第28話 みんなで協力して戦え
初日の魔物狩りは大した成果がなく終わり、ナナセ達は翌日も同じ洞窟へ行くことを約束し、その日はフォルカーの家で早めに休んだ。
翌日はみんなで早起きをして、ライバルに負けないよう早めに魔物狩りへと出かけるつもりだ。フォルカーは今日も朝から工房に籠ると言い、早々に家を出ていった。
タケルはナナセ達が出かける用意をしているところへ、寝ぼけた顔でやってきた。
「おまえら、もう行くのか?」
「あ、おはようございますタケルさん。ライバルが多いから早めに行こうって話してて」
バッグの中身を確かめているナナセの所にタケルが近寄ると、ナナセに何かを手渡してきた。
「なんですか? これ」
それは丸くて小さな平べったい石のようなものだった。
「それは携帯用の『ポータルポイント』だよ。使い捨てだけど、それがあれば好きな所にポータルの出口を設置できるんだ」
「こんな便利な物があるんですねえ」
ナナセが持っているポータルポイントを、他の仲間達も興味津々で覗き込む。
「昨日、変な奴らと喧嘩になったんだろ? 魔物狩りでトラブルが起きたら、これで俺を呼びな。今日は偶然にも俺は暇だから、助けに行ってやるよ」
「いいんですか!?」
ヴィヴィアン達はわっと歓声を上げた。上級冒険者のタケルが仲裁に入ってくれれば、マユマユのような失礼なパーティも大人しくなるだろう。
「た、だ、し! どうしてもまずい状況の時だぞ。どうでもいい時に呼んだら金を取るからな」
タケルは本気なのか冗談なのか分からない表情で、ナナセが持つポータルポイントをコツンと指でつついた。
「き、気をつけます! タケルさん」
ヴィヴィアンはすっかり怯えた顔で頷く。
「ありがとうございます、タケルさん。これはお守りとして持っていきますね」
タケルの乱暴な口調が本気でないことをナナセは知っている。
「おう、気をつけて行って来いよ。そんじゃ俺は二度寝してくるわ……」
大あくびしているタケルに礼を言い、ナナセ達は魔物狩りへと出発した。
♢♢♢
昨日よりも早く出発したのだが、目的地の鉱山跡に着いた時には既にライバル達がいい場所を陣取っていた。
「うわあ、みんな早いね」
「ひょっとしたら一晩中いるのかも……?」
目ぼしい場所はみんな場所を取られていて、結局ナナセ達は昨日と同じ広場を目指すことになってしまった。道すがら出会う幽霊に軽く挨拶をしながら、ナナセ達は奥へと進んだ。
ようやく先日の広場に到着したナナセ達は、既にここにも先着がいることに気づいた。
「うわっ、あれってもしかして、昨日のパーティじゃない?」
マカロンが奥の池周辺に陣取っているパーティを指さした。昨日ナナセ達と言い合いになったマユマユのパーティが今日は先に来て、ナナセ達がいた場所にいる。
「もう来てるんだ……」
ノアはがっくりと肩を落とした。
「ちょっと、ここは私達が先に来たんだからあっちに行ってよ」
ナナセ達のパーティに気が付いたマユマユが、早速声を張り上げながら近づいてきた。
「それって昨日私達が言ってたことでしょ? だったら私達も移動する必要はないよね」
ヴィヴィアンはムッとしながら言い返した。
「あのね、あんた達馬鹿なの? ここで魔物を取り合いしたってお互い損するだけじゃない。あんた達は別の場所を探せば済む話でしょ」
マカロンはヴィヴィアンを押しのけ、マユマユに食って掛かる。
「だからそれを昨日あんた達のパーティがやったんじゃないの! 自分のやったことも覚えてないわけ?」
「はーうるさい。あんた達みたいなポンコツが魔物に手を出したってあっさり倒されるだけでしょ。私達の方が強いんだから、私達に譲るのは当然なの」
「私達がポンコツかどうか、なんであんた達に分かるの? あんた達だって大して強そうに見えないけど!」
「マカロン、もうやめなって」
ヒートアップしてきたマカロンを、ノアが慌てて引き止める。
「別の場所を探そうよ、もっと奥に行けばどこか空いてるかもしれないし」
ルインは一刻も早くここを離れたいようだ。
「そうだね、移動しようよ」
