第33話 「黒の手」って?
翌日、ナナセはルインと飛行船乗り場で待ち合わせをしていた。
キャテルトリーに戻ったナナセとルインの元に、突然ガーディアンのブラックからメッセージが届いたのだ。
『お忙しいところ恐縮ですが、ナナセ様とルイン様、お二人に冒険者ギルド本部へ来ていただきたく存じます』
丁寧だが拒否を認めない言い方だ。ブラックに呼び出されるということは、レオンハルトの件で何かあったのだろうか、それとも別の用件だろうか。分からないまま、ナナセとルインは大人しくヒースバリーにある冒険者ギルド総本部へと向かうことにした。
ナナセは日帰りのつもりなので、夜にはキャテルトリーに戻り、ダークロードのファミリーハウスに顔を出す予定だ。昨日たっぷりと薬を共用チェストに入れておいたから、すぐになくならないと思うが、もしなくなっていたらまた補充しなければならないだろう。
ファミリーの仲間達は「ようやく補充が来たかー」とナナセに礼を言うこともなく、薬をチェストから持ち出していた。
(彼らはなんだか、私とあまり目を合わせないような気がする)
ナナセは仲間達の態度に引っ掛かるものを感じていた。彼らはどこかよそよそしく、まるでナナセが見えていないかのように振舞うこともあった。ナナセには彼らが何故自分への態度が冷たいのか分かるはずもなかった。ナナセにとってダークロードのファミリーハウスは、もはや居心地のいい場所ではなくなっていた。
♢♢♢
早朝、急ぎ足で飛行船乗り場に向かったナナセは、先に着いて待っているルインの姿を見つけて手を振った。
「おはよう! お待たせ、ルイン」
「おはよう、ナナセ。朝ご飯食べたの? なんだか疲れた顔してるけど」
ナナセはハッとして自分の頬に手を当てた。
「分かる? 実はまだ食べてないんだ」
「売店で何か食べるものを買おうよ。そのままだと倒れちゃうよ?」
ルインはナナセのちょっとした変化にもすぐ気が付く。常に周囲を良く観察しているのが彼女の良さだ。
二人はそのまま売店に向かい、ナナセはトマトソースがたっぷりと乗ったソーセージパン、ルインはハムとチーズを挟んだパンを買った。
ヒースバリー行きの飛行船は便数が多い。二人が買い物をしている間に、既に次の飛行船がやってきて待機していた。二人はパンを片手に持ち、小走りで船室に向かった。
♢♢♢
「1000シル? いくらなんでも高すぎない?」
船室の中で、ナナセから「1000シルをファミリーに支払う」話を聞いたルインは眉を吊り上げた。
「私もそう思うんだけど、ヒースバリーへの引っ越し費用を集めたいんだって」
ナナセはソーセージパンにかぶりつきながら答えた。
「それでナナセは納得してるの? まだ中級の私達に要求する額じゃないよ」
「……納得はしてないけど、大きいファミリーハウスに引っ越す為には、仕方ないみたい……」
パンを持ったまま、じっと俯くナナセをルインは怒ったような顔で見ている。
「それに薬のことも! いくらナナセが調合師だからって、ファミリーの薬を作らせるなんておかしいよ。うちのファミリーの共有チェストにも薬が入ってて、みんな自由に持って行っていいことになってるけど、それは余りものを入れてるだけで、誰かに作らせたりなんてしてないよ」
「そうなの……? でもうちのファミリー、今までマルが薬を作ってたし……」
「それは昔の話でしょ? メンバーも昔より増えたんなら、薬の数も増えるし今までみたいにはいかないよ。薬代はちゃんともらうべきだよ」
ルインの言っていることは正論だ。少しも間違ったことを言っていない。それでもナナセの返事は曖昧だった。
「私、あまりファミリーに貢献できてなくて後ろめたいんだ……。少しでも役に立ちたいんだよ」
ルインは大きなため息をついた。
「……ナナセがそれで納得してるならいいけど。でも私は正直言って、ナナセのファミリーがいい所だとは思えないけどね」
ルインが苛立つのも当然だ、ナナセにはよく分かっていた。ナナセ自身も今の「ダークロード」があまり好きではない。
ファミリーの方針にもついていけないし、リスティが中心となってからの雰囲気も好きになれない。だがせっかく自分をファミリーとして迎え入れてくれた場所から出ていく勇気も持てない。
