第61話 裂け目調査

 リスティがヒースバリーの街中を歩いている姿はとても目立つ。

 派手な服を着て歩く彼女を守るように寄り添って歩くのは、彼女のお世話役のマオ、常に彼女に付き添うゼット、ベイン。それはまるで姫と従者のようだ。王様のいない世界で、彼女のような振る舞いをする者はいない。奇妙な一行はすれ違う通行人を当然のようにどかせ、道の真ん中を堂々と歩いていた。


 今やハイファミリー同盟のボスとなったリスティは、ますますその野望を膨らませている。今日はリスティがずっとやりたかったことを叶えに、ある店を目指していた。


 リスティが目的の店に着くと、マオが当然のように扉を開け、彼女が中に入る。ここは「ユリの糸」と言う名の小さな洋服店。店主のユリがデザインする洋服は丁寧な仕立てで評判だが、地味で個性に欠けるとも言われている。


「お待ちしておりました、リスティ様」

 店主のユリがにこやかにリスティを出迎えた。リスティは以前ここで買い物をしたことがあり、店主とも顔見知りだった。

「今日は時間を作ってくれてありがとう、ユリ」

「いいえ。リスティ様が大切な話があるというなら、時間は作りますよ」

 店内には誰も客がいなかった。リスティが来るというので店を閉めていたのだ。

「早速だけど……」

 リスティは店内の椅子に勝手に腰かける。


「この店、私に譲ってくれないかしら?」

 リスティの言葉をすぐに理解できない様子のユリは、ぽかんと口を開けている。

「は……あの、それってどういう……?」

「そのままの意味だけど。私、あなたの服が気に入ったの。細かいところまで丁寧で着心地も完璧だわ。私ね、こう見えても裁縫職人なの。いつかは自分の店を持って、自分の名前のブランドを立ち上げるつもりなの。でも私、とっても忙しいのね。上級試験を受ける暇もなくて」

「はあ……」

 ユリはぽかんとしたまま頷く。


「だからね、このお店を譲ってもらって、ここを私のお店にしたいなーと思って。あ、もちろんあなたにはこのままここで働いてもらうわね。あなたには引き続きここで服を作ってもらいたいの。デザインは私が考えるわ。今よりももっと人気が出ると思うのよ」

 目を輝かせて話すリスティを、マオ達三人はうんうんと頷いている。

「ちょっと待ってください。ここは私のブランドで、私のお店なんです。あなたがデザインを考えるなら、もう私の店じゃないじゃないですか」

 ようやく事態を理解したユリが慌ててリスティに訴えた。


「それは確かにそうよね……でも、この際だからはっきり言うわね。あなたのブランドはあまり知られてない。確かにあなたの服は丁寧に仕立てられてるけど、デザインが野暮ったいのよ。つまり、問題はデザインなの。そこで考えたんだけど、私がデザインを考えて、あなたが服を作る。そうすればこの店はヒースバリーで一番有名になるわよ。いい考えだと思わない?」

 リスティが横に立つマオに視線を送ると、マオは当然だとばかりに頷いた。

「リスティ様のデザインなら、きっと人気になります」

「その通り。リスティはセンスが抜群なんだよ。あんた、いい話だと思うよ」

 ゼットもマオに続き、ベインも「リスティと組めば間違いないよ」と同調した。


「あなた達、正気ですか……? わ、私がこのお店を出すのにどれだけ苦労したと思ってるんですか?」

 ユリの表情がみるみる怒りに変わる。それを見てもリスティはきょとんとした顔で、可愛らしく小首を傾げた。

「どうして怒るの? 私はあなたの為に言っているのに。あなたには十分な給料を支払うつもりよ。私のブランドが有名になったら、あなたの名前も町中が知ることになるわ。私、あなたの才能を本当に買っているのよ。あなたももっと有名になりたいでしょう?」

「私はこのままで十分です! い、今でも私の服が好きだと買ってくれるお客様はいるんです」

 ユリは強固にリスティの提案を拒否した。リスティはふうと小さなため息をつくと、椅子から立ち上がりユリの前に立つ。


「もうすぐ知れ渡ることになるけど、実は私、ハイファミリー同盟のボスになったのよね。私が一言、あなたの服を褒めれば、きっと飛ぶように売れるでしょうね。でも私がここの服はダサいと言えばどうなるかしら? ここの家賃、高いんでしょう?」

