第47話 欠けた魔術書

 ナナセとルインは連れ立って出かけ、朝食を食べにカフェに入った。

 店内は植物があちこちに飾られ、ふかふかな大きなソファが置かれ、開け放たれた窓からは柔らかな日差しが差し込んでいる。

「素敵な店だね」

 ナナセは目を輝かせた。

「うん、街並みも綺麗だし、カフェも素敵……。そういえば、この街にすごく大きな裁縫ギルドがあるらしいんだ」

「そうなの? だったらルイン、後で裁縫ギルドに寄ってみる?」

 ルインは少し考え、頷いた。

「時間があるなら、少し寄りたいかな。いい型紙が売ってるかもしれない」

「そうしようよ!」


 二人はおしゃべりしながら、注文カウンターでメニューを見る。

「うーん、私はホットサンドにしようかな……ナナセはどうする?」

「えっ、私もそう思ってた! じゃあ同じものにしようか」

 二人は笑い合い、揃って同じものを注文した。ハムとチーズのホットサンドと、オレンジジュース。食べ物を受け取ると、ふかふかなソファに座り、朝食を食べながら今日の予定について話し合う。


「エルムグリンの書庫は、地図で見るとだいぶ街外れにあるみたい……」

 ルインは地図を睨みながら場所を確かめている。エルムグリンの街の地図によると、中心地から離れた場所、殆ど街の外じゃないかと思うような森の中に書庫があるようだ。

「ちょっと遠いね。早めに出発した方がいいかも」

「そうだね。欠けた魔術書探しにどれくらい時間がかかるか分からないしね」

 二人はちょっと急いで食事を終わらせ、書庫を目指して出発した。




 エルムグリンの書庫は、深い森の中にひっそりと建っていた。

 森の暗い緑と対照的に、真っ白な外壁の大きな建物。窓は全て小さく、細長い。外から中の様子を伺うことはできない。

 ナナセとルインは緊張した顔で、お互いに頷きながら重い扉を開けて中に入った。


 書庫のロビーはがらんとしていて、装飾品など何もない。何もない空間の奥に、更に扉があり、扉の横に警備らしきガーディアンが立っていた。

 二人が近づくと、ガーディアンは首だけを動かして二人をじっと見た。

「ムギンの提示をお願いします」

「あ……はい」

 二人は慌ててムギンを取り出し、ガーディアンに見せた。ガーディアンは自分のムギンと二人のムギンを合わせた。

「確認できました。どうぞお入りください」

 ガーディアンがそう告げると、ドアがゆっくりとスライドし、奥へ続く空間が現れた。


 中に足を踏み入れたナナセとルインは、中の光景に息を飲んだ。

 背の高い棚が通路沿いに並び、表紙が正面に見える状態で置かれた本がずらりと並ぶ。部屋の左右に隣の部屋に続く扉があり、通路を真っすぐ進むと奥にもう一つ扉が見えた。


「ここは『武術書』が置かれてる部屋みたいだね」

 ルインはいくつかの本を手に取り、中を確かめた。ナナセも適当に目についた本を取り、開いてみた。武術書は剣術や弓術の指南書となっている。武器の扱いや高度な技などを武術書で学ぶ基本的な流れは、メイジやヒーラーなどの魔術師と同じだ。

「へえ、剣士はこれで技を学ぶのかあ」

 メイジのナナセにとっては剣士やアーチャーの世界は未知のものだ。ついつい武術書を真剣に見てしまっているナナセの横に、呆れ顔のルインが仁王立ちする。

「ナナセ、あまりのんびりしていられないよ。早く魔術書がある部屋に行こう」

「そうだった。つい見入っちゃって……ごめんルイン」

 ナナセは気まずそうな顔で武術書を元の場所に戻し、二人は次の部屋へ向かった。




 武術書が置かれた部屋は中央と左右の部屋を含めて三つあった。ナナセ達は真っすぐ奥へ進み、扉を開ける。

 こちらは魔術書の部屋のようだった。部屋の構造は全く同じで、魔術書が一冊ずつ表紙が見えるように棚に並べられている。魔術書が置かれた部屋は二つ。魔術書の部屋の更に奥に、職人の技術書があるようだが、今日はそちらに用はない。

 魔術書の部屋で、早速二人は「欠けた魔術書」がないか調べ始めた。欠けた魔術書は見た目は普通の魔術書と同じだという。開くと本のページが欠けたり破れたりしているので、中を確かめるまでは見分けがつかない。

「……これを全部確かめるの、大変そうだね」

「そうだね。時間かかりそうだしさっさと始めよう」

 ルインは腕組みしながら部屋を見回した。



 二人は手分けして魔術書を調べ始めた。二人とも魔術師として、この世界の全ての魔術を見られることに興奮しないわけがない。ついついページをめくる手が止まりがちになるルインと、開き直ってじっくりと魔術書を読み込むナナセ。

