第23話 ビークル免許

 ビークル屋は店の看板の上に大きなビークルのオブジェが飾ってあり、遠くからでもすぐに分かる。店の中には沢山のビークルが並んでいて、店内は客で賑わっていた。


 ビークルの最も基本的なモデルは1000シルだが、そこから機能を強化させたり、装飾を変えたりすると価格は青天井だ。店内にあるモデルはある程度カスタムされていて、カラフルなビークルがずらりと並んでいる。

 高額なビークルに目を丸くしながら、ナナセとルインは店の奥にあるカウンターへ向かう。免許取得試験を受けられるのはこのカウンターからだ。

 カウンターの中にいたのは白いキャスケットを被ったガーディアンだ。役目によって少しずつ服装が違うガーディアンが、なんだか面白いとナナセは思う。


「こんにちは。ビークル屋に何か御用ですか?」

「あ、はい。私達ビークルの免許を取りたくて」

 ナナセはルインと目を合わせながらガーディアンに言った。

「はい、運転免許取得試験を受けたいということですね。それでは簡単にご説明させていただきます。受付を済ませましたら、奥の扉を先にお進みください。扉の先に試験場がございますので、そちらで運転試験を受けていただきます。合格いたしましたら、即時運転免許を取得できます。ここまでで質問はございますか?」

 ガーディアンは流れるようにすらすらと説明をした。ナナセとルインはそれぞれ頷き「ないです」と答えた。

 「お二人とも、受付をしますのでムギンをご提示ください……はい、確認できました。それではいってらっしゃいませ」

 ガーディアンはてきぱきと受付を済ませ、ナナセ達を送り出した。


 扉を開けると、そこは外だった。広場のような所で、一周ぐるりと回るコースになっている。道の途中にはきついカーブや急に細くなる道などがあり、それなりに難しそうなコースだ。

 広場にも受付と同じ格好のガーディアンがいて、ナナセ達にビークルを二台差し出した。円形の板のようなものに、T字型のハンドルがついているだけのシンプルな形だ。


「操作は簡単です。ビークルに乗り、ハンドルについているボタンを押すと起動します。ハンドルを前に倒すとアクセル、後ろに引くとブレーキです。ハンドルを動かす方向にビークルは動きますので、ハンドルを動かしすぎないようご注意ください。それでは一度練習をしてみましょう」

 ガーディアンの説明を聞いて分かったような分からないような顔をしたまま、ナナセとルインはそれぞれビークルに乗った。

 円形の板に立ったまま乗り、板から伸びたハンドルをしっかりと握る。ボタンを押すとビークルがふわりと浮かび、ハンドルを前に倒すとゆっくりと動き出す。

「わ、わ、わ」

 慣れない運転に戸惑うナナセ。ルインは真剣な表情でハンドルを動かし、右へ左へとふらふらしている。


 少しの間、運転の練習をした二人はそのまま試験に移る。

「制限時間はありません。焦らずに、道を逸れないよう注意しながらコースを一周してください。どちらから始めますか?」

 ナナセとルインは顔を見合わせ、ナナセが「じゃあ、私から」と手を上げた。

「頑張って!」

 ルインの応援を背に、ナナセはビークルに乗った。緊張した顔でハンドルをぎゅっと握る。

「それでは……スタート!」

 ガーディアンの掛け声で、ナナセはビークルを走らせた。最初はほぼ真っすぐな広い道から、急なカーブがあり、ぐねぐねと曲がった道が続く。そしてまたカーブが続き、気の抜けない道が続いた。

 ナナセはなんとか道から外れることなく、一周を終えてスタート地点に戻ってきた。

「やったね、ナナセ!」

 ルインが笑顔で駆け寄ってきた。

「うん、緊張したあ」

 ナナセはホッとした顔でビークルから降りた。

「お疲れ様でした。無事、試験をクリアしました。それでは次の方、どうぞ」

「は、はいっ」

 間髪入れずに次はルインの試験だ。ルインも緊張していたが、彼女の運転はナナセよりも安定していた。

「やっぱりルインは器用なんだなあ」

 ルインのスムーズな運転を見ながらナナセは感心したように呟いた。



♢♢♢



 ナナセとルインは無事にビークルの免許を取った。ビークル屋を出た二人は、早速運転をしてみたくてうずうずしている。

「ねえ、街を出て少しビークルで散歩してみない? レンタルビークルを借りてさ」

 ナナセが提案すると、ルインは「私もそう思ってた!」と間髪入れずに言った。

「じゃあそうしようか! 今から出れば、夜までには戻れるよね」

「うん、ちょっと待ってね地図を見るから……ええと、南門から出て橋を渡ると……一番大きな街道があるみたい。この街道沿いに走ってみようか。南門の近くに『レンタルビークル屋』があるみたいだよ」

