第32話 ファミリーとの亀裂
キャテルトリーに戻ってきたナナセは、数日ぶりにファミリーハウスへ顔を出した。
「こんにちは……」
リビングに顔を出すと、中にはリスティを中心に数名のメンバーがいた。
ナナセがハリシュベルに行っている間に、メンバーは更に三人増えていた。部屋の中にいるメンバーの面々を見ると、ナナセと初対面の者もいる。
リスティは他のメンバーと何やら楽しそうに笑い転げていたが、ナナセを見るとすっとソファから立ち上がり、ナナセに駆け寄ってきた。
「ナナセ、ちょっと話があるんだけどいい?」
挨拶もそこそこにナナセはリスティに呼び出された。リスティは笑顔だったが、その口調は強制的で逆らえない雰囲気がある。ナナセは黙って頷き、リスティの後に続いて二階の作業室に入った。
扉を閉めてリスティに向き直ったナナセは、彼女の表情が冷たいことに気づいた。
「ナナセ。黙ってどこかに行くなら、ちゃんと連絡してくれないと困るの」
リスティはナナセが数日間ファミリーハウスに顔を出さなかったことを怒っているようだ。ナナセはリスティの怒りに困惑していた。
確かにナナセは連絡をしなかったが、そもそもダークロードでは、毎日ファミリーハウスに顔を出す決まりはない。厳しいルールは無しというのが、リーダーのゼットが決めたルールだったはずだ。
これまでも、セオドアやノブが数日ファミリーに顔を出さないのはよくあることだったし、そもそもゼットですらファミリーハウスに顔を出さず、どこにいるのか分からないことがよくあったのだ。
「ごめんね、リスティ。でもうちのルールでは、好きな時にファミリーハウスに来ればいいって話だったはずだけど……」
恐る恐るナナセはリスティに答えた。
「それはゼットが言ってたことでしょ? 前はそうだったかもしれないけど、今はもう違うわ。うちのファミリーは今大事な時期なの。メンバーもどんどん増えてるし、みんなそれぞれ勝手にってわけにはいかないの。メンバーは毎日ファミリーハウスに顔を出すのが決まり。来られない時は必ずファミリーの誰かに連絡して」
「……毎日?」
思わずナナセはリスティに聞き返した。縛りの少なさがダークロードの良さでもあったのだが、ナナセがキャテルトリーを離れている少しの間にルールが変わっていた。
「そうよ、毎日。私はみんなと一緒にいたいの。ファミリーハウスに来ても誰もいないなんて寂しいし、みんながどこにいるのか分からないのって嫌じゃない? ナナセだってその方がいいわよね? みんなと一緒に魔物狩りをしたり、遊んだりしたいでしょ?」
リスティの意見にも一理あった。確かにメンバーが増えると、これまでのように各々好き勝手にとはいかないのかもしれない。
「分かった。リスティ、ずっと顔を出さなくてごめんね。これからはちゃんと連絡するし、できるだけ顔を出すようにする」
ナナセは反省の言葉を口にした。いくら自由なルールだったとは言え、今までファミリーをないがしろにしすぎていたのかもしれない、リスティの怒りも当然だと思ったのだ。
「頼むわね、ナナセ。私はあなたを仲間だと思ってるから、厳しいことも言わなくちゃならないの。あなたがちゃんとしてくれないと、他の仲間があなたを信頼できなくなっちゃうわ。現に今だって……」
「今って?」
ナナセが聞き返すと、リスティは微妙な笑顔を浮かべながら首を振った。
「ううん、何でもないわ。私はあなたを信じてるから。あなたも私のファミリーの為に努力してね」
「……うん、頑張るよリスティ」
答えながらナナセは、リスティが「私のファミリー」と言った言葉に引っ掛かりを覚えた。
ナナセの返答を聞いたリスティはいつもの笑顔に戻った。
「分かってくれればいいの! これからもっと忙しくなるのよ? 私、上級冒険者になったからやることがいっぱいあるんだから」
「上級冒険者になったの!? そ、それはおめでとう」
ナナセがハリシュベルに行っている間に、リスティは上級冒険者になっていた。他の仲間達も既に上級冒険者になっていて、これで殆どのメンバーが上級に上がったことになる。
「マルは料理人で生きていくことにしたみたいだから中級のままだけど、他はみんな上級だし、ナナセも早く上級にならないと。いつまでも中級だとみんなと魔物狩りにも行けないでしょ?」
「……うん。分かった、頑張るよ」
「できるだけ早くお願いね! じゃ、またね」
リスティは満足そうな笑みを浮かべ、作業室を出ていった。ナナセはそれを複雑な表情で見送ったのだった。
ナナセが浮かない顔で一階に戻ると、ちょうど外からマルが帰ってきたところと鉢合わせた。
「あ、ナナセ! 今までどこに行ってたの?」
マルの変わらない笑顔を見て、ナナセはホッとした気持ちになった。
「マル、こんにちは! ハリシュベルで魔物狩りをしてたんだ」
「えー、ハリシュベルまで行ってたの!? すごいね。どうだった? 稼げた?」
「うーん、そこそこ……かな」
「へえ、いいなあー!」
二人は笑いあう。そこへ扉が開き、ゼットが外から戻ってきた。
「ナナセじゃないか」
「こんにちは、ゼット」
挨拶もそこそこに、ゼットはナナセに近寄ってきて肩に手を置いた。ゼットの表情が心なしか、いつもより硬いように見える。
