第36話 怪しいリスティ

 リスティはなぜか詰所の裏にある自警団の宿舎を訪ねていった。中に消えていったかと思うとリスティはすぐに誰かと一緒に外へ出てきた。


「自警団員と一緒にいるね」

 ルーンはリスティと連れ立って歩く団員をじっと見つめた。

「誰だろう。リスティは友達が多いから、自警団員の友達がいてもおかしくはないけど……」

「後をつけよう、セナ」

 ルーンはセナの返事を待たず、すぐに二人の後ろを追いかけた。

「あ、待って」

 セナは声をひそめながらルーンの後を追った。


 二人は冒険者ギルド前の広場に着くと、空いているベンチに並んで腰かけた。広場には他にも沢山の人がいて賑わっている。二人に近づいても変に思われることはなさそうだ。セナとルーンは後ろから近づき、木陰からこっそりと立ち聞きしてみた。


「この前はありがとう。試験を手伝ってくれて」

「構わないよ。リスティを手伝いたかっただけだし」


(試験? 上級昇格試験のことかな。でも自警団員は冒険者の手伝いはできないって言ってたはずだけど……)

 セナは心の中で呟きながら、二人の話に耳を傾ける。


「それで、この前も話したんだけど……あのこと、お願いできないかな?」

「……そりゃ、リスティの力になってやりたいけど。でもそれは俺の力じゃ難しいよ」


 どうやらリスティは何か自警団員に頼みごとをしているようだ。

「分かってるけど、あなたにしか頼めないのよ。お願い、彼を紹介してくれるだけでいいの」

「……分かったよ。リスティの頼みなら、なんとかしてみる」

「本当!? 嬉しい、ありがとう。やっぱりあなたは頼りになるわ」


 リスティに褒められ、団員はまんざらでもなさそうにへへ……と照れ笑いしている。一体何の話なのか二人は気になったが、リスティは自分のお願いを伝え終わった後、すっとベンチから立ち上がり「じゃあ、また連絡するわね」と笑顔で団員に手を振り、去って行ってしまった。

 残された団員はリスティをじっと見送り、彼女の姿が見えなくなってからようやく立ち上がり、詰所の方向へと戻っていった。ちらりと見えた団員の横顔はなんだかにやけていて、リスティと会えたことを喜んでいるようである。




「どう思う? ルーン」

「リスティが何の頼みごとをしていたのか、気になるね」

 セナもリスティの頼みごとが何なのか、気になっていた。どうやらリスティはあの男に紹介してもらいたい人物がいるようだが、自警団の誰かなのだろうか。だとしたら、一体何の為に紹介を頼むのだろうか。

「気になるけど、本人に聞くわけにいかないしなあ」

「そうだよね……もし悪だくみの相談だったら、私達に教えてくれるわけがないもんね」

 冗談ぽく言ったルーンだったが、真剣な表情で考え込んでいるセナを見て、ルーンは小さく咳払いをすると、気を取り直して冒険者ギルドを指さした。


「とりあえずリスティのことは後で考えるとして……ねえセナ、さっきの二人のことが気になるんだけど……ちょっとギルドに行ってみてもいい?」

「ああ、私達の前にいた二人だよね?」

 詰所でセナ達の前に相談していた二人のことだ。話の内容からして、中級昇格試験を受けたいが手伝いが見つからない、という相談のようだった。自警団に門前払いされた姿を見て、あの二人がどうなったか気になっていたのはセナも同じである。


 セナとルーンは広場を出て人気のない所まで行くと、帽子とスカーフをそれぞれ外した。

「はあー、疲れたねルーン……あっ!」

 思わず「仮の名」を呼んでしまったナナセは口を押さえた。

「うわあ、私もセナって呼びそうになっちゃった!」

 ルインもナナセと同じように口を押さえている。

「私、すっかり自分のことを『セナ』だと思っちゃってた! 危ない危ない」

 ナナセは変装術というものの怖さを肌で感じた。顔だけが変わって見えるだけだと考えていたのだが、長く変装しているといつの間にか、変装した姿を自分だと思ってしまうのかもしれない。


