第31話 タケルの相談

 リスティがゼット達に手伝ってもらい早々に上級ヒーラーになっていた一方、ナナセはハリシュベルで仲間達と過ごしていた。

 強大な魔物「太り過ぎたカエル」をみんなで協力して倒した日の夜、フォルカーの自宅ではささやかなパーティが開かれた。


 ダイニングルームには、全員がゆったりと座れる大きさのダイニングテーブルが中央に置かれている。キッチンではフォルカーが呼んだ料理人が手早くご馳走を作り、ヴィヴィアン達はキャッキャとはしゃぎながら料理をテーブルに並べていく。


「ふう、これで全部ですかね。料理が足りなくなることはないと思いますが……」

「十分だよ、ありがとう。後は自分達でやるから、またよろしく頼むよ」

 フォルカーは顔見知りらしき料理人に礼を言い、お互いのムギンを合わせて支払いを済ませる。沢山の料理を作り終えた料理人は満足そうな顔で先に帰っていった。彼の顔を見れば、報酬が十分にもらえたことは一目瞭然である。

 それぞれがわくわくした顔でテーブルに着いた。その時、ようやくタケルが帰宅してきた。


「悪い悪い、遅くなったわ」

「タケル、もう料理は出来上がってるぞ」

「おおっ、すげえご馳走だな! もう腹減って腹減って」

 タケルはお腹をさすりながら椅子を豪快に引き、席に着いた。


「それじゃあヴィヴィアン、君が乾杯をしてくれ」

 フォルカーに指名されたヴィヴィアンは、顔を紅潮させながらグラスを手に取った。

「えー、それでは……みんな、今日はお疲れ様! 逃げた宝石商はあまり倒せなかったけど、代わりに貴重な経験ができました! 色々あって本当に大変だったけど、みんなに助けてもらって……」

「みんなお疲れ様! かんぱーい!」

 待ちきれないマカロンが先にグラスを掲げ、みんなは笑いながらそれにグラスを合わせた。ヴィヴィアンは「もう、まだ全部言ってないのに」と文句を言いながらグラスを掲げた。


 ナナセ達は楽しい宴の時間を過ごした。ハリシュベルの料理はスパイスが効いた肉料理が多く、力が沸き上がるようなものが多い。どれもとても美味しく、みんなで奪い合うように料理を取り、口に放り込む。


「さっき、冒険者ギルドを出たらマユマユの仲間だったジュード達に会ってさ」

 タケルが話し出すと、ナナセ達は一斉に彼女の話に注目した。

「色々話を聞いたよ。マユマユはあいつらのファミリーに入る前、どうやら他のファミリーをあちこち渡り歩いてたらしいんだな。で、その理由ってのがマユマユの性格らしくてさ」

 ナナセ達は「でしょうね」と言いたげな顔をしながらタケルの話を聞く。


「マユマユは隠してたみたいだけど、前に所属してたファミリーの奴から、何であんな奴を仲間にしたんだとか言われたことがあったらしい。でもジュード達はファミリーの中であぶれてたらしくて、パーティ仲間が欲しかったらしいんだよ。そんなあいつらをマユマユはパーティに誘って魔物狩りに連れて行ってくれたから、あいつらなりに恩を感じてたみたいなんだよな」

 ナナセは彼らのことを思い出していた。マユマユの言いなりで彼女に酷いことを言われても、彼女についていく彼らを不思議に思っていた。居場所のなかった彼らが、マユマユにすがるのは仕方のないことだったのかもしれない。


「タケルさん、マユマユは結局入院したんですか?」

 ヴィヴィアンはタケルに尋ねた。

「ああ。マユマユは、暴言ばらまき女だとは信じられないくらいしょぼくれちゃってるらしいぜ。医療ガーディアンの診察では、プライドが傷ついて自我が保てなくなったんだろうとさ」

「信じられない。あんなに強気だったのに?」

 マカロンは呆れ顔で呟いた。


「周囲を攻撃することで自分を守るタイプなんだろう。そういう奴は自分を守る殻が薄いんだ。だから攻撃されると簡単に壊れる。まあ、医療ガーディアンの元でしばらく療養していれば元に戻るだろう。元に戻るのがいいのかどうか分からないが……」

 フォルカーは眉間にしわを寄せながら唸った。ナナセはできることなら元に戻らないで欲しいと思いながら、フォルカーの話に耳を傾けていた。


「マユマユはああ見えて上級アーチャーだから、しばらくはお前らと関わることはないだろ。冒険者ギルドの前であれだけの騒ぎになったし、以前からの噂もあるし……マユマユのファミリーでも面倒見切れなくなるだろうなあ。追い出されたとしても、他に受け入れてくれるファミリーがあるか分からねえし、これからあいつも大変だと思うぜ」