 ルインはムギンに表示された地図をナナセに見せている。

「南門だね、じゃあ行こう!」

 二人は駆け足で南門へと向かった。




 南門へ向かう途中、商店が並ぶ通りを歩いていたナナセは、道の向こうに立ち止まっている数人の冒険者の中にリスティがいるのを見つけた。

「あ、リスティだ」

「リスティ? あの真ん中にいる女の子?」

 ルインはナナセの視線の先にいたリスティを見た。リスティはナナセの見知らぬ冒険者達に囲まれ、笑顔で何やら談笑している。全員が男性で、装備品から見て上級冒険者のようだった。


 リスティはナナセに気づくと、手を上げて「あ、ナナセだ!」と声を上げた。彼女と一緒の男達は一斉にこちらを見る。

「リスティ、こんにちは」

「ナナセもヒースバリーに来てたの? ぐうぜーん!」

 リスティは弾ける笑顔でナナセ達の元へ駆け寄る。

「リスティとここで会うなんてびっくりだよ……あ、そうだ紹介するね。この子はルイン、私の友達のヒーラーなんだ」

「こんにちは……」

 ルインが挨拶をすると、リスティは笑顔のままルインをじろじろと無遠慮に見た。

「初めまして、ナナセのお友達なのね。いつもナナセと仲良くしてくれてありがとう! あなたもヒーラーなんだ、私と一緒ね!」


 一緒、と言いながらリスティとルインの恰好はだいぶ違っている。ルインはナナセと一緒にキャテルトリーの屋台で買ったローブを身に着け、最初に支給されたバッグを斜めに掛け、靴も下級の頃から履いている安物だ。ついでに言えばナナセもルインと同じような格好である。

 一方のリスティは以前とまた装いが変わっていた。ピンク色のローブのフードは毛皮で縁取りされていて、ピンクの糸で刺繡が施されている。これは以前ナナセ達と魔物狩りに行った時に手に入れた狼の毛皮で作ったものだ。このローブはナナセの好みではないが、リスティはすっかり気に入っていつも身に着けている。バッグは艶のある革で、ナナセ達が持っている安っぽいショルダーバッグとは違い、短い取っ手の小ぶりなバッグだ。ブーツもお揃いの革で作られたと思われるもので、飾りなのかリボンがついている。首元に光るのはヒーラーにとって必需品と言われる「魔力のペンダント」だ。


「リスティはどうしてここへ?」

 なんとなくルインの表情が冴えないことに気づいたナナセは、慌てて話題を変えようとした。

「ベインがヒースバリーに行くって言うから、ついてきたの。ベインは買い物がしたいみたいだから、私はヒースバリー観光をしようかなーと思って別行動にしたんだ。だってベインの買い物って退屈なんだもの!」

「そうなんだ、じゃあ彼らは……?」

 ナナセはリスティの後ろでチラチラこちらを見ている男達に目をやった。

「ああ、あれはさっき知り合ったお友達なの。ヒースバリーってすごく広いから、私迷子になっちゃって! そしたら彼らが色々街の案内をしてくれたの。みんないいドーリア達よ」

「知り合ったばかり?」

 ナナセは驚きながら答えた。あの親し気な感じが、さっき知り合ったばかりとは到底思えない。リスティは誰とでもすぐ仲良くなれるタイプだと思っていたが、ナナセの想像以上だ。


