ノヴァリスの女王編
第44話 願いが叶った日
広く天井の高い部屋、一つ一つが名のある職人の作品である豪華な家具、ふかふかなカーペット。
そのカーペットを一歩一歩踏みつけるように乱暴に歩き、自警団長ユージーンは部屋の中央に置かれたソファにどかっと腰を下ろした。
ユージーンには連れがいた。彼の後ろをゆっくりと歩き、彼の隣に静かに腰を下ろした後、上級ヒーラーのリスティは贅沢に生地を使ったスカートを整える。
「想像通り、中も素敵ですね」
リスティがにっこりと微笑む。リスティとユージーンをこの部屋に迎え入れたのは、この「ファミリーハウス」の主であり、ファミリーのリーダーであるマティアスだ。
「あ、ありがとう……」
何故か客を招き入れる立場のマティアスは、二人を前にオドオドしていた。ソファに浅く腰かけ、身を乗り出して両手を組み、落ち着かない様子だ。
「私、このファミリーハウスを一目見た時から気に入ってたんです。いつか、こんなファミリーハウスでみんなと一緒に過ごせたらなあって……」
リスティはうっとりと部屋の中を見回した。
「そ、そうか……」
マティアスは困ったような笑顔を浮かべ、頭を掻いた。
ユージーンはリスティにちらりと目をやり、身を乗り出した。
「単刀直入に話そう、マティアス。君のファミリー『ブルーブラッド』は資金繰りに苦しんでいるようだね? メンバーの装備品や薬品代にファミリーハウスの家賃に、色々と支払いが滞っているそうじゃないか」
マティアスは慌ててユージーンに向き直った。
「そ、それは……確かに今、ちょっと金が……でもすぐに、今度の魔物狩りを成功させれば、その報酬で支払いもできる」
ユージーンはハッ、と小さく息を吐いた。
「私が聞いた話によると、君の『ブルーブラッド』は最近メンバーの脱退が相次ぎ、討伐メンバーの数が足りなくなっているそうだね? おかげで『ハイファミリー同盟』の合同討伐にも参加できなくなり、同盟内でのブルーブラッドのランクも随分下がっているらしいじゃないか」
図星のようで、マティアスの視線が激しく動いた。
「ユージーンも知っているだろう? ハイファミリーのメンバーの取り合いは熾烈なんだ。メンバーの引き抜きなんてよくあることだ。今はたまたま、ちょっとメンバーの数が減って魔物狩りに参加できないことが続いてしまっているだけさ。すぐにメンバーを増やして、また前のように合同討伐にも参加できるようになるから、心配には及ばないよ」
ユージーンは獲物を狙うような目でマティアスをじっと見る。
「そうか? 私の知っている情報だと、今度のハイファミリー同盟の会合で、ブルーブラッドを同盟から追放することはほぼ決まっているそうだが?」
「そ、そんな情報をどこで聞いたんだ? 全く、でたらめもいいところだ! ブルーブラッドには何の問題も……」
黙って話を聞いていたリスティは、ようやく口を開いた。
「マティアスさん。事情はある程度、ユージーンから聞いています。メンバーが減り、資金繰りに困っているようですね? そこで私から、一つ提案なのですが」
「何だ? 部外者が提案? そもそも君は何なんだ」
ピリピリしているマティアスは、思わずリスティを睨みつける。
「ごめんなさい、ぶしつけに。でも私、あなたの力になれると思うんです」
リスティは優しく微笑み、身を乗り出した。
「力?」
「自己紹介が遅れました。私は『ダークロード』のリスティと申します。我がダークロードでは新しいファミリーハウスを探しているんです。そんな時にユージーンからあなたのファミリーの話を聞きまして。私なら、あなたを助けられると思うんです」
「どういうことだ」
マティアスは警戒の目を向けたまま、リスティに問いかけた。
「つまりこういうことです。私の『ダークロード』と合流してくれるなら、あなたのファミリーハウスの借金を全て私達がお支払いします」
「何だと……? あんた、俺のファミリーを乗っ取るつもりなのか?」
苛立った声を上げ、マティアスはリスティを睨む。
「いいえ。合流をしてくれるのなら、我がダークロードの名は無くしてもいいと思っています」
「名を無くしてもいいだって……?」
ファミリーの名というのは、ファミリーにとってとても大切なものだ。リーダーが名づけるファミリーネームは途中で変更することができない。そんな大事な名を簡単に無くしてもいいと言う妙な女を、マティアスは訝し気に見ている。
「私にとって『ダークロード』はただの名前で、思い入れがあるわけではないんです。私達があなたのファミリーに入るわけですから、ブルーブラッドという名はそのまま残すつもりです。もちろんあなたの仲間も全員このまま残れますし、ファミリーハウスもこのまま使うことができます。悪い話ではないと思うんですけど」
「そんなことを言って、結局俺のファミリーを乗っ取るつもりだろう? 話にならないよ、俺は自分の力で『ブルーブラッド』を前のような力のあるファミリーにするつもりだ。話ってのがそんなことなら、もう話は終わりだ」
ユージーンはフッと鼻で笑う。
「何だ? ユージーン」
マティアスはじろりとユージーンを睨む。
「いや、すまない。君の気持ちは分かるが、君は自分達の置かれている状況が理解できていないようだ。次のハイファミリー同盟の会合は三日後に行われる。それまでに遅れている様々な支払いを済ませ、合同討伐への参加ができるメンバーを揃える。今の君にはどちらもできない。違うかい?」
マティアスは頭をぐしゃぐしゃとかき回しながら黙り込んでしまった。リスティは心配そうにマティアスを見つめている。
「突然こんなことを言われても、混乱するのは当たり前ですよね。でもよく考えて? 私の『ダークロード』のメンバーがまるまる『ブルーブラッド』に入れば、メンバー不足の問題は解決で、今まで通りハイファミリー同盟にいられる。そしてお金の心配もなくなる。こんないい話は他にないと思うんです」
「……うーん……」
リスティは立ち上がり、テーブルを回り込んでゆっくりとマティアスの隣に座った。マティアスは驚き、目の前にあるリスティの顔を見つめる。リスティはキラキラと輝くベージュの長い髪を揺らし、大きな瞳でマティアスを見つめ返した。
「あなたの気持ちはよく分かるわ。仲間を守る為に、あなたができること。よく考えて欲しいの」
少しの間があって、マティアスはリスティの提案を受け入れると言った。リスティはホッとしたようにため息をつき、笑顔でマティアスの手を取った。
「ありがとう、マティアス! これで私達は仲間ね。早速明日、私のファミリーを連れて来るわ」
「あ、ああ……分かった……リスティ。確認したいんだが、本当に、借金を肩代わりしてくれるんだろうな?」
「もちろんよ。ああ、そうだ。一つお願いがあるんだけど、ブルーブラッドのリーダーは今まで通りあなたにお願いするつもりだけど、副リーダーを私に変えてもらえないかしら?」
「副リーダーだな……勿論、構わないよ」
リスティはマティアスの返答を聞き、満面の笑みを浮かべた。
彼女の願いがまた一つ、叶った瞬間だった。
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