「秘密の魔術って、危険だからってことなのかも……」

 呟きながらナナセはルインの方に目をやると、なぜかルインは一点を見つめながら固まっていた。

「ルイン? どうしたの?」


「……思い出した」

「何が?」


 きょとんとしているナナセの顔をじっと見たルインは、なんだか慌てているように見える。


「思い出した……あの時の記憶!」

「記憶って……? あ! もしかして!?」

 ナナセもハッとなる。


「急に記憶が戻ったの。レオンハルトに会った『最悪な日』のこと。全部思い出した! ……でも、どうして……?」

 ルインは突然記憶が戻り、混乱していた。ナナセはルインをなんとか落ち着かせる。しばらくその場でぶつぶつ言ったり、ぐるぐる回ったりしていたルインは、ようやく落ち着きを取り戻してきた。




「……ごめん、ナナセ。もう大丈夫だよ」

「本当に? でも良かったね。ずっと記憶が戻らないと思ってたから」

 ナナセは落ち着いた様子のルインにホッと胸を撫で下ろした。


「あいつ、私を地下水路のずっと奥まで連れて行ったんだよ。私はなんだか乗り気じゃなくて、渋々着いていったんだ。あいつは『自分がいればここの魔物には絶対に負けない』とかなんとか言ってた」

 ルインは当時の記憶を辿り、目を閉じた。






──キャテルトリーの街の地下に張り巡らされた地下水路は、暗くじめじめとしていて魔物が湧き出る「宵の泉」も現れる。冒険者ギルドは魔物を寄せ付けないように結界を作っていて、街の中まで魔物が入ってくることはない。だがそれはあくまで地上の世界のみの話だ。地下水路では冒険者ギルドの塔から遠ざかるほど、宵の泉が現れる可能性が高まる。もっとも町の近くに現れる魔物はそれほど強くはないのでそれほど危険はないが、冒険者以外のドーリアは地下水路に近づかない方がいいと言われている。


 あの日、ルインとレオンハルトは二人で地下水路を探索していた。住民登録試験の課題は「地下水路のどこかに捨て置かれた短剣を拾ってくる」というものだった。細く小さな水路が入り組む場所を迷わずに歩くのは、新人のルインにとっては難しいものだった。だからこそ、地下水路を熟知していると豪語するレオンハルトを頼ることにしたのである。


 すぐに見つかるだろう、と言っていたレオンハルトの言葉とは裏腹に短剣はなかなか見つからなかった。レオンハルトがどんどん先に進むことに、ルインは不安を覚えた。そうこうしているうちにギルドからはどんどん離れ、地下水路の闇が濃くなっていくのをルインは感じた。

