第43話 お引越し
新しい共同住宅への引っ越しの日がやってきた。
キャテルトリーにある新しい家では、ナナセ達が朝から引っ越し作業で大騒ぎだ。
「マカロン、マカローン! ここの荷物上に持ってっちゃっていいの?」
「あー! ごめんヴィヴィアン。私が持ってくからそこに置いといて」
マカロンとヴィヴィアンで一部屋、ナナセとルインで一部屋、ノアがゲストルームを一人で寝室として使うことになった。荷物が多いマカロンは、玄関に沢山荷物が入った木箱を放置したまま何故か部屋の飾りつけをしていて、ヴィヴィアンに怒られたりしていた。
ナナセとルインは大した荷物がないので、さっさと部屋に荷物を運びこんだ。新しく買った調合台は「配達ガーディアン」にここまで運んでもらったものの、どこに置くかまだ決まっていないので、庭にそのまま置かれている。庭にはルインのミシンと作業台も置かれたままだ。家の作業室は二つしかないので、上手く分け合って使うしかないのだが、とにかく先にマカロンの荷物をどうにかしなければ話が進まない。
「私達も手伝おうか」
「そうだね」
ナナセの提案に、ルインは苦笑いしながら頷き、ヴィヴィアンと一緒に荷物を部屋に運ぶ。ナナセ達の部屋の隣にあるマカロン達の部屋は、既に荷物で溢れていた。
「一体何を持ってきたの?」
ルインが呆れたように腰に手を当て、部屋を見回す。部屋のインテリアは殆どいじらず、ベッドだけを新しく買い替えて二台をそれぞれ壁側に設置し、真ん中からそれぞれのスペースに分けている。これはナナセ達の部屋も同じだ。
マカロン側と思われるベッド周りは山のような服や靴、新人の時に支給されたローブなど沢山の衣類があり、ベッドサイドテーブルの上には数体の「うなずき人形」が首を揺らしている。壁にはマカロンが撮影した記録画像を額縁に入れたものが何枚も飾られていた。
「えー? これでもいくつか売って減らしたんだけどなあ?」
とぼけているマカロンは、机の上にずらりと化粧品を並べているところだ。
「マカロン! そこは後でいいからまずは服をなんとかしてよ……何これ? 殆どゴミじゃないの?」
木箱からヴィヴィアンが取り出しているのは何故か大量の布切れや糸だ。
「ああそれ、職人に依頼して服を作ってもらう時に必要なの! 屋台通りでコツコツ集めたんだから、捨てないで!」
マカロンは慌てて木箱の中にある布切れを大事そうに持ち上げた。
「どこに置くのよ、これ……」
ヴィヴィアンは呆然としていた。彼女のスペースはとてもすっきりと片付いている。コート掛けにはローブが大事そうに掛けられていて、机の上には魔術の解説書がピシッと真っすぐに置かれている。まるで正反対の二人の部屋の様子に、ナナセは思わず吹き出した。
「マカロン、荷物が多いなら少し私の部屋に置くといいよ」
「ほんとー!? ありがとうナナセ!」
喜んで飛び上がるマカロンを、ヴィヴィアンはじろりと睨んだ。
「だめだよナナセ。ナナセのスペースだってそんなに広くないんだから、自分のスペースに収まるようにしてもらわないと。マカロン、入りきらない荷物は今すぐに売っちゃって。どうせまたすぐに増えるんだから」
「えー? 全部使うのに」
「じゃあすぐに使わないものを売って。必要になったらまた買えばいいでしょ?」
マカロンとヴィヴィアンが押し問答していると、自分の部屋の片づけが終わったノアが顔を出した。
「うわっ……マカロン、すごい荷物だね」
「ノア! いい所に来た! ねえ、この荷物そっちに置かせてくれない?」
マカロンはめげずにノアに向かう。
「え? まあ、別にいいけど」
「ノア!」
ヴィヴィアンがじろりとノアを睨む。
「僕の部屋だけ一人で使って申し訳ないなと思ってたんだ。みんなも置きたい物があったら置いていいよ」
