第41話 お前の為に怒ってやる
ヴィヴィアン達と別れ、裁縫ギルドに行くというルインとも別れ一人アパートに戻ったナナセは、ふと思い立ちこのアパートに住んでいるというタケルの部屋の前に行ってみた。タケルの部屋は最上階の角にある。
(タケルさん、どうしてここにずっと住んでるのかな)
タケルはこの下級から中級冒険者ばかりが暮らすアパートに、今でも部屋があると以前話していた。とは言え殆どキャテルトリーにいることがなく、各地を飛び回っている彼女がアパートにいる姿を見ることは殆どない。しかし上級冒険者のタケルが居住区に引っ越すこともなく、ずっとこの狭いアパートに住んでいるというのはどうにも不思議だ。
ナナセはタケルの部屋のドアを軽く叩いてみた。
「タケルさーん、いますか? ……なんて」
いるはずのないタケルの名を呼び、ナナセはその場を去ろうとドアに背を向ける。その時だった。
「なんだよ?」
声と共にガチャっとドアの開く音がした。驚いてナナセが振り返ると、そこには眠そうな顔をして髪の毛がぼさぼさのタケルが立っていたのだ。
「え……どうしてここにいるんですか?」
「こっちのセリフだよ」
「すいません。まさかいると思わなくて」
「だったらノックするなよ。せっかく家に帰って寝てたのに起きちまったじゃねえか」
不機嫌そうなタケルの顔に、ナナセの顔がこわばる。ドアをノックしたのは確かだが、小さく叩いたつもりだった。あの小さな音に気付くとは、タケルは恐ろしいほど耳がいい。
「寝てたのに起こしちゃってごめんなさい。あ、あの、すぐに寝てください」
焦るナナセの顔を見て、タケルは頭を掻きながらドアを大きく開けた。
「まあいいよ。せっかくだから入れ。目も覚めちゃったしな」
「は、はい……」
思わぬ形でタケルを訪ねることになってしまったナナセは、恐縮しながらタケルの部屋に足を踏み入れた。
「うわ……」
思わずナナセは声を漏らす。狭い部屋いっぱいに置かれた服、装備品、武器、よくわからない荷物の山。足の踏み場もないほど、物であふれていた。部屋の奥にあるベッドだけはかろうじて何も置かれていない。
「まあ座れよ」
座れと言われても、椅子も見当たらない。よく見たら椅子のようなものに大量に洋服がかけられて山のようになっていた。ナナセは床に転がった荷物を踏まないように歩き、ベッドの端に腰かけた。
「すごい荷物ですね」
「ああ、不思議と荷物が増えていくんだよなー。なんでだろうな?」
タケルはひょいとベッドに飛び上がり、ベッドの上であぐらをかいた。彼女の荷物に対してこの部屋はあまりにも小さい。ナナセはちょうどいいとばかりに、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「タケルさん、ずっと気になってたんですけど……どうして居住区に引っ越さないんですか?」
「あ? 別に大した理由はねえよ。それよりなんか飲むか? コーヒーしかねえけど」
「いえ、大丈夫です。あの……ここって下級と中級が住むアパートで、家賃がかからなくていいんですけど、その、上級冒険者がずっと住んでてギルドから何も言われないですか?」
「あー……」
タケルは天を仰ぎ、少し迷うような顔をした後、ナナセに向き直った。
「俺だけは言われねえんだよ。なんたってここにずっといていいって許可もらってるからな」
「許可?」
「そ。俺が自警団を追い出された時、このまま放り出されたら住む家もないからさ。ほら、あの宿舎に俺も住んでたから。だからせめて家をくれってユージーンに言ったら、このアパートの部屋をくれたってわけ」
「えっ……でもそれって」
自警団を立ち上げた元団長のタケルに対して、狭いアパート一部屋を与えるとはあんまりではないだろうか。納得のいかない顔のナナセに気づいたのか、タケルは笑いながらナナセの肩を勢いよく叩いた。
「そんな顔すんなって。俺は気にしちゃいねえんだ。家賃はタダだし寝に帰る家があればいいし、他の街にも寝場所はある。ここは『マリーワン』も近いし、便利だから気に入ってんだ。フォルカーは断ってハリシュベルに引っ越しちまったけどな」
「タケルさんが納得してるならいいですけど……」
自分なら納得できないと思ったが、本人がそれでいいと言っているならこれ以上口を出すわけにもいかない。ナナセは渋々口をつぐんだ。
