第30話 リスティの上級昇格試験

 ナナセがハリシュベルへ行っている間に、リスティは既に上級昇格試験を突破していた。


 リスティは一足先に上級になったファミリーの仲間や友人らに手伝ってもらい、危なげなく試験をクリアし、北の港町シャートピアにあるレストラン「凍ったパン」で祝杯を挙げていた。


「リスティ、試験が無事に終わって良かったね」

「リスティ、おめでとう」

「リスティ、お疲れ様!」

 古びた小さなレストランに、笑顔のリスティを囲む冒険者たち。ワインを掲げて乾杯したリスティは、軽々とワインを飲み干した。


「みんな、手伝ってくれてありがとう! みんなのおかげで試験が楽に終わって良かった!」

「そりゃ、これだけお手伝いがいるんだもん、楽勝だよね! ぼくもみんなと遊べて楽しかったよ」

 マルはぐるりとテーブルを囲む仲間達を見回す。リーダーのゼットを筆頭にセオドアとノブがいるのは勿論、途中からファミリーに合流したベインとその仲間も顔を揃え、ファミリーではないが自ら名乗り出て手伝いに参加したレオンハルトや、リスティの友人の男もわざわざ彼女を手伝う為にやってきていた。


 小さなレストランにこの大所帯はとても目立った。中央に大きなテーブルを繋げて陣取る彼らを、周囲の客は好奇の目で見ている。彼らの視線の中心にあるのはもちろんリスティだ。ふわふわのベージュ色の長い髪はランプの灯りに照らされてキラキラしていて、胸元で光る魔術のペンダントは彼女をより輝かせている。美しいヒーラーの彼女を囲む仲間達はどこか誇らしげな表情だ。


 勿論、ヒーラーの評価は美しさで左右されるものではない。だがこの「レムリアル」の世界では、より美しく華やかなヒーラーを持つファミリーの方が「格」が高いという空気があった。どこを歩いていても人目を引く派手なヒーラーは、ドーリア達の間で噂になる。どこのファミリーに所属しているヒーラーなのだとドーリア達は囁き合い、あのファミリーに入りたいと憧れを抱かせるのだ。


 ゼットの目論見は成功していた。リスティは彼が思う以上に華やかに成長し、誰もが憧れるヒーラーに育ちつつあった。

 だがそれはあくまで見た目の話である。当然ながらヒーラーの本分は仲間を助け、癒すこと。これができなければパーティの役に立たず、ヒーラーの存在意義がなくなる。


 リスティは見た目だけは特上のヒーラーに育ったが、魔物狩りでは殆ど仕事をしていない。他の仲間達が先回りして甲斐甲斐しく面倒を見ているので、リスティの仕事は回復魔術をかけて体力を回復させることくらいだ。訓練所に通わずにレオンハルトから魔術を学んでいるだけなので、圧倒的に技術と経験が足りていない。しっかりと訓練を積めば少ない魔力で効率よく魔術を扱うこともできるようになるのだが、リスティはまだそこまでの技量がないのだ。


 だがゼットはそんなことを少しも気にしていない。彼の目的は、少しでも早くリスティを上級ヒーラーに作り上げることだ。魔物狩りで場数を踏ませれば、技量などは後から勝手についてくるものだと思っている。


 上機嫌でワインを飲んでいるゼットの隣に座るリスティは、テーブルの上に乗る数々の素朴な料理を見てため息をついた。大きく野菜を切ってじっくり煮込んだポトフや、骨付きの鶏肉を香ばしく焼き上げた鶏肉の香草焼きなど、飾り気はないが味はいいのが「凍ったパン」の料理である。

「どうした? リスティ。口に合わないのか?」

 ゼットがリスティの浮かない顔に気づいた。リスティは首を小さく振る。

「ううん、とっても美味しいわ。……でも、せっかくのお祝いなのに少し料理が地味だなと思って……。ヒースバリーのレストランでお祝いしたかったなって……ちょっと思っただけ」


 寂しそうに微笑むリスティを見て、周りの男達は大慌てだ。

「これは試験の魔物を無事に倒したお祝いだよ! リスティ、無事に上級に上がったら、次はヒースバリーで盛大に祝おうじゃないか」

「ほら、だから俺はこんな田舎のレストランでお祝いするのはどうかって言ったんだよ。リスティに失礼だろ?」


 こんな田舎のレストランで食事を楽しんでいる他の客は、男たちの失礼な言葉にじろりと冷たい視線をリスティ達に送る。

「みんな、ごめんなさい。気にしなくていいのよ。さあ、みんな食べましょう?」

 周囲の冷たい視線に気づいたリスティは、慌ててフォローした。

「ねえ、試験の報告ってヒースバリーの冒険者ギルドでするんだよね? だったらすぐにでもヒースバリーに戻ってさ、みんなでギルドに行こうよ! リスティが上級に昇格する瞬間を、みんなで見届けようよ!」

 マルが思いついた提案に、ゼット達はすぐに乗り気になった。

「それもそうだな! ポータルで戻ればすぐだし、今からギルドに向かうか?」

「ギルドに寄った後、ヒースバリーのレストランで改めてお祝いしよう、リスティ!」

「せっかくのお祝いなら『妖精の宴』辺りがいいよな!」


 仲間達が盛り上がる中、リスティから離れた席に座っていたレオンハルトは、気まずそうに口を開いた。

「悪い、俺は行けないんだ」

「どうしたの? レオ」

 リスティは何か言いたげなレオンハルトに問いかけた。


「……実は、俺は冒険者ギルドに入ることを禁じられてる」


 周囲の者達はレオンハルトの告白に驚いて、一斉に彼に視線が集まる。

「それってまさか……『ブラックリスト』ってこと?」

 眉をひそめたベインがレオンハルトに尋ねると、レオンハルトはゆっくりと頷く。

「ブラックリスト!? レオ、一体何があったの?」

 リスティは眉をひそめ、口調がきつくなる。他の仲間達も動揺が隠せない。レオンハルトは言いにくそうに話し始めた。


「以前、俺が冒険者を置き去りにしたと言いがかりをつけられて……もちろんわざとなんかじゃないさ。俺は先に帰っていいと言われて帰っただけなんだ。周囲に危険な魔物もいないと確認した上で俺は帰った。だけど……突然冒険者の仲間だと言う連中に捕まって、ガーディアンに引き渡されたんだ。俺は何度も無実を訴えたんだけど、ガーディアンは俺を審問会送りにして……冒険者ギルドに入ることを禁じる処分を食らった」


