第24話 リスティの魔術講師
ヒースバリーから南へ下った所にある小さな村、エインメニル。
小麦の生産地としても知られていて、風車小屋が目印の小さな村である。
ナナセとルインは村の門をくぐって中に入った。門の横に立つガーディアンにビークルを預け、村の中をぶらぶらと歩く。
「レストランとかカフェとかあるといいんだけど……お腹すいちゃったな」
ナナセは小さな集落を見て不安そうに話した。レストランどころか、商店すら見当たらない。
「なさそうだけど……さっきのガーディアンに聞いてみようか?」
ルインは後ろを振り返り、ガーディアンに目をやった。
「そうしようか……あ、あったよルイン!」
ナナセは声を張り上げ、前を見て指さした。ナナセが指した先に、小さな一軒家がありナイフとフォークの絵が描かれた看板が見える。
「あそこで何か食べて行こうか」
二人は小さな食堂に入った。中に客は一人もいない。なんの飾り気もない小さな店の中を見回し、ナナセは「すいませーん」と声をかけた。
少し間を置いて、扉の奥からゆっくりと店員が出てきた。
「いらっしゃい! お好きな所へどうぞ」
ナナセはルインと目を合わせ、窓際の明るい席に着いた。それにしても、昼間だというのに中はなんだか薄暗い。丸いテーブルの上には小さな置き型ランプがあったが、灯りはついていなかった。
注文した料理はすぐに届き、ナナセとルインは軽く食事を取っていた。
「この料理……『ひき肉の包み煮込み』初めて食べたけど美味しいね」
ナナセはなぜか声を潜めている。大きな声を出すと声が食堂に響くので話しづらいのだ。
「うん、皮がもちもちしてて、中の具も美味しい」
肉や野菜細かく刻んで小麦の生地で一口大に包み、スープで煮込んだものだ。キャテルトリーにもコートロイにもなかった料理だが、スパイスの風味が効いていて、美味しい料理だった。
「ねえルイン、食べたらちょっと外を散歩してみない?」
ナナセが提案すると、ルインはうーん、と首をひねった。
「いいけど、そろそろヒースバリーに戻らないと夜になっちゃうよ?」
「この辺を見て回るだけだよ。お店もどこかにあるかもしれないし」
「それなら、いいよ」
ルインが頷くと、ナナセは嬉しそうに笑った。
食事が終わった二人は食堂の外に出た。道を行き交う者は少なく、寂しい雰囲気の村だ。
「冒険者とか全然見かけないね、ルイン」
「うーん、そうだね…」
時々すれ違う村人はナナセ達に興味を示さず、ただゆっくりと歩いていく。冒険者どころか職人らしき者も見当たらない。あまりにも静かすぎる村だった。
なんだか心細くなったナナセは売店らしき看板を見つけると、そそくさと店に飛び込んだ。
「どうしたのナナセ、急に」
突然急ぎ足になったナナセに、不思議そうな顔でルインが尋ねた。
「ううん、何でもないよ。ただ村が静かすぎて……」
「そうだね……なんだか寂しい村だよね」
ルインは薄暗い店内を見回して頷いた。
店には少しの商品が並んでいた。小麦粉の袋がぎっしりと積まれているのは、さすが小麦の産地というところか。
小麦の他はリンゴや植物の苗などが並び、ナナセ達が心惹かれる商品は置いていないようだ。二人はがっかりして店を出る。
「……戻ろうか」
ナナセが気まずそうに言うと、ルインもうん、と頷いた。好奇心で村を歩いてみたものの、特に面白そうなものはなさそうだ。
二人は村の入り口まで戻ろうと歩き出した。これまでそれなりに冒険者が多く賑わった町しか知らなかったが、ここまで静かな村は寂しいを通り越して不気味ですらあった。二人はあまり言葉を交わさぬまま、ひたすらに村の入り口へ向かって歩いた。
そんなナナセとルインを、じっと見ている者がひとり。
深く被ったフード、足元が隠れるほどの長いローブ。フードの奥から覗いた顔は、レオンハルトだった。
隠れることもなく、堂々と二人の後ろを歩いていたレオンハルトは、足を速めて二人に近づくとナナセの肩に手を伸ばした。
だが伸ばした手はナナセの肩をすり抜け、すうっとナナセの体を突き抜けてしまった。
「……」
驚いた顔で自分の手を見つめるレオンハルト。二人はレオンハルトが近くにいることに何も気づかずに歩いていく。
「チッ」
忌々しそうに舌打ちをすると、レオンハルトは二人の後ろ姿を睨みつけた。そして苛立った顔で近くに置いてあった空の木箱を思い切り蹴った。
ガターン! と大きな音に驚き、ナナセとルインは振り返った。そこには道端に木箱が不自然に転がっている。
「なんだろう、あれ」
「さあ……気味が悪いね」
二人は顔を見合わせ、ぶるっと体を震わせた。当然ながら、レオンハルトの姿は二人には見えていない。
「早く帰ろう」
なんとなく小走りになり、二人はその場を離れた。
♢♢♢
ナナセがビークル免許を取って数日が経ったある日。
ベイン達五人が「ダークロード」に加入してから、ファミリーの中心はすっかりリスティになっていた。
メンバーが集まり、談笑している所にリスティが遅れて現れる。
「みんな、お待たせ」
「もう、リスティ。遅いよー」
