第54話 リスティの新たな野望

 ヒースバリー居住区で最も高額なファミリーハウスは、丘の上の一番見晴らしがいい場所に建っている。

 曲がりくねった長い坂道を上った先にあるファミリーハウスまで徒歩で行く者はいない。ファミリーハウスの前にはポータルポイントが設置されており、直接家の前まで行くこともできるが、殆どのメンバーは自分専用の「マイビークル」で移動している。


 坂道をゆっくりと上るそのビークルの形は、他のものと大きく違っていた。

 ビークルは基本的に一人用のもので、立ったまま乗るものだ。だが改造で椅子をつけたり屋根をつけたりもできる。そのビークルは屋根があり、扉までついていてまるで小さな車のようだ。

 中は二人乗りで、運転席に座っているのはゼットだ。その後ろに座っているのはリスティ。二人は今から、一番広くて一番豪華なファミリーハウスの主に会いに行く。



 ビークルから降りたゼットは、広大な敷地に建てられた豪邸に目を奪われていた。リスティが手に入れた「ブルーブラッド」の屋敷よりも遥かに大きい。屋敷の前には噴水や花畑が美しく配置された庭があり、奥には広い訓練場もあると言われている。敷地内の建物の数も一つではない。

 リスティは目の前に建つ大きな屋敷をじっと見つめていた。笑顔でもなく、真顔で感情が読めない表情をしている。

「あなたはここで待っていて」

 リスティは振り向かずに後ろに立っていたゼットに声をかけると、返事を待たずに歩き出した。

「ちょ、ちょっと待てよリスティ。俺も一緒に行くって」

 ゼットは慌ててリスティの後を追おうとした。

「中に入る許可をもらったのは私だけなの。あなたが行っても中に入れてくれないわよ。じゃあ、後でね」

 リスティは足を止め、面倒臭そうにゼットに言うとそのまま前を向いて歩いて行ってしまった。

「……分かったよ」

 ゼットはため息をつきながら、リスティが屋敷に向かうのを見送った。



 リスティはファミリーハウスの中に招かれると、そのまま小さな部屋に通された。小さな部屋、と言っても普通の屋敷ならば十分広い部屋なのだが、このクラスの豪邸から考えると「小さい」ということになる。

 どうやらここは客人用の部屋のようだった。壁にはファミリーメンバーが描かれた絵画が、額縁に入れて飾られていた。部屋の隅にはファミリーの紋章がデザインされた旗が置かれている。

 そしてこの豪邸を手に入れたファミリーこそが、ハイファミリー同盟の中でもトップランクと言われる「不敗の軍団」である。


 リスティは通された椅子に腰かけ、一人待っていた。部屋には誰もおらず、お茶が出てくるなどのもてなしもない。最初は大人しく座って待っていたリスティだったが、いくら待っても誰も来ないことに、段々苛立ち始めた。

 椅子から立ち上がって窓から外を眺めたり、壁に掛けられたノヴァリス島の地図を見つめたりして時間を潰していると、ようやく待ちかねていた男が姿を現した。


「待たせて悪いね」

 ドアが荒々しく開き、一人の男がずかずかと入ってくる。

「いえ、無理を言ったのはこちらですから」

 リスティはこの為に用意した笑顔を存分に振りまいた。

「この後俺は出なきゃいけないからあまり時間がないんだけど、いいかな?」

 そう言いながら男はリスティの向かいにどかっと座った。男はこれから魔物狩りに行くのか、装備品を身に着けていた。

リスティは一瞬間を置いて「構いませんよ」と答え、ゆっくりと椅子に腰かけていつものように、布地を贅沢に使ったスカートを整えた。


「初めまして、リスティと申します。ブルーブラッドの副リーダーをしています。今日は『不敗の軍団』のリーダーであるあなたに是非一度ご挨拶をしたくて」

「あんたが噂の副リーダーか。俺はレン。不敗の軍団のリーダーをしてる。俺も一度あんたに会っておきたかったんだ」

 レンは足を組み、品定めをするような目つきでじっとリスティを見た。リスティはそんな視線に動じるような女ではない。堂々と背筋を伸ばし、笑顔を絶やさない。


「私、ハイファミリー同盟の会合に呼んでいただけないものですから。本来なら副リーダーになってすぐにレンさんにお会いしたかったんですけど」

「会合は基本的にリーダーしか出席できないからねえ。どこのハイファミリーも『俺も、私も』と出てこられたら意見もまとまらなくなっちゃうだろ? だから少数の出席にしてるのさ」