「わ、私を脅すつもりですか……?」

 怯えるユリの顔を見たリスティは、不思議そうな顔で口を尖らせた。

「脅す? とんでもないわ。私はあなたに素晴らしい提案をしているだけ。給料だって払うし……そうね、それならあなたの服も今まで通りにこの店に置いていいことにするわ。あなたの服がこれからも作れるなら、文句はないのよね?」

 にっこりと微笑みながらユリに迫るリスティ。彼女の迫力に押されるように、ユリは頷くしかなかった。



♢♢♢



 ヒースバリーでリスティが着々と自分の思い通りの世界を作り上げている頃、ナナセはシャトルフの森にいた。


 キャテルトリーの南にあるシャトルフ村にある深い森。以前ナナセとルインはエルムグリンの街へ行く途中で、ここへ立ち寄ったことがある。

 ナナセとルインはジェイジェイに誘われ「世界の裂け目」探しの手伝いに来ていた。シャトルフの森にはジェイジェイと共にタケルも来ている。四人は深い森をどんどん奥へと進んでいた。


 ジェイジェイは目的の場所へ到着すると「あれを見てくれ」と指さした。

 そこにあったのは石の柱を組んで作られた、扉の枠のような形のものだ。


「これ……前に見せてくれた画像のやつですよね?」

 ナナセは不思議な石のオブジェを見ながら、ジェイジェイに尋ねた。ナナセとルインは以前シャトルフ村でジェイジェイと会い、このオブジェの画像を見せられたことがある。


「ああ、そうだ」

「ジェイジェイ、この森で妙な光が見えたってのは、ここのことなのか?」

 タケルは森を見回しながらジェイジェイに尋ねた。

「ここかどうか分からない。ただ、森の中で不自然に光るものが目撃されたのは確かだ。こっちの方角かと思い来てみたんだが……」


 ジェイジェイは石のオブジェに近寄り、石の柱に自分から激突してみたり、オブジェを通り抜けたりし始めた。

 これが彼の「世界の裂け目」の調べ方である。同じ動きを何度も繰り返し、どこかに「裂け目」があるか調べる。その間は誰も彼を邪魔できない。

 三人はジェイジェイの調査が終わるまで、彼を邪魔する魔物が現れたら排除する役目である。幸いにも今日は近くに「宵の泉」はないようで、今の所危険はなさそうだった。


 タケルはその場に座り込み、ナナセとルインも彼女の真似をして横に座った。

「今日はありがとな、手伝いに来てもらって」

 タケルが言うと、二人は揃って首を振った。

「いえ、やっとちゃんとジェイジェイさんのお手伝いができるようになったから、嬉しいです」

 ルインの言葉に、ナナセも大きく頷いた。


「ジェイジェイさんは、やっぱりあのオブジェが気になっているんですね」

 ナナセは何度も石柱にぶつかっているジェイジェイを見ていた。

「そうらしいな。もう何度もここへは調査に来てるはずだけど……またここに来たいってことは、よっぽど気になることがあるんだろうな」

「あの妙なオブジェ、前はなかったんですよね? 急に現れるなんて怪しいですよ」

「俺も怪しいと思うけど、ブラックは『問題なし』って言ってる。レムリアルは日々変化してるからだとさ」


 タケルは意味ありげな視線をナナセに送る。ナナセは理解して小さく頷いた。レムリアルは人間が創った世界で、彼らがレムリアルに変化を加えるのはおかしなことではないからだ。

 

