第50話 調子に乗る男

 ヒースバリー居住区にあるファミリーハウスは、どれも広い庭と大きな屋敷を持つ。その中の一つ「ブルーブラッド」のファミリーハウスでは、近頃大規模な改装が行われている。


 茶系が基調の落ち着いた内装から、真っ白な壁紙と大理石の床に変更され、以前よりも明るい室内になった。室内の至る所に花が飾られ、何の特徴もない退屈な風景画が飾られ、誰だか分からない胸像が置かれ、重厚感のあるソファやテーブルは全て白が基調のエレガントな家具に変更された。足元には赤いカーペットが敷かれ、カーテンは紫色。とにかくゴージャスで華やかに、がこの改装のテーマである。


 これらのレイアウトを指示したのは、もちろんブルーブラッドの副リーダーであるリスティである。リスティはブルーブラッドが資金難と人材不足に追い込まれていることを聞きつけ、資金援助を申し出る代わりにダークロードのメンバーを丸ごと移籍させ、自身が副リーダーに就任した。


 それからのリスティの行動は早かった。ファミリーハウスの内装を自分好みに変えるため、リーダーのマティアスの許可を取ると早速改装を開始した。ファミリーハウスには自分の部屋も持たせてもらい、すぐにリスティはキャテルトリーの自宅からファミリーハウスに引っ越した。そしてまずは自室を改装した。壁紙と床は白に変え、家具は彼女好みのピンクや紫などの暖かな色味で揃える。家具の全てはメンバーの家具職人が用意したものだ。


 そして今はファミリーハウス全体の改装に取り掛かっている。改装にかかったあれこれは殆どがリスティの友人から引っ越し祝いとして「プレゼント」されたり「友人価格」で格安で提供されたものだ。

 リスティはとても交友関係が広い為、普段はどこかに出かけていることが多い。今日もリスティは朝から外出している。


 ファミリーハウスから次々と運び出される古い家具を見ながら、ブルーブラッドのメンバー達がぼやいていた。

「今日も部屋の模様替え? 家の中身ごと取り替えるつもりなの? あのリスティって女は」

 元々ブルーブラッドのメンバーだった女、ルビィが眉をひそめている。

「マティアスが許可したんだから仕方がないじゃない。改装費用も全部、元ダークロードの連中が払うんでしょ? 私も最初はリスティの部屋だけ改装すると思ってたからびっくりしてるけど」

 もう一人の女、マオも嬉々として家具を運ぶ元ダークロードのメンバー達を渋い表情で見ていた。


「そもそもあの女、一体何者なのよ? 同盟の他のファミリーに聞いてもみんな知らないって言うし」

「ユージーン団長のお気に入りだって噂だよ。自警団長のお墨付きなら、怪しい奴じゃないだろうってマティアスが言ってた」

「フン、どうだか。ユージーンって調子がいいだけの馬鹿でしょ? あいつ」


 ルビィとマオがコソコソと話していると、そこへ外から帰ってきたレオンハルトが通りかかった。

「邪魔だよ」

 大股で肩を揺らしながら歩き、部屋の扉を塞ぐように立っていたルビィ達にレオンハルトが居丈高に話す。

 二人は無言でその場を譲り、我が物顔でファミリーハウス内を歩き回るレオンハルトを睨みつけた。

「なんなの、あいつ」

「リスティの師匠だとか言って、大したスキルもない癖に偉そうなのよ。こないだの魔物狩りに一緒に行ったんだけど、私らに命令ばっかりして自分がミスすると言い訳してさ」

「何それ、最悪だね」


 レオンハルトは自分が陰口を言われようと、もう気にしない。彼にはリスティという強力な後ろ盾がついている。


(ざまあみろ、エマ! お前のしょぼいファミリーはどう頑張ってもハイファミリー同盟には入れない。だが俺はハイファミリー同盟の一員なんだ!)


