第49話 レオンハルトの噂

 ナナセはヒースバリーの東にある「ヒースバリー港」に来ていた。

 桟橋を望む場所にベンチが置かれている。周囲にドーリアの気配は殆どなく、とても静かだ。

 住民はあまり船を利用しない。定期船は運航されているが、乗客の姿はまばらだ。ヒースバリーで最も静かな場所の一つが、ここヒースバリー港である。

 なぜナナセがここにいるのか、それは彼女が静かな場所で会うことを望んだからである。


「よう、待たせたな」

 ナナセの背中に聞き覚えのある声が響き、振り返るとタケルが立っていた。真っ赤な長い髪とすらりと伸びた長い手足。見た目は美しい女性だが、話す姿や立ち振る舞いはまるで粗雑な男性のようである。

「こんな所に呼び出してすみません」

 慌てて立ち上がろうとするナナセに「気にすんなって」とタケルは制してナナセの横にどかっと腰かけた。

「久々に来たけど、相変わらず誰もいねえなー、ここ」

 タケルは笑いながら桟橋を見た。

「誰もいない所の方が、話をするにはいいと思って」

 ナナセが微妙な笑顔を浮かべると、タケルはすっと真顔に戻った。


「お前からメッセージが来た時はさすがの俺も驚いたわ……まさかお前が俺と同じだったなんてなあ」

「私こそ驚きました。タケルさんはずっと前から『記憶を持つ者』だったんですね」

 タケルはふっと笑みを漏らし、正面の桟橋の上をヒョコヒョコと歩く海鳥を見つめていた。

「まあ、そういうこと。この世界は人間が創った、地球そっくりなニセモノって知った時はショックだったけどな。でも考えたらさ、俺達が前に生きてた世界だって、誰が創ったかなんて考えもしねえじゃん? ひょっとしたら更に別の場所にいる連中が人間を創ったかもしれねえし。そう考えたらさ、別にいいかって思ったんだよ。俺達にとっては今どこで生きてるかが重要なわけだからさ」

「そうですね……」

 ナナセは頷いた。

「まあお前はまだ事実を受け止めきれねえと思うけどさ、割り切ってこの『レムリアル』の世界をいい世界にしていこうって思うわけよ、俺はね?」

「……私もそう思います」

 ナナセはようやく笑顔を見せた。


「はあ、ようやくこの話ができる奴が現れたわー。誰にも言えなかったからさあ」

 タケルは腕を上に伸ばし、うーんと伸びをした。

「誰にも言えなくて、辛くなかったですか?」

「辛いとかはねえかな。ただ自警団がなんかまずい方向に向かってるなーと思っても、俺一人じゃどうにもならねえから、そのことに対する歯がゆさみたいなのはあったかな」

「自警団って、やっぱり良くない組織になってますか?」

 ナナセが眉をひそめると、タケルはため息をついて頷いた。


「俺はそう思ってる。俺が自警団を立ち上げたばかりの頃は、ガーディアンに宿舎と詰所だけ用意してもらって、後は全部ボランティアでやってたんだよ。でも俺が追い出されてからは制服ができて給料が出て、食事も出て……あいつらの待遇は随分良くなったけど、同時に特権意識みたいなのも出てきてさ。特に団長のユージーンはこの街のハイファミリー同盟に取り入って、自分らが上等な存在だと言わんばかりに威張りくさってやがる」

「……確かに、前にユージーン団長に会った時、なんか嫌な感じだなと思いました」

「ハハッ、だろ? あいつの顔見てるとぶん殴りたくなるだろ」

「そこまでは思ってないです」

「近いうちぶん殴りたくなったら、俺が代わりに殴ってやるわ」

「暴力はちょっと」

 困惑するナナセの顔を見て、タケルは豪快に笑った。


「とにかくナナセ、俺達がやるべきことは目の前にいる困ってる奴を助けること。それがブラックの言う『世界を守る』ことに繋がると俺は思ってる。だからお前もそうするんだ」

 ナナセはタケルの目を見てしっかりと頷いた。

「はい、タケルさん」

「そんなに固くなるなって! そうだナナセ、腹減ってないか? 街に戻ってなんか食おうぜ」

「はい!」

 二人はベンチから立ち上がり、商業区まで戻ることにした。




 ヒースバリーの商業区に戻り、大きな通りをタケルとナナセは並んで歩いていた。

 すると向こうから、鎧に身を包んだ女性が近づいてきた。


「お久しぶりです、タケルさん、ナナセさん」

「おお! 久しぶりだなあ、エマ!」

 タケルは目を丸くして目の前の鎧姿のエマを見た。


「お久しぶりです、エマさん! 前とイメージが違うので分かりませんでした」

 ナナセも驚きながら挨拶をした。彼女はナナセを陥れたレオンハルトが所属していた「ライトブリンガー」のリーダーである。以前ナナセがエマに会った時、彼女は街着姿で、足首まである長いドレスを着ていたので、今の鎧姿とはイメージが結びつかない。頑丈な鎧に身を包み、背中に盾を背負い、腰には細身の剣を下げている。


