第37話 いよいよ上級試験
今日のナナセはルインと二人で冒険者ギルドへ来ていた。二人はパーティ募集掲示板を見ながら、良さそうなパーティを探している。
ギルドの中にある掲示板には、様々な募集の文言が並んでいる。
『上級昇格試験のメンバー募集。当方双剣、大剣、ハンマー。ヒーラーと盾を募集します!』
『魔物狩り行きませんか? 報酬は落とし物のみリーダーへ。ブラッドストーンは均等に分配します。詳細を聞きたい方連絡ください』
『お手伝いお願いします。上級の方大歓迎です! 方向音痴なので道案内してくれると嬉しいです♪』
「……」
「地獄みたいな募集しかないね」
「ねえナナセ見てよ。報酬は落とし物のみリーダーって、リーダーがレアなお宝総取りってことでしょ? こんなの応募する冒険者いるの」
「私はこのお手伝い募集もなんだか引っ掛かる……最後の『♪』が特に」
「アハハ、確かに!」
ルインはメッセージを見ながらケラケラ笑った。
当然メンバー募集は早い者勝ちなので、いつまでも残っているメッセージは客観的に見て「参加したくないな……」と思うものばかりになる。
「うーん、今日はあまりいい募集がないね」
ナナセは残っている募集メッセージをなんとか好意的に見ようと努力していたが、とうとうあきらめたように呟いた。
「今日はダメだね。私、今日は裁縫ギルドに行こうかな。冬が近いから色々準備したいんだよね」
ルインはとっくに気持ちを切り替え、別のことをやろうと決めているようだ。
「準備って?」
「冬になると売れる糸とか、生地とか作っておくんだよ。冬が近づくと素材が値上がりしちゃうから」
「あ、なるほどね」
ルインが言う通り、季節は確実に冬に向かって進んでいた。ナナセはルインとその場で別れ、調合ギルドで一日を過ごすことにした。
♢♢♢
黒の手の初任務が終わって数日が経った頃、ナナセとルインはグループ会話でタケルに呼び出された。
「二人ともこないだはお疲れさん、報告見たよ。どうだったお前ら? 初任務は」
タケルは早朝にも関わらず、元気な声を響かせる。
「……おはようございます、タケルさん。早いですね」
眠そうな声で最後にチクリと嫌味を混ぜながらナナセは返答し、ベッドから体を起こした。
「……おはようございます……」
ナナセよりも更に不機嫌な声でルインが続いた。
「変装術、ちゃんと使えたか?」
「はい、それは大丈夫でした。自警団に一応相談を持ち掛けてはみたんですけど、やっぱりあまり話をちゃんと聞いてくれる雰囲気ではなかったです」
タケルはナナセの報告をうん、うん、と聞いている。
「まあそれは予想通りだ。団員のアホ面もしっかり撮影できてたな! 上出来上出来。他には? 何か変わったことはなかったか?」
ナナセはどこまで報告すべきか一瞬迷ったが、思い直してリスティと自警団員が会っていたことを話した。
「ナナセのファミリーの女と自警団員が何やらコソコソしてる? 気になるな。ナナセ、本当に何も心当たりないのか?」
「うーん、考えたんですけど、ないんです」
ナナセは顎に手を当てながら唸った。
「しかもそいつらの話だと、自警団がその女の試験を手伝ってたんだろ? 明らかにルール違反だし、更に何か頼み事もされてる。何でだ? その女、何か自警団の弱みを握ってるとか……?」
「それはないと思います。私が見ている感じだと、団員はリスティのことをかなり気に入っているみたいでしたから」
ルインの話を聞いたタケルは「なるほどねえ……」と呟いた。
一呼吸置き、タケルが再び言葉を発した。
「とにかくお前ら、初任務ご苦労だったな。今回の仕事はここまでだ。俺がブラックに報告しとくから、後で金が振り込まれてるか確認しといてくれ」
「えっ、もう終わりですか?」
ナナセは驚き、一気に眠気が吹き飛んだ。
「今回は、お前らがちゃんと任務をやれるかを見るテストだからな。お前らは期待以上に働いてくれたよ。変装術もしっかり使いこなしたし、指示通り自警団員の記録もした。テストは合格ってこと!」
「テストだったんですか……」
ルインは困惑したような声で呟いた。
「でも……これだけであんな高い報酬受け取っていいんでしょうか?」