ナナセもルインと同じ気持ちだ。こちらに敵意むき出しのパーティと同じ空間にいるなんて、ストレスでしかない。
「……なんだか納得いかないけど、まあ仕方ないか……」
ヴィヴィアンは口を尖らせながら、しぶしぶ同意をした。
「ほら、移動するならさっさとあっち行って。魔物が湧いたら邪魔だから」
マユマユは吐き捨てるとぷいと背中を向けた。マユマユの仲間達はオロオロした顔でこちらの様子を伺っているだけだ。
「ほんと嫌な奴!」
マカロンも負けじとマユマユの背中に吐き捨てた。
「じゃあ奥を探してみようか。あまり奥に行きたくないんだけど」
ナナセ達はこの鉱山跡の構造を良く知っているわけではない。奥に行きすぎて、強力な魔物と万が一出くわす可能性もないわけではないのだ。
その時だった。マユマユのパーティから悲鳴が上がり、ザザザッと何かが動く音が聞こえる。
それと同時に地面の振動でナナセ達はよろめき、何事かとマユマユ達がいる方向へ振り返った。
そこにいるはずのないものがいる。
ナナセは最初それを見た時、大きな岩が落ちてきたのかと思った。だがそれは岩ではなかった。二つの目があり、大きな口が横に開いて長い舌が覗く。岩のような色をした体は水で濡れていて、それはまるで大きなカエルのようなものだったのだ。
「ま……魔物だ!」
ノアは驚いて腰を抜かした。ヴィヴィアンもマカロンも顔がこわばっている。ルインは咄嗟にロッドを構え、ナナセは「下がって!」と叫んだ。
マユマユ達はすっかり混乱していた。いきなり目の前にわけの分からない魔物が出現したのだ。恐らく池の中に宵の泉が出現していた。水の中に泉が出来ていたので気が付かなかったのだろう。想定外の出来事に、すでに逃げ出そうとしている者もいた。
「逃げないで! こいつはきっとレアな魔物よ。倒せば莫大な報酬が得られるに違いないわ!」
マユマユは弓を構え、魔物に弓を放った。魔物は弓のダメージなどまるで感じていないようで、体をピクリとさせ真下のマユマユ達をじろりと睨んだ。
「こ、こんなの無理に決まってるよ……!」
盾を持つ剣士が怯えながら盾を構えた。魔物は前足を上げ、剣士を殴り飛ばした。剣士は軽々と吹っ飛び、その力の差が圧倒的であることを一瞬で示した。
「やば……」
マユマユはさっと弓を納めると、事もあろうに仲間達を置いて広場の出口に向かって走り出した。
「ちょっとあんた! 仲間を置いて逃げる気!?」
ヴィヴィアンが驚いてマユマユに声をかけるが、マユマユは無視して走って行ってしまった。
「信じられない!」
マカロンはあっけに取られている。
「それより彼らが……!」
ナナセはマユマユの仲間達を指さした。剣士は遠くに吹っ飛んだまま動かない。短剣使いは腰を抜かしたまま動けず、ヒーラーは立ち尽くしたままオロオロしている。
「いいから、私達も逃げないと」
ヴィヴィアンが仲間を促そうとする中、ルインは倒れた剣士に駆け寄り、回復魔術を唱えた。
「ルイン! 危ないよ」
ノアが叫ぶが、ルインは無視して剣士を回復させている。魔物の目がルインを捉え、体の向きを変える。ナナセはそれを見て反射的に魔物に魔術を放った。
ヴィヴィアンはぐっと拳に力を込めて気合を入れると「ノア、マカロン、行くよ!」と声をかけた。
ナナセの魔術が命中した魔物は、視線をルインからナナセに移す。その目は赤黒く、完全にナナセ達を敵と認識しているようだ。そこへ魔物の攻撃から回復した剣士が立ち上がり、ナナセを守るように前に立った。
「俺が時間稼ぎする間に、早く外へ逃げるんだ」
そう話す剣士が持つ盾は、あまりに小さく頼りない。一瞬どう返すか迷ったその時、ナナセはハッと気が付いた。
「そうだ! 救難信号だ!」
ナナセはムギンを取り出すと「ムギン! 救難信号を出して!」と叫んだ。するとその場にいる者達全員のムギンから、けたたましいサイレン音が鳴りだした。
「そうか……! ここには他にも沢山のパーティが来てるから、このサイレンを聞けば誰か来てくれるかも……!」