「あいつ、上級だったんだ。それなのに仲間を置いていくなんて……」

 ルインはタケルの話を聞き、ムッとしながらぐいっとぶどうジュースを飲み干した。ジュード達はナナセ達とあまり変わらない恰好だったことから、恐らく中級冒険者だ。ただ一人の上級であるマユマユに逃げられ、どんなに心細かったことだろう。ナナセもルインと同じく怒りを感じた。


「とりあえず、私のファミリーにマユマユが入ろうとしたら絶対阻止する!」

「僕もだよ!」

「私も友達に注意しておく」

 ヴィヴィアン達はマユマユにされたことを広めるだろう。ただでさえ悪い評判を持つマユマユは、元気になったとしても今までのような傲慢な生き方を続けるのは難しい。そして彼女をかわいそうだと同情するようなお人よしを探すのは、これまでよりも大変だろう。


 ナナセは他の仲間達と同様、彼女に同情はしない。ただの気まぐれで初対面の冒険者を一人置き去りにして、それを反省もしないような男をつい最近見たばかりだからだ。



♢♢♢



 パーティがお開きになった後、それぞれが自室で過ごしていると、ナナセとルインはタケルから「ちょっと俺の部屋に来れるか?」と呼びだされた。二人は二階の奥にあるタケルの寝室を訪ねることにした。

 部屋に通されたナナセは、多くの荷物が部屋中に散らばるタケルの部屋を見てあぜんとした。ここもゲストルームの一つになっているはずだが、まるで昔からタケルの部屋だったかのように、彼女の私物があちこち転がっている。


「タケルさん、ここに住んでるんですか?」

「ん? いや、住んでねえけど。ハリシュベルに滞在する時はこの部屋を使わせてもらってるんだよ」

 それを「住んでる」と言うのでは……とナナセは思いつつ、足元に転がった服のようなものを踏まないように足を進める。

「タケルさん、随分荷物が多いですね」

 随分散らかってますね、という心の声が聞こえてきそうなルインの言葉に、ナナセはニヤリとルインに視線を送った。

「そうかあ? ここはそんなに多い方じゃないけどなあ……まあお前ら、遠慮しないで座れよ」

 ベッドの上に寝ころんでいたタケルはむくりと体を起こすと、ベッドの上にあぐらをかいた。ナナセとルインは顔を見合わせ、床の荷物を踏まないように気をつけながら、タケルの大きなベッドに遠慮がちに腰かける。


「二人とも、もう寝るところだったろ? 悪いな呼び出したりして。俺、この後用事あって街を出なくちゃならねえから、その前に話があったんだよ」

「今から出かけるんですか?」

「おう、ちょっと知り合いに魔物狩りを手伝えって頼まれてさ。魔物が湧くのは昼も夜も関係ないからな」

 もう夜もだいぶ更けている。今から魔物狩りに行くとは、上級冒険者というのは大変なのだなとナナセは思った。

 タケルは勢いをつけてベッドから降りると、近くにあった椅子を引っ張りナナセ達の前に置き、そこへどっかりと腰を下ろした。


「マリーワンに聞いたよ。俺と自警団のこと、あいつが話したんだろ?」


「……はい」

 二人は揃って頷いた。ハリシュベルに来る前、レストランでマリーワンと自警団員が揉めているのを目撃した際、マリーワンからタケルが以前自警団の団長だった話を聞いたのだ。


「別にお前らに隠してたわけじゃねえんだけど、もう俺と自警団は何の関係もないから敢えて話してなかったんだよ。でも今の自警団は、正直問題ありありだろ?」

 ナナセは広場でのマユマユとのトラブルを思い出しながらタケルに話す。

「今日のマユマユの騒ぎで自警団員を呼んだ時も、彼らは全く頼りになりませんでした」

「あの自警団員、面倒なことに巻き込むなって顔に書いてたよね」

 ルインもナナセに続く。


「昔の自警団はあんなじゃなかったんだよなあ。今日みたいな揉め事こそ、自警団の出番なんだけどさ、全く……。団長のユージーンは分団のことは分団長に任せっきりで、ほぼ放置状態ってやつだ。分団長は団員がサボっててもお咎めなし。なんたって分団長から率先してサボってるからな、どうしようもねえ連中だよ」