「ジェイジェイが調査を始めるとなげえからなあ……魔物もいないし、昼寝でもしようかな……ルイン、さっきから何を熱心に見てんだよ? ムギンと睨めっこでさ」

 タケルはムギンを覗き込んでいるルインに話しかけた。

「ああ、今『リバタリア』の掲示板を見てたんです」

「リバタリアの連中って変わってるよな。お互い話さないルールなのに、掲示板でずっと話してるんだぜ? 直接話せばいいじゃん」

 タケルは勢いよく寝ころんだ。

「うちはそういうルールですから。掲示板を見てると有益な情報が沢山手に入るから便利なんですよ。それで今、すごい情報を見つけたんですけど」

「何だ?」

 寝ころびながらタケルはルインに尋ねた。ナナセも不思議そうな顔でルインを見る。


「リスティがハイファミリー同盟のボスになったって話です」

「何?」

 タケルは慌てて飛び起きた。

「それ、本当の話?」

 ナナセの顔色も変わった。

「前のボスだったレンは正式にボスの座をリスティに譲ったみたいです。ヒースバリーで噂になってるみたい」

「とうとうやりやがったな」

 タケルは吐き捨てるように言った。

「信じられない……どうしてリスティにボスの座を譲ったんだろう」


 ナナセは呆然としていた。リスティは確かに権力のある者に媚びるのが上手い女だ。だが同盟のボスだった男を蹴落とし、自らがボスになるとは思わなかったのだ。

「掲示板では彼女のことを『ノヴァリスの女王』なんて呼んでる奴もいます。なんでも同盟の誰かが言い始めたんだとか」

 ルインは眉をひそめながら掲示板を見ている。

「女王だって……!? 笑える。リスティにノヴァリス島を支配させる気でもいるのかね」

 冗談ぽく笑ったタケルの言葉を聞き、ナナセはハッとした。


「そうかもしれません。リスティは女王になろうとしているのかも」


「はは、そんなはずねえよ。ノヴァリス島には王様なんていねえのに」

「だから彼女がそれになろうとしているんです。それが彼女の目的なのかもしれません」

「は……」

 タケルの顔から笑みが消える。ナナセの顔は真剣で、冗談を言っているようには見えない。ようやくタケルも事の重大さに気がついたようだ。


「それ、やべえじゃん」

「やばいです」

 タケルとナナセは顔を見合わせて頷いた。



 ナナセ達がリスティの話をしていると、調査を終えたジェイジェイが首を振りながらタケル達の所へ戻ってきた。

「やはり、何もおかしいところはない。裂け目があるようには見えない」

「お疲れさん、やっぱり裂け目はなかったか。じゃあ危険はない……ってことか?」

「少なくともここに裂け目はないから、誰かが裂け目に落ちる心配はないだろう。光の目撃情報のことは気になるが……どこか別の場所のことかもしれない。俺はもう少しこの辺りを調べる」

 ジェイジェイはため息をつきながら、石のオブジェを見つめた。

「よっし、なら俺ももう少し付き合うわ。お前らはどうする? 帰ってもいいぞ」

 タケルがナナセ達に目をやると、二人は揃って頷いた。

「私達も手伝います」

「すまないな。ならばもう少し先に進もう」

 ジェイジェイはナナセ達に礼を言うと、早速歩き出した。

「おい、待てよ!」

 タケル達三人は慌ててジェイジェイの後を追った。




 シャトルフの森でジェイジェイの調査を手伝ってから数日後、ナナセとルインはガーディアンのブラックから呼び出され、ヒースバリーの冒険者ギルド総本部を訪れていた。


 慣れた様子でエレベーターに乗り込む二人。真っ白な箱の中でお喋りをしている。

「結局、シャトルフの森には何もなかったね」

 ナナセがルインに話しかけると、ルインは腕組みをしながら天を仰ぐ。

「ジェイジェイさんが言ってた『目撃された光』っていうのがよく分からないことにはね……ジェイジェイさん本人も見てないわけでしょ?」

「そうだよね……光の情報自体が間違いかもしれないって、ジェイジェイさんも話してたよね」

「やっぱり冒険者のランタンの光と見間違えたんじゃない? 森の中だからすっごく光って見えたとか」

「そうかもね。でもジェイジェイさんは『間違いかもしれなくても、おかしなところがあったら徹底的に調べる』って言ってたよね。ああいう性格だから、世界の裂け目を見つけることができるんだろうね……あ、着いたよ」

 二人が話していると、エレベーターが「黒の階」に着き、扉が開いた。




「ナナセ、ルイン。お待ちしておりました」

 ブラックはいつもと変わらず、礼儀正しく二人を迎えた。部屋の中にはタケルが先に来ていた。

「遅い!」

 タケルは笑いながらナナセ達に片手を上げる。

「すいません。タケルさんも呼ばれてたんですね」

 ナナセは少し驚いた顔でタケルを見た。

「これでも急いで来たんですけど」

 ルインは口を尖らせながらタケルに言い返す。

「はは、冗談、冗談。俺が先に来てブラックと話してたんだよ」

 タケルがブラックに視線を送ると、ブラックは頷いた。

「これで全員揃いましたね。それでは早速本題に入りましょう」



「タケルから、ハイファミリー同盟について報告を受けました。同盟のボスが変わり、悪い方へ変化しているのではないかとのことです。ナナセ、あなたは新しい同盟のボスのことをよく知っているそうですね?」