「気にすんなってナナセ。お前らはこう見えて危ない橋渡ってるんだぜ。変装術はまだ分からないことが多くて、結構危険な術なんだからな」
「なるほど……それなら……分かりました」
ナナセはそんなに危険なら事前に言っておいて欲しい、と思いながら返事をした。
「また新しい任務ができたら知らせるからさ、それまでは自分の生活を頑張れよ。上級昇格試験、そろそろだろ?」
タケルはナナセとルインの上級昇格試験を気にしてくれていた。
「ありがとうございます、タケルさん」
「ありがとうございます」
ナナセとルインは声を被らせながらタケルに礼を言った。
「分かった分かった。じゃあまた何かあったら連絡しろよ? それとナナセ、そのリスティって女と自警団員のことで分かったことがあったら報告しろ。じゃあな」
「はい、タケルさん」
タケルは自分の話したいことだけ話すと、さっさと通信を切ってしまった。
「相変わらず慌ただしい人だね」
ルインはふっと笑い声を漏らした。
♢♢♢
また別のある日、リスティの頼み事のことを確かめる為、ナナセはマルにそれとなく探りを入れてみた。
「あのさ、マル……リスティのことなんだけど」
ナナセはキッチンでメンバーの食事を作っているマルを手伝いながら、話を切り出してみた。
「うん? リスティがどうしたの?」
「最近、リスティ忙しそうだよね? あまりここにも来てないみたいだし」
「ああ……そうだね。新しいファミリーハウス探しでヒースバリーに通ってるみたいだよ」
「そうなんだ……彼女、何か困ってることとかないのかな?」
マルは料理の手を止めると、不思議そうな顔でナナセを見た。
「何か気になることがあるの? リスティのこと」
「ううん! そういうわけじゃないんだけど」
慌ててナナセは首を振る。
「リスティは何か困ったことがあったら、必ずぼくたちに相談するよ。彼女がファミリーのぼくたちに隠し事なんてするはずないからね」
「そうだよね。ごめん、変なこと言って」
にっこりと微笑むマルは、リスティのことを心から信頼している。彼ならリスティの事情にも詳しいと思っていたが、彼が知らないなら他のメンバーも恐らく何も知らないだろう。後はリーダーのゼットと、彼女と仲がいいベインだが、この二人にはあまり余計なことを聞かない方がいいとナナセは思った。この二人に好かれていないことをナナセは感じ取っていた。
「そういえば、ナナセの上級昇格試験、もうすぐでしょ?」
「うん、実は明日試験なんだ」
「明日かあ! 頑張ってね、ナナセ」
「ありがとう、マル」
ナナセはマルに微笑んだ。ナナセの試験のことを聞いてくれたのは、ファミリーの中でマルだけだ。マル以外のメンバーが上級になり、彼らは新しい武器や装備品を整えるのに毎日必死だ。彼らは早くヒースバリーに拠点を移したくてうずうずしている。まだ中級でのんびりしているナナセのことなど、気に掛ける余裕はない。
中級に上がった頃は、これでファミリーと魔物狩りに行けると思っていたナナセだったが、現実はますますファミリーとの距離が開いていくだけだった。ファミリーの為に毎日薬を作っているが、感謝などされたことがない。それどころか、ナナセに対してメンバーの態度がよそよそしい。彼らの態度に心当たりのないナナセは困惑しながらも、なんとなく日々を過ごしていた。
翌日の朝、ナナセはいつものように薬を作ってファミリーハウスに持ってきた。共用チェストに薬を入れ、ふと思い出しムギンを開いた。そこにはダークロード専用の新たな掲示板ができている。忙しいメンバーが増え、誰が何をしているのか把握するのが難しくなったリスティが、ゼットに頼んで設置してもらったものだ。
「上級昇格試験を受けるので今日と明日は来られません」
ムギンの掲示板にナナセのメッセージを書き込んだ。声でムギンにメッセージを告げると、それが掲示板に投稿される仕組みである。
正直言ってわざわざ予定を書き込むのは面倒臭いとナナセは思っている。誰が自分の予定に興味があるんだろうとすら思っている。だが予定を書かずにどこかへ行き、リスティに勝手に行動するなと怒られるくらいなら、面倒でもこうしておく方がよい。