「……もう少しだけ、頑張ってみるよ。薬代のことも相談してみる」
「そうしなよ。もし何かあったら、うちのファミリーに来ればいいじゃない」
ルインはようやく微笑んだ。ルインの所属するファミリー「リバタリア」は私語禁止の巨大ファミリーで、しがらみのなさが売りである。
「うん。話を聞いてくれてありがとう、ルイン」
ナナセの顔にもようやく笑顔が戻り、ルインはホッとしたように笑うと大きな口を開けてパンをかじった。
♢♢♢
三度目ともなると慣れたものだ。ナナセとルインはヒースバリーの冒険者ギルド総本部を訪れ、エレベーターで黒の階まで向かい、ガーディアンのブラックを訪ねた。
ブラックは以前と同じように二人を廊下で出迎え、部屋へと招き入れた。
「来ていただきありがとうございます。どうぞこちらの椅子におかけください」
部屋は同じ(だと思う)がレイアウトが少し変わっていた。部屋の中央に一人掛けのソファが三つ、テーブルを挟んで置かれている。まるで二人が来ることに合わせてソファを用意したかのようだ。
ナナセとルインは言われるままにソファへ腰を下ろした。二人のソファの向かいにブラックは腰かけ、テーブルの上に自分のムギンを置いた。
「お二人とも『黒の手』に参加していただけるということについて感謝いたします。早速ですが契約について説明を……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
ナナセは驚いてソファから身を乗り出し、ルインもブラックの口から出た「黒の手」という聞きなれない言葉に目を丸くしている。
「はい、ナナセ。何でしょう」
「私達、レオンハルトの件で呼ばれたのかと」
「いいえ、レオンハルトの件については特に何もお伝えすることはありません。本日お二人は黒の手に参加することを承諾されたとのことで、こちらで入会の手続きをすることになっています」
「えーと、そもそも『黒の手』ってなんですか?」
ナナセがオロオロしながら質問すると、ガーディアンは真っすぐにナナセを見つめたまま静止した。
「……ひょっとして、タケルから何も聞いていないのですか?」
少し間をおいて、ブラックは口を開いた。
「タケルさん? タケルさんにはキャテルトリーに戻ったら自分の手伝いをしてくれと頼まれてたんですが、それのことですか?」
ナナセは必死に説明した。どういうことだか分からないが、どこかで話が行き違っている。
「そうですか。タケルはどうやらお二人に大事な説明をしていないようですね。そういうことでしたら私から説明させていただきます」
ブラックはガーディアンだから当然なのだが、少しも動揺することなく二人に説明を始めた。
「まず『黒の手』というのは、ノヴァリスで起こる様々なトラブルに対応する為のチームです。同じ目的を持つ『ノヴァリス自警団』という組織もありますが、自警団とは無関係です。彼らは表立って活動していますが、我々はチームの名を公にしていません。あなた方がご存じないのも当然です」
ナナセとルインはぽかーん、と口を開けたままブラックの話を聞いている。
「そして私が『黒の手』の創設者であり代表である『ブラック』です。ブラックは正式な名前ではありませんが、名前がないと呼びにくいとのことですので、便宜上ブラックと名乗っています」
口を開けたままブラックの話を聞いていたルインは、ようやく言葉を発した。
「……ブラックさんがその……黒の手ってやつを作ったというのは分かりましたけど、どうして自警団があるのに黒の手を作ったんですか?」
「お答えします、ルイン。自警団が作られた歴史はご存じでしょうか?」
二人が揃って頷くと、ブラックは話を続けた。
「自警団はタケルがリーダーとなり、フォルカーと共に立ち上げました。現在は二人とも退団し、ユージーンが団長となって運営しています。しかし現在の自警団は、タケルが団長だった頃とは違い、ドーリア達を助ける組織とは必ずしもなっていないのが実情です。タケルは自警団を退団した頃から、私に新たな自警団を作るべきだと何度も要望を出していました。しかし、ノヴァリスに自警団は二つも必要ありません」
