第34話 黒の手の歓迎会

 ヒースバリーからキャテルトリーにとんぼ返りしたナナセとルインは、その足でレストラン「マリーワン」へ向かった。


 マリーワンは二人の姿を見ると、満面の笑みで駆け寄ってきた。

「待ってたわよー! さあ、こっちに来てちょうだい」

 夕飯時よりも早い時間の為か、店内の客はまばらだった。だがマリーワンは店内のテーブルではなく、階段を上って二階へ、更に階段を上り三階へと二人を誘導する。不思議に思いながらナナセ達はマリーワンの後に続いた。マリーワンはきびきびと歩き、一番奥にある部屋の扉を開けた。


「さあ、こちらにどうぞ」

 ナナセとルインが恐る恐る部屋の中に入ると、中央に大きな木のテーブルが置かれていた。そしてそこにいたのは、タケルとフォルカーだった。


 タケルはニヤリと笑うと声を張り上げた。

「遅い!」

「……え? 二人がどうしてここにいるんですか?」

 ナナセはタケル達とマリーワンの顔を交互に見ている。

「ブラックから聞いたのよ。あなた達がこの後『マリーワン』を訪ねてくるって。だから私がこっそり二人を呼んじゃった」

 マリーワンはいたずらっぽく笑う。

「全く、俺達だって忙しいっつーのに」

 タケルはぼやいているが、その顔には笑顔が浮かんでいて困った様子はない。恐らくこうなることを予見していたに違いない。

「お前が二人の歓迎会をやりたいって言ったんだろ。さあ、二人とも席についてくれ。マリーワンも店を抜けられるんだよな?」

「もうちょっと待っててフォルカー。私は後で来るから、先にみんなで始めててよ」

「分かった……ほら二人とも、立ってないで座ってくれ」


 マリーワンは後で来ると言い残し、一階に戻っていった。ナナセとルインはフォルカーに促されるまま、テーブルを挟んで向かい側の椅子に腰かけた。

 テーブルの上には既に飲み干した空のグラスや、もう殆ど残っていない料理があった。二人はだいぶ前に来ていて、食事をしながら二人を待っていたようだ。


 ナナセはくつろいでいる様子のタケルに文句を言う。

「どうして黒の手のことを先に言ってくれなかったんですか? ブラックさんに言われてびっくりしましたよ」

「そうですよ。事前に話してくれたら心の準備もできたのに。タケルさんを手伝えってこのことだったんですか?」

 ルインもナナセに続いた。

「お前ら俺を手伝いたいって言ってただろ? 俺の為なら何でもするって言ったよな?」

 タケルは平然としている。

「何でもするとか言ったかな……」

「言ったようなもんだろ? 俺に協力するってことは、黒の手に入ってもいいってことだもんな?」

 ナナセの呟きを無視し、タケルは勝手な理屈を言い放っている。


「タケルはずっとお前たちを黒の手に参加させたいと考えていたんだ。そんな中でハリシュベルでの君達の勇敢な振る舞い、俺もタケルも感心したんだよ。二人とも黒の手に相応しいと俺も思っている」

 フォルカーの真っすぐな視線と優しい笑顔に、ナナセとルインはお互い照れたように笑いあう。ルインが咄嗟にマユマユのパーティに助けに入り、ナナセ達「メイジーズ」も逃げずに助けに行った。その行為を認めてくれたことに、二人はなんだか誇らしい気分になった。


「タケル、お前はいつも言葉が足りない。この二人が混乱するのも当然だ。事前にきちんと説明をしておくべきだったな」

 フォルカーがタケルに苦言を呈すると、タケルは「すまん」と頭を掻き、一応反省している顔をして見せた。


「経緯はどうあれ、ナナセとルインが俺達の仲間になってくれたことを歓迎する。本当はもっと大々的にお前たちの歓迎会を開きたい所だが、俺達のチームはちょっと特殊でな。外で全員が集まることは殆どない。表向きはあくまで俺達は『ただの友人』ってことになっているから、その辺は理解してもらえるか?」

