第27話 嫌な奴に会ったら

 ハリシュベルの商業区にあるレストラン「塩と私」は、まるで大きな倉庫のような建物だった。天井も高く、中央に巨大な樽のようなものが置かれている。雰囲気は港町コートロイにある「コートロイ酒場」に似ていた。

 メニューは力のつく肉料理が多い。どこのテーブルでもエールを飲んでいて、店内はとても騒がしい。

 ナナセ達のテーブルにも分厚いステーキや肉の串焼きなどが並ぶ。フォルカーはバケツかと思うほどの大きなコップでエールを飲んでいるが、タケルが飲んでいるのはなぜか熱いコーヒーにたっぷりと氷を入れたアイスコーヒーだ。ヴィヴィアン達も酒ではなく、それぞれ甘いジュースを頼んでいる。


「タケルさんはお酒を飲まないんですか?」

 ナナセはタケルに尋ねた。

「俺は酒飲まねえんだよ。酒はストレスを緩和するって言われてるけど、俺にストレスは少しもないから必要ないってわけ」

「だからってコーヒーで飯を食うのはどうかと思うがな。コーヒーなんて目覚ましに飲むもんだろ」

 フォルカーはすました顔でコーヒーを飲むタケルを見ながら眉をしかめ、これ見よがしにエールを流し込む。

「いいじゃねえか、俺はこれが好きなんだよ」

「これだけは一生タケルと意見が合いそうにないな」

 ナナセとルインもフォルカーの意見に賛成だと言わんばかりに、フォルカーの真似をしてアップルジュースをくいっと飲んで見せた。


「私もエールを飲んでみたいなあー」

 マカロンは店中の客が浴びるように飲んでいる飲み物に興味があるようだ。

「やめとけやめとけ、酒なんか飲んだら明日の魔物狩りに響くぞ」

「いや、酒は緊張をほぐす効果がある。緊張しやすい奴は逆に少し酒を飲んでから魔物狩りに行くなんて話も……」

「そんな酒狂いの戯言誰が信じるんだよ。酔っぱらってると魔力回復薬の効果が薄れるんだぞ?」

「だから酔っぱらうまで飲まなければ……」

 まだ言い合いをしているタケルとフォルカーを、マカロンは気まずそうな顔で見ていた。

「今日はやめといたら、マカロン」

「……そうするよ、ノア」




 楽しい食事を終えた後、ナナセ達は居住区にあるフォルカーの自宅へと向かった。フォルカーの家の前に着いたナナセ達は、その大きさにあっけにとられた。

 広い庭がある二階建ての家だ。濃いブラウンと黒を基調とした外壁は重厚感があり、フォルカーのイメージに合っている。

「これ……一人で住んでるんですか……?」

 ナナセは口をあんぐりと開けたまま言った。

「そうだ。まあ、確かに一人で住むには広すぎるな」

 フォルカーは事も無げに言うと、ドアを開けてさっさと中へ入っていく。タケルに続いてナナセ達も家の中へと足を踏み入れた。内装も落ち着いた色味で、装飾品のようなものは殆ど見当たらない。

「中も広いですね……!」

「階段がめちゃくちゃ広いよ」

「ドアがいっぱいあるー!」

 ヴィヴィアン達もフォルカーの屋敷の広さに圧倒されていた。

「殆ど倉庫みたいなもんさ。さあ、寝室へ案内しよう」


 フォルカーに案内され、ナナセ達は二階の寝室へ向かう。ナナセとルインで一部屋、ヴィヴィアンとマカロンで一部屋、ノアは一人部屋を充てられた。

 大きなベッドが二つ並んで置かれたゲストルーム。壁紙も床も茶系でまとめられ、落ち着いた雰囲気の部屋だ。ヴィヴィアン達の部屋も恐らく同じくらいの広さだろう。こんな大きな家を所有しているフォルカーは、ナナセとはまるで違う世界で生きているようだ。


 ナナセはベッドに勢いよく倒れこんだ。思い切り手足を伸ばしてもまだ余る大きさ。フワフワの布団。

「私も、こんな家に住めたらなあ……」

 ナナセが初めて抱いた強烈な憧れだった。

「そうだね、本当にいいお家……」

 ルインは荷物を床に下ろし、部屋を見回して呟いた。


 ナナセは家など最低限寝る場所があればいいと思っていた。タケルも以前そのようなことを言っていて、各地を転々として暮らしているようである。ナナセは中級に上がってもまだ今の小さなアパートで暮らしている。上級に上がればヒースバリーに引っ越すことになるのだろうが、今のところは引っ越すつもりはない。