タケルも同じことを話していた。ナナセとルインはその通りだ、と頷く。
「そこで私が代表となり、自警団とは別のチームを非公式に作ることになったのです。自警団で解決できない問題を、我々が解決しています。メンバー候補は私が選定し、タケルが直接会ってメンバーにふさわしいかどうかを判断しています」
一度言葉を区切り、ブラックはじっと二人の顔を見ながら話を続けた。
「タケルがナナセ、ルインの二人は黒の手のメンバーにふさわしい、と判断しました。その為お二人をここへ呼んだのです」
少しの間、二人とも言葉を発しなかった。想像もしていなかった展開に、どう対応していいか分からなかったからである。
先に口を開いたのはルインだった。
「ブラックさん、あなたがメンバーを選定した、と言いましたよね。以前から私達のことを調べていたんですか?」
ブラックは頷いた。
「お答えします、ルイン。確かに私はお二人が住民登録試験を受けた時から見ていました。お二人が新人狩りに遭い、医療ガーディアンの診察を受けた際、勝手ながら『適性検査』をさせていただきました」
ナナセは当時のことを思い出していた。あの時椅子に座らされ、ヘルメットのようなものを被せられた時、ガーディアンは何やらデータを記録していたのを覚えている。
「適性検査って何ですか?」
ルインは不快な表情をしている。それも当然だ、勝手に検査されていたことを喜ぶドーリアがいるだろうか。
「お二人の人間性、精神力、危険な思想を持っていないかなど、様々な角度から調べます。他には記憶の欠損や記憶の相違などがないかなど、全体的に調べています」
「勝手に調べられるのって、あまりいい気がしないんですけど」
「ルインの意見も理解できます。調べたデータは私が厳重に管理していますので、他に漏れる心配はありません」
「そういうことじゃないんだけど……」
まだ不服そうなルインに代わって、ナナセが質問をした。
「じゃあブラックさんは私達が、えっと『適性検査』に合格していたから、ずっと黒の手に誘うつもりだったってことですか?」
「その質問に関しては、はいともいいえとも言えません。黒の手の候補者は沢山います。その中でメンバーに勧誘するかどうかは、先ほど申しました通りタケルの判断にかかっています」
「タケルさんは、ブラックさんに信用されているんですね」
「はい。タケルはノヴァリスの平和を守る為に最も重要なドーリアです。彼女ほど熱心なドーリアを私は知りません」
自分が褒められたわけでもないのに、なぜかナナセは嬉しくなった。ふとナナセが隣を見ると、ルインもなんだか嬉しそうな顔をしている。
「ひょっとして、新人狩りを調べていたやつとか、世界の裂け目を調べていたやつとかも、黒の手の任務……だったってことですか?」
ナナセが再び問うと、ブラックは頷いた。
「その通りです。新人狩りはルインの事件が起こる前に二件起きていました。当時の被害者は二人とも『はじまりの場所』へ還る判断をしてしまいました。これ以上被害者が増えると新たなドーリアが減ってしまいます。ですから私がタケルとフォルカーに事件を調べるよう依頼したのです。世界の裂け目についても同様です」
「ということは、フォルカーさんもメンバーなんですか?」
「はい、ナナセ。フォルカーはタケルと共に『黒の手』の創設に関わったメンバーの一人です」
「じゃあ、世界の裂け目を調べてたジェイジェイさんも……?」
「はい、ルイン。ジェイジェイは私が彼の才能を見つけ、タケルが勧誘しました」
「なんだか、色々腑に落ちたよ……」
ナナセはため息をつき、ソファの背もたれに背中を預けた。
二人は無言のまま、しばらく頭の中を整理していた。ブラックはそんな二人を黙って見ていた。
「他にご質問はありますか? なければ『黒の手』への入会をするかどうか、今ここで決断していただきます」
じっと待っていたブラックが口を開いた。
「今、ここで決断しなければいけませんか?」
