第38話 みんなと一緒なら怖くない

 北の港町シャートピアは規模としては東の港町コートロイと近く、北の港町ということでどこか寂し気な雰囲気があるが、それに反して冒険者の数が多く賑わいがあった。彼らの装備品から見て、上級冒険者が多いようだ。


「さむっ! なんだか寒くない?」

 シャートピアに降り立ったマカロンはぶるっと体を震わせた。

「キャテルトリーとは気候が違うね。もうすぐ冬だし、こっちはそろそろ雪が降ってもおかしくないよ」

 ノアが空を見上げて言うので、ナナセも真似して空を見上げた。キャテルトリーは綺麗な青空だったのに、シャートピアは雲が多くどんよりとしていた。

「マフラーを作ったら売れるかなあ……それとも手袋か……」

 裁縫職人でもあるルインは、ぶつぶつと独り言を言っている。


 ヴィヴィアンは先頭を歩き、振り返ると仲間達を手招きした。

「ほらみんな、早く行こうよ! 宿を取らないといけないからさ。マーカーローン! そっちじゃないよ!」

 さすがに今から魔物狩りは時間的に厳しいので、シャートピアで宿を取り、今日はこのまま泊まることになっている。ナナセ達は慌ててヴィヴィアンを追いかけた。その姿はまるで先生と生徒達のようだ。


 宿に荷物を置き、シャートピアのレストランで軽く食事を済ませたナナセ達は、その日は早々に宿で休んだ。




 翌朝、レストランで朝食を取ったナナセ達はいよいよ魔物狩りに出発することになった。


 試験の課題に指定された魔物は、情報を開示されているのでムギンに聞けば大体のことは分かる。ムギンの地図を開くと、魔物が出現すると思われる場所にいくつか印がついている。その中で最も街から近い洞窟を目指し、ナナセ達はレンタルビークルを借りて向かうことにした。


 五人がわいわいしながら街の外でレンタルビークルに乗ろうとしていると、通りがかった上級らしき冒険者が「ひょっとして上級試験? 頑張ってね」と声をかけてきた。

「ありがとうございます!」

 シャートピア周辺は試験に適した強さの魔物が湧くので、試験の為に来る中級冒険者も多いようだ。上級冒険者は、ナナセ達ににっこり微笑み、街に入っていった。

「カッコいいねえ」

「そうだね」

 立派な弓を背負い、颯爽と歩く上級冒険者の背中を、ナナセ達は羨望のまなざしで見ていた。



♢♢♢



 山道をひたすら進んだナナセ達は、ようやく洞窟の前にたどり着いた。


「うわあー……ここに入るの?」

 マカロンは両手で頬に手を当て、大げさに体をくねらせる。

「入らなきゃ試験をクリアできないでしょ。さあみんな、ここからはいつ魔物が出てもいいように準備してね」

 ヴィヴィアンはテキパキと指示をする。ナナセ達は一斉にカバンの中から小さなランタンを取り出し、ショルダーバッグに取り付けた。このランタンはブラッドストーンの力で明かりを灯すので、火を使う必要がない。スイッチを入れると明かりがぼうっとつき、五つの光が洞窟の中に吸い込まれていく。


 暗くじめじめした洞窟の中を慎重に進む。先頭はヴィヴィアンで、ナナセがそれに続いた。マカロンはノアとどっちのランタンの灯りがより光が強いかを比べ合っている。ルインは一番後ろを歩き、周囲を警戒していた。


 滑りやすい足元を気にしながらしばらく歩いていると、ヴィヴィアンが「宵の泉」を発見した。黒い水たまりのようなそれは、魔物がそこから湧いてくることを示している。近くを警戒したが魔物の姿はない。どこか近くを歩き回っている可能性が高い。

「みんな、打ち合わせ通りにやるよ。いい?」

 ヴィヴィアンの言葉に、全員がロッドを構えた。


 慎重に歩いていたナナセ達は、少し広い空間に出た。

「いたよ!」

 ノアが前方を指し、ナナセ達の表情が変わる。真っ黒なドーリアのような形をしたものが、ノアの声で振り返った。

 ナナセは「うっ」と声を漏らす。枯れ枝のように痩せた体に目のない顔を持ち、ボロボロの衣服を身に着け、片手に長い剣を持っていた。それはナナセを以前襲った魔物によく似ていたが、腰のあたりまで伸びた髪と耳の辺りまで裂けた口がより一層不気味さを醸し出している。