 ファミリーの仲間であるリスティはいつの間にか、下級用のアパートから居住区へ引っ越していた。リスティの「お友達」がひっきりなしにアパートを訪ねて来る為、落ち着かないから引っ越すことにしたのだと話していた。ナナセは(私だったら無視しちゃうな)と思ったが、リスティはどんな客でも尋ねてきたらきちんと応対するのだという。そういう所が彼女の魅力の一つだ。新しい家は小さいが一軒家で、とても居心地がいいのだとリスティは自慢していた。

 居住区にある家は購入することもできるが、賃貸も可能だ。リスティは賃貸契約のようで、大金は必要ないもののそれなりにお金はかかるはずだが、そのお金は誰が工面したのか、ナナセは恐ろしくてそのことを聞けていない。


 生活していくだけで精一杯のナナセにとって、家のことまではとても手が回らない。だがこうして寝心地のいいベッドに横たわり、広い部屋の天井を見ていると、いつか自分もこういう部屋を手に入れたいと考えるのは当然のことだった。

「頑張ろう……明日から」

 ナナセは天井を見ながらポツリと呟く。ルインはその声に振り返った。

「そうだね、頑張ろうね」

 魔物狩りは明日からだ。ハリシュベルの冒険者ギルドで依頼を受け、稀に宝石を落とすと言われる魔物「逃げた宝石商」を狩りに行く。ナナセ達は明日に備え、早々に休むことにした。




 翌日、ナナセが一階に下りると、既にフォルカーが起きていて出かける支度をしていた。

「おはよう、ナナセ」

「おはようございます。早いですね、もう出かけるんですか?」

 フォルカーは重そうなリュックを軽々と背負った。

「客からの武器の制作依頼がたまってるんでね。悪いが今日は一日ギルドの工房に籠ると思うから、君たちは自由に過ごしてくれ」

「分かりました。タケルさんは?」

 ナナセは周囲をキョロキョロと見回した。

「あいつはもう出ていったよ。なんでも新しい武器の試し切りをしたいんだと」

 ナナセは自分では早起きしたつもりだったが、タケルはそれよりも早く起きて出かけていったらしい。

「フォルカーさん、おはようございます」

 後ろから眠そうなルインの声がした。

「起きたか、ルイン。じゃあそういうわけだから、俺は先に行くよ。ここに滞在中は君らの入室許可をしておいたから、家は自由に使ってくれて構わない。好きなだけいていいよ」

「ありがとうございます、フォルカーさん」

「気にするな。魔物狩り、頑張れよ」

 フォルカーはナナセとルインに軽く微笑むと、慌ただしく家を後にした。


「なんだか忙しそうだね」

 ルインはまだ眠そうでぼんやりとしている。

「武器の依頼があるんだって。今日は一日工房にいるみたい……タケルさんは武器の試し切りをしたいからって先に出て行っちゃった。私達も出発の準備をしないと……他のみんなをそろそろ起こそうか」

「そうだね、私起こしてくる」

 ルインはパタパタと階段を駆け上がっていった。



♢♢♢



 支度を終えたナナセ達は、ハリシュベルの冒険者ギルドで魔物狩りの依頼を受けた後、魔物がいると思われる山のふもとに移動した。

ハリシュベルは周辺を山で囲まれている街だ。その山々には多くの鉱山があり、今は使われていない鉱山跡や洞窟などが点在している。

 町からさほど遠くない場所に目的地はあるが、歩くのは時間がかかるのでナナセ達はレンタルビークルを使い移動した。免許さえ持っていればどこの街にもレンタルビークルはあるので借りて移動することができる。免許を取っておいて良かったとナナセが感じた瞬間だった。


 目的地は使われていない鉱山跡だ。トロッコのレールが引かれ、ランプの灯りが通路をぼんやりとした光で照らす。ヴィヴィアンを先頭に、ナナセ達は通路をどんどん先へと進む。