「これから魔物狩りか?」

 タケルが尋ねると、エマは笑顔で頷いた。

「ええ、今から出発です。お二人も元気そうで何よりです」

「エマさん、剣士だったんですね……カッコいいです」

「ありがとう。私はパラディンなんです」

 パラディンは剣士の上級職で、パーティの盾となる。凛としたイメージのエマに合っているとナナセは思った。


「そういえばご存じでしたか? レオンハルトがハイファミリーに入ったという話」

「え!?」

 タケルとナナセは同時に叫んだ。二人が驚いている顔を見て、エマはため息をつく。

「やはり。私もつい先日、仲間から話を聞いて驚いていたところなんです」

「ちょっと待てよ。まだ『ブラックリストレベル2』は解除されてないだろ? 確かあれは六か月のはずだ」

 タケルが詰め寄ると、エマはぎゅっと唇を噛んだ。

「そうです。ブラックリストレベル2が解除されるまで、あの男が新たにファミリーに加入することはできません。ですがあるファミリーがレオンハルトの身分を保証する約束で、審問会はブラックリスト2の処分を解いてしまったようです」

「え、ど、どういうことですか?」

 ナナセはオロオロしながらエマとタケルを交互に見た。


「本来はブラックリストの処分を受けた奴は、ブラックリスト入りの間は新たにファミリーに入ることができねえんだよ。お前らへの接近禁止の『ブラックリストレベル1』はあくまで対個人の処分だからファミリーに入ったりできるけど、レベル2はもっと厳しいからファミリーの加入が制限されるんだ」

「厳しい処分なのに、解除とかあるんですか?」

 ナナセは眉をひそめると、エマは俯いて首を振った。

「ナナセさんにとっては納得いかないでしょうが、そういうことはあります……。ルール違反をした者でも真摯に反省し、またその者を信じ、見守るという者がいれば審問会が反対することはないと言われています……ですが、まさかレオンハルトの身分を保証する者がいたなんて……驚きです」

「誰だ? 誰がレオンハルトの保証人になった? どこのファミリーだ」

 タケルは厳しい顔でエマに詰め寄った。


「誰かは私には分かりませんが、ハイファミリー同盟に加入する『ブルーブラッド』にレオンハルトが入ったと聞いています。恐らくブルーブラッドの誰かでしょうね」

 ナナセはじっと考え込んでいた。彼女が考えていたのはリスティのことだ。リスティはレオンハルトから魔術を学んでいた。てっきりリスティが彼の保証人になったのかと思ったが、ブルーブラッドというファミリー名は聞き覚えがない。そもそもハイファミリー同盟に加入しているような所がリスティと関係があるとは思えない。


「やっぱり違うのかな……うーん……」

「なんだよナナセ。ぶつぶつ言って」

 タケルがナナセをじろりと睨んだ。

「あ、いえ。てっきりリスティがレオンハルトの保証人になったのかと思ったんですが、ファミリー名が全然違いました」

「リスティか……確か、レオンハルトから魔術を学んでたって言ってたな?」

「そうです。でも私がいたファミリーは『ダークロード』ですし、ハイファミリー同盟に入れるような力のあるファミリーじゃないです。そもそもヒースバリーに拠点を移す為に頑張っている段階のはずで……」

「ならリスティがブルーブラッドの奴らに保証人を頼んだ可能性もある……か? でもわざわざそんな面倒なことしねえよな。自分の所で保証すりゃいいだけだし」

「あの、すみません。リスティ、とは誰のことです?」

 エマが不思議そうな顔で二人に尋ねた。


「ああ、悪い。リスティってのはナナセが前にいたファミリーで、レオンハルトから魔術の訓練を受けてたヒーラーの女だ。そいつなら保証人になる可能性があるんじゃねえかと思ってさ」

「レオンハルトから魔術の訓練を……なるほど。これで一つ謎が解けました。審問会がブラックリストを解除する条件の一つに、社会生活への貢献というものがあります。レオンハルトは下級ヒーラーに魔術を教えることで、世の中の為に働き、新人狩りを反省しているという態度を示したのでしょう」


 ナナセの心に再び怒りが沸き上がった。レオンハルトがなぜリスティに魔術の訓練をしたか。それはブラックリスト解除の為、点数稼ぎをしていたに違いなかった。

 リーダーのゼットは以前「安く引き受けてくれるヒーラーが見つかって良かった」と話していた。新人を嫌い、嫌がらせをするような男が格安で下級ヒーラーの魔術訓練を引き受けるなど、始めからありえなかった。


「エマ。俺らも調べるけど、そっちでもレオンハルトの保証人が誰か調べてくれねえかな」

「もちろんです。何か分かったらすぐに連絡します」

 この後魔物狩りに出かけるエマとはその場で別れ、ナナセとタケルは近くのカフェに向かい、軽い食事をして過ごした。

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