第39話 ギルド長ルシアンのお願い

 ギルドに戻ったナナセとルインは、職員の女性に続いて歩き、ある部屋に通された。

 そこは二人が初めて入る部屋で、壁一面の本棚と沢山の荷物に囲まれた、お世辞にも片付いているとは言えない場所だった。

 部屋の奥の壁に大きな机が一つあり、ギルド長のルシアンが背を向けて何か書き物をしている。ナナセとルインが入ってきたことに気づいたルシアンは手を止め、ゆっくりと振り返った。

「お二人とも、突然呼び出してすみません。どうぞそちらにお掛けください」

 職員の女性はナナセとルインに、部屋の中央に置かれたソファに座るよう促すと、部屋から出て行った。


 ソファの前にはテーブルがあり、それを挟むようにもう一脚ソファがある。ルシアンは机から離れるとナナセ達の向かいにゆっくりと腰かけた。

 その一連の動作が優雅で、ナナセは思わず見とれてしまう。踝まで覆う長いローブはまるでドレスのようにゆったりと動き、ローブの刺繍がそのたびにキラキラと光を放つのだ。ルシアンの顔立ちは優しげで美しいが体の骨格は大きく、背も高く男性らしさがある。


「お二人と一度話がしたいと思っていましたので、勝手ながらこちらに呼び出させてもらいました。まずはナナセ、ルイン。上級魔術師への昇格、おめでとうございます」

「は、はい。ありがとうございます」

 二人は慌てて頭を下げた。やはり忘れ物というのは嘘で、ルシアンはわざわざ二人を呼びだしたのだ。


「お二人が『黒の手』に加入してから話す機会がなかったものですから。訓練所に出入りする機会も減りますし、話すならば今しかないと思いました」

 ルシアンは黒の手のメンバーの一人だ。だがこうして「黒の手」としてルシアンときちんと話す機会がなかった。一度きちんと話してみたいと思っていたのは、ナナセとルインも同じである。


「ルシアン先生は、なぜ黒の手のメンバーになったんですか?」

 ルシアンはナナセににっこりと微笑んだ。

「もう私はあなたの『先生』ではありませんよ、ナナセ。私のことはルシアンとお呼びください。表向きなら『ギルド長』でしょうか。どちらでも構いませんが」

「は……はい、ギルド長」

 さすがに呼び捨てにするのは気が引けたナナセは、戸惑いながら頷く。


「ナナセの質問についてですが……私は元々魔術の研究者で、今もこうして魔術ギルドで日々魔術の研究をしています。ですからタケルが突然私を訪ねてきた時は驚きました。正直に申しますと、私は魔物と戦うよりも魔術の研究をしている方が好きなのです。冒険者を引退し、ギルドで働くことにした理由はそれです」

 ルシアンは魔術の扱い方を熟知しており、生徒への教え方も上手い。戦うよりも研究が好きという彼の姿には納得できるものがあった。

「タケルに紹介され、ガーディアンのブラックと会い、私は『黒の手』に勧誘されたわけです。恐らく私が魔術の研究をしているからでしょうね。ブラックには『新たな魔術を創り出す手伝いをして欲しい』と言われています。先日、お二人が使った『変装術』は私が創った魔術です」

「そうだったんだ!」

 思わずナナセとルインは声を上げる。変装術はマリーツーが「秘密の魔術」だと言っていた。普通の魔術と方式も違っていて、誰が創った魔術なのかと不思議だったのだ。


「ですが『変装術』はまだ不完全……なのであれは『黒の手』のメンバーのみ使用するようお願いしています。そこでお二人には、更なる術の向上の為、変装術についていくつか聞かせてもらいたいのです。今日、お二人を呼んだ本当の理由はそれなのです」

 ルシアンは穏やかな笑みを浮かべながらも、早く変装術について聞きたいと言いたげに体が前に乗り出している。ナナセとルインは顔を見合わせて苦笑いを浮かべながら、ルシアンの質問攻めに付き合うことになったのだった。




 ナナセとルインに根掘り葉掘り変装術のことを聞いたルシアンは、ようやく一区切りつくと深く息を吐いた。

「……なるほど、ありがとうございました。非常に参考になりました。特に興味深いのが、ルインの記憶の欠損が、変装術が解かれたことで戻ったことですね」

「ギルド長、どうして私の記憶が突然戻ったんでしょうか?」

 ルインがルシアンに尋ねると、ルシアンは頷きながら答える。

「これは私の推測なのですが、変装術が解けたタイミングでルインの記憶が『再構築』されたのではないかと。そして再構築されたことで、欠損していた記憶が、欠けた所へ戻ったのかもしれないと考えています」

「なるほど……」

 ルインは納得したように頷いた。確かにルシアンの推測はいかにもありそうだ。変装術を解いたタイミングで記憶が戻ったということは、変装術が記憶が戻るきっかけとなったのは間違いないだろう。


「変装術が記憶喪失の治療に役立つかもしれないというのは、嬉しい誤算でした。今後記憶喪失に悩むドーリア達にとって大きな希望となる可能性がありますね。とはいえ未だ変装術には不安定な要素も多い……今後更に改良を重ね、より安全性の高い変装術にできるよう努力しましょう。お二人には今後も協力をお願いします。もちろん、我が魔術ギルドへの協力が最優先ですが」

 ナナセとルインは揃って「はい、ギルド長」と返事をした。


「それと……お二人にお願いがあるのですが、もしもどこかで『欠けた魔術書』を見つけたら、私の所へ持ってきていただけると助かります。新たな魔術を創る為に、欠けた魔術書が必要なのです」

「欠けた魔術書……?」

 不思議そうな顔をしている二人に、ルシアンは微笑みながら説明を始めた。


「この世界『レムリアル』には、未完成のまま眠っている魔術書があちこちにあることが分かっています。私の役目はその欠けた魔術書を研究し、新たな魔術を完成させること。タケルやフォルカーにもお願いしているのですが、手が足りません。お二人にも是非協力していただきたいのです」

「分かりました、ギルド長」

 ナナセは心の中でワクワクしながら返事をした。ルインも表面上はクールに反応しているが、心の中はきっとナナセと同じだ。世界中にある未完成の魔術を見つけるなんて、まるで宝探しのようだ。魔術師としても冒険者としても、心が躍らないわけがない。


「これは私の任務の手伝いということになりますから、当然お二人にとっても『黒の手』の任務となります。私が話しておきますので、後でブラックから報酬が支払われるはずですよ」

 ナナセとルインは、報酬と聞いてつい緩む口元をぎゅっと強く結んだ。

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