第25話 遠出をしてみない?

 今日も訓練所で魔術の訓練に励むナナセ。もうギルド長ルシアンの指導自体は終わっているのだが、ナナセは残って訓練を続けていた。

 


「ねえナナセ、ちょっといい?」

 ロッドを構え、的の人形に真剣な表情で狙いを定めているナナセの所に、彼女と仲のいい三人組のメイジが声をかけてきた。

「いいよ。どうしたの? ヴィヴィアン」

 訓練の手を止め、ナナセは友人たちに向き直る。ヴィヴィアンは少し傾いた眼鏡をくいっと持ち上げて直すと、軽く咳ばらいをした。

「私達、ちょっと遠出して魔物狩りをしようかなと思ってるんだけど、よかったらナナセも一緒に行かない?」

「え!? もちろん行くよ!」

 ナナセは驚いた顔を浮かべながらも即答した。

「やっぱりね! ナナセなら絶対行くって言うと思ったんだよね」

 隣に立つマカロンが嬉しそうに飛び上がった。

「ほんとにいいの? ハリシュベルって街で、飛行船で行かないといけない場所だし泊まりになると思うけど……」

 心配そうにナナセの顔を覗き込むのはノアだ。

「いいよ。そろそろ実践で鍛えたいと思ってたところだったんだ」

「なら決まりだね。これで四人……後は一人、ヒーラーを探すだけだね」

「私達だけで行くの? 剣士とか、前衛はいなくていいの?」

 不安になったナナセはヴィヴィアンに尋ねた。通常のパーティは頑丈な装備で身を守る前衛がいるのが一般的な形だ。身を守る術を持たないメイジだけのパーティはどこか心許ない。


 ヴィヴィアンは腕組みをしてフフンと鼻で笑った。

「そう。メイジだけのパーティは、一般的には推奨されてない。だけど私達が狙う魔物は『逃げた宝石商』って奴で、魔術に弱い特性があるって言われてるの。しかも! ここからが重要で、そいつは稀に宝石を落とすって言われてるんだよ」

「宝石……」

「そう! その宝石を売ってみんなで分ければお金稼ぎにもなるってわけ。その『逃げた宝石商』はハリシュベル周辺にしかいない魔物なの。だからちょっと遠いんだけど……でも行く価値はあるよ!」

「魔術の訓練にもなるし、ギルドの報酬と宝石でお金持ちになれるし、これは行くしかないでしょ? ノアが友達に教えてもらったんだって! さっすがノア」

 マカロンがノアの背中をバーンと思い切りよく叩くと、ノアはよろけながら照れ笑いをした。


「そういうことなら、分かったよ。ヒーラーが必要ならルインに声をかけてみようか?」

「本当!? 助かるよ。ルインってナナセの友達だったよね、あの白い髪の小柄な子……。実はヒーラーが見つかるかどうか不安だったんだ」

 ヴィヴィアンはホッとしたように胸に手を当てた。ルインは見知らぬドーリアを警戒するが、ヴィヴィアン達とは挨拶程度の付き合いはある。全くの初対面ではないので、お互いに安心というわけだ。


 ナナセはすぐにヒーラーのクラスに走った。ルインもナナセと同じように居残りで訓練していることをナナセは知っていたからだ。訓練所の実践エリアで一人訓練をしていたルインを見つけたナナセは、早速ルインに魔物狩りの話をした。


「ハリシュベル……? 確か鉱山都市だよね。ヒースバリーの西、だったかな。結構遠いけど」

 顎に手を当てながら、ルインは何か考えている。

「……ダメかな? 確かに遠いけど、ハリシュベルの冒険者ギルドはキャテルトリーより報酬が高いんだって。まあその分魔物も強いんだけど……でも訓練にもなるし、お金も稼げるよ」

「ううん、ダメじゃないよ。私もお金稼ぎしたかったし、ちょうどよかったんだ。でも初めて行く街だし、ちょっと不安だっただけ」

 ルインは小さく首を振り、微笑んで見せた。ナナセは安心したように大きく息を吐いた。

「良かった! 私達メイジだけのパーティだけど、それは大丈夫? もしかしたらルインに負担がかかるかもしれないんだけど」

「それは別にいいよ。訓練所で学んでるメイジなら、腕は確かなはずだしね」


 意外にもルインはメイジだけのパーティを嫌がる様子はなかった。安定した戦力のパーティに入ることを望むのは、ヒーラーとしては当然のことだからだ。人気職業のヒーラーがどのパーティを選ぶか、決定権は全てヒーラーにある。まるで面接のように、パーティのメンバーを品定めしてから参加するかどうか決めるヒーラーもいるというし、パーティに入ってもらう為にメンバーが「お礼」を用意する場合もあるという。