「目的の魔物は奥に行かないといないみたい。とりあえず宵の泉が湧く場所を見つけよう」

 ヴィヴィアンは緊張しているのか、早口で仲間に指示をしながらどんどん先に進む。

「逃げた宝石商は落とし物の宝石狙いで、他にもライバルがいると思う。今日はライバルがいないといいんだけどなあ」

 ノアは心配そうに呟いた。

「そうなのー? ライバルいたら嫌だなあ」

 マカロンは眉をひそめた。

「ライバルがいたらどうする? ヴィヴィアン」

 ナナセはヴィヴィアンに尋ねた。ヴィヴィアンは歩きながら振り返る。

「ライバルのパーティがいたら、基本的には話し合いだね。どちらかが譲って別の宵の泉を探すか、一緒に倒して報酬山分けするか……向こうのパーティ次第だけど」

「そうなんだ。私が前にファミリーと魔物狩りに行った時は、ライバルと獲物を取り合ってたよ」

 ナナセは以前、ゼット達とリスティの欲しい落とし物を狩った時のことを思い出していた。

「そういう場合もあるね。私はあまり好きじゃないけど……私達のファミリーは基本的に話し合うって決めてるんだ。まあ、話が通じない奴もいるけどね……」


 ヴィヴィアン、マカロン、ノアの三人は皆同じファミリー「キャッツウィスカーズ」に所属している。ヴィヴィアンとマカロンが元々同じファミリーで、マカロンが仲良くなったノアを誘った形だ。

「そうなんだ。ヴィヴィアン達のファミリーはいい人ばかりなんだね」

 ヴィヴィアンは驚いたように目を丸くした。

「別に普通じゃない? 魔物狩りはみんなで協力しないといけないんだから、魔物を取り合って喧嘩なんて無駄じゃない」

「そうか……」

 ゼット達と魔物狩りをした時は、譲り合うなんて考えすらなかったな……とナナセは思い出していた。取り合い上等、ライバルに負けるなと言い合いながら魔物狩りをしていた。それが当たり前なのかと思っていたが、ひょっとするとゼット達の方が変わっているのだろうか。ナナセは急に不安になった。


「冒険者ギルドの規則でも、他のパーティに嫌がらせや迷惑行為をしちゃいけないってあるもんね。でも『美味しい』魔物はやっぱり取り合いにはなっちゃうからなあ」

 ノアの言葉にマカロンも頷く。

「こっちが話し合おうとしても、結局『お宝』が目の前に合ったらみんな目の色が変わっちゃうって言うもんねー」

「とにかく、変なライバルがいないことを願うしかないね」

 ルインの言葉に全員が「そうだね」と言った。



 通路の先にはいくつかの広いスペースが枝葉のように広がっている造りだ。あちこちに打ち捨てられたトロッコや、つるはしなどが転がっている。通路を進んでいると、体が透けた鉱山労働者のような恰好をした男が、ゆっくりとつるはしを振っていた。

「わっ、びっくりした! ……なんだ、幽霊か。脅かさないでよ、もう」

 先頭を歩いていたヴィヴィアンが男を見て驚き、よろけそうになった。男の幽霊はヴィヴィアンの大きな声にも無反応で、ひたすらつるはしを振っている。

「こんな所にも幽霊がいるんだね」

 ナナセは住民登録試験の時に見たメイドの幽霊を思い出していた。この世界では幽霊は特に恐れられることはない。ちょっと驚かされるだけで、彼らは魔物のように襲ってくることはないからだ。


 ある程度の広さがあるスペースを覗いてみると、そこにはやはりナナセ達が心配していた通り、ライバルパーティが既に陣取り、拠点にしていた。

「やっぱりいたか……どこもパーティがいるね」

「ここ、人気みたいだね」

 ぼやきながらナナセ達は更に奥へと進む。

「逃げた宝石商って、つい最近見かけるようになった魔物らしいんだよ。まだあまり知られてないから穴場だって聞いてたのに、もうこんなにライバルが来てるんだ」

 ノアは驚きながらライバル達を見ていた。

「噂が広まるのは早いよね、早めに出てきて正解だったよ」

 ルインも廃れた鉱山が多くのパーティで賑わっているのを見て、驚いている様子だ。

「私、先に行って空いてる所探してくる!」

「あ、マカロン! 勝手に先に……」

 ヴィヴィアンが止めるのも聞かず、マカロンは走って先に行ってしまった。


「全くもう!」

 ヴィヴィアンが呆れながらマカロンの後を追っていると、向こうから「おーい、こっちこっち!」とマカロンが手を振っているのが見えた。

 みんながマカロンの所まで追いつくと、通路の先にあるとても大きな空間にマカロンはみんなを案内した。

 そこは他の広場とは段違いの広さだ。ライバルがいた他の広場は一つのパーティがいたらそれでいっぱいになってしまうが、ここは二、三パーティがいても十分な広さを持つ。広場の中にもランプは設置されていてそれなりの光源はあるものの、広すぎて奥が見えない。

