第26話 鉱山都市ハリシュベル

 キャテルトリー飛行船乗り場にやってきたナナセとルインを、既に先に着いて二人を待っていたヴィヴィアン達が手招きをしていた。


「おはよう! みんな早いね」

 ナナセとルインは慌てて仲間達の元へ駆け寄る。

「おはよう! ハリシュベルに行くのが楽しみで楽しみで、早起きしちゃった」

 マカロンは浮かれた様子だ。

「マカロンが一番乗りだよ。浮かれすぎてご飯も食べてないって言うから、ここの売店でソーセージパンを買って食べさせたんだ」

 ノアが笑いながら自分の口元をトントンと指さしてマカロンに知らせる。彼女の口元にはトマトソースがついたままだ。マカロンは慌てて口元を手で拭った。

「ソーセージパンすっごく美味しかったよ! もう一個食べようかな? やっぱり買ってこようっと!」

 言うが早いか、マカロンは売店に走っていってしまった。

「早く戻ってね、マカロン。もうすぐ出発だよ」

 ヴィヴィアンは慌ててマカロンの背中に声をかける。ヴィヴィアンは少し緊張しているのか、顔がこわばっていた。

「緊張してる? ヴィヴィアン」

 ナナセは心配そうにヴィヴィアンの顔を見た。

「そりゃ緊張するでしょ……ハリシュベルがどんな所か分からないし、魔物狩りも上手くいくかどうか分からないし」

「きっと大丈夫だよ。ノアの友達が勧めてくれた場所でしょ?」

 ナナセの横でルインも頷く。

「私も少し調べてみたけど、私達の戦力なら多分いけると思うよ」

「もちろん私だって自信はあるよ。だけど一応、私がこのパーティのリーダーだからね。みんなを率いる責任があるんだから」

 ヴィヴィアンは眼鏡をくいっと持ち上げ、口をきゅっと結んだ。




 マカロンがソーセージパンをかじりながら戻ってきたところで、ナナセは仲間達にタケルと待ち合わせをしていること、フォルカーの家に泊めてもらえることを話した。


「ええっ……家!? ファミリーハウスじゃなくて、個人が所有している家ってこと?」

 ヴィヴィアンは目を丸くしている。

「わーい! 宿取らなくていいんだ! ラッキー!」

 マカロンは口にソースを付けたままはしゃいでいる。

「泊めてもらえるのは嬉しいんだけど、本当にいいのかな? 僕たち、初対面なのに」

 ノアは心配そうにしている。

「私達も心配だったんだけど、タケルさんが気にしなくていいって。だからハリシュベルに着いたら、まずはタケルさんと会う約束なんだ」

「そういうことなら、私達も甘えさせてもらおうか。宿代も馬鹿にならないし、こっちは助かるよ」

 ヴィヴィアンはマカロンとノアの二人と顔を見合わせ、頷いた。


『ハリシュベル行きのお客様、ただいまより乗船いただけます……ハリシュベル行きのお客様、ただいまより乗船いただけます……』


「あ! 飛行船が来たみたいだよ。みんな、早く行こう!」

 マカロンが乗り場を指さし、真っ先に走り出す。

「待ってよー!」

 アナウンスを聞いたナナセ達は、慌ててマカロンの後を追って走った。



♢♢♢



 鉱山都市ハリシュベルは、周囲を山に囲まれた場所にある。ハリシュベルの西側には巨大な山脈「ノヴァリスの壁」があり、山脈の向こう側へは行くことができない。道もなく、山に入ることすらできない。山脈の向こう側は「未開の地」と呼ばれる何もない場所があるのみだと言われている。


 ハリシュベルは鉱山都市と呼ばれる通り、近くには豊富な鉱石が眠った鉱山が多く存在し、鉱石を使って武器や防具を作る鍛冶職人はここを拠点にする者が多い。ここの鍛冶ギルドはノヴァリスの中で最も規模が大きく、職人の数も多いのだ。


 ハリシュベルの街に降り立ったナナセと仲間達は、飛行船乗り場から見える今までの町と全く違う風景を、興奮気味に眺めていた。

 全体的に石造りの建物が多く、どこか茶色っぽい街だ。びっしりと建物が密集しているエリアからはもくもくと煙が上っているのが見える。そしてくすんだ色の街の中に、不釣り合いな真っ白な塔があるのは他の街と同じだ。