「やった! ありがとうノア!」
マカロンはヴィヴィアンに怒られる前にさっさと木箱を持ち上げ、ノアの部屋へ持っていった。
「はあ、やれやれ。ノアはマカロンに甘いんだから」
「まあいいんじゃない? 今日のところは」
ため息をつくヴィヴィアンを、ナナセは笑いながら慰めた。
「……分かった。でも部屋の荷物はもうちょっと整理させるわ」
ヴィヴィアンは山のように積まれた衣服を見ながらぼやいた。
ようやく部屋の片づけが終わって(マカロンは別にして)次は作業室の割り振りだ。二つある作業室は、どちらも「ダークロード」のファミリーハウスの作業室よりも広い。五人の中で職人をやっているのは調合のナナセ、裁縫のルイン、美容のマカロン、漁師のノアの四人だ。ヴィヴィアンは「一つのことにしか集中できないから」という理由で職人ギルドには加入していない。
「僕は漁師ギルドだから、作業室はいらないよ。作業はギルドでやるしね」
ノアはそう言って遠慮したので、結局ナナセとルインで一部屋を分け合い、マカロンが部屋を一つ使うことになった。こうしてようやく荷物の搬入が終わった。
本来なら、引っ越したら住人の好みに合わせて家具を買い替えたり、壁紙やカーペットを変えたりするものだ。今は五人とも資金に余裕がない為、リフォームには手を付けないことになった。マカロンはいずれお金を貯めたら、自分のスペース周りだけでも変えたいと張り切っている
快適な生活の為に、家具を変えたりリフォームをするのは大事なことである。好みの部屋で過ごすと疲れが取れやすくなり、精神も安定する。また、豪華な調度品や高級な家具にこだわれば他のドーリアから羨望を集めることもできる。家は手に入れるだけで終わりではない。ドーリアの欲望は天井知らずなのだ。
一日がかりで片づけを終え、その日はみんなで「マリーワン」へ行き食事を取った。店主のマリーワンはいつものように弾けるような笑顔でナナセ達を迎え入れ、テーブルの上には沢山の料理が並んだ。みんなで囲む食事はとても楽しく、美味しいものだった。ナナセはファミリーに追放された悲しみを隠すように、わざとらしくはしゃいだ。普段よりもよく喋り、笑い転げた。
食事を終え、みんなで家に戻ってリビングルームに集まる。飾り気のない壁紙に、板張りの床。三人掛けのソファと二人掛けのソファが中央に置かれ、真ん中にシンプルな木のテーブルが置かれている。調度品も何もないがらんとした部屋だが、ナナセ達はこの先どんな部屋にしたいかなどと話し合いながら、楽しく過ごしていた。
そんな時、ムギンを見ていたヴィヴィアンはふとナナセに尋ねた。
「ねえナナセ。名前からファミリーネームが無くなってるけど、どうしたの?」
ナナセはドキリとした。連絡先の名前欄には名前と、加入しているファミリーネームが表示されている。他の仲間達にはファミリーネームがあるが、ナナセだけ無くなっていることにヴィヴィアンは気が付いたのだ。
「うん……実は、今日話すつもりじゃなかったけど……私、ファミリーを追放されちゃったんだ」
「追放……!?」
仲間達の視線が一斉にナナセに集まる。ソファにだらしない姿勢で座っていたマカロンは飛び起きて座り直した。
「どういうことなの? ナナセ」
ナナセの隣に座っていたルインの顔が険しくなった。ナナセはできるだけ深刻にならないよう、努めて明るく説明する。
「元々メンバーとは合わないと思ってたんだけど、私がファミリーの和を乱すとかで……ファミリーのみんなはヒースバリーに引っ越すらしいんだけど、私だけここに残ると言ったこととか、色々すれ違うことが多くて。あはは」