「それなら、今すぐヴィヴィアン達に会ってくれる? 色々と打ち合わせもしたいし」

「もちろん行くよ」

 ナナセとルインはヴィヴィアン達の所に戻り、その後はみんなでハリシュベル行きの打ち合わせをした。出発は明日の朝に決まり、キャテルトリー飛行船乗り場で待ち合わせることになった。



♢♢♢



 訓練所を出た後、ナナセは調合ギルドに立ち寄っていた。明日の出発までに薬を沢山作っておくためだ。魔力回復薬はリリー草と数種類のハーブを使用する。材料を用意して調合台の前に立った時、タケルから通信が入った。


「タケルさん?」

「おーナナセ、元気か?」

 張りのある威勢のいい声が響く。そのすぐ後、ルインも会話に参加してきた。

「こんにちは、タケルさん」

「ルインも元気か? ちゃんと飯食ってるか?」

「食べてますよ」

「ほんとに食べてるか? 甘いもんばっかり食べてちゃ力つかねえぞ? 肉とか食ってるか?」

「食べてますって……」

「あの、どうしたんですか? タケルさん」

 段々不機嫌になってきたルインの言葉を遮るように、ナナセはタケルに尋ねた。

「なんだよ、用がないと話しかけてくんなってことか?」

「いや、そういうわけじゃ……」

 慌てるナナセの耳に、タケルの豪快な笑い声が響く。

「今魔物の張り込み中でさ。暇だからお前らどうしてるかなーって思って」

「暇つぶしってことですね」

 ルインの冷たい声が間髪入れずに入る。ナナセは思わずクスリと笑った。

「魔物狩り中にお喋りしてていいんですか」

「うるさいなあ、お前ら! しばらく魔物は湧かないからいいんだよ」

「あ、そう言えばタケルさんに聞きたいことがあったんだった。実は私とルインがメイジ仲間と一緒に、明日魔物狩りにハリシュベルって所に行くんですけど、ハリシュベルってどんな街ですか?」

「へえ! ハリシュベルか。鉱山が多くて、でかい鍛冶ギルドもあるぜ。フォルカーが拠点にしてる街なんだよ。あいつは武器職人だからな」

「フォルカーさんが住んでるんだ」


 タケルは急に何かを思いついたように「そうだ!」と叫んだ。

「なんですか?」

「いいこと思いついた。ナナセ、ルイン。明日ハリシュベルに行くなら宿が必要だろ? フォルカーの家に泊まれるようにしといてやるから、そのメイジ仲間とやらも一緒に連れて来いよ」

 ナナセとルインは一瞬言葉が止まった。

「……もちろん有り難いですけど、フォルカーさんの家なんですよね……? 勝手に決めちゃって大丈夫なんですか?」

 ナナセが恐る恐る口を開く。

「私達、五人パーティなんですけど……大勢で泊まっちゃって迷惑じゃないんですか?」

 ルインも困惑しているようだ。

「平気、平気! 俺もしょっちゅう泊まってるし」

「そういうことじゃないんですけど」

「心配すんなってルイン! あいつの家、めちゃくちゃデカいから。五人でも十人でも大丈夫だよ。中級のヒヨッコを助けるのは上級の務め! あいつが文句言うはずないから気にすんな。俺もちょうどハリシュベルに行く用事があるから、明日向こうで落ち合おうぜ」

「そういうことなら……ありがとうございます」

「ありがとうございます、タケルさん」

 タケルは豪快に笑った。

「いいから気にすんな! 明日ハリシュベルに着いたら連絡してくれ。じゃあな」

 通信はそこで終わった。


 街の宿屋は手ごろな値段で泊まれる部屋も多いが、もしも数日泊まるとなればそれなりに負担もかかる。タケルの申し出はナナセ達にとってとても有難いものだった。宿の心配がなくなり、ナナセはホッとしていた。きっと仲間達も喜んでくれるはずだ。