 ルインはナナセ達の前に光る大きな盾のようなものを作った。これはシールドと呼ばれる防護魔術で、ある程度の攻撃を無効化する。

「行くよ!」

 ヴィヴィアンの号令と共に、ノアとマカロンは麻痺魔術を重ね掛けする。魔物の動きが止まったところに、ナナセとヴィヴィアンが火の魔術を放つ。

 魔物は悲鳴を上げ、攻撃が効いていることが分かった。ルインは続けて、メイジ達に詠唱速度を速める魔術をかけていく。これで息切れすることなく、続けて魔術の詠唱ができるのだ。

「ダメだ! 麻痺は効果が薄いよ!」

 魔物は既に麻痺の効果が切れ、素早い動きでマカロンに剣を振り下ろした。ルインが作りだしたシールドのおかげでダメージはないが、シールドには既にヒビが入ってしまっている。マカロンは恐怖で体を縮こまらせた。

「マカロン! 私が守るから心配しないで!」

 ルインが後ろで叫ぶと、マカロンはハッと気を取り直し「分かってる!」と返した。


「麻痺がダメでもこれなら」

 ノアは次に石化魔術を魔物にかける。魔物はノアの魔術を避けると、今度はノアにターゲットを絞った。ノアに斬りかかる魔物に、マカロンは石化魔術を当てようとした。だが動きの素早い魔物の「芯」を狙うのは難しい。まごまごしているうちにシールドが破られ、魔物の攻撃をもろに受けたノアは後ろに吹っ飛んだ。


 大きなダメージを受けたノアは起き上がることができない。

「ノア!」

 焦るマカロンに、ナナセが声をかけた。

「私がやってみる」


 ナナセは夢中だった。魔物が怖いという感情は既になくなっていた。今あるのは、この危機をなんとかしたいという気持ちだけだ。

 魔物の「芯」は胸の辺りだ。少しでもずれると石化しない。


(落ち着いて)


 ぐっと集中を強めるナナセは、時間の流れが遅くなったように感じた。ゆっくりと動くように見える魔物の芯を狙い、石化魔術を放つ。


「当たった!」

 ヴィヴィアンの声にナナセは我に返った。魔物は口を開け、今にも斬りかかろうとした姿のまま固まっている。

(やった……)

 ナナセは心の中で呟いた。

「今のうちだよ!」

 ヴィヴィアンの号令で、メイジ達は一斉に火の魔術を放った。




 魔物はチリのように姿が消え、その場にブラッドストーンが残された。

「やった! 倒せた!」

 ナナセ達は飛び上がって喜んだ。

「すごい、僕たちだけで倒せたね!」

「まさか倒せないと思ってたの? ノア」

 マカロンが軽くノアを睨むと「いや、思ってたけどさ」と慌てて首を振った。

「麻痺が効かないのは想定外だったけど、何とかやれそうだね」

 ナナセは胸を撫で下ろした。メイジパーティは一つ対応を誤ればパーティ全壊のリスクがあるので、不安な気持ちがなかったと言えば嘘になる。だがこうして倒せることが証明できてナナセは嬉しかった。


 もう人間型の魔物は怖くない。ナナセは十分強くなったし、ナナセには頼りになる仲間達がいる。


「みんながいてくれて良かった」

 ナナセは改めて仲間達に感謝の気持ちを伝えた。仲間達は「どうしたの改まって」とか「急にどうしたー?」などと言いながらもなんとなく嬉しそうな顔を浮かべている。


「よーし、これでなんとか戦えることが分かったし、この調子であと四匹、頑張ろう!」

 ヴィヴィアンが片手を上げると、全員が同じように手を上げ「おー!」と声を上げた。




 その後、何度か危ない場面がありつつも、何とか人数分のブラッドストーンを集めたナナセ達は、シャートピアに戻ってきた。持ってきた薬は使い切り、魔力はほぼ空の状態だ。だがナナセ達は課題をクリアできた達成感で、少しも疲れを感じていなかった。

街に戻ったナナセ達はレストラン「凍ったパン」で祝杯を挙げることになった。



♢♢♢



「えーそれでは……全員の力を合わせて魔物狩りを成功させ、無事に課題をクリアできました。危ないところもあったけど、みんな……」

「はいみんな、お疲れ様! かんぱーい!」

 マカロンが待ちきれなくなって勝手に乾杯をすると、みんなそれぞれ勝手に「乾杯!」とカップを掲げ、ヴィヴィアンは「いつも最後まで言えたことがないんだけど」と苦笑いしながら最後にカップを掲げた。ナナセ達は全員「凍ったパン」名物のホットスパイスワインを注文していた。アルコールを飛ばし、スパイスとフルーツで香りをつけているのでお酒を飲まない彼女らでも楽しめる飲み物だ。