ごまかすようにナナセは頭を掻いた。怪訝そうな顔でナナセを見つめるヴィヴィアン達を横目に、ルインは険しい顔で口を開く。
「それだけじゃないでしょ。ナナセのファミリーは勝手なことばかり言ってた。やっぱり私が心配した通りになった。ナナセを追放したリーダーって、ゼットって言ったっけ?」
「……私を追放したのは、ゼットじゃなくリスティだよ」
「はあ? なんでリスティがナナセを勝手に追放できるの? リーダーでもないのに」
ルインはリスティの名前を聞くと眉を吊り上げた。
「ちょ、ちょっと二人とも。ちゃんと一から説明してくれる? 何がなんだか分からないから」
ヴィヴィアンが慌てて話に割って入った。
「話した方がいいよ、全部」
ルインはナナセに促す。少し迷いながら、ナナセはヴィヴィアン達にダークロードで起こったことを話した。
ヴィヴィアン達はナナセの話を聞き終わると、それぞれが怒り出した。
「何それ、酷すぎる! それって結局、リスティって女がナナセが邪魔だから追い出したってことだよね」
マカロンが椅子から立ち上がって怒っている。
「ナナセがリスティの言いなりにならないから、気に入らなかったんだろうね。それにしても、リーダーが情けないよ。ヒーラー一人入っただけで簡単にファミリーを乗っ取られるなんて」
ヴィヴィアンも腕組みしながら文句を言っている。
「ヒーラーを大事にし過ぎたのかもね……。同じようにヒーラーにファミリーを支配される話は、僕も聞いたことがあるよ。魔術ギルドのヒーラークラスでも、振る舞いに気をつけるようにレイラ先生から注意されるんだよね? ルイン」
ノアがルインに尋ねると、ルインは頷いた。
「そうだよ。ヒーラーは歓迎される職業だけど、それに甘えて増長するのは絶対にダメだって訓練所では教えられる。だけどリスティは訓練所に通ってないから、そういう基本的なことも学んでないんだよ」
仲間達が一斉に、ナナセではなくダークロードを、リスティを責めている。どこかで自分の方が悪いのではないかと思っていたナナセは、仲間達の反応に胸を熱くした。
「みんな、ありがとう。みんなに聞いてもらってなんだか元気が出てきたよ。私が悪いのかと思ってたから」
「何言ってんのー? そんなわけないじゃん! ナナセは悪くないよ! 私達のファミリーは自由にさせてくれるし、困った時は手伝ってくれるし、1000シルなんて要求しないよ!」
マカロンはぐっと拳を握り、ナナセを励ました。
「でも1000シル、もう払っちゃったんでしょ? 今からでも返してもらえないのかな」
ノアの言葉がナナセの心をぐさりと刺す。こうなると思っていなかったナナセは、追放される少し前にゼットに1000シルを納めてしまっていたのだ。
「多分無理かな……どうせなら1000シル払う前に追放して欲しかったけど……ハハ……」
ナナセは諦めたように笑う。
「私だったら薬を寄越せって言われた時点でファミリーを抜けるよ。ナナセの良い所は前向きな所だと思ってるけど、何でも良く考えすぎ! ちゃんと理不尽なことは拒否しないと!」
「すいません……」
ルインはナナセに説教を始めた。おっしゃる通りだとナナセはただ頷くしかできない。
「まあまあ、ルイン。とにかくもうそのファミリーとはもう関係なくなったんだし。これで良かったと思うしかないんじゃない」
「ヴィヴィアンの言う通りだよ。そうだ! 新しいファミリーを探してるなら、僕達の所を紹介できないかな? どう思う? 二人とも」
「いいね! 私達の『キャッツウィスカーズ』はメンバーが多くて賑やかだけど、変な縛りもないし居心地いいよね! ね、ヴィヴィアン」
「そうだね、ミケさんに聞いてみようか? あ、ミケさんはうちのリーダーで……」
ヴィヴィアン達が勝手にそれぞれ話し出す。