 魔術書は分厚い一冊の本の形をしていて、本の中には魔術の説明や使い方が書かれている。この本自体が「呪文」となっていて、魔術師は本の魔術を取り込むことで魔術を習得する仕組みだ。魔術師が魔術を習得した時点で、本は消えてしまう。世間に出回っている魔術書は、全て書庫にある魔術書の複製品である。




 二人はその後もひたすら、本をめくり続け「欠けた魔術書」がないか探した。この部屋には窓がなく、時の流れが分からない。どれだけの時間が経ったのか、明らかに他の魔術書と違うその一冊を見つけたのはナナセだった。


 最初に開いたページが半分欠けている。他のページも丸ごと破れていて内容が分からない。絵が描かれたページは魔術の説明をしている所のようだが、肝心の説明部分がごっそりと無くなっている。

 疲労が溜まっていたナナセだったが、体中から興奮が沸き上がってきて疲れが一瞬で吹き飛んだ。


「見つけた! 見つけたよ、ルイン!」

「えっ!? 本当!?」


 ルインが慌ててナナセの元に駆け寄る。震える手でナナセは手元の魔術書を差し出した。魔術書を見たルインの瞳が大きく開く。

「間違いないよ、これが『欠けた魔術書』だ!」

「ね? そうだよね! 本当にあったんだ、ここに!」

 二人は魔術書を持ったまま飛び上がって喜んだ。



♢♢♢



 ナナセとルインは書庫を出た後、急ぎ足で職人区へ移動した。ルインが行ってみたいと言っていた裁縫ギルドがここにある。

 裁縫ギルドは職人区に入ってすぐの所にあった。キャテルトリーの裁縫ギルドより倍はありそうな大きな建物だ。中に入ると職人用の品々が大量に並ぶ店がある。生地の種類も多く、糸の色もキャテルトリーのギルドとは比較にならないほど多い。全く裁縫に興味のないナナセでさえ、思わず見入ってしまう品揃えだ。

 ルインは夢中になって品物をあれこれ手に取って吟味している。ナナセにとってはただの紙にしか見えないものをいくつか買っているようだ。これは型紙と言い、裁縫職人が服や小物を作る為の設計図となる。型紙がないと何も作ることができないのだ。


 しばらく待っていると、ルインは型紙やら生地やらを抱えてナナセの所に戻ってきた。

「ごめんね、待たせちゃって」

「大丈夫だよ。いいのあった?」

 答えを聞く必要はない。ルインの顔に「満足」と書いてある。


「今日は資金がなくてあまり買えなかったけど、またお金貯めてここに来たいな」

 ルインは嬉しそうに荷物を両手に抱えながら言った。



 その日は時間も遅くなったこともあり、二人は宿屋に泊まった。翌朝、飛行船でキャテルトリーまで戻り、欠けた魔術書を渡す為魔術ギルドに向かった。



♢♢♢



 キャテルトリーの魔術ギルドを訪ねた二人は、ギルド長ルシアンの研究室に通された。


「……まさか、本当に書庫にあったとは。ナナセ、ルイン。ありがとうございました」

 ルシアンは二人に頭を下げた。

「私達も見つかると思ってなかったので、嬉しいです」

 ナナセはルインと目を合わせながら言った。

「それにしても……あの場所に『欠けた魔術書』が置かれていたのには驚きです。タケルの言う通り、探し物は意外と近くにある、ということなのでしょうね」

 ルシアンはテーブルの上に置かれた魔術書を嬉しそうな顔で見つめた。



 その後、ルシアンは二人にブラックから報酬を受け取るよう伝え、ようやく二人の任務は終わった。

「この欠けた魔術書、早速調べるんですか?」

 ナナセがルシアンに尋ねると、彼は当然、と言った顔で頷いた。

「勿論です。これから魔術書の復元に取り掛かります。良かったら見学していきますか?」

「え? いいんですか? ぜひ!」

 ナナセは身を乗り出して答えた。

「あー……私は、先に帰ろうかな。裁縫ギルドに行きたいんだよね、シルク糸とか、型紙とか色々仕入れたから早く作業したくて」

「あ、そうだよね! そうした方がいいよ」

 ナナセも帰ろうと腰を浮かせたところで、ルインはそれを制止した。


「ナナセは残って、見学させてもらいなよ。せっかくの機会だし」

「そう? じゃあ……そうしようかな」

 ナナセはその場に残ってルシアンの作業を見学することになり、ルインは先に帰ることになった。

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