「ここ、空いてたよ!」

 マカロンは胸を張って見せた。

「空いてるけど、ここにも宵の泉湧くのかな……?」

 ヴィヴィアンは自分の手持ちランタンを掲げ、奥へと進んで偵察を始めた。

「ここは広いから沢山湧くかもよ!」

「沢山湧いたらダメなんだよマカロン、一体だけでも手に余るのに」

 ノアは不安そうな顔で周囲を見回している。ナナセとルインもランタンを掲げ、危険がないか調べていた。


 広場はだだっ広いだけで、特に今の所危険がなさそうだ。一番奥には小さな池のようなものもあり、頭上には鍾乳石のような先の尖った石が垂れ下がっている。池の周囲には採掘道具がいくつか転がっていて、たき火の跡も残っている。

「ほら、たき火の跡もあるし、ここは危険じゃないよ」

 ヴィヴィアンは安全な場所だと判断した。ナナセ達も納得し、しばらくここで「宵の泉」が湧くのを待つことにした。

 ノアが火を起こし、周囲が明るくなるとナナセ達の不安も和らいだ。しばらくの間、狩りの手順を確認したり無駄話をしたりして時間をつぶした。




「宵の泉だ!」

 周囲を警戒していたノアが声を上げると、ナナセ達は一斉に立ち上がった。

「みんな、準備はいい?」

 ヴィヴィアンが真っ先に前に出てロッドを構えた。

「いつでもどこでも、どんとこいだよ!」

 マカロンが大声で叫び、ナナセ達も戦闘の準備をする。メイジが前に並び、ヒーラーのルインが後ろに立つ。

 宵の泉がゆらゆらと揺れ、やがてずるりと何かが這い出してきた。背中に大きな布の袋を背負った巨大なネズミのような魔物だ。両目はどちらも宝石でできていて、ギラギラと白色に輝いている。

「ひっ……」

 巨大ネズミの姿を見たルインは体をこわばらせた。

「大丈夫? ルイン」

 怯えている様子のルインを見て心配になったナナセがルインに尋ねると「大丈夫」と返ってきた。ロッドをぎゅっと強く握ったルインの手は、少し震えているように見えた。


 鼻先をピクピクと動かし、ナナセ達に気づいた魔物は後ずさろうとした。

「今だ!」

 ヴィヴィアンの号令で、一斉にメイジが動きを合わせて火の魔術を放った。

「ルイン!」

「任せて」

 ヴィヴィアンの掛け声に応え、間髪入れずにルインがメイジ達を包み込む光を放った。この光はメイジの魔力回復を早める効果がある。これですぐにメイジ達は次の魔術を使えるようになるのだ。

