第53話 中古市場でお買い物

 職人区に入ったのは二人とも初めてだ。

 どの建物もキャテルトリーの職人ギルドより大きい。職人区には背の高い建物が少なく、あちこちの煙突からは煙が立ち昇り、大きな荷物を背負った職人や、木材を積み込んだビークルに乗った職人とすれ違う。


 少し歩くと、目当ての中古市場が見えてきた。そこは広場のようになっていて、びっしりと商品が並んでいる。既に沢山の客がいて、ここだけ別世界のように賑わっていた。

 市場の入り口に、ヴィヴィアン達が立っているのが見え、ナナセとルインは慌てて駆けだした。


「あ、来たよ! おーい!」

 マカロンが二人に気づき、手を振った。ナナセとルインは「待たせてごめんね」と言いながら三人に合流する。

「僕もついさっき来たところだから大丈夫だよ」

 コートロイに寄ってから来ると言っていたノアが、笑顔で二人をフォローした。

「さーて、全員揃ったし早速行こうか!」

 ヴィヴィアンは市場を目の当たりにして、柄にもなくはしゃいでいた。

「ヴィヴィアン、今日は何も買うつもりないって言ってなかった?」

 マカロンが首を傾げる。

「見てから決めるの! 私、こういうところ初めてだから楽しみ!」

「気をつけてよ、ヴィヴィアン。ここは結構ぼったくりもあるから……」

 ノアが声を潜めてヴィヴィアンに注意をする。

「分かってるってば。ちゃんと見極めます!」

 口調が明らかに浮かれているヴィヴィアンは、あてにならない誓いを立てながら真っ先に市場へ入って行った。

「あ、待って……」

 ナナセ達は慌ててヴィヴィアンを追った。



 市場に入った後はそれぞれ別れ、見たい物を見ることにした。ヴィヴィアンはマカロンとノアの見張り役だと言いながら、自分が先頭に立ってあれこれ品物を手に取っている。

 ナナセとルインは早速目当ての品「ビークル」を探しに歩き回った。市場の品物は売り手がそれぞれ店を構え、色々なものが雑多に置かれてある。どこに何があるか分からない為、自分の足で探し回るしかない。

 どう見てもガラクタにしか見えない置物ばかり売っている店もあれば、魔物の落とし物ばかり売っている店もあった。落とし物がいくらで売られているのか、ナナセ達は興味を惹かれて覗いてみたが、どれもナナセ達の所持金では到底届かない値が付けられていたので、二人はそっと店を離れる。


「どこも結構いい値段するねえ」

「そうだね」

 エンチャントで能力が付与された魅力的な装備品などもあったが、やはり二人には手が届かない値段だった。

「やっぱり、まだ私達には早かったかな、ここに来るの」

 ナナセがぼやくと、ルインも苦笑いしながら頷く。

「ヴィヴィアン達、掘り出し物が見つかるといいけど」


 人込みをかき分けながら商品を見て回っていると、とうとう中古の「ビークル」を売っているのを見つけた。

「あった! ルイン!」

「どれどれ……うーん、900シルか……」

 その中古ビークルは、紺色に塗られ、足元の台座が後ろに伸びていて、もう一つ持ち手がついていて明らかに二人乗り用として作られたものだ。

「初めて見たね、二人乗り用なんだ」

 ナナセは感心しながらビークルをじっくりと見た。

「お客さん、ビークル探してんの?」

 やる気がなさそうに椅子に座っていた売主の男が、ナナセ達がビークルを見ていることに気づき、話しかけてきた。

「あ、はい……でも今日は見てるだけです」

 ナナセは首を振りながら答えた。

「二人乗り用にカスタマイズしたんだけどさ、それ。作ってから気づいたけどあんまり使わないなって。一人乗り用でも、無理すりゃ二人乗れるじゃん? 失敗したなーと思って」

