第51話 リスティのお茶会

 その時、ファミリーハウスの庭をゆっくりと歩いてくるリスティの姿が見えた。リスティは隣にゼットを従え、優雅に微笑みながらセオドアとノブのいる所へと近づく。


「リスティ! お帰り」

「リスティ、改装はだいぶ進んだよ」

 セオドアとノブは慌てて笑顔を作り、リスティに挨拶をした。


 リスティはにっこりと微笑み、庭に置かれた家具の山を見た。


「ふーん? まだこの家具片づけてないんだ?」


 セオドアとノブの顔色がさっと変わった。

「あ、いや。これはすぐに配達ガーディアンが持っていくところだよ」

「そうそう、もうすぐ片づくから」

 リスティは苦笑いをして隣のゼットに目をやった。


「配達ガーディアンに早く来るように言ってくれる? 私のファミリーハウスがゴミだらけに見えるじゃない」


 ゼットはリスティの言葉に頷き「分かった、すぐに手配する」と言った。

「ご、ごめんリスティ! 片づけが思ったより時間がかかって……」

 慌ててセオドアがリスティに説明すると、リスティは笑顔のまま首を振った。


「いいのよ。ただ私は、このゴミがいつ片づくのかなー? って疑問に思っただけだから。二人ともお疲れ様! もうここはいいから、休んでちょうだい」


 笑顔のリスティだが、その桜色の唇から出る言葉は冷たく、彼らに対する怒りがあった。セオドアとノブはすっかり怯えた顔になり、逃げるようにその場を後にした。


「悪いな、リスティ。あいつらきっとサボってやがったんだ。俺が後でちゃんと言っとくよ」

 ゼットは腕組みしながら、小走りで去って行くセオドアとノブの背中を睨んだ。

「彼らを怒らないで、ゼット。セオドアもノブも良くやってくれてるわ。彼らの能力以上のことを頼んだ私が悪いの」

 リスティはそっとゼットの腕に手を置く。

「リスティは優しすぎるんだよ。ハイファミリー同盟に入ったんだからこれまでみたいに仲間うちでなあなあに済ませてたら、みんなに迷惑がかかるんだぞ。これからは少しあいつらに厳しくしないと」

「ゼット……あなたって本当に頼りになるわ。じゃあ……これから彼らの指導をよろしく頼むわね?」

 リスティのキラキラした瞳に、ゼットの得意気な顔が映る。

「任せろ。あいつらをもっと『使える』奴らにしてやるよ」

 リスティは誰が見ても完璧な笑顔で、嬉しそうに微笑んだ。




 庭の家具の処理をゼットに任せたリスティは、一人ファミリーハウスの中に入った。レオンハルトの陰口を言っていたルビィとマオが、リスティに気づく。


「こんにちは、副リーダー」

「こ……こんにちは、副リーダー」


 二人はぎこちなくリスティに声をかける。リスティはにこやかに微笑みながら二人のそばへやってきた。

「二人ともこんにちは。えーと……確か名前は……」

「ルビィよ、副リーダー」

 ブラウンの肌に艶やかな黒髪、宝石のような赤い瞳が輝く。リスティよりもだいぶ背の高いルビィは硬い表情でリスティに名前を告げた。

「私はマオよ」

 ルビィよりも小柄なマオは垂れ目で柔らかな雰囲気の女だ。

「そうそう、ルビィにマオね! ごめんなさい。急に仲間が沢山増えたものだから、まだ全員の名前を覚えきれてなくて」

 リスティは首を傾げ、申し訳なさそうに言った。

「別にいいよ」

 ルビィは素っ気なく答えた。


「そうだ! 二人とも時間ある? 『魔女の森』のチョコレートを買ってきたところなんだけど、良かったら一緒にお茶でもどう?」

「えっ、魔女の森!? あそこのチョコレートって予約でいっぱいでなかなか手に入らないのに」

 マオが目を見開いた。

「良く手に入ったわね? 私も食べてみたいと思ってたけど、まだ買えたことがないわ」

 ルビィも貴重なチョコレートに興味を示した。

「ふふっ、お友達に頼んだの。二人とも食べたことがないならちょうど良かった」

 リスティは嬉しそうに微笑んだ。



 三人は庭に出た。ファミリーハウスの庭はとても広く、噴水が置かれた正面の庭だけでも一軒家が建ちそうな大きさがある。

 リスティ達は噴水が見える庭に置かれたガーデンテーブルに座り、テーブルには「魔女の森」のチョコレートと紅茶が並んだ。

「さあ、遠慮しないで。このチョコレート、私とっても大好きなの。一度食べたらすっかり気に入ってしまって」

 リスティはそう言いながら美しいチョコレートをろくに見もせずに口に放り込む。

「ん-、美味しい! さすが評判の店ね!」

 マオは大事そうにチョコレートを口に運び、頬に手を当てた。

「……ほんとだ。美味しい」

 遠慮がちに口に入れたチョコレートの味に、ルビィは驚いているようだ。

「良かった! 喜んでくれて。どんどん食べてね?」

 リスティは満足そうな顔で紅茶を一口飲んだ。マオはすっかり喜んでいるが、ルビィの顔からはまだ緊張が消えない。なぜ急に自分達をお茶に誘い、高級菓子を振舞っているのか、リスティの真意を図りかねているようだ。


 リスティはゆっくりと紅茶を飲み、ふうっと息を吐いてカップを置いた。

「こうやって女の子だけのお茶会をするの、ずっと憧れてたの。私のファミリーには女の子はいなかったから……ルビィ、マオ、これから仲良くしましょうね?」

「う、うん。もちろん」

 マオは慌てて頷いた。

「へえ、あなたのファミリーには女の子が『一人も』いなかったの? 珍しいね、ドーリアの男女比は女の方が少し多いと言われてるのに」

 ルビィの探るような視線がリスティに突き刺さる。リスティは一瞬動きが止まったように見えたが、すぐにベージュの長い髪を揺らせながら目じりを下げた。

「そうなの。珍しいでしょ? 私の周りは男の子ばかりだから、ファッションとかヘアメイクのこととか、話が合う子がいなくて寂しかったのよ」

「ふーん」

 ルビィは頬杖をつき、興味がなさそうに呟いた。

「あっ、だったら今度一緒にショッピングに行かない? 三人でさ」

 マオが身を乗り出すと、ルビィは笑顔を浮かべたままテーブルの下のマオの足を小突いた。

「本当!? 素敵! 約束ね。私ね、今欲しいものがあって……」


 リスティはキラキラした瞳ではしゃいだ。笑顔のマオと微妙な顔のルビィとの奇妙なお茶会は、チョコレートが無くなるまで続いた。

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