 タケルは深いため息を吐いた。団長のユージーンと以前ヒースバリーで一触即発だったことがあったが、タケルはユージーンのやり方に相当な不満を持っているのだろう。


「なぜユージーンは彼らに何も言わないんですか?」

 ナナセは疑問を口にした。ヒースバリーでユージーンに会った時、彼は自分が自警団長であることを誇りに思っているようだった。その自警団の評判が下がるかもしれないのに、分団を放置しているとはどういうことなのだろうか。

「それは俺が聞きてえよ。あいつはヒースバリーの自警団本部から動きやしない。ハイファミリー同盟の会合には熱心に出てるみたいだけどな。ハイファミリーの連中との付き合いに忙しいんだろうよ」

 タケルは忌々しそうに吐き捨てた。


「そんな自警団なんて、存在する意味あるんですか?」

 ルインが何気なく言った言葉に、タケルは「そう!」といきなり目を輝かせて指を鳴らした。

「あいつらは冒険者ギルド公認の組織だから、ギルドから給料も払われるし宿舎もある。飯だって宿舎で食い放題だから金もかからない。寝てたって給料が入ってくるから働く必要がない。だから奴らは何もしない。今のままじゃ確かに、あいつらの存在意義はねえな」

「うーん……何もしないなら、無くしちゃってもいいんじゃないですか」

 ナナセの言葉に、タケルは首をゆっくりと縦に振った。

「俺も今の自警団は全然いらねえし無くてもいいと思うけど、自警団っていう仕組みそのものはやっぱり必要なんだよ。元々俺が自警団を立ち上げたのだって、色々あって必要だと思ったからだしな。でも今のままじゃ『ただ飯食らいの白鎧』のままだ」


「なるほど……でもどうしたらそんな自警団を変えられるのかな?」

「冒険者ギルドに訴えたら、何とかしてもらえるんじゃ?」

 ナナセとルインは首を傾げる。

「そこが面倒な所でさ。冒険者ギルドは基本的に、俺達冒険者の事情には介入しちゃくれない。あいつらは俺達を見守りはするが、それだけだ。自警団の問題は俺達ドーリアの間で解決しろってスタンスだ。あいつらは支配者じゃねえからな……それでだ、お前らに一つ頼みがあるんだけど」

 身を乗り出すタケルを、怪訝な顔でナナセとルインは見つめた。


「キャテルトリーに帰ったら、ちょっと俺の手伝いをして欲しいんだよ」

「手伝い……?」

 ナナセとルインはきょとんとしたまま顔を見合わせた。

「なに、簡単な手伝いさ。自警団が役に立たねえなら、動ける奴が動けばいいだろ?」

「タケルさん、ひょっとして新しい自警団を立ち上げるんですか?」

 驚いてナナセがタケルに詰め寄ると、タケルは苦笑いしながら「違う違う」と否定した。

「自警団は二つもいらねえだろ。冒険者ギルドが許すはずもねえし。だから俺は自警団と違うことをやってる」

「違うこと……?」

 ルインが首を傾げながらナナセを見た。ナナセも不思議そうな顔でルインと同じ動きをする。

「まあそう不安そうな顔をすんなよ。お前らは俺の手伝いをしてくれればいいから」

「勿論私達はタケルさんの頼みならお手伝いしますけど……ね? ルイン」

「うん」

「よっし! 二人とも確かに、返事を聞いたぞ? じゃあ……」

 言いかけた所でタケルは突然椅子から立ち上がり、誰かから来た通信に応えた。


「あー、悪い悪い! え!? もう湧いてる? 思ったより早いな……今すぐそっちに合流するよ」

タケルは慌てた様子で、壁に掛けられた大きな弓を軽々と手に取り、背負った。


「ナナセ、ルイン。悪いけど俺すぐ行かなきゃならねえんだ。詳しい話は後でな」

「は、はい」

 二人はタケルを見ながらとりあえず頷く。


 机の上に無造作に置かれた小さなショルダーバッグを身に着けたタケルは、笑顔で振り返った。

「お前ら、頼りにしてるぜ。二人とも明日も魔物狩り行くんだろ? 頑張れよ。『メイジーズ』にもよろしく言っといてくれ。じゃあな!」

 タケルは挨拶もそこそこに、ポータルの鍵を取り出すと光に包まれて行ってしまった。


「言いたいことだけ言って消えちゃった」

 ナナセはあっけに取られたまま、タケルが消えた光の跡を見つめていた。

「手伝うのはいいんだけど、何をするんだろう?」

 ルインも困惑していた。とりあえず、今日はもう部屋に戻って休むしかない。明日は「逃げた宝石商」を狩る為に、もう一度ヴィヴィアン達と鉱山跡に行く予定だ。上級昇格試験を受ける為に、仲間達ともっと魔術の鍛錬を兼ねた魔物狩りをしようと話し合っていた。タケルの手伝いの話は気になるものの、キャテルトリーに戻ってからということになる。

