第29話 パワハラ女
ハリシュベルの街に戻ったナナセ達は、その足で冒険者ギルドへと向かった。ブラッドストーンを交換し、報酬を受け取る為である。
冒険者ギルドはどこの街も同じような造りで、建物の前には大きな像と広場がある。ナナセ達が広場に到着すると、そこには先に帰ったマユマユのパーティメンバーがいた。
挨拶をしようと手を上げたナナセは、そこにマユマユの姿があるのを見つけた。
「うわっ、あいつがいる」
マカロンが眉をしかめながら言った。マユマユは腕を組み仁王立ちしていて、彼女と向き合うように他のメンバーが立っている。
何を話しているのか、ナナセ達がマユマユ達に近づくと、マユマユは何やらがなり立てていた。
「だからさあ、何で報酬をあんた達だけで山分けしようとしてんの? このパーティのリーダーは誰なのか分かってんの? いいから早くブラッドストーンを渡しなさいよ、ほら、ジュード!」
マユマユは口元を醜く歪めながら手を伸ばしている。
「……だって、マユマユはあの場にいなかったじゃないか……」
ジュードと呼ばれた剣士は困惑した顔だ。
「は? 何言ってんの。私あの時あの場にいたじゃない。その後ちょっとあの場を離れたけど、ちゃんと攻撃してたでしょ?」
「でも、逃げたでしょ!」
他のメンバーが食ってかかると、マユマユは目を吊り上げて息巻いた。
「逃げたとか人聞きの悪いこと言わないでよ! 私は他のパーティに助けを求めようとしてたんだから! あんた達は馬鹿だからそんなことに気が回らないだろうけどね、私はちゃんと考えて行動してるの。分かる?」
自分のことじゃないのに、聞いているだけで腹が立つようなことをマユマユは並べ立てている。ナナセはイライラする気持ちを必死に抑えた。
「だったらどうして戻ってこなかったんだ?」
ヒーラーは今にも泣きそうな声でマユマユに訴えた。
「探したけど、見つからなかったのよ! 仕方ないじゃない。そんなことはどうでもいいでしょ? さあ、早くブラッドストーンをこっちに渡して。全部ね」
「全部!?」
「当たり前でしょ。リーダーの私が一旦預かって、あんた達に後でちゃーんと分配するから。何? その目。なんか文句あるの? ジュード、アイト、ウメ。落ちこぼれのあんた達を面倒見てやってるのは誰? わ、た、し、でしょ? 違う?」
マユマユは自分を指さし、フンと鼻を鳴らした。
「あいつ……!」
今にも飛び出しそうになっているマカロンを、ヴィヴィアンは必死に押さえた。
「もういいよ。もううんざりだ」
ジュードは静かに言った。
「そうだね、もう我慢できない」
アイトとウメもジュードに同調している。
「は?」
「俺達はファミリーを抜けるよ。お前とのパーティも今日限りだ。報酬は絶対に渡さない。そんなに俺達が気に入らないなら、新しい仲間を探せばいいよ。見つかればいいけどな」
「な……! 何言ってんの!?」
マユマユは大声で叫んだ。ただごとではない雰囲気に、周囲にいた者達の視線が一斉にマユマユに集まった。
「今までずっと我慢してたけど、もう耐えられない。お前の我儘にはうんざりしてるんだ。今日だってお前が勝手に魔物に攻撃して、そのせいでみんなを巻き込んだんだぞ。そのことを謝るどころか、報酬を全部寄越せだって?」
ジュードの怒りが爆発していた。マユマユは反撃されると思っていなかったのか、少し怯んでいる。ヒーラーのアイトもそれに続いた。
「確かに僕はポンコツかもしれない。他のパーティに入っても役に立たないっていつも言われてたけど、今日みんなで魔物を倒してみて分かったんだ。役に立たないのはマユマユの方だって」
「はあ……? はあ……? あんた達、どの立場で物を言ってんの」
「うるさい。そうやって怒鳴ってももう無駄だよ。もうマユマユと話すこともないから。みんな、行こう」
アイトが言い捨てると、彼らはマユマユを置いて冒険者ギルドに向かっていった。
「なんなのよ……私が拾ってやったのに……恩をあだで返すような……」
