第57話 リスティの策略

 近頃ヒースバリーを賑わせている、ある噂があった。


 ハイファミリー同盟のトップである不敗の軍団のリーダーであるレンと、ブルーブラッドの副リーダーのリスティが一緒にいる姿をよく目撃されているというものだ。


 その噂はヒースバリーの美容師であるマリーツーの耳にも当然入る。マリーツーから連絡を受けたナナセ、ルイン、タケルの三人はマリーツーの店に集合した。


 いつものように店を閉め、奥の部屋で四人は集まった。

「……で、しょっちゅう『妖精の宴』で一緒に食事してるレンとリスティが目撃されてるってわけ」

 マリーツーがナナセ達に噂のことを話した。

「妖精の宴って、すごく高いレストランですよね?」

 ルインがタケルに尋ねた。

「ヒースバリーで一番高いレストランだな。あそこは値段が高いだけで味は大したことねえけど」

「あら、言うわねータケル。まあ私も姉さんの店の味の方が上だと思ってるけど」


 マリーワンのレストランは庶民的な店だが、食材の品質にこだわりがあり、味も抜群にいい。そう思っていたのは自分だけじゃなかったと、ナナセは聞いていて嬉しくなった。


「リスティはユージーンと仲がいいと聞いてたんですけど、彼とは最近一緒にいないんですか?」

 ナナセは情報通のマリーツーに尋ねた。

「そう言えば、最近は聞かないわね。自警団長からハイファミリー同盟のボスに乗り換えたってところかしら」

「すげえな、リスティ。このままハイファミリー同盟のボスになっちゃったりして」

 タケルは冗談めかして笑う。マリーツーも一緒に笑ったが、ナナセとルインは神妙な顔をしていた。

 タケルの話は冗談では済まないかもしれないのだ。特にナナセはリスティの性格を良く知っている。リスティの権力を持つ者に取り入る才能はずば抜けたものがある。


「……本当にそうなるかもしれません。彼女なら、それができます」

 ナナセがポツリと呟いた。



♢♢♢



 ヒースバリーのレストラン「妖精の宴」はリスティのお気に入りの店の一つだ。

 贅を尽くした内装と、見た目にも美しい食器に彩られる料理。店員のサービスも行き届いていて、個室もあるので内緒の話をするのにもぴったりだ。

 この店を指定するのはリスティではなく、食事相手の男達だ。リスティと食事をするのに相応しい店を考えると、この店しかなくなる。庶民的で騒がしい店にでも連れて行くと、途端にリスティの機嫌が悪くなるので、妖精の宴を使わざるを得なくなるのだ。

 出てくるのは芸術的な美しさがある料理ばかりだが、冒険者にとっては手っ取り早く腹を満たせて、体力やスタミナが回復する肉料理や魚料理を出すレストランが好まれる。上級冒険者の中でもこの店を好むのは、見栄っ張りだけだと陰口を叩く者もいる。


 リスティは今夜も「妖精の宴」で食事を取っていた。

 彼女の向かいに座るのは「不敗の軍団」のリーダー、レン。レンはリスティと出会った頃、彼女を警戒していた。食事に行ったのも、リスティが何者なのか見極めてやろうと考えてのことだった。

 だが初めての食事を楽しく終えた後、もう一度、もう一度と繰り返すうちに、レンはすっかりリスティの虜になっていた。

 ハイファミリー同盟のボスとして常に緊張の毎日を送っているレンに、リスティは常に笑顔で彼を楽しませた。楽しい出来事や仲間の失敗談を面白おかしく話し、レンを笑わせた。


 今日もリスティはご機嫌で、名のある裁縫職人がデザインした服を身に着け、グラスを持つ指には人気の宝飾職人が作ったアクセサリーが光る。この美しいヒーラーを連れ歩くと、店の客からの視線が心地よいとレンは思う。レンのファミリーにも美しいヒーラーは何人もいるが、リスティは彼女達とも違う個性を持っていた。


 ハイファミリーに所属するヒーラーは、常に危険な魔物狩りで仲間の命を守る仕事に従事しているので、自然としっかりした者ばかりが残っていく。リスティのように、周囲から守ってもらえるのが当然と思っているヒーラーは淘汰されていくのだ。だがリスティはまるで新人ヒーラーのような初々しさをいつまでも残していた。だがそれに反して仲間達を率いる強さも持っている。このアンバランスさがリスティの不思議な魅力となっていた。


「本当に、あんたは変わった女だよ」

 にやけた笑顔で、しみじみとリスティを見つめながらレンは呟いた。

「何? 急に」

 リスティは口をつけたグラスを離し、ぷっと吹き出した。

「あんたの目的は何なんだ? 最終的にどこを目指してるんだ?」

 レンはずっと聞いてみたいと思っていた疑問をリスティにぶつけた。


「その目的を叶えるには、あなたの力が必要なの」

 リスティはゆっくりとグラスをテーブルに置いた。

「俺の力? 俺のファミリーに入りたいとか? 悪いけどヒーラーの手は足りてるよ」

 レンは手を顔の横で軽く振った。

「私には『ブルーブラッド』があるもの。抜けるなんてできないわ。でも、ブルーブラッドにいる限り、私の欲しいものは手に入らない。ブルーブラッドのランクは正直言って低いわ。私達のファミリーでは参加できない合同討伐も多いもの」