 ナナセは弾んだ気持ちのまま、調合台で作業を始めた。気のせいか、いつもより質の良い魔力回復薬ができたようだ。



♢♢♢



 翌朝、ハリシュベルに出発する前に腹ごしらえをしようと、ナナセとルインはレストラン「マリーワン」にやってきた。マリーワンは朝早くから夜遅くまで、頑張る冒険者の為に店を開けている。

 ナナセがレストランの扉を開けて中に入ると、なんだか空気がおかしい。見ると中のフロアに見慣れない姿の客が四人いる。

 全員お揃いの白い鎧姿だ。店内の一番大きなテーブルに着き、椅子に背中を預けてふんぞり返っている。

 彼らはキャテルトリー分団所属の「自警団員」だ。


 自警団員達と睨み合い、何やら不穏な空気を醸し出しているのは店主のマリーワンだった。

「……だから、あんた達に食べさせるものはないって言ってんの。帰ってくれる?」

 マリーワンが腕組みしながら団員達を睨みつけている。店内には自警団員とナナセ達以外に客の姿はない。ナナセとルインはまずい時に来てしまった、と顔を見合わせた。

「おいおい、マリーワンさあ、俺達に飯を食わせないなんてことしていいわけ? この街の平和を誰が守ってやってると思ってんの?」

 四人の中で一番大柄な男がマリーワンにすごんだ。

「何言ってんの? 今日も朝まで酒場で飲み明かしてきたんでしょ? それで腹が減ったからってうちで朝ごはん? うちの店に遊んで暮らす自警団に出す食事はないからね!」

 マリーワンの怒りはただ事ではない。彼女はナナセが知る限り、いつも穏やかで優しい人だ。その彼女が声を張り上げ、怒りをあらわにしている。

「あーそう、そんなこと言っちゃっていいのかね? このことはユージーン団長に報告させてもらうから」

 他の団員も苛立った様子でマリーワンに食ってかかる。

「は! ユージーン! あの男が団長になったせいで自警団のレベルが下がったことに気づいてないのね? 昔の自警団はこんなんじゃなかったわ!」


 団長を侮辱された団員達は眉を吊り上げて反論する。

「何言ってんだよ。お前はタケルと仲がいいからそんな風に言うけどな、あの女がいた頃の方が酷かったんだ」

「お前はタケルとべったりだもんな、そりゃタケルの言い分を信じるだろうよ」


「タケル……?」

 ナナセはルインと顔を見合わせた。確かに彼らはタケルの名を口にしたのだ。


「仲がいいから何? あんた達のこと、この『マリーワン』でお客さん達が何て言ってるか聞かせてあげたいくらいだわ。パトロールもしない、街の人の相談にも乗らない、早朝に屋台通りで開店準備してる職人に絡む、いい所なんか一つもない『ただ飯食らいの白鎧』だってね!」

「お前、黙って聞いてりゃ……」

 団員の一人が椅子を蹴るように立ち上がった。いよいよ一触即発である。ナナセとルインは彼らの様子をオロオロしながら見ていたが、これ以上は放っておけない。ナナセは彼らを止めようと前に出た。


「あんた達ね、生活を支える職人に暴力を振るったらどうなるか分かってるんでしょうね? 自警団を追い出されたら困るのはあんた達でしょ?」


 マリーワンは一歩も引かない。仁王立ちで腕を組んだまま、少しもひるまずに男達に言い返した。

 自警団を追い出されたら困る、という言葉に彼らは突然大人しくなり、気まずそうに視線を合わせた。どうやら本当に追い出されたら困るらしい。大柄な男が不機嫌そうに音を立てて椅子から立ち上がると、マリーワンを睨みつけた。

「帰るぞ」

「は、はい!」

 団員達はぞろぞろとレストランを出ていった。


 団員達の背中を忌々しそうに睨みつけていたマリーワンは、店の中で気まずそうに立っているナナセとルインにようやく気づくと、慌てて取り繕うように笑顔を作った。

「あら! 気がつかなかったわ、ごめんなさい! 二人とも、さあさあ座って」

「ごめんなさいマリーワンさん。声をかけようかと思ったんですが」

 ナナセは下手な笑顔を作った。

「いいのよ! さあ二人とも窓際の眺めがいい席に座って。ここがいいわ」

 マリーワンは通りが見える窓際の席に二人を座らせた。


「さっきは変な所を見せちゃったわね。自警団員と私は何度か喧嘩してるものだから、もうあいつらが店に来ることはないと思ってたんだけど……喧嘩してたことも忘れるくらい記憶力がないのかしら、あの連中」