 ギャーッと悲鳴のような声を上げながら足をバタつかせたネズミの魔物は、宝石の瞳が赤く変わり、走って逃げだした。

「逃げた! 逃げた!」

「急いで!」

 慌ててメイジ達は同じ魔術をネズミに当てようとする。だがネズミは巨大な体に似合わず、すばしこく逃げ回る。

「もう! 当たらないじゃないの!」

 マカロンがイライラしながら叫ぶ。

「動きを止める魔術があればなあ」

「ノア、麻痺を当てられる?」

「やってみるよ、ナナセ」

 ノアは麻痺魔術をネズミに狙って放つ。何度か外した後、ようやく魔術が命中してネズミが痺れて動けなくなった。

「今だ!」

 もう一度、タイミングを合わせてメイジ達は同じ魔術を放つ。更に大きなダメージを受けた「逃げた宝石商」はさらさらと粉になり崩れていった。


「やった!」

 ナナセ達は飛び上がって喜んだ。

「魔術が良く効く噂は本当だったみたいだね」

 ヴィヴィアンはホッとした顔で、魔物が倒れた所へ行くと残されたブラッドストーンを拾いあげた。

「でもあんなにすばしっこいとは思わなかったよ。アーチャーもいた方がいいんじゃないかな。罠をかけてもらってさ……」

「そうだね、ナナセ。でも麻痺が効くことが分かったから、次はもっとうまくやれそう」

 ナナセとルインは早速反省会をしている。

「ヴィヴィアン、宝石は落とさなかった?」

 わくわくした顔のマカロンに、ヴィヴィアンは首を振って答えた。

「そう簡単には落とさないよ」

 ノアは苦笑いしながらマカロンの肩を叩く。

「あんなに袋いっぱいに宝石を持ってるなら、一つくらい落としてくれてもいいのにー!」

 マカロンが頬を膨らませると、ナナセ達は一斉に笑った。




 一度魔物を倒して自信を付けたナナセ達は、今度はリラックスしながら再び魔物を待つ。宵の泉はまだ消えずにそこに残っていた。再び魔物がそこから現れる可能性は高い。

 だがナナセ達が魔物を待ち構えていたその時、広場の入り口方向からガヤガヤと声がし始めた。


 別のパーティが現れたのだ。人数は四人で、職業は盾を持った剣士と弓、短剣、そしてヒーラーというオーソドックスな構成だった。

「そこに泉が湧いてるから、ここを拠点にするから」

 弓を持ったリーダーらしき女が指示をすると、仲間達は頷きナナセ達と宵の泉を挟んだ向こう側に陣取った。

「ちょっ……」

 ヴィヴィアンは慌てて向こうのリーダーに声をかけた。


「あの! ここは私達が先に来てるんです。他を探してもらえませんか?」

 ヴィヴィアンが声を張り上げると、向こうのリーダーと思われる女がじろりと睨みつけた。

「はあ? なんで私達がどかなきゃなんないの? この泉はあんた達のものだって言いたいわけ? 私達も魔物を狩る権利があるんだけど?」

 リーダーの女は喧嘩腰で、こちらの話を聞く気などさらさらないようだ。ナナセ達のパーティがまるで目に入っていないかのように、それぞれが戦闘の準備をしている。

 ナナセは思わずヴィヴィアンの助け舟に入る。

「確かにこの泉は誰のものでもないですけど、みんな譲り合っているんです。ここは広いから他の泉が湧くかもしれないですし、わざわざ取り合いしなくてもいいと思うんですけど……」

「うるさいな、あんた何様? 私らにここを出て行けって言ってんの? そんなに私らが邪魔ならあんた達が出て行けば?」

「ちょっと、その言い方はないんじゃない?」

 マカロンはカッとなり、一歩前に出た。

「ふーん、余りもののメイジで集まっちゃって。魔物狩りするのは勝手だけど、パーティ半壊して私らに助けを求めたりしないでね。迷惑だから」

 リーダーの女は馬鹿にしたような顔で笑うと、他の仲間達は困ったような顔をしていた。どうやら気の強いリーダーの女以外は気弱な者ばかりのようで、リーダーをいさめるでもなく、かといって一緒になって笑いものにするでもなく、ただその場に立っていた。


「もう行こう」

 顔に怒りを浮かべたルインはヴィヴィアンを促した。

「でもルイン、これじゃ……」

「いいから、行こう!」

 ルインに強く促され、しぶしぶヴィヴィアンはその場を離れる決断をした。ナナセ達が広場を出ようとしてリーダーの女とすれ違った時、その女はフンと鼻で笑いながらルインに声をかけた。

「あーちょっとあんた、ヒーラーだけ残ってくれる? こっちのヒーラー馬鹿だから役に立たないんだよね」

 リーダーの後ろで立っていたヒーラーの男は、驚いてリーダーの女を見た。

「ねえマユマユ、さすがにそれは……」

「何よ。私の言ってることが間違ってるって言いたいの? こないだの失敗、誰のせいだと思ってんの? あんたのせい、でしょ?」

 マユマユと呼ばれた女は、仲間のヒーラーをじろりと睨みつけると、ヒーラーは口をつぐんでしまった。


「残るわけないでしょ」

 ルインはマユマユを睨みつけ、スタスタと広場を早足で出ていった。ヴィヴィアン達はルインの後を慌てて追った。

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