「ふーん、欲しい物ね。具体的に何が欲しいんだ?」

 身を乗り出して尋ねるレンに、リスティは少し迷いながら口を開いた。


「……『怒れるキメラ』の羽根よ。その羽根があれば、新しいローブが作れるの」

「ああ、キメラのローブだな。俺のメンバーもみんな持ってる」

「ね? ヒーラーなら絶対に欲しいのよ」

 リスティは目を輝かせながら身を乗り出した。

「でもなあ、キメラはどこのハイファミリーも狩りたがる魔物だから、仮に素材が手に入っても身内で取り合いだ。キメラの落とし物はどれもいいものばかりだからな、角、爪、尻尾……それにキメラが湧くダンジョンは複雑で、並みのハイファミリーじゃ踏破できない。力になってやりたいけど、さすがにキメラは……」


 しぶるレンに、リスティは心から失望した表情でため息をついた。

「……そうよね。私の我がままで無理を言ってしまったわ。ごめんなさい、レン」

 あからさまに気落ちしているリスティの姿に、焦ったレンが声をかけた。

「待ってくれ、無理ってわけじゃない。次の合同討伐の時に、ブルーブラッドも参加できるか聞いてみるよ」

「本当!?」

 リスティの表情が急にぱあっと明るくなった。

「ああ、次にキメラ狩りに行くのは確か……『コーヒーゾンビ』とどこだったっけな? とにかく彼らに聞いてみよう」

「嬉しい! さすがレンね、頼りになるわ。私の仲間達もきっと喜ぶと思うわ」

「別にこれくらい、大したことじゃない」

 そう言いながらも、嬉しさを隠せない顔でレンは答えた。


「それじゃ、私はそろそろ帰るわね。他の友達と約束があるの」

「え、もう帰るのか? まだデザートが来てないぞ」

 レンはあっさりと帰ろうとするリスティを驚いて見つめた。

「残念なんだけど……でもどうしても今日相談したいことがあるって言うの。友達をあまり待たせちゃ申し訳ないでしょ?」

「……そうか、なら仕方ないな……また今度、ゆっくり時間を取って食事をしよう」

 残念そうに呟くレンに、リスティはとびきりの笑顔で応えた。

「ええ、また今度ね!」


 名残惜しそうにリスティを見送るレンと、さっさとその場を去って行くリスティ。二人の関係に変化が起きていたのは明らかだ。レンはリスティを見送った後、早速ブルーブラッドをキメラ狩りに同行させる為、力を尽くすこととなった。




 リスティがレンと別れた後向かったのは、自警団長ユージーンが待つ自警団本部の建物だ。

 ヒースバリーの中心である冒険者ギルドの塔の近くに建つ、真っ白な箱のような形の自警団本部は、住民が簡単に入ることができない。用があればあちこちにある自警団の詰所に行ってくれと追い返される。

 そんな自警団本部の中に我が物顔で入るリスティ。団員達は彼女がユージーン団長の友人であることを知っている。通さないと彼らがユージーンに叱られてしまうので、ツンとすました顔で本部の中を歩くリスティを黙って見送るだけだ。


 本部の最上階は全てのフロアがユージーンのものだ。彼はここに住んでいて、豪華な寝室とリビングと団長室がある。

 団長室では、ユージーンがイライラしながらリスティを待っていた。ようやく扉が開いてリスティの姿が現れると、ユージーンはホッとして立ち上がる。


「随分遅かったじゃないか。こちらから迎えに行こうと考えていたところだよ」

 ユージーンはうやうやしくリスティを出迎え、彼女を真っ赤な布張りのソファに座らせる。

「私だって忙しいの。これでもすっごく急いだんだから」

 リスティは不機嫌な顔を隠さない。先ほどまでレンに振りまいていた愛想をどこかに忘れてきたようだ。

「すまない、君を責めているわけじゃないんだ。だが私も色々と予定があって……」

「忙しいの? なら私はもう帰るわ」

 立ち上がろうとするリスティを、ユージーンは慌てて引き留める。

「いいんだ、帰らないでくれ。悪かった、リスティ」

「……で、話って何なの?」

 座り直したリスティは、憮然とした顔でユージーンに尋ねた。


「……その、例の話なんだが……レンには話してくれたかな?」

 ユージーンはそわそわした様子でリスティに尋ねた。

「まだよ。彼は警戒心がとっても強くて難しいの。あまり急かさないで? こういうことは慎重に進めないと。彼の心象が悪くなったら全て水の泡なのよ」

「だが、噂だと君とレンは毎日のように二人で会ってるらしいじゃないか。もうすっかりレンは君に夢中なんだと思っていたよ」

「毎日なんて会えるわけないでしょ。会う日が多いのは確かだけど」

 リスティは退屈そうにうつむき、自分の長い髪をいじっている。

「しかし、レンは君のことを自慢しているようだ。いずれ自分のファミリーにスカウトするんじゃないかと噂になっているよ」


 ユージーンの言葉が意外だったのか、リスティはパッと顔を上げた。

「それ、本当?」

「ああ、不敗の軍団のメンバーから聞いたから間違いない。君は何も聞いてないのか?」

「ええ……私には『ヒーラーは足りてる』と言っていたけれど……そう、レンは私を試しているのね」

 リスティは顎に手を当て、考え事をしている。

「レンは慎重な男だ。君が信用に足るヒーラーか、確認しているんだろう」

「もしそうなら……もうじき『私達の夢』が叶う日も近いかもしれないわ」

 リスティの言葉に、ユージーンはにやりと笑った。

「やっぱり君は素晴らしいね。初めて会った時からただ者じゃないと思っていたが……君と出会えて本当に良かった」


 リスティもユージーンに微笑んだ。

「ノヴァリス島は私のもの。そして私を助けるのはあなた。私が女王で、あなたは私を守る盾になるのよ」

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