用が済んだナナセが家を出ようとしたその時、家の裏の方から話し声がすることに気づいた。誰もいないと思っていたナナセは、メンバーに挨拶をしておこうと廊下を進み、裏の出口に向かい、ドアに手をかけた。
「……階級の高い調合師が入ってくれないかなあ。あんな薬じゃ役に立たないんだよ」
「タダだから使ってるけど、もっといい薬が欲しいよな」
思わずナナセは手を止めて話に聞き入った。聞き覚えのない声なので、ナナセとは交流のないメンバーだろう。
「あの調合師、名前何だっけ? 忘れたけど」
「やる気がないんだよ、あいつ。あのこともあるし、リスティも困ってたわ」
ナナセはドアから手を引き、そうっと後ずさりしてその場を離れ、静かに家を出た。
(あのこと、って何だろう。私、何か迷惑をかけているのかな)
ナナセには思い当たる節がない。だが現実として、彼らはナナセを評価していない。ファミリーの役に立っていないと思われているし、名前すら覚えてもらえない。
(当然かもしれないな。調合師の訓練も進んでないし、ファミリーともうまくやれない)
ナナセは視線を地面に落として歩いていた。足取りは重く、どんどん地面に沈んでいきそうな気がしていた。
(だめだ。上を向こう)
ナナセは自分を奮い立たせ、空を見上げた。嫌なことがあったら上を向こう。なぜ自分がこう思ったのか分からなかった。だが上を向くべきだ、と思ったのだ。
(ほら、今日も天気がいい。雲の形も私好み。遠くにはいつもの冒険者ギルドが見える。あれはヒースバリー行の飛行船だ。私は空を駆ける飛行船を見るのが好き)
空に浮かぶ飛行船を見ながら、呪文のように自分に言い聞かせていると、やがてざわざわしていた気持ちが落ち着いてきた。
(大丈夫だ、大丈夫)
ナナセはしっかりと前を向き、冒険者ギルドに向かって足を進めた。今日は上級昇格試験の日だ。ルインや他の仲間達がナナセを待っている。
♢♢♢
冒険者ギルド前の広場に着いたナナセを待っていたのは、訓練所の仲間達だ。
「おはよう、ナナセ」
穏やかな笑みを浮かべたノアが、真っ先にナナセに気づいて手を上げた。
「おはよー! 準備できた?」
色とりどりのお菓子のような髪色のマカロンが、髪をふわふわと揺らせてナナセに駆け寄る。
「ナナセ、ルインは一緒じゃないの?」
紫色の髪をピシッと一つでまとめ、眼鏡をくいっと上げながら声をかけてきたのはヴィヴィアンだ。
「おはよう、みんな早いね!」
「だって楽しみで楽しみで! 夜明け前に起きちゃった!」
「マカロンはずっと試験を楽しみにしてたもんね」
「ノアは楽しみじゃないのー? やっと試験が受けられるのに」
「試験が楽しみ、なんて言ってるのマカロンくらいだよ。僕は心配で殆ど眠れなかったよ」
「もう、心配性だなあーノアは!」
ノアの肩を勢いよくバンと叩き、マカロンがけらけらと笑っている。
「ヴィヴィアン、ルインは先に裁縫ギルドに寄ってから合流するって言ってたんだ。もうすぐ来ると思うんだけど」
「そう、ならいいんだけど……ルイン、本当に来てくれるんだよね?」
ヴィヴィアンは何故か心配そうな顔をしている。
「ルインは絶対に来るよ。何か心配なの?」
「ううん、ほら、ヒーラーって引く手あまたでしょ? 試験の手伝いをしてやるって言って、ファミリーに引き抜こうとする連中もいるって言うじゃない?」
ヴィヴィアンが心配するのも当然だ。上級昇格試験に合格すると、訓練所からは無事卒業となる。そのタイミングを狙って各ファミリーのヒーラー争奪戦は一層激しくなるのだ。
「大丈夫だよ、ヴィヴィアン。ルインは知らないドーリアが苦手だから、声をかけられても断ってるみたいだし。みんなと試験を受けるって約束したでしょ? ルインは約束を破るような子じゃないよ」
「そっか……そうだよね、ごめん。ナナセはルインのことを本当に信頼してるんだね」
ヴィヴィアンは、ナナセがルインを疑う様子が少しもないのを見て、なんだか羨ましそうな顔をしていた。
ナナセが来てからすぐに、ルインが広場に姿を見せた。
「あ、来た! ルイン!」
ナナセがルインに手を振る。ナナセ達を見つけたルインは、たたっと駆け寄ってきた。
「おはよう、みんな。ごめんね遅くなって」
ヴィヴィアンはホッとした顔で「大丈夫だよ! 今日はよろしくね」とルインに挨拶した。