マユマユはわなわなと体を震わせると、声にならない奇声のようなものを上げながら去っていく仲間達に殴りかかった。
「大変だ!」
ナナセ達は慌ててマユマユを止めようと走った。マユマユはわけの分からないことを叫びながらアイトを突き飛ばし、止めようとするジュードに殴りかかっている。辺りは騒然となった。
ナナセ達は一斉にマユマユに飛びかかり、なんとかマユマユを引きはがした。マユマユは大暴れしていて、手当たり次第に殴ったり蹴ったりしている。
「自警団呼んで! 早く! いたたた! 暴れないでよ!」
ヴィヴィアンがマユマユを押さえながら周囲に叫ぶと、数人が冒険者ギルドの隣にある自警団の詰所に自警団員を呼びに行った。自警団員がマユマユの所にやってきた時には、ようやくマユマユは大人しくなっていた。
自警団員は困ったような顔をしていた。
「うーん、パーティの揉め事は俺達には対応できないんだけどなあ」
ルインはムッとした顔で言い返す。
「住民の困りごとの力になってくれるのが自警団なんじゃないですか?」
「いやあ、こういうことは基本的にパーティ内で解決してもらわないと……俺がどうこう言ってもこのアーチャーは聞かないでしょ」
自警団員はヴィヴィアン達に押さえつけられたままのマユマユを見下ろす。マユマユはすっかり元気をなくしているのか、ぐったりして何も話さない。
「ほら、もう大人しくなってるじゃない。じゃあ俺は帰っていいよね? またなんかあったら呼んでよ」
「ちょ、ちょっと待ってください」
ナナセは慌てて引き留めたが、自警団は面倒なことには関わりたくない、という態度を全面に出したまま詰所に戻ってしまった。
「はあ、ほんとに役に立たないんだね! 自警団って」
ルインは呆れたように自警団員の背中を睨んだ。
「どうする? このままにしておけないよね」
ナナセは困惑した顔で周囲を見回す。するとちょうど広場にタケルが現れたのが見えた。タケルは拳ほどの大きさのブラッドストーンを軽々と投げてはキャッチしながら、上機嫌な顔だ。
「ん、なんだ、どうした? 何かあったのか?」
タケルは広場の空気がおかしいことに気が付くと、ナナセ達の所に駆け寄ってきた。そしてそこに突っ伏しているマユマユを見て、ただ事ではないと悟ったようだ。
ナナセとルインがそれぞれ勝手に喋りながらなんとか事の顛末を説明すると、話を理解したタケルの表情が険しくなった。
「まったく、だから自警団はダメなんだよ」
吐き捨てるように言い、しゃがんでマユマユの顔を覗き込む。
「おーいお前、大丈夫か? 落ち着いたか?」
するとずっと黙っていたマユマユが突然大声を上げ泣き出した。
「なんで……なんで……なんで私が責められるのぉ……私何もしてないのにぃ……う……うわあああん!!」
さっきの威勢の良さからは想像もつかないマユマユの姿に、ナナセ達もマユマユの仲間だった者達もぽかーんとしていた。マユマユは周囲の目もはばからずに、大声を上げて泣きわめいている。
「こりゃダメだな」
タケルはため息をつくと、フォルカーに連絡を取り、彼を呼び出した。
♢♢♢
鍛冶ギルドで作業をしていたフォルカーはすぐに広場にやってきた。
「作業中に呼び出して悪いなフォルカー、こいつを『医療ガーディアン』の所に連れていくから手伝ってくれ」
「それは構わないが、一体何があったんだ……?」
突然呼び出されたフォルカーは、事情が分からず困惑している。
「簡単に言うと、こいつが仲間をいじめて調子に乗ってたら反撃されて心が折れた、って感じかな。メンタルにダメージを受けてるみたいだから、医療ガーディアンに診てもらった方がいいと思ってさ」
「なるほど……」
医療ガーディアン、という耳慣れない言葉を聞いたナナセは、タケルに尋ねた。
「医療ガーディアンって何ですか?」
「こいつみたいに、メンタルをやられたドーリアは医療ガーディアンに診てもらう。元の生活に戻れそうにない時は入院する場合もあるな。覚えてないか? 実はおまえら二人も診てもらったことがあるんだぜ」