 腕組みをしているレンは、溢れるほどの自信と、少しの尊大さを感じさせる男だ。部屋の中を流れる緊張の空気を感じながら、リスティは真っすぐに前を向く。

「確かにそうですね。でも副リーダーが変わった時くらいは、会合への出席を許して欲しかったです。そのおかげで私、わざわざここへあなたに会いに来なければならなくなってしまったでしょう?」

「まあ、それはそうだね」

「でもこうしてゆっくり二人でお話しできるのですから、これはこれで悪くはないですね」

 リスティはにっこり微笑み、小首をかしげた。


 レンは顎に手を置き、鋭いまなざしでリスティを見つめる。

「同盟の仲間達の間でも噂になってたよ。突然現れ、ブルーブラッドの借金を肩代わりする代わりにハイファミリーに入り込んだ女がどんな奴なんだってな」

「まるで私が怪しい女みたいな言い方ですね」

 リスティは笑顔のままで返した。

「ハイファミリーに取り入ろうとする奴は多いからねえ。俺達は常にドーリアを疑ってる。でもマティアスは、あんたのことを『自分を救ってくれた女神のようだ』と言ってたよ」


「女神……私が?」


 リスティは心から驚いたような顔をした。自分が女神のようと例えられ、まんざらでもなさそうな笑みを浮かべる。

「少なくともマティアスは、あんたのことを信用してるみたいだ。俺が知ってるマティアスは真面目なんだが少し不器用と言うか、なんでも自分で抱え込むところがある。まあだから借金が増えたわけなんだけどな……そんなあいつを助けてくれたあんたには、同盟を代表して礼を言いたい」

 レンは体を起こし、身を乗り出した。


「お礼なんて。私にできることをしただけです」

「もちろん俺は、あんたがただのお人よしじゃないことは分かってる。縁もゆかりもないあんたがブルーブラッドの借金を肩代わりする理由は一つ。ハイファミリー同盟に入る為だ」

 リスティは姿勢を崩さず、笑顔を保ったまま口を開いた。

「そのことは私も隠すつもりはありません。私の目標はハイファミリー同盟に入ることでしたから。その為のお金なら惜しくはないわ」

「正直でいいね」

 レンは高らかに笑い声を上げた。レンの態度が少し和らいだことに、リスティはほっとする。


「でも一つ気になることがある。ブルーブラッドの借金を全て肩代わりできるほどの金を、あんたのいた所が持っているとは到底思えないんだが」

「うふふ、私達の『ダークロード』は高い目標を持ってお金を貯めていたんです。もっとも、それだけで足りない分はお友達が支援してくれましたけど」

「お友達ねえ」

 レンはなんだかにやにやしながら、リスティの話を聞いている。


「それも全ては同盟に入る為。勿論、ハイファミリー同盟に入ったらそれで終わりではないことも分かっています。私は『ブルーブラッド』の副リーダーとして、同盟の為に力を尽くすことを誓います。同盟のリーダーであるレン、あなたの為に私は働きます」


 リスティの堂々とした宣言だった。レンはじっとリスティを見つめ、ふっと笑みを漏らす。

「口で言うだけならいくらでも言えるけどな」

「あなたが私を信用しないのは当然だと思います。あなたは私のことを何も知らないもの。だからこれから、私に時間をくれませんか? きっと私を信じてよかったと思わせて見せますから」


「ふーん」

 レンは顎に手を当て、更に身を乗り出してリスティの顔をじっと見た。ベージュ色の長い髪とピンクの口紅に同じ色のチークをつけたリスティは、とても可愛らしく魅力的だ。胸元にある大きな石が目立つ「魔力のペンダント」は、彼女が上級ヒーラーとして十分な能力を持っていることを表している。


「分かったよ。これからハイファミリー同盟の会合には、あんたもマティアスと一緒に出ていいと許可しよう」

「本当に!? 嬉しい! ありがとう、レン!」

 レンの言葉を聞き、急にリスティは子供のような笑顔を見せてはしゃいだ。

「……じゃあ、今度一緒に飯でも食うか。今日は時間がないから」

「ええ、是非! 楽しみにしてるわ」

 リスティは甘えたような声で言い、レンに微笑んだ。

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