♢♢♢
目的地はヒースバリーよりも更に北にある「シャートピア」という小さな港町だ。シャートピアの西には山々が連なり、深い洞窟があちこちにある。洞窟があるということは、そこに「宵の泉」も湧きやすいということだ。シャートピアを拠点に魔物狩りに励む冒険者は多い。
魔術ギルドの上級昇格試験の課題は、メイジもヒーラーも共通だ。指定された魔物を狩り、ブラッドストーンを持ち帰る。人数分持ち帰る必要があるので、ナナセ達は魔物を五体倒せばよい。
ナナセには理屈は分からないが、キャテルトリーから離れれば離れるほど、宵の泉から強力な魔物が湧くと言われている。ノヴァリスにある町はそれぞれ魔物が入ってこないように結界があると言われていて、はじまりの場所があるキャテルトリーは冒険者が生まれる場所であるがゆえに、最も強力な結界があるようだ。
ナナセ達は今回、初めて船でシャートピアまで行くことになった。一度港町コートロイに移動し、そこから船に乗る。
「わーい! 船に乗るの楽しみ!」
マカロンは初めての船旅に大はしゃぎだ。船旅は時間がかかるが、その代わり船賃は非常に安い。全員お金に余裕があるわけではないので、節約できるところは節約しようという考えなのだ。
コートロイの港には、既にシャートピア行の定期船が停泊していた。乗客はまばらで、ほぼ貸し切り状態である。形は飛行船と似ているが、飛行船よりも小さい。
ナナセ達は早速船室に入り、いくつもあるテーブルの一つに陣取った。シャートピアまでの船旅の間、魔物狩りの打ち合わせをするのだ。
今回ナナセ達が倒す魔物は「恋に破れた女」だ。試験のお題は受けてみるまで分からない。当然だが全員知らない魔物である。
「ねえムギン、恋に破れた女ってどんな魔物かな?」
ナナセはムギンに質問をしてみる。
『はい、ナナセ。恋に破れた女は人間型の魔物です。シャートピア周辺の洞窟などに現れます』
「人間……?」
ナナセは首を傾げた。
「うわあ、人間型かあ! あれってすごく強いんだよね。私達と似てるからなんだか気味が悪いし」
ヴィヴィアンは嫌そうに言った。
「私達みたいな形の魔物?」
ナナセは自分の手が震えるのを感じた。あの時、住民登録試験を受けた時に襲われた魔物は確かにドーリアと似た形をしていた。右も左も分からない頃とは言え、当時手も足も出なかったあの魔物と戦わなければならないという事実に、ナナセは恐怖を覚えた。
「ナナセ、大丈夫?」
ルインが心配そうな顔で覗き込んだ。ハッとしたナナセは取り繕うように笑う。
「大丈夫だよ」
(大丈夫、あの時の私とは違うんだ。今日は仲間もいるんだし、きっと勝てる)
ナナセは自分に言い聞かせ、拳をぎゅっと握りしめた。
ナナセ達が魔物退治の打ち合わせをしている間に、船はシャートピアへ向けて出港した。
「あっ、船が出たよ! ねえみんな、外に出てみようよ!」
マカロンの提案にナナセ達は一斉に立ち上がり、競うように甲板に出た。
「わあ、もう港があんなに遠いよ」
ノアが遠ざかる港を指さす。
「いい眺めだね……」
ヴィヴィアンが景色を見ながらうっとりとしている。マカロンは大はしゃぎでムギンを取り出し、あちこち景色を記録していた。
「飛行船もいいけど、船もいいね……あっ、ねえルイン。あれって他の大陸かな!?」
ナナセは遠くにわずかに見える陸地のようなものを指さした。
「うーん? あれは大陸じゃなくて島みたいだよ」
ルインはムギンの地図をナナセに見せた。確かに、陸地の近くにいくつか島があるようだ。
「なんだあ。他の大陸があるのかと思っちゃった」
「大陸なんかないよ。あの海の向こうは『世界の果て』があるだけなんだって」
「世界の果て? 本当に? 他の大陸は絶対にあると思うんだけどなあ。ユーラシア大陸とか」
船の手すりに肘を乗せ、その上に顎を置いたナナセは、海の向こうをじっと見つめた。
「何その名前? 聞いたことない。ナナセの想像?」
「いいじゃない、想像でもさ。夢があるでしょ?」
「確かに」
ルインはアハハと笑い、海を見つめた。
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