「ちょうどよかった。ナナセに話があったんだ」
リスティに続き、今度はリーダーのゼットだ。何の話だろうとナナセは思わず身構えた。
「リスティもこの前上級になったし、上級冒険者の俺達がいつまでもキャテルトリーにいるのもおかしいだろ? 仲間も増えたし、この家も手狭になってきたしさ。それで、いよいよヒースバリーに拠点を移す計画が動き出したわけよ」
腕を組み、顎を上げてナナセを見下ろすようにゼットは話す。
「と、いうわけで資金が必要だからさ。ナナセにも協力してもらわないとな」
「資金って……?」
ナナセは表情を曇らせた。
「新しいファミリーハウスの為の資金だよ。いますぐ払えっていっても無理だろうからさ、月末までに払ってくれればいいよ。とりあえず最初だけ1000シルで、来月からは500シルでいいから毎月払ってくれ」
「1000……!?」
生活をするので精一杯のナナセにとって1000シルは法外に高い。しかも来月からは500シルを毎月払えという。
「ゼット、ナナセに1000シルはちょっと大変じゃない? もう少しまけてやりなよ」
マルは心配そうな顔で会話に割り込んだ。
「1000シルなんて、冒険者ギルドで依頼を受けてればすぐに稼げるだろ? 調合で稼いでもいいんだし。確かにちょっと高いかもしれないけど、一刻でも早くヒースバリーに移る為だからさ。みんなも払ってるんだし、ナナセだけまけてやるわけにはいかないんだよ」
ゼットは腕組みをしたまま、眉をひそめている。金額を下げる気はさらさらなさそうだ。
「……分かった……。今すぐは無理だけど、なんとかするよ」
ナナセが頷くと、ゼットは口元を緩めてホッとした表情を浮かべた。
「助かる、なるべく早く頼むよ! あ、そうだ言い忘れてたわ。回復薬の在庫がなくなってんだよ、後で補充よろしくな」
いつの間にかダークロードの仲間達の為に薬を作るのが、調合師のナナセの役目になっていた。調合師になったナナセは、リスティの為に魔力回復薬を作って彼女に渡していた。そのうち他の仲間達からも回復薬を頼まれて作るようになっていた。だがここ数日ナナセがキャテルトリーを離れていたので、薬が足りなくなっていたようだ。
「昔はマルに作ってもらってたんだけどさー、マルは料理人になったから忙しいだろうし。できるだけ早く作ってチェストに入れといてよ。あ、魔力回復薬も同じだけ頼むな、じゃあヨロシク!」
ゼットはまくし立てるようにナナセに話した後、返事も聞かずにさっさとリビングへ入っていってしまった。ゼットがリビングに入ると同時に、部屋の中からリスティの甲高い声と笑い声が上がる。
「ナナセ、急かすようでごめんね。ぼくが代わりに作れるといいんだけど、キャテルトリーのカフェで料理人の仕事を始めたから、忙しくて薬を作る暇がないんだ」
マルの申し訳なさそうな顔を見たナナセは慌てた。
「マルが謝ることないよ! マルは料理人になったんだから、薬は調合師の私が作るよ」
「そう言ってもらえると正直有り難いかな……」
マルは遠慮がちに笑った。
「大丈夫、任せて。マルは料理人の仕事、頑張ってね」
「えへへ、ありがとうー」
照れくさそうにマルは頭をかいている。
「じゃあ私、薬を作りにギルドに行ってくるね」
「分かったよ、行ってらっしゃい」
「またね、マル」
ナナセはマルに手を振ると、急いで調合ギルドへ向かう。大量の回復薬と魔力回復薬を作る為には多くのリリー草が必要で、自分で採集したいところだが足りなければギルドから仕入れる必要がある。マルが薬を作っていた頃はマルの善意だった為、マルはファミリーから薬代を取っていない。ナナセの本音はせめて仕入れ代だけでも仲間達に負担してもらいたいところだが、当たり前のように調合師が負担する決まりになっていた。
そのことに違和感を持っていたナナセだったが、今はファミリーの為になることをしようと考えていた。
ナナセが調合ギルドへ向かったその頃、リビングルームにいたリスティとゼットは部屋を出て、二階にある作業室へ入った。ここはリスティが裁縫をする為の部屋で、中は沢山の生地や糸が所狭しと置かれている。
「ゼット、あのことは話してくれた?」
部屋のドアを閉めたリスティは、先に部屋に入ったゼットに問いかける。
「ああ、さっき話したよ。ちゃんと払うってさ」
「良かった。今はファミリーで揉め事は起こしたくないの。ナナセにもできるだけ協力してもらわないと」
リスティはほっとしたように笑みを浮かべた。
「俺はさっさとナナセを追い出すべきだと思うけどな……リスティは本当に優しいよ。俺だったらすぐにあいつを放り出してる」
「やめて、ゼット。話したでしょう? ナナセのことは私に任せてって。今は『ダークロード』を大きくすることだけ考えて。その為には一人でもメンバーが多い方がいいのよ?」
リスティは微笑みながら、腕組みをして眉間に皺を寄せているゼットの顔を見上げた。
「そうだな……悪い。リスティの言う通りだ」
表情を緩めるゼットをリスティはにっこりと笑顔で見つめると「じゃあ、よろしくね」と言い残して部屋を出て行った。
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