 マリーワンは呆れたような顔で店の扉を睨みつけた。

「彼らは遊んでばかりで、自警団の仕事をしていないと聞きました」

 ナナセはタケルから聞いていた話を思い出していた。ヒースバリーで偶然団長のユージーンに会った時、タケルはユージーンを嫌っているようだった。さっきの彼らの話から察するに、タケルは以前自警団にいたことがあるようだ。そして、タケルと自警団の間柄はあまりよろしくない、ということになる。


「そうなのよ。ユージーンはキャテルトリー分団が何をしてようと無関心なの。ここはノヴァリスで最も治安のいい街と言われてるけど、それでも小さな事件は起こるものじゃない? それなのに彼らは遊んでばかりで何もしないの。彼らには立派な宿舎が与えられて、日々の食事もあるし、給料ももらえる。彼らが一日遊んで何もしなくてもね。だから彼らにはやる気がないのよ」

「団長はどうして対応しないんですか?」

 ルインは首を傾げながらマリーワンに尋ねた。

「あいつはね、元々一団員でしかなかった男よ。団員に甘いことを言って支持を集めて、団長の座に就いたの。彼が団長になってからは、ずっとハイファミリーとの人脈作りに熱心で、他の街のことは分団長に任せっきり。要するに興味がないのよ」

 マリーワンは両手を広げ、やれやれと首を振った。


「マリーワンさん。さっきタケルさんのことを話しているのが聞こえたんですけど、タケルさんは自警団にいたことがあるんですか?」

 ナナセはずっと気になっていたことを口にした。マリーワンはハッとした後、ふうと大きく息を吐いた。


「聞かれたなら仕方ないわね。タケルは自警団の初代団長だったのよ」


 ナナセとルインは驚き「そうだったんだ……」と呟いた。

「元々タケルとフォルカーが自警団を立ち上げたのよ。ガーディアンだけじゃ私達の困りごとに全て対応できないでしょ? 最初はあんな集団じゃなかったのよ、白鎧なんて着ていなかったもの。自警団はどんな小さな困りごとにも熱心に対応してくれたし、私達にとって安心できる組織だった。新しい団員もどんどん増えて大きな組織になっていったんだけど……」

 マリーワンはいったん話を区切り、腕組みをした。

「タケルはいい子なんだけどね、困ってるドーリアがいれば夜中でも駆け付けちゃうようなところがあって……他の団員にまで同じことを押し付けちゃうから、彼らも大変だったのよね。そこを上手くなだめてたのがユージーンなの。ユージーンは団員の心を掴んで、自分が団長になったら団員に厳しいことは要求しない、彼らの好きにやらせると約束して、自分への支持を取り付けた所で、クーデターを起こしたの。つまりタケルを団長から解任させた」

 ルインはみるみる怒りの表情に変わった。

「酷い、私はタケルさんとフォルカーさんに人生を救われたんです。私が今こうして生きているのはタケルさんに助けてもらったからなのに」

「そうだよね、私も同じだよ」

 ナナセもルインを見て頷く。


「そうよね。私もタケルには色々助けてもらったわ。彼女のことを知っているドーリアは、決して彼女のことを悪く言わないわ。でも結果はこの通り。タケルは団長を解任された後、フォルカーと一緒に自警団を退団したの。その後はユージーンが団長になって今に至るわけだけど、こうして問題も起きてるってわけ」

「そうだったんですね……」

 ナナセは団員達が座っていたテーブルに目をやりながら、ため息をついた。

「そういう事情があるから、彼女の前ではあまり自警団の話はしない方がいいわよ……ああいけない、長話になっちゃったわね! 今朝食を持ってきてあげるから待っててね」

 マリーワンは踵を返して厨房へ入っていった。




 しばらくするとマリーワンは二人分の朝食を持ってきて、ナナセ達の前に置いた。

「お待たせ! うちの朝食を食べれば元気いっぱいよ! さあ召し上がれ」

 ナナセ達は美味しそうな朝食を前に目を輝かせた。バターがたっぷりと塗られ、トーストしたパン。ふわふわのオムレツと新鮮な野菜のサラダ。添えられたヨーグルトには金色のハチミツがかかっている。


「いただきます!」

 ナナセとルインは笑顔でナイフとフォークを手に取った。

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