら、彼女の向かい側に座った。
「入ってねえし、入らねえよ」
タケルは面倒臭そうに答えた。
「いつもいつもコーヒーゾンビの手伝いばっかりしてるんだから、入ればいいのに。どうせユージーンが同盟の相談役みたいなことしてるから、彼に会うのが嫌なんでしょ。いつまでもユージーンから逃げ回ってるわけにもいかないでしょ」
「相変わらず言葉のキレが凄いねルビィは。今のでザクザク斬られたわ。いっとくけど俺はあいつから逃げ回ってるわけじゃねえからな? あいつがウザいから避けてるだけ」
ルビィを前にするといつもの調子が出ないのか、たじたじな様子でタケルは答えた。
「まあその辺にしときなよ。ルビィ、ビールでいい?」
ルビィの隣に座るツバサが助け舟に入り、店員を呼び止めてビールを注文した。
ルビィのビールが来たところで、ツバサが話を切り出す。
「……で、ルビィ。君がブルーブラッドから追放されたって話、もう一度タケルに話してくれる?」
「いいわよ」
ルビィは頷き、リスティから突然ファミリーを追放されたことをタケルに話した。
「……で、私はその場で言ってやったのよ。こんなファミリーの為に私は戦えないって」
「なるほどな。結局リスティがルビィを追放した理由は、リスティの服を馬鹿にしたからか?」
タケルは身を乗り出しながら真剣に話を聞いていた。
「それだけじゃないわ。前に一緒に魔物狩りに行った時、彼女の立ち回りを注意したことがあったから、その時から嫌われてたのよ。私を合同討伐のメンバーから外したりしてたし、追放するきっかけを探っていたのかもね」
「ルビィの何がそんなに気に入らなかったんだろうな」
ツバサはルビィをじっと見ながら呟いた。
「ルビィはリスティに媚びないから、それが気に食わなかったんじゃない? それにしてもルビィほどのウィザードを簡単に追放するなんて、リスティも思い切ったことをしたなあ。ルビィ、これからどうするんだ? 決まってないならうちに来るか?」
ヤマケンは心配そうに尋ねながらも、優秀なウィザードを勧誘するチャンスと身を乗り出している。
「ほんと? ヤマケンの所なら安心できるし、こっちからお願いしたいくらいよ。あ、でもあんた達の『コーヒーゾンビ』も今大変なんじゃない? リスティから冷遇されてるでしょ」
「まあねえ。合同討伐もずっと外されてるし、金稼ぎが大変よ」
ヤマケンは頬杖をつき、大きなため息をついた。
「リスティに目の敵にされてるルビィがヤマケンの所に移ったら、ますますお前らの立場が悪くならねえか?」
タケルは眉をひそめながら、皿の上の骨付き肉を取った。
「そんなこと気にしないよ。俺達はルビィが来てくれるなら大歓迎。彼女ほどのウィザードはなかなかいないからね」
ツバサもヤマケンに同調した。
「二人がそう言ってくれるなら、コーヒーゾンビに移ることに決めるわ。ありがとね」
ルビィはホッとした表情を浮かべ、彼女の顔程もある大きなビールを掲げた。ツバサとヤマケンもルビィに合わせてビールが入ったコップを掲げる。
タケルはアイスコーヒーを飲みながら、一人浮かない顔をしていた。
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