マルが口を尖らせながら、でも嬉しそうにリスティを出迎え、他のメンバーもそれぞれ満面の笑みでリスティに挨拶をする。ナナセもリスティが来る少し前にファミリーハウスに来たのだが、その時は「あ、お疲れさん」と軽く声を掛けられるのみだった。
「今日もうちのファミリーに入らないかって勧誘されちゃって……断るのに時間がかかっちゃった」
リスティはため息をつきながら、リスティの為に用意された一人掛け用のソファに腰を下ろした。
このソファはリスティの好きな淡いピンク色で、家具職人のメンバーがリスティに贈ったものである。
「またあ? 大変だね」
マルは困ったような顔で言った。
「勿論、他のファミリーになんか入らないから安心して。でも正直言って困っちゃう。ろくに一人で道も歩けないんだもの」
ふうと大げさに息を吐くリスティ。そんな彼女を他の仲間らは「大丈夫?」などと慰めている。
ナナセはルインに指摘されてから、仲間達のリスティへの過保護ぶりが気になり始めていた。装備品を贈るのは、彼女が早く強くなって魔物狩りに役立つ為だから、仲間達にとってもメリットがある。
調合師になったナナセは、ゼットに頼まれてリスティの為の魔力回復薬を作り、彼女に渡している。リスティは「ありがと」と当然のようにナナセから薬を受け取る。もちろん、薬代など受け取っていない。これもヒーラーの魔力はパーティの生命線だから必要だと言われたら、その通りなのだ。
だが彼女が今腰かけているソファは、彼女の気を引く為の貢ぎ物にしか見えない。
ナナセがヒースバリーから戻った後、リスティは約束通りビークルを見せてくれた。色は彼女の好きなピンク色、スピードも出るようになっているし、ビークルの安定度も上がっている快適なものだった。とても1000シルで買えるものではない。いくらするのか彼女に聞けなかったが、相当高いものだろう。
リスティは高価なものを次々に手に入れ、それを当たり前のように身に着け、使っている。恐らく彼女は職人ギルドで下働きをして金稼ぎなどしたことがないだろう。裁縫ギルドには入っているが、儲け度外視で街着などを作って楽しんでいるようである。
ナナセの見ている限り、リスティは毎日誰かと出かけているか、魔術を学ぶ為に外出するかだ。出かける時はマルがお手製の軽食をリスティに持たせている。
ヒーラーというのはファミリーにとって大事な存在だというのは、ナナセにもよく分かっている。だがここまでする必要があるのだろうか。ナナセの心に疑問が湧き始めていた。
「そうだ、これから魔術訓練だからそろそろ行かないと」
リスティは座ったばかりなのに、もう立ち上がった。
「え? そうなの? リスティ、本当に忙しいね。最近全然リスティと遊べなくてつまらないよ」
マルはあからさまにがっかりした顔をした。
「ごめんねマル。私、早く上級になりたいの。だから訓練を早く終わらせたくて」
リスティは眉を下げ、申し訳なさそうな顔をした。
「頑張れよ、リスティ。俺らも明日上級昇格試験なんだ」
ゼットはリスティに声をかけた。
「そうだったわね。頑張ってね、ゼット。私が上級昇格試験を受ける時は、みんな手伝ってくれる?」
仲間たちを見回したリスティに、彼らは当然だと言わんばかりに頷く。
「当たり前だろ。リスティが苦労しなくて済むように、俺らも早く強くならないとな」
ゼットは胸を張り、他の仲間達も腕組みをして見せた。
「期待してるわね。じゃあ私、もう行くわ。コートロイで待ち合わせてるの」
リスティは小ぶりなバッグからポータルの鍵を取り出し、あっという間にその場から消えていった。ポータルの鍵は使い捨てで安くはないアイテムだが、リスティはそれを躊躇なく使用していた。
♢♢♢
港町コートロイの桟橋で、フードを深く被った男が海を見ながら立っていた。
リスティが男を見つけ、駆け足で男へ駆け寄る。
「遅れてごめんなさい、レオ」
リスティの声に振り向いた男は、レオンハルトだった。
「いや、俺もさっき来たところだ」
レオンハルトは優し気な瞳でリスティを見る。
「今日の訓練はどこでやるの?」
「ここを出て少し先の海岸でやろう。あそこは『縦歩きの蟹』が湧く泉があるんだ。落とし物の『蟹の泡』は結構いい値段で売れるから、蟹を見つけたらついでに倒そうか」
「へえ、いいじゃない!」
お金儲けの話になると、リスティは目を輝かせた。
「今日、いくつか新しい魔術を覚えたら、もう上級昇格試験を受けてもいいかもな」
「本当? やった!」
目を見開き、リスティは飛び上がって喜んでいる。
「魔力回復薬は沢山持ってきたか? 今日は少しハードだからな」
「勿論よ! ナナセが沢山作ってくれたもの」
得意気な顔でバッグから薬を取り出すリスティ。だがそれを見るレオンハルトの表情が固まっているのに気づき、リスティは怪訝な顔をした。
「どうしたの? レオ」
「……薬を作ってくれたのって、ナナセ、と言ったか?」
「え? そうだけど?」
不思議そうに首を傾げるリスティ。レオンハルトは口に手を当てたまま、しばらく動かない。
「ナナセ……」
レオンハルトはポツリと呟いた。
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