 テーブルの上には茸と野菜のグリル、ふかし芋にとろーりとチーズをかけたもの、根菜とソーセージを煮込んだポトフなどが並ぶ。素朴な家庭料理のようなものばかりで決して豪華とは言えないが、どれも味は格別。店内の装飾も質素で、庶民的なレストランのようだが、魔物狩りを終えた冒険者らで賑わっていて雰囲気はいい。


「みんな、上級になったらやっぱりヒースバリーに引っ越すの?」

 マカロンの言葉に、仲間達はそれぞれ顔を見合わせた。

「いずれはそうしたいけど、まだお金が貯まってないからしばらくキャテルトリーのアパートで暮らすつもり」

 ナナセが答えると、それぞれが「私も」「すぐには無理だよねえ」などと口々に言いあっている。

「よかったあー! ヒースバリーなんて高くて無理だもん。キャテルトリーで十分だよね」

 マカロンはホッと胸を撫で下ろしている。

「でも今のアパートもいずれは出て行かないと。物も置けないし、周りは下級や中級ばかりで気まずいしね。居住区での家探しも本格的に始めないと……」

 ヴィヴィアンが話していると、マカロンがそこへ割って入った。

「ねえヴィヴィアン、私いいこと考えた! 聞きたい?」

「別に」

「いいじゃん聞いてよ! 私達さ、みんなで部屋を分け合って一つの家を借りない? そうすれば広い家に住めるよ」

 マカロンは目をキラキラ輝かせ、椅子から勢いよく立ち上がった。

「……それ、名案だよマカロン!」

 ノアはフォークに刺したカブがポロリと下に落ちたことに気づかず、目を丸くしている。

「そうね……キャテルトリーの居住区なら、私達でも十分広い家を借りられる。確かにいい案かも、マカロン」

 ヴィヴィアンが腕組みして唸る。

「私もいい案だと思う」

 ナナセもマカロンの提案を聞き、心が躍った。元々ヒースバリーに住みたいと考えているわけではないし、快適に暮らせるならキャテルトリーでも構わないのだ。

 気になるのがルインだった。ルインは元々、誰かと過ごすよりも一人でいたいタイプだ。ルインはどう考えているのだろうと気になりながら、ナナセは隣に座るルインをちらりと見た。


「私も賛成だよ」

 ルインは意外にもあっさりと賛成した。あまりにも簡単に賛成するので、ナナセはつい心配になり、隣のルインにこっそり耳打ちをした。

「無理しなくていいんだよ、大事なことだから」

「無理なんてしてないよ。私ももっと広い家に引っ越したかったんだ」


「良かった、これで全員賛成だね」

 ヴィヴィアンはホッとしたような顔で微笑んだ。

「じゃあじゃあ、早速明日新しい家を探しに行こうよ!」

「まずは試験の報告をしてからでしょ? マカロンはせっかちだなあ」

「ノアは楽しみじゃないの? 私、今すぐにでもキャテルトリーに飛んで行きたいくらいだよ!」

 マカロンの思いつきから、思わぬ形で新しい家に引っ越すことになりそうだ。ナナセは仲間達との新しい生活にわくわくしながら、ホットスパイスワインをぐいっと一気に飲んだ。




「ところでさ、冬の終わりに『真の闇の日』が来るじゃない? その日が明けたらいよいよ新年だね! みんなで新年を一緒に祝おうよ」

 宴も終わろうかという頃、マカロンが突然思い出したように言った。

「真の闇の日か……初めてなんだよね、どんな感じなんだろう」

「真の闇の日って、一日中真っ暗になる日だっけ?」

 ヴィヴィアンにナナセが質問すると、ヴィヴィアンは「そうそう。外に出ちゃいけないんだよね、確か」と答えた。

「外に出ると危険なんだっけ? 私もよく知らないんだよね」

 ルインも真の闇の日が初めてなのでよく分かってないようだ。勿論他の仲間達も真の闇の日を迎えるのは初めてである。みんな真の闇の日を分かっているようで分かっていない。早速ヴィヴィアンは自分のムギンを取り出し、ムギンに質問をしてみると、ムギンからスラスラと返答が返ってきた。