「私達も?」
ナナセとルインは不思議そうに首を傾げた。
「あ、もしかしてあの時……?」
ナナセは記憶の隅にあった出来事を思い出していた。住民登録試験を受けたあの時、冒険者ギルドに戻り、ガーディアンに妙な部屋へと連れていかれた。そして椅子に座らされ、ヘルメットのようなものを被せられたまま、体調はどうかとか、気分はどうかとか色々質問をされた記憶がある。
「あれが医療ガーディアンだったのかな? みんなあれをやってるんだと思ってました」
「なんのこと? 私全然覚えてない」
ルインは思い出せないようで首を傾げている。
「ルインはあの時の記憶がまだ全部戻ってないもんな。ルインを保護した後、医療ガーディアンに診てもらって入院を勧められたんだけど断ったんだよ。俺が面倒を見るからって家に連れて帰ったんだ」
「そうだったんですか……」
ルインはおぼろげな記憶をたどりながら呟いた。
「入院って言っても個室もないし、常にガーディアンに見張られてるし、正直言って居心地がいいとは言えねえ。入院しないで済むならそれに越したことはねえんだ」
ナナセはタケルが熱心にルインの面倒を見ていた理由をようやく理解した。日々の食事を運んでいたのは、入院を断る代わりにルインの様子を見る為だったのだ。
「それじゃ、俺とフォルカーはこいつを医療ガーディアンの所に連れていくから、後は任せとけ」
タケルは床に突っ伏して泣いているマユマユを起こした。マユマユは力なくぐったりとしている。今までの威勢のいい姿とはまるで別人のようである。
「ありがとうございます。あの……色々とお世話になりました」
マユマユの元仲間達はタケルにお礼を言った。
「気にすんな。こういう奴はたまーにいるからな、お前らも嫌なことがあったら我慢しちゃ駄目だぞ? 間違ってないと思ったらちゃんと言い返せよ?」
「はい……!」
彼らは頷くと、ナナセ達にもお礼を言って去って行った。
タケルとフォルカーはマユマユを両脇から支えるように立ち、冒険者ギルドの中に彼女を連れて行った。医療ガーディアンは冒険者ギルドの中にいて、マユマユが入院する場合、そのまま冒険者ギルドの中に留まることになる。
タケル達を見送った後、ヴィヴィアンは安心したようにため息をついた。
「タケルさんには色々助けてもらっちゃったね。ねえ、聞いてもいい? ずっと気になってたんだけど、あの二人とナナセ達はどこで知り合ったの?」
「それ! 私も気になってたの」
マカロンも身を乗り出してきた。
「タケルさん達とは、住民登録試験の時に出会ったんだ。他の冒険者にちょっと嫌がらせされちゃって、魔物がいる所に置き去りにされてたのを助けてもらったんだよ。私もルインも」
「そうだったんだ……嫌がらせなんてひどいことする奴がいるんだね」
ノアは腕組みをして眉を吊り上げた。
「でもタケルさん達に助けてもらえてよかったね。タケルさんていつもそういうことしてるのかな? いいドーリアだよね」
「そうだね、立派な上級冒険者だよね。かっこいいなあ……」
ヴィヴィアンは目をきらきらさせながら、タケルが去った方角を見つめた。
「私も早く上級になって、誰かを助けるかっこいいメイジになるんだー」
「その為にはまず、上級昇格試験を受けられるように課題をクリアして、訓練を頑張らないとだね」
ノアの言葉に、マカロンはぐっと拳に力を込めた。
「当然よ! ねえ、みんな。上級昇格試験、みんなで受けない?」
「それ、いいね!」
マカロンの提案はナナセとルインにとっても嬉しいものだった。気の合う仲間達と試験が受けられるのは有り難い。
「じゃあ決まり! みんなで試験を突破して、上級魔術師を目指そう!」
「目指そう! 上級魔術師!」
ヴィヴィアンが片手を上げると、みんなで同じように片手をあげ、ヴィヴィアンに手を合わせて掛け声を合わせた。
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