 ナナセとルインが「うなずき人形」みたいに揃って頷くと、フォルカーは目を細めた。

「まだ二人が中級の段階で、仲間に入れるのは早すぎるんじゃないかと言う奴もいた。だが俺もタケルも、お前たちには十分資格があると思っている」

 タケルは椅子に寄りかかり、得意げな顔で腕組みをしている。

「俺はもっと早く黒の手に入れようと思ってたんだぜ? 黒の手の奴らはやたら慎重なんだよな」

「慎重になるのも当然だろう? 特にジェイジェイはナナセが『世界の裂け目』に落ちたことを今でも気にしてるんだ。まだ右も左も分からない子に裂け目の調査を手伝わせたんだからな、誰とは言わないが」

 フォルカーはタケルを軽く睨む。タケルはフォルカーの視線に気づくと、気まずそうに軽く咳ばらいをした。


「ジェイジェイさんも『黒の手』だったから裂け目の調査をしていたんですね」

 ナナセがフォルカーに尋ねると、フォルカーはうむ、と頷いた。

「ジェイジェイは裂け目を見つけるのが上手い。それでブラックが候補に挙げたと聞いている。今日、できればジェイジェイも呼びたかったんだが、あいつは今裂け目探しで遠くに行っているんだ」

「あいつ今『シャトルフ村』の近くにある森で裂け目探ししてるんだよな。あそこを調べるのは骨が折れるぜ」

「あの森は広大だからな。ジェイジェイはしばらく森から離れるつもりはないらしい。だが心配するな、あいつもお前たちの入会を歓迎している。近いうちに会うこともあるだろう」

「良かったです」

 ナナセはホッとした顔でルインと頷き合った。


 四人が話をしていると、扉が開いてマリーワンが入ってきた。飲み物と食事が乗った大きなトレイを手に持ち、威勢よくテーブルの上にトレイを下ろした。

「はい、お待たせ! ワインのお代わりと、ブドウジュースを三人分と、タケルにはアイスコーヒーね」

「マリーワン、お前は飲まないのか?」

 フォルカーが尋ねると、マリーワンは大げさに両手を広げて見せた。

「まだ私仕事あるんだもん。さあほら新人さん! 食事も適当に持ってきたから遠慮しないで食べてね!」

 マリーワンはてきぱきと料理を並べ、席に着いた。テーブルの上には新鮮なフルーツサラダや鶏肉のトマト煮込みや焼き立てのパンが並んでいる。

 タケルはグラスを手に取った。

「さて、それじゃあ黒の手の新しいメンバーに乾杯しよう!」

 ナナセも慌ててジュースが入ったグラスを手に持つ。

「乾杯!」

 全員がグラスを高く掲げた。


 美味しい食事と甘酸っぱくて美味しい飲み物。気心の知れた仲間達。ナナセは心からこの時間を楽しんでいた。黒の手、という組織がどういうものか良く分からなくても、タケル達が信用できる者達だということははっきりとしている。ナナセには不安はなかった。ちらりと横を見ると、ルインもこの場を心から楽しんでいる顔をしていた。恐らくルインも同じ気持ちだろう。


「お前ら、ブラックから報酬の半分もらったんだろ? 良かったな、これで装備品ももっといいものに買い替えられるじゃねえか」

 タケルはニヤニヤしながら二人に詰め寄る。

「はい、すごく助かりました。私、ファミリーに1000シル払わなきゃいけなくなっちゃって、どうしようかと思ってたんです。ブラックさんに500シルもらえたんで、これで払うことが……」

「ちょ、ちょっと待て待て。今1000シルって言った?」

 タケルは顔色を変え、ナナセの言葉を制した。

「そうなんです。うちのファミリー、ヒースバリーにファミリーハウスを引っ越したいみたいで、その資金の為にメンバーからお金を集めることになったんです。今月は1000シルで、来月からは500シルみたいですけど……」

 タケルはフォルカーと顔を見合わせた。

「1000シルって、中級のナナセに要求する額じゃないでしょう」

 マリーワンは苦い顔をしている。

「やっぱり、高いですよね……? 私もそう思ったんですけど、でもヒースバリーのファミリーハウスってすごく高いからみんなで協力しないといけないって」

 ナナセが苦笑いしながら言うと、タケルはますます怖い顔で身を乗り出した。


「ナナセ、ブラックからもらった500シルを使うんじゃねえぞ」

「え? でもそのお金がないと支払いが……」

 ナナセは戸惑いながら言った。

「お前が簡単に1000シルをポンと払ったら、ファミリーの奴らにお前が1000シルくらい軽く払える奴だと思われちまうだろ。次はもっと高い金額を要求されるかもしれねえ。支払いはギリギリまで粘れ。ブラックからの報酬は、自分の為に使うんだ」