ルインは自分のムギンを取り出した。ムギンは赤く点滅し、近くで非常事態が起きていることを知らせている。
ムギンには、持ち主が危機的状況に陥った場合に周囲に知らせる「救難信号」という仕組みが備わっている。ナナセは住民登録試験でレオンハルトに置き去りにされた時、動けない状態が長引くとガーディアンに通報される機能があることを知った。救難信号は勿論、任意で発動させることもできる。近くのエリアにいる冒険者全員に通知され、救難信号を受け取った冒険者は、できるだけ速やかに助けに行くことが義務付けられているのだ。
ルインともう一人のヒーラーが剣士にシールド魔術を張り、必死に剣士を守っていた。他のメンバーもなんとか攻撃に参加し、助けが来るまで持ちこたえようと頑張っていた。
「こいつ、攻撃が全然効かないよ!」
ノアは顔をしかめながら叫ぶ。ヴィヴィアン達メイジの魔術攻撃はあまり効果がない。
「剣で斬ってもまるで効いてないみたいだ。体表がぶよぶよなのに攻撃が弾かれるよ」
マユマユの仲間達も手ごたえのなさに困惑している。
そこへ他のパーティが加勢しに駆けつけてきた。
「うわっ!? 何だこれ」
「初めて見るよ、こんなの」
「こんなデカい魔物が湧くなんて聞いてないぞ」
「早く! 彼らが持たないよ」
戸惑いながらも加勢する冒険者たち。そうしている間にも次々と、他のパーティが駆けつけてくる。
「すごい……」
ナナセは胸が熱くなった。さっきまでライバルだった他のパーティが一斉に駆けつけ、彼らは素早く魔物退治に加勢してきたのだ。
「盾持ちは固まれ! 攻撃を引き付けるんだ!」
「罠誰か持ってる!?」
「麻痺は効かないよ!」
「くっそ、なんでこんなに固いんだ!?」
「早く回復して!」
あっという間に即席の大討伐団が結成された。いくら巨大な魔物とはいえ、これだけ大勢の冒険者相手ではさすがに魔物も怯む。すると魔物は肌の色を灰色に変え、体を守る体勢を取った。
「更に固くなった。これじゃ剣が先に壊れちまうよ」
剣士たちが嘆く。このままでは持久戦になってしまう。更に助けを呼ぶべきか、声が飛び交う中、ナナセはムギンでタケルを呼び出した。
「タケルさん! 変、変なカエルみたいな魔物がで、出たんです! 攻撃が効かなくて、灰色で!」
タケルはナナセの要領を得ない話に驚く様子もなく、冷静に応える。
「ナナセ、落ち着け! 今こそ『ポータルポイント』を使う時だろ! 今すぐそっちに行く」
「は、はい!」
ナナセは慌ててポケットからポータルポイントを取り出すと地面に置いた。するとポータルポイントが光り出し、周囲に円形の光の輪が地面に現れた。
光の輪から光の円柱が立ち上がり、更に強い光が一瞬辺りを包んだ。周囲の冒険者たちが何事かと光の方向に目をやると、そこからタケルが現れるのが見えた。
タケルは片膝をつき、既に弓を構えていた。そして姿を現したのと同時に、小さな黒い球が先端に付いた弓矢を放ち、ヒュンと風を切り弓矢が魔物に命中し、大きな爆発を起こした。
魔物は怯み、グォォォと地面が揺れるような悲鳴を上げた。
「すごい、効いた!」
ナナセはカエルの体の色が灰色から赤黒くなるのを見た。タケルは周囲を見回すと声を張り上げた。
「こいつは爆弾で体表にダメージを与えると攻撃が通りやすくなる! 俺が爆弾矢で攻撃したら一斉に攻撃を仕掛けろ! 爆破魔術を持ってるメイジがいたら協力してくれ! 後は毒矢とか、毒魔術とかできる奴はやってくれ。多少は抵抗力が落ちるから攻撃が効きやすくなる!」
「分かりました!」
その場にいる者達はすぐにタケルの指示に従った。爆破魔術は魔物の皮膚を破り、内側から炸裂させるという非常に強力な魔術である。残念ながら爆破魔術はナナセ達のパーティに使える者がいなかったので、毒魔術を切らさないよう掛け続けながら、タケルの攻撃に合わせて魔術攻撃を続ける。他のパーティに爆破魔術が使えるメイジがいたようで、タケルと協力しながら攻撃を続けた。
タケルの指示の通りにすると、さっきまであんなに苦戦していたのが嘘のように魔物に攻撃が通るようになった。剣士たちも前線で確実にダメージを与え、メイジもアーチャーもそれぞれ役割をこなし、ヒーラーは必死に盾持ちの剣士を守り続けた。