「確かに、そうですね」

 ルインはぼやく売主に苦笑いしながら答えた。

「スピードはあんまり出ないけど、その代わりに荷物とかは結構積めるよ。まあ、気に入ったら声かけてよ」

「はい、ありがとうございます」

 二人は売主に頭を下げ、その場を離れた。


「どう思う? さっきのビークル」

 ナナセはルインに尋ねた。

「どうだろう……悪くはないと思うけど」

「店で買う基本的なやつが、確か1000シルだよね。それよりは安いけど……正直、もうちょっと安かったらなあ」

「二人乗りってのもね……あの売主の言う通り、別に一人用でも二人まで乗れるわけだし。後、一つ言っていい?」

「うん、何?」

「……かっこ悪くない? あれ」

 確かに、とナナセは吹き出した。細長い形がどうにもやぼったく見えるデザインだった。

「……もうちょっと見てみようか、ルイン」

 二人は再びビークル探しに市場を歩き回った。


 その後、一通り見て回った二人だったが、いいビークルは見つからなかった。売られていたビークルはどれもカスタマイズをやり過ぎていて、値段が高かった。

「これなら、店で買って自分でカスタマイズした方がいいかもね」

 ルインはため息をつきながらぼやいた。

「その方がいいかもね。ビークルは諦めて、他に何かいい物があるか見てみようか」

 二人はビークルを諦め、他の品物を見始めた。


「あ!」

 ゆっくり歩きながら商品を見ていると、突然ルインが何かを見つけ走り出した。

「どうしたの? ルイン」

 慌ててルインを追うナナセ。ルインの目はある品物に釘付けだった。

「これ、魔力のペンダントだよ!」


 ルインが指さした先に、ヒーラーにとって必須の装備品である「魔力のペンダント」があった。魔力を貯めておける石がはめ込まれたそれは、パーティの回復や治癒を行うヒーラーにとってあると非常に心強いものだ。単純に魔力の量が増えるということは、魔力回復薬に頼る頻度が減るからだ。

「しかも見て、この値段……店で買うよりも安いよ。今まで見た中で一番安いかも」

 魔力のペンダントは貯められる魔力の量によって値段が違い、一番性能のいいものは勿論高額だが、一番安いものでも1000シルはする。つまり、二人が欲しがっていたビークルと同じ値段なのだ。

 だが目の前にある魔力のペンダントは700シル。決して安いものではないが、お買い得なのは間違いない。


「え……本物? これ」

 思わず口に出してしまったナナセに、売主の男はじろりとナナセを睨んだ。

「ちゃんと本物だよ。チェストを片付けたら昔使ってたのが出てきたから、売りに出しただけ」

 売主の男は小さな椅子に腰かけ、やる気がなさそうな態度だった。先ほどの二人乗りビークルを売っていた男といい、ここの市場の売主はあまり愛想が良くない者が多い。商人を生業にしていないせいかもしれない……とナナセは思いながら、男に失礼なことを言ったことを詫びた。


「すいません。ここはあの……怪しい物も売られていると聞いたので」

「君達、ここは初めて? 怪しい物なんてないよ。でも客をカモにするヤバい奴はいるかもね」

 男はニヤリと笑う。男の態度にムッとしたルインは男に言い返した。

「あなたが客をカモにするヤバい奴かもしれないってことですか」

「ルイン! 失礼だよ」

 ナナセが焦ってルインを肘で小突くと、男はアハハと豪快に笑った。

「気にしてないよ。初対面の奴を簡単に信じないことだね。ヒースバリーにはろくでもない奴が多いからさ」


 男は淡いブルーの髪色で、長めの前髪から覗く瞳は涼し気でクールな印象があった。男はペンダントを無造作に掴むとルインに差し出してきた。

「エンチャントはしてないけど、店で買うよりは安いしお得だと思うよ。品質は俺が保証する」

「本当ですか?」

 まだ疑うルインに、男はため息をつきながら笑った。

「物は確かだから心配しなくて大丈夫だって! 俺の名前はツバサ。ヒーラーをやってるんだ。ヒーラーがドーリアを騙すようなことすると思う?」

「実際にいますけどね……」

 ぼそりと呟いたナナセに、ツバサは「何?」と聞き返した。

「何でもないです。それより……ルイン、どうする?」

 取り繕いながらナナセはルインの顔を見た。ルインは少し考え、頷いた。


「買います」

「ありがと! ねえ、君達ヒースバリーに住んでんの?」

 ツバサとルインはお互いにムギンを取り出し、支払いを終える。ムギンをしまいながらツバサは二人に尋ねてきた。

「いえ、私達はキャテルトリーに住んでて……あ、私はナナセと言います」

「私はルイン。あなたと同じヒーラー」

「ナナセとルインね。覚えとく。どこかでまた会ったらよろしくね」

 ツバサは口の端に笑みを浮かべ、すぐに他の客の相手に移った。


 ツバサと別れ、魔力のペンダントを買ったルインは満足そうにしていた。

「良かったねルイン。ずっと欲しがってたもんね」

「うん、まさかペンダントが手に入るなんて思ってもなかったよ。来てよかった」

「ね、来てよかった。じゃあ、そろそろ市場を出ようか」


 ビークルは手に入らなかったが、代わりにルインがずっと欲しかったものが手に入り、二人は市場の外に出てヴィヴィアン達を待った。

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