 フォルカーも渋い表情で腕組みをする。

「ヒースバリーは確かに契約料も賃料も高いが、それくらい軽く払えるようじゃなきゃ、あの町でファミリーハウスを借りるなんて無理だぞ」

 マリーワンもうんうんと頷きながらフォルカーに続く。

「契約料を払えたとしても、毎月の家賃で苦労するわよね。ヒースバリーに拠点を持つファミリーは、それなりに稼ぐ手段を持ってるメンバーが集まるものだし。フォルカーみたいにハリシュベルに豪邸をポンと買えるようじゃないと」

「俺はポンと買ったわけじゃないし、そもそも豪邸じゃない」

 フォルカーは苦々しい顔でマリーワンを睨んだ。


 ナナセは(個人で大きな家を持ってるフォルカーさんって、やっぱりお金持ちなんだなあ)などと思いながら話を聞いていた。


「キャテルトリーのファミリーハウスなんて、一番小さい家だと契約料も家賃も全部タダだもんな。あそこ便利だから借りようと思ったら、ファミリーを作らないと借りられないってガーディアンに断られたぜ」

「当たり前だろう、タケル」

 フォルカーは呆れた顔でタケルを睨んだ。

「どいつもこいつも、なんでみんなヒースバリーに拠点を移そうとするんだろうな。別にキャテルトリーでもいいじゃねえかと思うんだけど」

 タケルは腕組みしながら天を仰いでいる。

「まあ、ヒースバリーにファミリーハウスを持つというのは、冒険者にとっては成功の象徴みたいなものだからな」

「うーん、それも分かるけどさ……」

 

「やっぱり1000シルはちょっと高過ぎよ。しかも来月以降もお金払うんでしょ? ナナセ、あなたのファミリーほんとに大丈夫なの? あなたのことを大事に扱ってくれてるの?」

 マリーワンの心配そうな顔を見て、ナナセは急に不安が襲ってきた。


 心配そうなルインに、ナナセは慌てて笑顔を作る。

「大丈夫だよ。ルイン」

「おいナナセ。ファミリーで何か不満があったらちゃんとリーダーと話し合え。言わなきゃ伝わらねえんだぞ?」

 タケルは厳しい表情でナナセに言った。ナナセは笑顔で「分かりました」と答えたが、胸の奥にある不安はナナセの心に大きな重しとなった。



 その後もナナセとルインの歓迎会は続いた。

「分かってると思うけど、黒の手のことは絶対に外に漏らすなよ。メイジーズには勿論、たとえファミリーでもな」

「はい、タケルさん」

 ナナセとルインは背筋を伸ばして答えた。

「よし。それじゃあ任務のことについて打ち合わせするか」

「えー、今やるの? せっかく楽しい席なのに。明日でいいんじゃない?」

 マリーワンは文句を言った。

「今だからいいんじゃねえか。ちょうどみんな揃ってるんだし今話した方がいいだろ? えーと、まずはナナセとルインには、ヒースバリーにいる『マリーツー』を訪ねてもらおうかな」

「マリーツーって?」

 ナナセとルインは揃って首を傾げる。するとマリーワンがニヤリと笑って口を開く。

「マリーツーは私の双子の妹で、美容師なの。ヒースバリーで美容室を経営してるわ」

「マリーワンさん、双子だったんですか!」

 二人がが驚くのも無理はなかった。この世界では基本的に一人で生まれるので、双子というのは珍しい。


「どうして美容師を訪ねるんですか?」

 ルインが不思議そうに尋ねると、マリーワンはフフ、と不敵な笑みを漏らした。

「マリーツーはヒースバリーで人気の美容師なんだけど、実はそれだけじゃないのよね。彼女には特別な力があるの。それはあの子が『変装術』を使えるってこと」


「変装術!?」

 ナナセとルインは二人そろって大声を上げた。


「今回お前らにやってもらうことは、自警団の普段の様子、要するにありのままの姿を記録してもらうこと。まずは自警団に簡単な相談ごとをしてもらう。お前らの素性はできるだけ知られない方がいいからな、特にナナセはユージーンと一度会ってるだろ」