 新しいファミリーハウスのリビングルームの広さは、エマがリーダーの「ライトブリンガー」のものとは比べ物にならない。レオンハルトは広いソファにどっかりと腰を下ろし、天井を見上げて大きく息を吐いた。


(俺をライトブリンガーから追放してくれたおかげで、ブルーブラッドに入れたんだから悪くない。そう考えるとあの新人どもには感謝しないと。おかげでリスティに知り合えたし、あの女に媚びを売ったおかげで今俺はこの場所にいる……やっぱり俺のしたことは間違ってなかった)


 ついついにやける顔を必死に抑えながら、レオンハルトは「ハイファミリー同盟の一員」という立場に酔いしれていた。


 レオンハルトが広いリビングルームでゆったりとした時間を過ごしている時、元ダークロードの面々は部屋の改装を手伝い、いらない家具を外に運び出していた。

「レオンハルトはどうしたんだよ。ちっとも手伝いに来ないじゃないか」

 セオドアは椅子を抱えながら文句を言っている。

「さっき戻ってきたのは見たんだけどな……あの男は言っても無駄だよ。自分はヒーラーだから忙しいんだとさ」

 ため息をつきながらセオドアと並んで歩くのはノブだ。

「ヒーラーだから何だよ。ファミリーハウスは皆で使うものなんだから、手伝いくらいしてもいいだろ?」

「マルがやんわり注意したらしいけど、なんて返したか知りたいか? 『俺はリスティの師匠だぞ? リスティを立派な上級ヒーラーにするまで、俺はやることが沢山あるんだ』だとさ」

「何言ってんだよあいつ。リスティと一緒にいる所なんてしばらく見てないぞ、俺は」

 セオドアの苛立つ声がつい大きくなる。


「俺達だってスキルをもっと磨かないといけないのに。このままじゃ恥ずかしくて合同討伐なんていけないよな。本当はこんな改装なんて後回しにして欲しいけど、リスティの指示だからなあ」

 ノアはため息をつきながら、外の庭に椅子を置いた。乱雑に置かれた古い家具は配達ガーディアンの手によって運ばれ、殆どは中古品として売りに出される。ヒースバリーには中古品を扱う市場があり、多くのものが市場で取引されている。


「仕方ないだろ。ここの内装がリスティの好みじゃないんだから。俺は別に気にしないけど、リスティは違うからな」

「ブルーブラッドの奴らが手伝ってくれるわけないし、俺らがやるしかないのは分かるけどさ……でも俺達、雑用ばっかりやらされてないか?」


 部屋の改装やリスティから頼まれたお使いなど、細々した用事は元ダークロードのメンバーがやっている。ブルーブラッドに元々いたメンバー達はリスティのことをまだ信用していない。彼らにとっては自分のファミリーを救ってくれた恩人であるリスティには感謝しているものの、リスティが我が物顔でファミリーに入り込むことを良く思わない者も多い。その結果、リスティの「お願い」は元ダークロードのメンバーが担うことになる。


「確かになあ……」

 家具の山を見つめながら、セオドアはため息をついた。

「この前ブルーブラッドのメンバーと一緒に魔物狩りに行ったろ? 正直言って俺は自信なくしたよ……。これがハイファミリー同盟の実力なんだって。弓の力も判断力も、なにもかも敵わないってさ……」

 ノブは自分の手を見つめながらため息をついた。

「俺もだよ。そもそも武器のレベルも段違いだもんな。金稼ぎに行く暇もないしさあ……」

「早く改装終わらせて、少しでもあいつらに近づかないと。このままじゃいつ追い出されてもおかしくないぜ」

 セオドアとノブは顔を見合わせ、ぶるっと体を震わせた。彼らはリスティのおかげでハイファミリー同盟に潜り込めたものの、実力不足なことを実感していた。


 セオドアとノブのように今の状況に焦りを感じる者もいたが、殆どのメンバーはレオンハルトのように、ハイファミリー同盟の一員になれたことに浮かれていた。

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