「今日はもう休もうか。明日も早いし」

「そうだね」

 ナナセとルインは部屋に戻り、明日に備えてベッドに入った。




 翌日、ナナセ達は鉱山跡へ行き「逃げた宝石商」を狩りながら落とし物を狙った。今回は無事に魔物狩りができた。数個の安い宝石を手に入れ、宝飾ギルドで宝石を売り、いくらかの臨時収入を得たナナセ達一行は大満足で狩りを終えた。

 タケルは知り合いの手伝いに出かけたまま戻ってこなかった。フォルカーの話ではしばらく戻ってこないだろうとのことだった。ヴィヴィアン達はタケルに挨拶ができなかったことを残念がっていた。


 そしてその翌日、ようやくナナセ達はキャテルトリーに戻ることになった。



♢♢♢



 キャテルトリーに戻る前、フォルカーに鍛冶ギルドの工房へ寄るように言われたナナセ達は、鍛冶ギルドに向かった。




 相変わらず活気があるギルドに入り、多くの職人が行き交う中、ナナセ達一行は工房へ向かう。工房の中に入ると作業中のフォルカーが手を止め、笑顔を浮かべナナセ達に近寄ってきた。

「呼び出して悪いな。君たちに渡したいものがあったんだ。ちょっと一緒に来てくれ」

「渡したいもの……?」

 みんな怪訝な表情を浮かべている。フォルカーに言われるまま、彼の後を着いていくと、そこはエンチャント部屋だった。


「今から君たちのロッドにエンチャントをしてやるよ。マユマユの仲間達を助けた勇敢なパーティに、俺からのプレゼントってやつだ」

「本当ですか!? フォルカーさん」

 ナナセ達はわっと歓声を上げた。

「ただ、君らのロッドはまだ弱い。弱い武器にエンチャントしても、それほど強い力はつかない。あくまで多少、ロッドの力が少し向上するくらいだと思っていてくれ」

 全員フォルカーの話を聞きながら「うなずき人形」のように頷いている。

「君たちが上級になってもっと強いロッドを手に入れたら、その時にまたエンチャントをしてやるよ。勿論、次回からはちゃんと報酬をもらうからな」

「はい!」

「やったあ! エンチャントって憧れだったんだー」

「フォルカーさん、ありがとうございます!」

 ヴィヴィアン達は興奮を抑えきれない様子ではしゃいでいる。ナナセとルインも自分のロッドを見つめながら嬉しそうな表情をしていた。


「最初は誰からやる?」

 フォルカーに尋ねられ、ナナセ達はお互い探るように見つめ合う。ナナセは一歩前に出ると「お願いします」と自分の「アリアのロッド」を差し出した。

 フォルカーはロッドを受け取ると、エンチャント台へ持っていき、手早くエンチャントの準備を始めた。台の上にロッドを置き、魔物のエネルギーを凝縮した液体をロッドに流し込むと武器に魔物の力が宿り、より強力な武器になる。フォルカーは液体を慎重に一滴だけロッドに落とした。ロッドは強い光を放ち、あっという間にエンチャントは終了した。


 エンチャントを終えたフォルカーは、魔獣具をナナセに手渡した。

「ほら、成功だ」

「ありがとうございます!」

 ナナセはロッドをじっくりと観察した。ロッドに取り付けられた石に、少し赤い筋が入っていることに気づく。これがエンチャントされた証なのだろう。

 ナナセは大事そうにロッドを撫でた。ハリシュベルでは色々あったが、仲間達と魔術を鍛えられたし、お金もそれなりに稼げたし、ロッドにエンチャントもしてもらえた。なんだかんだでいい思い出になった。


 フォルカーはその後も他のロッドに次々とエンチャントを施し、全員のロッドがほんの少し強くなった。

「フォルカーさん、色々お世話になりました」

 ナナセ達はフォルカーにお礼を言い、全員で頭を下げた。

「気にするな。俺がハリシュベルにいる時は、いつでも家に来るといい」

「はい! ありがとうございます」


 ナナセ達一行はその後、飛行船でキャテルトリーに戻り、飛行船乗り場でパーティ解散となった。ナナセは心地よい疲労感の中、ようやく狭いアパートの自室に戻った。

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