「よう、来たな!」

 きゃあきゃあとはしゃぎながら街の景色を眺めているナナセ達の背中に、タケルの張りのある声が響いた。

「タケルさん! 迎えに来てくれたんですか」

 ナナセは驚いて振り返った。

「俺は待つのが嫌いなんだよ。空飛ぶ箒でもあれば飛行船まで迎えに行くところだったぜ」

 タケルはにやりと笑いながら、一緒にいる仲間達の顔を見た。

「タケルさん、この子達が一緒に魔物狩りに行く仲間なんです」

 ナナセがヴィヴィアン達を紹介すると、仲間達は慌ててそれぞれ自己紹介をした。


「お前ら全員メイジか。なるほど……『メイジーズ』だな。俺は好きだぜ」

 似たようなローブを着ているナナセ達は、それぞれ顔を見合わせて嬉しそうに笑った。

「タケルさんの職業は何ですか?」

 ヴィヴィアンはタケルの高級そうな装備を見ながら尋ねた。タケルは背中に立派な弓を背負い、腰に短剣を納めている。身に着けた防具も機能的でデザインもいい。膝のあたりまであるロングブーツも目を引く形だ。

「俺はローグだよ。別名『卑怯者』って呼ばれてる職業だけど」

「ローグですか! 私初めてローグに会いました。どうして『卑怯者』なんて呼ばれてるんですか?」

「理由はそう呼んでる奴らに聞いてくれよ。まあ、ローグは一人で動くのが好きな連中が多いから、いらぬ嫉妬を買いがちってやつ?」

 タケルは苦笑いしながら答えた。

「すごいなあ、上級じゃないとなれない職業ですよね?」

 ノアは目をきらきらさせている。

「このブーツかっこいい! いいなあ」

 マカロンはタケルのファッションに興味津々だ。

「ほらほら、俺のことはもういいだろ? 今日の宿に連れていく前に、ちょっと俺に付き合ってくれよ。行きたいとこがあるからさ」

 タケルはヴィヴィアン達から逃れるように、さっさと歩き出した。

「あっ、待ってください! どこに行くんですか?」

 ナナセ達はタケルの後を急いで追う。

「鍛冶ギルドだよ。フォルカーに会う用があってさ。お前らも挨拶しといた方がいいだろ?」

 タケルは振り返りながら答え、ナナセ達は顔を見合わせながらタケルに着いていった。



♢♢♢



 職人区で最も大きく、目立つのはやはり鍛冶ギルドである。

 建物からは大きな煙突が何本も伸びていて、もくもくと煙が立ちのぼる。金属を叩くような規則正しい音が絶え間なく響いている。キャテルトリーの鍛冶ギルドに比べてもかなり大きな建物で、ひっきりなしに職人達が出入りしている。


「ここですか?」

 ナナセがタケルの背中に尋ねる。

「おう。キャテルトリーの鍛冶ギルドとは全然違うだろ?」

「確かに……」

 キャテルトリーの鍛冶ギルドはここと比べるとだいぶ小さいのだと、ナナセは気づかされた。

「ほら、ぼーっとしてないで行くぞ」

 タケルは先頭を切ってギルドの中に入った。中にいる職人らとも顔見知りのようで、彼らと軽く挨拶を交わしながら慣れた様子でどんどん奥へと進む。ナナセ達は辺りをキョロキョロしながらタケルの後を追った。

 建物の奥にある扉を開けると、そこは中庭のようになっていて、両端には屋根付きの簡素な作業場があった。ずらりと並ぶ様々な形の剣や鎧を横目で見ながら、ナナセはタケルの後をついて歩く。

「あっ、白鎧だ」

 ナナセは自警団の白鎧が置かれているのを見つけ、思わず声を上げた。作業場の片隅に無造作に置かれている白鎧は、数がかなり多い。大事に扱われていないのか、床に数個転がったままになっている。

「ああ、白鎧はここで作ってるからな。その鎧は見た目だけのハリボテだよ。魔物相手に使える代物じゃないからな、新人鍛冶職人の練習用みたいなもんさ」

 タケルは忌々しそうに白鎧を睨みつけると、そのまま奥へ進んだ。


 タケル達は中庭の奥にある巨大な工房に入っていった。ギルドの外から見えた大きな煙突は、この工房から伸びていたのだ。


 工房の中には大きな炉があった。中心にある炉を囲むように、職人達はそれぞれ作業をしている。その中に灰色の肌で大柄な男、フォルカーがいるのを見つけたタケルは、フォルカーの元へ駆け寄った。