「はい、ナナセ。黒の手の活動は公にしていません。ゆえに今ここで話した情報は、黒の手に入会しない場合、お二人の記憶を削除させていただく必要があります。黒の手のメンバーとなった場合は、今後黒の手の活動に関しては口外を避けていただきます。以上のことを了承の上、入会手続きを進めるかどうか、決断をお願いします」
「……私は、入ります。私が今ここにいるのはタケルさんのおかげです。タケルさんの力になれるなら、私は黒の手に入りたい」
ルインは静かに呟き、ナナセに目をやった。
「私も、黒の手に入りたいです。何ができるか分からないけど……」
ナナセもルインに続いた。黒の手という組織がどういうものか、まだ分からないことも多いが「適性がある」とブラックに言われて悪い気はしない。タケルに見込まれているなら、期待に応えたいという気持ちもあった。
ブラックは二人の意思を確かめると、テーブルに置かれたムギンを手に取り、何やら操作を始めた。
「それでは、お二人の意思を確認できましたので入会手続きをさせていただきます。ムギンを出していただけますか?」
ナナセとルインは言われるまま、自分のムギンを取り出した。
「少しだけ、ムギンをお借りします」
ブラックは二人からムギンを預かると、手早く操作をして二人にムギンを返した。
「これでお二人が『黒の手』のメンバーとなりました。ムギンをご確認ください」
ナナセは言われた通りにムギンを見てみた。ホーム画面に黒い手の形をしたアイコンが追加されている。
「そのアイコンはここに入る為の『鍵』になります。これから私の部屋に来る際には、一階の受付を通さなくてもエレベーターを使用できます」
そう言えば、以前タケルがレオンハルトを捕まえてここに来た時、受付を通らずに勝手にエレベーターに乗っていたことをナナセは思い出した。
「それでは、本題に移りましょう。今回お二人にはタケルの助手として、黒の手の任務を手伝っていただきます。タケルは自警団の活動実態を詳しく調べたいとのことです」
「分かりました」
ナナセとルインは揃って返事をした。ブラックは頷き、説明を続ける。
「詳しいことは直接タケルと話していただきますが、まずは『マリーワン』を訪ね、マリーワンと話してください」
「……マリーワンさんとですか?」
ナナセとルインはマリーワンの名が出たことを不思議に思い、首を傾げた。
「はい。マリーワンも黒の手のメンバーです。彼女は黒の手の活動をサポートする役目を持っています」
「えーっ!」
二人は驚き、揃って声を上げた。タケルと親しい間柄なのは知っていたが、まさか料理人の彼女が黒の手のメンバーだとは想像もつかない。
「必要な物はマリーワンから支給を受けられます。彼女は今後のお二人の活動を支えてくれるでしょう」
「わ……分かりました」
「それでは今回の任務の報酬についてですが、まずはお二人にそれぞれ500シルずつお渡しします。その後任務が終了した際には残り500シルずつをお渡しします。よろしいですか?」
「ご……ご……」
「500シル!」
「500と! 500で!」
「1000シル!?」
大金を一度に支払うと言われ、ナナセとルインは素っ頓狂な声を上げた。
ブラックは無表情のまま、首をかくんと横に傾けた。
「これだけでは不満でしょうか? 申し訳ありませんがお二人は今回の仕事が初めてですから、今はこれだけしか支払えません。ですが働き次第で今後報酬はもっと上がりますよ」
「いえ! あの! 大丈夫です! 十分です! ねえルイン!」
「そうそう! ありがとうございます! ブラックさん!」
慌てて二人は提案を受け入れる。報酬に不満どころか、今の二人には十分すぎるほどのお金が受け取れるのだ。しかも働き次第では今後もっと報酬が上がると言う。
(ということは、タケルさん達は一体どれだけの報酬をもらっているんだろう……?)
ナナセはふと浮かんだ疑問を心の奥に押し込め、ブラックに愛想笑いをして見せた。
「それではこれで契約は成立しました。ナナセ、ルイン。お二人の活躍を期待しております」
ブラックは椅子から立ち上がり、背筋をピンと伸ばしたまま礼儀正しくお辞儀をした。
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