「ありがとう。でもファミリーは……正直、しばらくいいかな」
ナナセは苦笑しながら答えた。しばらくどころか、もうファミリーに加入したいとは思わなかった。ヴィヴィアン達の所も、ノアの所も、ファミリーそのものに恐怖心があるナナセには無理だ。
「分かったよ。でもナナセ、もしファミリーに入りたくなったらいつでも言ってね。うちの『リバタリア』も紹介できると思うから」
ルインの有り難い申し出も、ナナセは曖昧な笑顔でただごまかすだけだった。
♢♢♢
新しい家でナナセの新しい生活が始まった。とにかく家には足りないものだらけなので、全員一致でしばらくはお金稼ぎに邁進しようとなった。五人はいずれお金が貯まったらヒースバリーに引っ越したいという希望で一致しているが、しばらくはキャテルトリーで頑張るしかない。
ある日、ナナセは冒険者ギルド前の広場を通り、商業区へ向かおうとしてると向こうからマルが一人で歩いてくるのを見つけた。
ナナセはマルの姿を見て急に体がこわばった。リスティに追放されてからマルとは一度も話をしていない。ナナセの連絡先リストからはダークロードのメンバーは全て消えていた。リスティが彼らにナナセの名前を消させたに違いないと思ったが、ナナセも彼らと連絡を取りたいと思わなかったので気にしないことにしていた。
マルも一人で歩くナナセの姿に気づいた。ナナセの想像を裏切り、マルは笑顔でナナセに近寄ってきた。
「やあ、ナナセ」
「マル……」
ぎこちない笑顔でナナセは挨拶を返した。
「明日、ぼくヒースバリーに引っ越すんだよ。ナナセはどう? 新しい家」
マルは遠慮がちにナナセに尋ねた。
「うん、とてもいい家だよ。マル、ヒースバリーに引っ越すってことは向こうのお店で働くのが決まったの?」
「そうだよ。リスティがお店を紹介してくれたんだ。リスティのお友達、ヒースバリーで顔が広いんだって。お店には従業員用の部屋もあって、そこに住んでいいって言ってくれたんだよ。家賃もかからないし、良かったよ!」
「そうなんだ、良かったね。頑張ってね」
こうして話していると、昔と変わらないようにナナセには思えた。だが二人の間には決して埋まらない溝がある。
「ありがとう。ナナセもその……頑張ってね。それじゃあぼく、もう行くよ。あ、今日ぼくと会ったこと、誰にも言わないでくれる? リスティに『ナナセと話すな』って言われてるんだ」
ナナセは頭をガンと殴られたような衝撃を受けた。マルは「リスティに言われたから」とナナセと話そうとすらしていなかったのだ。リスティがそんなことをメンバーに命じていたことにも驚いたし、あっさりと命令を受け入れるマルにも驚き、心から失望した。
「それじゃあ……元気でね、マル」
「うん、またねナナセ」
ナナセの失望した表情に気づいているのかいないのか、マルは相変わらず笑顔でナナセに手を振った。
マルと別れたナナセは、本当に「ダークロード」のメンバーとは縁が切れたのだと実感した。ナナセを理不尽な理由で追放し、そのことを悔やむ様子もなくただリスティの為に生きる彼らとは、どうやっても分かり合えることはないだろう。
ナナセの頬を涙が伝った。ずっと堪えていたけれど、我慢できなかった。
向こうがどう思おうと、ナナセにとってマルは大事な友達だったのだ。追放された後もずっと彼とは友達であり続けると、どこかで信じていた。
「私のどこに、落ち度があったのか分かったよ」
ナナセは独り言を呟いた。
「あんな連中を仲間だと思ってしまったこと」
ナナセの心に、静かに怒りの炎が灯った瞬間だった。
「新しい生活編」 完
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