「マサキさん、私はもう戻ります。また今度自分で探してみます」

 レオンハルトはルインに「マサキ」と偽名を名乗っていた。


「へえ? 戻るの? もうすぐ見つかるかもしれないのに?」

 振り返ったレオンハルトはなんだか不機嫌そうだった。

「せっかく手伝ってもらったのにすみません。でもあまり奥へ行くのは危険だとガーディアンに言われているので……」

 ルインは少し後ずさりをした。レオンハルトの表情が冷たく見えるのは、この暗がりのせいだろうか。

「あ、そう。俺が手伝ってやるって言ってんのに、あんたは俺が役に立たないって言いたいわけだ」

「そういうわけじゃないんですけど……すみません」

「あんたも俺を馬鹿にすんの? 新人のくせに。俺が何者か分かってる?」

「馬鹿になんてしてません。マサキさんが手伝ってくれたことは感謝してます」

 ルインは更に後ずさりをする。レオンハルトは大きなため息を吐くと、気を取り直したように笑顔を作った。

「……分かったよ、じゃあ帰るか。今日は運が悪かったな」


 レオンハルトは小さな瓶を取り出すと、床に投げつけた。すると床にいきなり黒い水溜まりのようなものが現れ、そこからぬるりと巨大ネズミのような魔物が姿を見せた。


「え? え?」

 突然の出来事に、わけが分からず固まるルイン。ネズミの魔物は甲高い鳴き声を上げ、それに応えるようにざざざーっと何かがこちらに向かってくる音がする。


 レオンハルトの後ろから、沢山の小さなネズミの魔物が鳴き声に呼び寄せられて集まってきたのだ。ルインは声にならない悲鳴を上げ、ネズミから逃げ出そうと走り出した。


「新人なんていらないんだよ。始まりの場所に還っちまえ!」


 レオンハルトの嫌味な声がルインの背に届いたと同時に、ルインは足の速いネズミ達に追いつかれた。ルインは支給された武器としては頼りないナイフを振り回し、小さなネズミの魔物から逃れようとする。だがそこへやってきた巨大ネズミの魔物の攻撃は強力だった。ルインはあっという間に戦闘不能状態に陥り、そのまま暗い水路の中に残されてしまった──






「……ひどいね……」

 ナナセはルインから話を聞き、怒りで体を震わせた。

「あの出来事が私には辛すぎて、思い出したくなかったんだと思う。私にとっては嫌な思い出でしかないから……。でも私が水路で倒れてたら、タケルさんが来て私を救い出してくれた。あの人には感謝してもしきれないんだ」

 ルインはナナセを安心させるように微笑んだ。

「そうだね、私も同じ」

 ナナセもルインに微笑んで見せた。二人とも辛い目に遭ったが、少しずつ過去を乗り越えつつあった。




 その後、ナナセとルインは冒険者ギルドへ向かった。パーティ募集掲示板の前で途方にくれている盾を背負った女性と小柄な男性を見つけ、声をかけて二人の手伝いをした。ナナセ達の他にも手伝いを名乗り出た剣士がいたおかげで、あっという間に手伝いは終わった。




「ありがとうございました。皆さんのおかげです」

 無事に街に戻り、嬉しそうな二人の顔を見ていると、ナナセ達もなんだか自分のことのように嬉しくなった。

「気にしなくていいよ。冒険者は助け合いで生きていくものだからね」

 ナナセ達と一緒に手伝いをしてくれた剣士が、胸を張って言った。


「あの……皆さんにお礼をしなければと思うのですが、いくらお支払いをすればいいのでしょう……? 恥ずかしい話ですが、相場が分からないもので」

 困ったような顔で尋ねてきた女性に、ナナセ達は仰天して顔を見合わせた。

「何言ってるんですか? お礼なんていらないですよ。魔物狩りの報酬はちゃんとギルドからもらってますし」

 ナナセは慌てて返した。昇格試験はギルドから報酬としていくらかのシルが支払われる。今回試験の目標だった魔物はナナセ達にとっては格下なので報酬は雀の涙だが、全員平等にもらっている。ルインも手伝いの剣士もその通りだと頷いた。


「でも……先ほど自警団に相談に伺ったら、こういう時は謝礼としていくらかお渡しするものだと聞いて……」

 ルインは女性の話を聞いて眉を吊り上げた。

「そんなことしなくていいですよ。私達はお手伝いをしただけなんですから」

「その通りだよ。でも中には終わってから謝礼を要求する冒険者もいるからね。手伝いを頼む時は条件をちゃんと確認した方がいいよ、後で揉めると面倒だから」

 手伝いの剣士は眉をひそめ、ため息をついた。


 自警団員が手伝いを求める冒険者に対して「謝礼を渡せばいい」とアドバイスしていたことにナナセは腹が立ったが、現実として謝礼を要求することはあるようだ。ナナセは複雑な思いを抱えながら、即席パーティは解散となった。

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