「フォルカー、フォルカー!」

 タケルが大声で何度か呼びかけ、ようやくフォルカーは気づいて顔を上げた。

「タケルか、もう少しで終わるからそこで待っていてくれ」

 フォルカーはすぐに真剣な表情で作業に戻る。その姿は見た目も相まって非常に近寄りがたい。

「作業中みたいだから、外の中庭で待っとくか」

タケル達は再び中庭に戻り、フォルカーの作業が終わるのを待つことにした。




 しばらくするとフォルカーの作業が終わったようで、鈍く光る短剣を手に持ってタケル達の元へやってきた。

「武器はできたぞ、タケル」

 そう言いながら、できたばかりの短剣をタケルに差し出した。

「おー、できたか!」

 タケルは嬉しそうな顔で立ち上がり、短剣を受け取るとじっくりと眺めた。

「お望み通り、強度を上げておいた。ハリシュベル鉱を芯に使うことで丈夫さがかなり向上してるはずだ」

「いいね! 完璧! いやー、やっぱりフォルカー様の作る剣は最高だねえ」

 タケルは満足そうな顔で短剣を空にかざし、色々な角度から剣の出来を確かめている。


「それで、この子達が?」

 フォルカーはようやくヴィヴィアン達に気づき、三人をじっと見下ろした。

「は、初めまして! ヴィヴィアンと言います。よろしくお願いします!」

 大柄のフォルカーの迫力に怖気づいたヴィヴィアンは直立姿勢で挨拶をした。マカロンとノアもそれに続く。

「そう固くならなくていい。君たちのことはタケルから聞いている。俺の家は自由に使ってくれ」

 フォルカーが目を細めると、ヴィヴィアン達はようやくほっとした表情を浮かべた。


「さて、後はこれに『エンチャント』をするだけだ。ここからが本番だな」

 フォルカーはそう言うとタケルから再び剣を受け取った。

「エンチャント?」

 ナナセは短剣を見ながら不思議そうな顔をした。

「そういや、君たちはエンチャントを見るの初めてか。せっかくだから見学していくか?」

 フォルカーはそう言うと、ナナセ達は即「行きます!」と答えた。


 フォルカーはナナセ達を引き連れ、タケルと一緒に工房を通り抜け、その隣の部屋へ向かった。



 そこは小さな部屋だった。石造りの大きな作業台がいくつか並んでいる。その作業台は真ん中に窪みがあり、フォルカーは窪みの中に出来たばかりの短剣を置いた。

 タケルはナナセ達に、作業台を指さしながら説明する。

「これは『エンチャント台』だ。エンチャントってのは、武器や防具に魔物の力を宿してより強力な装備品にすることだよ。今フォルカーがエンチャントするから、見てな。話しかけたりすんなよ? 気が散ると失敗するからな」


 ナナセ達は緊張気味にじっとエンチャント台を見ている。フォルカーは黒っぽい液体が入った小瓶を取り出すと、慎重に剣の上に液体を垂らした。

 液体に触れた短剣は、一瞬強く赤い光を放った。

「エンチャントは繊細な調整が必要なんだよ。適当にやったら魔物の力に負けて、剣が壊れちまう。フォルカーはぎりぎりまで調整するのが上手いんだよな」

 タケルはまるで自分のことのように自慢げに話す。フォルカーはその大柄な体に似合わず、細かい作業が得意らしい。


「よし」

 フォルカーは頷き、短剣をゆっくりと持ち上げた。その剣は動かすたびに赤い光が揺らめき、明らかに先ほどの剣と見た目が違っていた。

「よっしゃ、成功!」

 タケルは拳を握り、エンチャントの成功を喜んだ。フォルカーはタケル達の所に戻ると、タケルに新しい短剣を手渡した。


「完成だ。確認してくれ」

「おう、ありがとな!」

 タケルは剣を受け取り、軽く振って見せた。

「……うん、完璧だ! さっすがフォルカー」

 ナナセ達も、エンチャントされた新しい剣を目を輝かせて見つめている。

「フォルカーさん、ロッドもエンチャントできるんですか?」

 ルインはエンチャントに早速興味を持ったようだ。

「勿論できるさ。だがエンチャントに使われる魔物のエキスは安いものじゃない。どうせエンチャントするなら、もっといいロッドを用意してからの方がいいだろう」

「そうですか……」

 ルインは少し残念そうに言った。

「私達がエンチャントできるようになるのは、まだ先かな」

 ヴィヴィアンもがっかりした顔で言った。

「なーに言ってんだよ! お前ら、上級昇格試験そろそろだろ? そしたらもっといいロッドが必要になるし、その時にエンチャント付ければいいだろ」

「そっか、じゃあその時の楽しみにしよう」

 ナナセがそう言うと、マカロンとノアが同時に「そうそう!」と声を上げた。


「上級昇格試験はそれなりに難しいが、訓練所で学んでいる君たちなら心配はないだろう。ギルドは必ずクリアできる試験を課す。頑張れよ」

 フォルカーの励ましの言葉に、ナナセ達は背筋を伸ばして「頑張ります!」と答えた。


「よし、じゃあひと段落ついたところで、みんなで飯でも食いに行くか。そろそろ腹も減ってきただろ? 今日は時間もないし、魔物狩りは明日にしてゆっくりしようぜ」

 タケルの言う通り、ナナセ達は空腹を感じていたところだった。

「ご飯!? やったー、お腹空いてたんだよね」

 マカロンが真っ先に喜んで飛び上がった。ヴィヴィアンは「こら!」と言ってマカロンを小突き、ノアは呆れたように笑った。

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