「二人はどうしてヒースバリーに来たの?」

 今度はリスティが尋ねてきた。ナナセとルインは一瞬目を合わせた。どう説明していいか迷ってしまったのだ。

「私達はビークル免許を取りにきたの」

 ルインはナナセの代わりに答えた。確かに嘘は言っていない。

「そっか、ビークルの免許ね! 私も最近取ったばかりなの。新しいビークルはもう買った?」

 リスティは目を輝かせて聞いてきた。

「あ、いや……私達は免許を取っただけで、まだビークルは買ってないんだ」

 ナナセは気まずそうに答えた。

「あら、そうなの? 私のビークル、後で見せてあげる! すっごく可愛いの。ベイン達が新しいファミリーを紹介してくれたお礼にって、買ってくれたんだ」

「へえ、そうなんだ。後で見せてね、私も参考にしたいし」

「うん、見てみて!」

 ナナセはリスティがファミリーメンバーに色々なものを買ってもらっていることにはもう慣れていたが、隣のルインはあからさまに表情が曇っていた。


「じゃあリスティ、私達もう帰るところだから……またね」

 ルインの表情を見たナナセは、慌てて会話を切り上げた。

「うん、またねナナセ! ルインもまたね。良かったら今度うちのファミリーハウスに遊びに来て!」

「ありがとう、また」

 ルインの表情に気づいているのかいないのか、リスティは笑顔を崩さないまま、ルインに挨拶をして男達の所へと戻っていった。




「……あれが、ナナセの後に入ったっていうメンバー?」

 ルインは男達の輪の中に入り、楽しそうに笑いあうリスティを見ながら言った。

「そうだよ。彼女、すごいんだ。色んなドーリアとすぐ仲良くなれるから、友達もすっごく多いみたい」


 ナナセは羨ましそうにリスティを見つめていた。ドーリアの心を掴むのは才能だ。ナナセにはどうあがいてもできないことだ。ファミリーに入ったのはナナセの方が先だったのに、後から入ったリスティの方があっという間にファミリーの中心になった。


「それは別にいいんだけど……彼女の資金であの装備、全部揃えられないよね? ビークルだけじゃなく、装備も全部買ってもらってるってこと?」

「……うん、そうみたい。でもメンバー達が好きで買ってあげてるみたいだから」

「そうなの? 訓練所で良く聞く話だけど、ヒーラーを確保したいからって色々買い与えたりしてチヤホヤするファミリーがあるとか……ナナセの所もそうなのかもしれないよ」

 なるほど、とナナセは頷いた。ゼットはファミリーにヒーラーを入れたいとずっと希望していた。せっかく入ってくれた彼女の機嫌を損ねないように、彼らは色々と気を使っているのかもしれない。

「まあでも、ナナセの所のメンバーが納得してるならそれでいいんだろうけど」

「うん……そうだね」

 二人ははしゃぎながら遠ざかるリスティ達を、複雑な表情で眺めていた。



♢♢♢



 ヒースバリーを出て橋を渡り、南へと続く街道は、整備されていて道幅も広い。街道沿いは基本的に「宵の泉」も湧かないので安全だ。魔物はドーリアを避けるので、見晴らしが良く通行者が多い所には泉が湧かない。万が一泉が湧いても、街道沿いにはガーディアンが巡回していて彼らが魔物を始末してくれるのだ。


「楽しいね!」

 ナナセは後ろを走るルインに声をかけた。

「うん、楽しい」

 ルインも珍しく、弾けるような笑顔だ。ナナセと出会った頃は表情も暗く、部屋に引きこもっていた彼女だったが、今はすっかり元気を取り戻しているようだ。

 街道沿いはのどかな景色が続く。草原が広がり、遠くに山々が連なる。殆ど乗客がいない乗合ビークルや、山のような荷物を積んだ荷運び用ビークルとすれ違った。それらはヒースバリーに向かっていくようだ。

 ひたすら街道を進んでいた二人だったが、あまり遠出をして夜になったらまずい。そろそろヒースバリーに戻った方がいいかもしれないと、ナナセがルインに声をかけようとした時だった。


二人の行く先に、風車小屋といくつもの建物が見えてきた。あれは小さな村に違いない。

「ねえルイン、ヒースバリーに戻る前に、あの村に寄ってみない?」

「いいよ、行こう」

 ルインも同意し、二人は小さな村に立ち寄ることになった。

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