 ブラックから尋ねられたナナセは「はい、リスティは昔の仲間でした」と答えた。

「リスティが新たなハイファミリー同盟を率いることについて、ナナセはどう思っていますか?」

 ブラックの真っ白な瞳がじっとナナセを捉える。ナナセはふっと息を吐き、まっすぐにブラックを見た。


「リスティは野心が強く、全てを思い通りにしたいと考える女です。彼女に同盟を任せるのは危険だと思います」

「なるほど」

 ブラックはナナセを見つめたまま頷いた。

「リスティは『ノヴァリスの女王』なんて呼ばれてるそうだぜ。周囲からどういう扱いされてるか、想像がつくってもんだ」

 タケルは長い髪をばさりとかきあげ、吐き捨てるように言った。


「その『ノヴァリスの女王』という呼び名についてですが、誰が言い出したのか分かりますか?」

 ブラックの質問に、今度はルインが答える。

「リバタリアの掲示板でその呼び名を見たので、彼らに質問してみたんですけど、彼らも誰が言い出したかまでは分からないと言ってました。同盟のメンバーが話していたらしいので、同盟の誰かが言い出したんだろうと思いますけど……」

「俺もツバサに聞いてみたけど、確かにノヴァリスの女王って呼んでる連中はいるらしい。リスティの取り巻き連中が呼んでるみたいだけどな」

「ふむ……」

 ブラックは顎に手を当て、少し黙った。


「その呼び名が気になるのか? ブラック」

 タケルはブラックに問いかけた。

「はい。ノヴァリスの女王と名乗るということは、このノヴァリス島を支配する意思があるとみなします。これがただのあだ名のようなものならば良いのですが」

「私も、そのことを心配してます」

 ナナセも頷きながら会話に参加した。

「仲間内でふざけて女王だなんだって言ってるだけならいいけどね……」

 ルインも心配そうな顔で続く。

「うん、リスティは最初、ただのヒーラーでしかなかったけど、どんどん人脈を広げてとうとう同盟のボスにまでなっちゃった。ここで満足するとは思えないよ」


 ナナセはリスティの顔を思い出していた。最後にナナセと会った日、ナナセをファミリーから追放すると言ったあの日のリスティの顔は、普段の彼女の顔とは別人のように冷酷だった。そして最近になって見かけたリスティの顔。仲間に囲まれ笑う彼女の顔は、昔のように無邪気で明るい「可愛いリスティ」のままだった。


(リスティは相手によって顔を使い分けている。どれが本当の彼女なのか分からない)


 確証はなかったが、このまま彼女を放置するのは危険だと、ナナセの直感が彼女を突き動かした。

「このままだとリスティはもっと増長して、同盟を自分の意のままにするかもしれません。本当に『ノヴァリスの女王』になろうとするかもしれない……私の勘違いならいいんですけど」

「いえ、ナナセ。貴重な意見に感謝します。リスティのことをよく知っているあなたの意見は重要です」

 ブラックはナナセの話を真剣に聞き、ナナセの意見に同意した。

「俺もナナセの意見に賛成だ。リスティが同盟をちゃんと仕切れるかどうか見張った方がいいと思うぜ」

「私も二人と同じ考えです。そもそもリスティは、仲間に嘘をついてまでナナセをファミリーから追放したんですよ。信用できるボスになれるとは思えないです」

 ルインは自分のことのように怒りながら話す。ナナセはそんなルインの気持ちを嬉しく思った。


「三人の話を大変興味深く伺いました。ハイファミリー同盟はノヴァリス島の冒険者にとって目指すべき存在であり、彼らによってノヴァリス島の平和が保たれています。同盟の危機はノヴァリス島の危機でもあります。三人には今後も同盟の調査をお願いします」

 ブラックの言葉を聞き、ナナセ、ルイン、タケルの三人は背筋を伸ばした。

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