「そういや、お前のファミリーの女、あの後何か変化はないか? 自警団と接触してるとか」
タケルは話題を変え、リスティのことを聞いてきた。リスティと自警団員がこっそり会っていることをタケルも気にしていた。
「いえ……最近、リスティはずっとヒースバリーに行っているみたいで会えないんです」
タケルは顎に手を当てながら斜め上に視線をやっている。
「ヒースバリーか。やっぱりな」
「リスティのこと何か知ってるんですか?」
ナナセが不思議そうな顔で尋ねると、タケルは頷いた。
「マリーツーから聞いたんだけどな。最近ユージーンがある女を気に入ってしょっちゅう連れ回してるらしいんだが、どんな女なんだって噂になってるらしいんだ。ハイファミリーの誰かじゃないみたいだし、最近ヒースバリーに出入りしてる女じゃないかって」
「それ……! リスティのことでしょうか!?」
ナナセは思わずベッドの上に飛び乗り、タケルと向き合った。
「まだ分からねえけど、そのリスティって女、自警団員に頼み事してたんだろ? 誰かを紹介してくれと言ってたんだよな? だとしたらユージーンを紹介しろと言ってたかもしれねえな」
「見た目は? どんな女性か分かりますか?」
「マリーツーも噂で聞いただけで直接見たわけじゃねえからなあ……。ただ、目立つ見た目なのは確かみてえだな。俺とは服の好みが真逆らしいけど。こう……フリフリしたレースとか花とか。あとは髪の色がベージュだってことくらいか」
タケルは手のひらをひらひらとさせ、女の見た目を表現した。リスティはいかにも「女性らしい」服装を好む。そして彼女の髪色はベージュだ。最近噂になったことと言い、ユージーンと仲のいい女性がリスティの可能性は高い。
「リスティもベージュの髪ですし、好きな服装もそんな感じなんです。彼女である可能性は高いと思います」
「ふーん……そのリスティって奴はどんな女なんだ? お前のファミリーはキャテルトリーの小さなファミリーだよな? そんな所にいる奴があのユージーンに取り入るなんて、いったい何者なんだよ」
改めてリスティがどういう女なのか、尋ねられたナナセは思い出しながらタケルに説明した。
「ええと、私よりも後に入ってきたヒーラーで……あっという間にファミリーの中心になった子です。明るくて、みんなの心を掴むのが上手いというか……」
ファミリーメンバーに貢がせている、とか訓練所に通わずに上級になった、とかリスティの印象を悪くすることはできるだけ言わずに、ナナセはタケルに説明をする。
「それだけか? 他に何かあるんじゃねえの? この際だから全部話せよ」
さすが疑り深いタケルは、目を光らせてナナセに迫る。
「……実は、今の彼女はリーダーよりもリーダーらしいというか……メンバーは全て彼女の言いなりみたいになってます」
ナナセは言いにくそうにタケルに伝えた。そしてナナセの知る限りの、リスティの全てをタケルに伝えた。
「……なるほどな、大体分かったわ。つまりお前のファミリーは実質的にリスティが仕切ってるってわけだ。大事にされ過ぎて増長するヒーラーは珍しくねえけど、リスティはすげえな。もしユージーンと一緒にいた女がリスティだとしたら、誰かに取り入る才能はノヴァリス一かもしれねえな。いやすげえわ」
タケルはハハハ、と乾いた笑いを漏らした。褒めているようで褒めていない笑いである。その後真顔に戻ったタケルは、困ったような顔のナナセをじっと見た。
「ナナセ、リスティには気をつけろよ。何でも思い通りになると思ってる女だ。そういう女は思うようにならないと、何をするか分からねえぞ」
「わ……分かりました」
眉をひそめたまま頷くナナセの肩を、タケルはぐっと掴んだ。
「何かあったら俺に言え。俺はこの世界で力がねえけど、お前の為に怒ってやる」
その時、ナナセの瞳から涙がぽろりと落ちた。
「はい、ありがとうございます……あれ? なんでだろう、あはは」
ナナセは笑ってごまかしながら涙を袖で拭った。
「何泣いてんだよ、バーカ」
照れたように笑ってごまかすタケルの顔を、ナナセは笑いながら見ていた。何故涙がこぼれたのか、ナナセ自身にも分からなかった。ただ彼女の心の中には、深い安堵があった。
何があっても自分の味方になってくれる、そんなタケルの言葉が心強かったのである。
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