「あー、そうでしたね、でも彼が私の顔を覚えているとは思えないんですけど……」

 ヒースバリーでナナセは団長のユージーンと挨拶を交わしている。ユージーンがナナセに何の関心も持っていないことは、あの時のナナセにはすぐに分かった。名もない下級冒険者だったナナセは、ハイファミリーとの付き合いに熱心と言われるユージーンにとっては通りすがりの通行人でしかない。

「確かにな。でも用心するに越したことはねえだろ。だから変装術を使って自警団に接近してもらう」

「しかし……そこまでする必要あるのか?」

 フォルカーは眉をひそめている。彼は変装術を使うことをあまり良く思っていないようだ。

「私も変装術は使った方がいいと思うわ。誰が誰に繋がってるか分からないし、もしタケルが自警団を調べてるなんてことがバレたら大変よ。それこそユージーンが出張ってくるかもしれないし、面倒なことにならないようにここは慎重に動いた方がいいと思うの」

「うーむ……確かに」

 フォルカーは顎に手を当てながら唸った。


「変装術なんてもの、初めて聞きました」

 ルインは首を捻りながら言った。確かに、ナナセもルインも変装術などというものを聞いたことがない。魔術ギルドでは当然耳にしたことがないし、普段の生活でもそのような噂すら聞いたことがない。

「そりゃそうよ。変装術は『秘密の魔術』だもの。マリーツーは変装術が得意でね、変装術をかけられたら、たとえファミリーだって見破れないわ。そうだ、二人とも『ポータルの鍵』は持ってる?」

 マリーワンの問いかけに、ナナセとルインは揃って首を振る。

「ないわよね。だったらブラックに連絡して鍵を送ってもらうわ。変装術は一日しかもたないの。任務のたびにヒースバリーに行ってマリーツーに術をかけてもらう必要があるから、何度も行き来するのは大変だものね」

「ポータルの鍵って、もらえるものなんですか」

「もちろんよ、ナナセ。自警団の調査に必要なものなんだから、足りなかったらすぐに私に要求してね。ブラックが必要だと判断すれば、ちゃんと支給してもらえるから」

 ポータルの鍵は一つ30シルもする。決して安い物じゃない鍵を簡単に渡せるのは、さすがガーディアンである。


「俺は変装術は苦手なんだよなー。なんか自分が自分じゃなくなるみたいでさ」

 タケルは顔をしかめている。

「だからマリーツーはタケルに変装術を使わないって決めたのよね。タケルは変装術が勝手に解けちゃうのよ。きっとタケルは『誰かになる』のが苦手なのね」

 マリーワンがクスクス笑うと、タケルは「俺は正直者なんでね」と強がって見せた。


 タケルは身を乗り出し、ナナセとルインに任務の内容を話した。

「お前らには、ヒースバリーで変装術をかけてもらったら、キャテルトリー分団の詰所に行ってもらう。団員に何でもいいから適当な理由をつけて相談をしろ。多分門前払いされるだろうが、それでいい。そいつの名前と顔をよく覚えておけ。ムギンで顔を記録するのも忘れるなよ」

 上手くできるか不安になりながらも、二人は頷いた。

「あいつらの落ち度を引き出せたらベストだけど……最初は無理しなくていい。やばいと思ったらすぐに立ち去れ。ここまではいいな?」

「分かりました」

 緊張気味に答える二人の顔を見て、マリーワンは優しく話しかけた。

「二人とも、そんなに緊張しないで。危ないと思ったらすぐに引き下がる、これだけ覚えておけばいいのよ」

 マリーワンの言葉に、ナナセとルインは少し表情が和らいだ。


「それじゃ、明日ヒースバリーに行く前に一度ここに寄ってね、ポータルの鍵を渡すから。二人とも、初任務頑張ってね」

「頑張ります!」

 上ずった声で答えるナナセとルイン。

「よし、これで話はまとまったな。後はゆっくり飯を食え。お前ら、今日はマリーワンのおごりだぞ? 好きなだけ食っとけ」

 タケルはグラスを高々と掲げ、マリーワンは「あんまり調子に乗らないでよ」と苦々しい顔をした。

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