『はい、ヴィヴィアン。真の闇の日というのは年に一度、ノヴァリス島が真の暗闇に包まれる日のことです。一切の光を失うその日は外出を許されず、建物の中で過ごす決まりになっています。そして暗闇が抜けて朝になると年が明け、新しい一年が始まるのです。ノヴァリス島のドーリア達は、真の闇の日が明けるとみんなで集まり、ご馳走を食べみんなで歌ったり踊ったりとお祭り騒ぎになります。そうして新しい年の始まりをみんなで祝うのです』


「なるほどねえ、とにかく真の闇の日は外に出ちゃいけない、と……そして夜が明けたら楽しいお祭りってわけね」

 ヴィヴィアンはムギンをポケットにしまい込んだ。

「とにかく、年に一度の楽しい日がやってくるってこと! ね? その日はみんなでお祝いしようよ!」

 分かったのか分かっていないのか、マカロンは一人はしゃいでいる。

「もちろんいいよ。みんなでご馳走食べて、新年を祝おうよ。ね? ルイン」

 ナナセはルインに話しかけた。ルインも頷き「うん、いいよ」と返す。

「楽しみだね、それまでには新しい家に引っ越してるだろうし。でも結局『真の闇』が何なのかは良く分からないんだね」

 ノアが疑問を口にする。ナナセもそのことは疑問に思ったが、そういう日だからと言われればそれ以上のことは分かりようがない。それが「レムリアル」の決まり事なのだから、ナナセ達はそれに従うだけだ。




 その後ナナセ達は宿屋に戻って一泊し、翌朝キャテルトリーに帰った。そして魔術ギルドに試験が無事に終わったことを報告し、晴れてナナセ達は揃って上級魔術師となったのである。

 上級になったナナセ達は同時に訓練所も卒業となる。その後は魔術書を持ち込んで個人的に魔術を学ぶケースはあるが、基本的には自力で魔術を習得することになる。

魔術ギルドで訓練所の終了を正式に告げられ、ナナセ達は改めて魔術ギルドの正式会員となった。


 魔術ギルドに加盟している魔術師は全員、ギルドの為に働くことを誓う。冒険者ギルドに出された魔物狩りの依頼を達成すると、魔術ギルドにも報酬が分けられる仕組みだ。他にも魔術ギルド独自の依頼などがあれば、ギルド会員はその為に働くことを義務付けられている。ギルドで働く職員は、全員魔術師でもあるのだ。



 ナナセとルイン、ヴィヴィアン、マカロン、ノアの五人は、魔術ギルドを出た所で上級魔術師になったことを喜び合った。

「みんな、おめでとう! おめでとう!」

 マカロンは飛び上がって喜んでいる。他の仲間達も同様だ。ひとしきり喜び合った後、ヴィヴィアンがすっと真顔になった。

「でもこれからが大変だよ。まだ覚えないといけない魔術が沢山あるし、魔物狩りの依頼もどんどん厳しいものが増えていくし……」

「そうだね……ロッドも装備品も新しいものに更新したいし、やることは沢山あるなあ」

 ナナセはこれからかかるお金のことを想像してうんざりした顔をしている。

「まずはお金稼ぎだね……」

 ルインもため息をついた。

「もう、後ろ向きだなあーナナセもルインも。どうにかなるって、お金を稼ぐ方法なんていくらでもあるんだからさ!」

 マカロンはどこまでも前向きだ。彼女の屈託のない笑顔を見ていると、本当にどうにかなるような気分になってくるから不思議だ。ナナセとルインは顔を見合わせて笑いあった。確かに、今から心配ばかりしていてもどうしようもないとナナセは思った。


 五人がその場で解散となり、ナナセとルインがそれぞれ帰ろうと歩き出すと、魔術ギルドから職員の女性が駆け足で二人を追ってきた。

「すみません、ナナセさんとルインさん。お二人とも忘れ物があるそうです。今すぐに取りに戻ってください」

「忘れ物?」

 ナナセとルインは首を傾げた。そもそも訓練所に物を置きっぱなしにしている記憶もないナナセは、忘れ物に心当たりがない。

「忘れ物? すぐに戻った方がいいよ」

「うん、じゃあまたねヴィヴィアン」

 先を歩いていたヴィヴィアンに別れを告げ、ナナセとルインは踵を返してギルドへ戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る