その場に集まった冒険者たちの大討伐団は、こうしてカエルの魔物を見事倒した。
「やったー!」
冒険者たちから一斉に歓声が上がった。魔物は黒い塵のようなものをまき散らしながら姿を消し、その場に大量のブラッドストーンを残した。
「みなさん、ありがとうございました!」
ナナセは助けに来てくれた他のパーティに頭を下げた。
「気にすんなよ。こういう時はお互い様だから」
「初めてこいつと戦ったけど、終わってみたら結構楽しかったよな!」
彼らはみな笑顔だった。みんなで大きな魔物を倒せた満足感がその場の空気を包んだ。
「タケルさんも、来てくれてありがとうございました」
ナナセとルイン、ヴィヴィアン達も一緒にタケルにお礼を言う。
「ほら、ポータルポイント渡しといて良かっただろ? 油断してるとこうしてたまにデカい魔物が湧くからな」
「タケルさん、この魔物のこと知ってたんですね? だからポータルポイントを……?」
ルインが目を丸くすると、タケルはニヤリと笑った。
「大昔、一度こいつと戦ったことがあるんだよ。あの時は大変でさ、一度パーティ半壊して街に戻って、冒険者かき集めてまた倒しに戻ったんだよなあ」
「だからタケルさん、倒し方知ってたんですね」
ヴィヴィアンは納得したように頷いた。
「まあ、そういうこと。さーて、このブラッドストーンをみんなで山分けするか。この『太り過ぎたカエル』は滅多にお目にかかれない魔物だから、ギルドからいい報酬が期待できると思うぜ。おーい! パーティのリーダーちょっと集まってくれ!」
タケルは他のパーティのリーダーを集めると、ブラッドストーンをそれぞれ分けさせた。
「ここでちまちま宝石商の落とし物を狙うよりいい金になると思うぜ」
「本当ですか!? やった!」
タケルに言われ、他のパーティのリーダー達はそれぞれ喜んでいる。両手いっぱいに持ちきれないほどのブラッドストーンを抱え、ほくほく顔でリーダー達はそれぞれのパーティの所へ戻った。
ヴィヴィアンも沢山のブラッドストーンを持ち帰ってきた。
「すごいね! こんなにいっぱい」
マカロンとノアはブラッドストーンを見て大はしゃぎしている。ナナセも目を輝かせてブラッドストーンを見ていたが、ふと顔を上げるとマユマユのパーティの剣士の男がブラッドストーンを受け取ったまま、浮かない顔をしているのが目に入った。
「あの……これは受け取れません」
剣士の男はそう言うと、タケルにブラッドストーンを返そうとした。
「は? なんでだよ。お前らも戦ったんだから受け取ればいいだろ?」
タケルは首を傾げている。ナナセとルインは慌ててタケルの元へ駆け寄った。
「俺達、何の役にも立たなかったし……そもそも俺達が魔物に気が付かなかったのが悪いんです。みんなを巻き込んじゃったし……」
剣士の男は力なく言うと俯いてしまった。
「そんなことないよ。あなた達も十分戦ったじゃない。気にしないで受け取っていいんだよ」
ナナセが説得するとルインもそれに続いた。
「そうだよ。そもそもリーダーに逃げられたのに、その場に残って戦ったのは立派だと思う」
「リーダーに逃げられた?」
タケルが首を傾げた。
「そうです。魔物が出た時、昨日話したリーダーのマユマユが勝手に攻撃を仕掛けて、そのまま仲間を置いて逃げたんですよ」
ナナセの説明を聞いたタケルは、ふーっとため息を吐いた。
「そういうことか。お前らを置いて逃げるような奴がリーダーなんて、ついてねえな。そんなリーダー、こっちから捨てちまえば?」
「……そうですね」
剣士の男はポツリと呟いた。
その後、他のパーティらと別れを告げ、ナナセ達は街に戻ることにした。魔物狩りの為に持ち込んだ薬も底をついたのもあるし、何よりみんな疲れてしまったのだ。マユマユのパーティもこのまま戻ると言い残し、先に出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます