第59話 虫が良すぎない?
リスティが初めての合同討伐に参加してから数日後。
リスティはハイファミリー同盟のボス、レンと二人で食事をしていた。場所はいつもの「妖精の宴」の個室である。
いつも明るく笑顔が絶えないリスティが、今日はなぜか伏し目がちでため息ばかりなことに、レンは気が気ではない。
「リスティ、どうした? 元気がないけど」
レンは我慢ができなくなり、とうとうリスティに問いかけた。
「……別に」
リスティは硬い表情で首を振る。下手な芝居だ、と思いながらレンは再び彼女に問う。
「なんでもないわけないだろう? 今日は会った時からずっとその調子だ。リスティ、君は嘘がつけない性格だな。俺が気づかないとでも思ったか?」
身を乗り出して顔を覗き込むレンに、リスティは観念したようにふっと笑みを漏らした。
「……さすが、レンは何でもお見通しね」
リスティは静かにナイフとフォークを皿の上に置いた。皿の上には薄くスライスされた白身魚が花の形に飾られ、色鮮やかな花びらが白い皿の上に咲いている。こんなにも美しい料理にも殆ど手をつけない彼女を、レンは心配そうに見つめていた。
「……実は、この間の合同討伐のことなの」
「キメラ狩りだろ? ヤマケンからは問題なく終わったと聞いてるが、何かあったのか?」
リスティは言いにくそうに言葉を続ける。
「彼ら……『コーヒーゾンビ』の期待に私達は応えられなかったの。彼らを失望させてしまったみたい」
ぽろり、とリスティの大きな瞳から涙がこぼれた。レンはその姿を見てすっかり慌てている。
「どうしたんだ? ちゃんと説明してくれ」
「私達、彼らのようには動けなかった。初めてだったし……どうすればいいか指示も少なくて。戸惑っているうちに戦いは終わってしまったわ」
怒れるキメラとの戦いの時──コーヒーゾンビとフロンティアウォリアーのメンバー達は何度もキメラと戦った経験があり、息の合った動きで戦闘に入った。ブルーブラッドのメンバーは彼らの後ろにつき、彼らの動きに合わせ、フォローをするのが役割だった。
リスティも後ろで仲間達の回復役に徹する。他のパーティのヒーラー達は盾役のメンバーが崩れないように仲間の状況に合わせて的確に動く。仲間が倒れればすぐに立ち直らせ、守りを固めるシールド魔術をかけたりと忙しい。リスティはゼット達があまり活躍しないので、特に忙しいこともなかった。
殆どリスティ達が役に立つことがない戦いが終わり、合同討伐のメンバー達が勝利の喜びに浸っている時、リスティは期待に胸を膨らませながら戦利品に目を奪われていた。
「わあ、すごい! こんなに沢山のブラッドストーンを見たことがないわ! 大きさも輝きも、他の魔物とは全然違うのね」
手のひらほどの大きさのブラッドストーンが、山のように積まれている。ブラッドストーンに心を奪われているふりをしながら、リスティの狙いはより貴重な「落とし物」である。
「大型の魔物だとブラッドストーンの量も多いからねー。あ、リスティ。悪いんだけど分配が終わるまでは勝手に触らないでね」
ツバサはニコニコしながら、ブラッドストーンの山から一つ持ち上げて見つめているリスティにやんわりと注意をした。
「落とし物は? 何か出たの?」
ブラッドストーンをぽいと投げ、そわそわした様子でリスティはツバサに詰め寄った。
「えーと、出たのは『キメラの角』と『キメラの羽根』かな。これから希望者でくじ引きだよ」
「羽根が出たのね! やったわ。で、その希望者って何人いるの?」
「希望者? 羽根も角も人気だから、希望する奴は多いと思うよ」
リスティは不敵な笑みを浮かべながら、ツバサに詰め寄った。
「お願い、ツバサ。その羽根、私達『ブルーブラッド』に譲ってもらえないかしら?」
「……え?」
ツバサは思ってもいなかったリスティの言葉に、ぽかんと口を開けたまま上目遣いの彼女を見下ろした。
「取引しましょう? 角とブラッドストーンは受け取らない代わりに、羽根は私達がもらう」
「ちょっと待ってよ。どうして君が決めるの? 最初に言ったよね? 落とし物は希望者で平等にくじ引きで決めるんだって」
ツバサはさすがにムッとしている。その様子に怯むことなく、更にリスティは畳みかけた。
「今回だけよ、お願い! 私、どうしても羽根が欲しくてここまで来てるの。羽根さえもらえたら後は何もいらないわ。次の合同討伐も、何も希望しないであなた達を手伝う。いい案だと思わない?」
名案だと言いたげなリスティを見ながら、ツバサはため息をついた。
「君のファミリーが俺達を手伝うだって?」
「そうよ。次は報酬なしであなた達を手伝うの。あなた達にとっても助かるでしょう? タダで手伝ってもらえるのよ?」
「何を言ってんの? はっきり言うけど、君達はただ後ろにいただけで何の役にも立ってないよ。君達に手伝うって言われても迷惑だよ。何の仕事もしてないのに報酬だけもらおうなんて、ちょっと虫が良すぎない?」
リスティの顔がみるみる赤くなった。
「わ……私達は初めてだから慣れてなくて上手く動けなかっただけよ。あなた、ツバサって言ったわよね。失礼じゃない?」
「失礼なのはどっちだよ。レンのお気に入りだかなんだか知らないけど、ちょっと調子に乗ってんじゃない? じゃあ俺やることあるから」
ツバサはぷいと背を向け、リスティから離れた。
──キメラ戦の後、結局リスティはキメラの羽根を手に入れることが叶わなかった。くじ引きは希望者のムギンを使って行われる。画面にランダムな数字を出し、一番大きな数字を出した者が手に入れることができる仕組みだ。彼らがくじ引きでがっかりしたり喜んだりしている間、リスティはへそを曲げ一人離れた場所ですねていた。
リスティの為に、ゼット達は代わりに羽根を希望したが、平等なくじ引きの結果、獲得したのはコーヒーゾンビのメンバーだった。リスティはツバサと険悪な状態のまま、合同討伐を終えた。
♢♢♢
そして今、リスティは同盟のボス、レンにしおらしく訴えている。
「私達が役に立たなかったせいで、彼らを怒らせてしまったわ。特にツバサ……」
「ツバサが怒る? あいつが怒るなんて、珍しいこともあるな」
意外そうな顔をしたレンに、リスティは慌てて言葉を足す。
「私が未熟だから、きっと彼も苦労したんだと思うわ。それでツバサは私に『落とし物を得る権利を与えない』と言ったから、せっかくキメラの羽根が出たんだけど、くじ引きにすら参加させてもらえなかったの」
「そんなことをツバサが言ったのか?」
レンは目を丸くした。
「ええ……私は役に立ってなかったから、落とし物を希望する権利がないんですって」
リスティはうつむき、肩を震わせた。
「かわいそうに。ブルーブラッドの経験が浅いからよろしく頼むと言っておいたんだがなあ。ツバサの奴……よし、今から呼び出して話を聞こう」
怒りの表情を浮かべ、ツバサを呼び出そうとピアスに触れようとしたレンを、リスティは慌てて引き留めた。
「待って! レン。私が悪いの。ツバサは悪くないから責めないで、お願い」
「いや、こういうことはきちんと話さないと」
「本当にいいの! やめて、レン」
あまりに必死に止めるので、レンはピアスから手を離した。リスティは安堵し、ふうっと息を吐く。
「……やっぱり、私にハイファミリー同盟は荷が重かったのかもしれないわ。もうブルーブラッドを抜けた方がいいかも……」
リスティが静かに口を開くと、レンは焦りだした。
「そんなことを言うなよ。最初は誰だって失敗するもんだ。また今度、どこか別のファミリーとの合同討伐にブルーブラッドを入れてやるから元気を出せ」
「……本当?」
リスティがじっとレンを見つめた。
「ああ、リスティが嫌な思いをしなくていいように、俺がちゃんといいファミリーと組ませてやるから」
「だったら……そのファミリーを私に選ばせてくれる?」
「リスティが選ぶのか? ……まあ、それくらいは構わないが」
「ありがと。一緒に組む仲間は私が自分で選びたいもの。メンバーの選定も私に任せて欲しいの」
さっきとは打って変わってキラキラした笑顔を見せるリスティに、レンは目尻を下げながらため息をついた。
「仕方ないな、うちのお姫様は。分かった、リスティの思い通りにやってみなよ」
「嬉しい! ありがとうレン」
すっかり機嫌を取り戻したリスティは、いつもの調子に戻り、楽しく食事を再開した。レンはリスティの機嫌が直ったことに安堵し、リスティと過ごす時間を楽しんだ。
それからしばらくして、ハイファミリー同盟の実質的なボスがリスティになったとの噂が、ノヴァリス中を駆け巡ることとなった。
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