 レオンハルトの話を聞き、周囲の者達はなんと言うべきか迷うようにお互いの様子を伺っていた。そんな中、リスティは真っ先に口を開いた。

「だからレオはギルドに近づこうとしなかったのね。それで、置き去りにしたと訴えた冒険者は何者なの? 何のためにレオにそんなことをしたの?」

「……誰にやられたかは、言えない。リスティに迷惑が……」

 レオンハルトはハッと口を押さえた。

「誰? 私の知っているドーリアなの?」

 リスティが更に詰め寄ると、レオンハルトはわざとらしく大きなため息をついた。


「できれば言いたくなかったんだけどな。リスティの仲間だと知った時は俺も驚いたよ……そいつの名は、ナナセだ」


「なんですって……!? ナナセが?」

 リスティは呆然としていた。

「まさか! ナナセがそんなことするわけがないよ!」

 マルは信じられないといった顔で大声を上げた。セオドアとノブも「だよなあ」「ナナセはそんなことしないよな」と言いあっている。

「俺も信じられなかったよ。見た目は大人しそうで、良い奴そうに見えたんだ。だからなんで俺がこんな目に合うのか分からないんだよ。俺はただ手伝ってやろうと思っただけなのに……ひょっとしたら、俺の態度が気に食わなかったのかもしれないけど……」


 レオンハルトが必死に訴える表情を、リスティはじっと無言で見つめた。そして俯き、小さく息を吐くと顔をゆっくりと上げた。


「レオンハルトを信じるわ。あなたは私の魔術の師匠。弟子として師匠の話を信じるのは当然よ。あなたがそんな嘘をつくとは思えないもの」

「リスティ……! ありがとう、信じてくれて。誰も信じてくれなくて苦しかったんだ」

 レオンハルトはホッとしたように口元を緩めた。笑いをこらえるように、口元が少しゆがんでいるのを気づく者は誰もいない。


 ゼットはリスティの肩に手を置き、リスティに頷く。

「リスティが信じるなら、俺も信じる。リスティはドーリアを見る目が確かだからな」

「本当か……! ゼット、ありがとう」

 嬉しそうに笑うレオンハルト。リスティとゼットがレオンハルトを信じると言った言葉をきっかけに、他の仲間達もそれに続いた。彼らはリスティの言葉が絶対で、リスティの考えに反対する者はいない。


「マルはどうなの?」

「リスティがそう言うなら……ぼくもレオンハルトの話を信じるよ」

 マルは困ったように眉を下げながらも、リスティに従った。

「セオドアとノブは? どう思う?」

 リスティは困惑している表情の二人に問いかけた。彼女が「どう思う?」と言って二人が逆らえるはずもない。

「……俺達も、レオンハルトの話を信じるよ」

 セオドアはノブと視線を交わしながら言った。リスティは満足げに頷くと、改めてテーブルに着く仲間達を見回した。


「みんな、ナナセのことは私に任せてくれる? このことはあまり大ごとにしたくないの。後で私が彼女ときちんと話をするわ。そのうえで、彼女の処遇をどうするか決めようと思うんだけど、どうかしら?」

「俺はリスティに任せるぜ」

 ゼットが口火を切ると、他の仲間達もそれぞれ頷いた。


「みんなありがとう。俺を信じてくれて嬉しいよ。俺のファミリーの連中は全く信じてくれなくてさ、あっさり俺をファミリーから追放したんだ」

「まあ、そうなの? だったらレオ、私の所に来たら? ね、いいでしょ? ゼット」

「俺は別に構わないぜ」

 レオンハルトは困ったような笑顔を浮かべた。

「いいのか……? 嬉しいよ。でもすぐには無理なんだ。ブラックリストの処分を受けている間は、他のファミリーに入ることを禁じられてる」

「そんな決まりが? 困ったわね……」

「……もしもの、話だけど」

 レオンハルトは上目遣いでリスティとゼットを見た。


「君達が、俺の処分を解除するよう審問会に申し出てくれれば、ブラックリストが解除されて君達のファミリーに入ることができるんだけど……いや、やっぱりいいや。そこまでしてもらうのはさすがに……」

「私達が申し出れば、処分を解除できるの?」

 リスティが尋ねると、レオンハルトは気まずそうな顔で頷いた。

「ファミリー以外の第三者が俺の身元を保証し、監視役になると言えば、処分が解除される可能性が高い……だが関係のない君らにそれを頼むのは……」

「何言ってるの? 私達はもう仲間じゃないの。あなたを助ける為なら何でもするわ。ねえ? みんな」

 リスティの頼みを仲間達は断るわけもない。当然のように仲間達は頷いた。


「よし、それじゃあ話も決まったところで、改めて乾杯しよう! 未来の新しい仲間に!」

「新しい仲間に!」

 ゼットは高々と杯を掲げ、そして再び和やかな宴に戻った。マルとセオドアとノブ、三人だけが複雑な笑顔を浮かべたまま、グラスを口につけた。

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