第20話 調合ギルドに入ろう

 ある日、ナナセは職人区にある調合ギルドを訪ねていた。

 調合ギルドは冒険者にとってかかせない薬を作るギルドだ。作った薬はギルドに納品すればその場でシルを受け取ることができるし、自分で屋台通りに店を出して売ることもできる。もちろん自分で使う為の薬を作って自分で使ってもいい。薬草の仕入れ代も低く、誰でも気軽に参入しやすいギルドだが、その分大きな収入を得るのは難しい。あくまで片手間に調合師をやっている冒険者が多い。


 キャテルトリーの調合ギルドは、職人区に入ってすぐの所にある。屋根から何本もの細い煙突がにょきにょきと伸びているのが特徴の建物で、それぞれの煙突から色とりどりの煙が出ている。

 ナナセは採集の仕事をする為に何度かここへ来ていた。手軽に受けられる仕事として、特に下級冒険者たちから人気だ。だが今日は本格的に調合師になる為にここへやってきた。ナナセは緊張した顔でギルドの中へ入る。


 ギルドの中では薬草類や様々な食材や茸などが売られていて、調合師たちが真剣な顔で品定めをしている。奥のカウンターには、以前ナナセに仕事を勧めてきた男が立っていた。

「こんにちは、ノギーさん」

 ナナセはカウンターの男に声をかけた。

「やあ、ナナセ! 今日も仕事を探しに来たのかい?」


 ノギーは数回会っただけのナナセを、しっかり覚えている記憶力のいい男だ。声が大きく早口でまくし立て、フラフラしている新人を捕まえてはちゃっかりと仕事を依頼する。ナナセもそうしてノギーと知り合った。


「いえ、今日は調合師になりたいなと思って……」

 ノギーは目を大げさに見開いた。

「そりゃあいい! 調合ギルドはいつでも新人調合師を募集中だよ! そういうことならこの『調合ギルド長ノギー』が早速手続きをしようじゃないか」

 なんと、この早口で押しが強い男は調合ギルド長だった。自ら外に出て新人を勧誘している姿はギルド長とはとても思えない。

「調合師はなっておいて損はない職業だよ! 冒険者たちの役に立つ薬を作れることはもちろん、上級調合師になれば貴重な薬でお金を稼ぐことも簡単なんだ!」

「あ……はい」

 ナナセはノギーの早口を聞き漏らすまいと必死に頷く。


「上級に上がれば召喚師用の召喚薬も作れるようになるよ! 召喚薬は高く売れるからねえ! あ、でもキャテルトリーの調合ギルドでは材料が手に入りにくいからね、殆どの調合師はヒースバリーで作ってるかな! あそこは召喚ギルドがあるしね! それ以外にも貴重な薬は沢山……」

「あ、はい。ノギーさん、えっと、ギルド長……とりあえず、今は自分で使う薬から作りたいなって。お金稼ぎは後々考えます」

 放っておけばいつまでもお喋りを続けていそうな男だ。ナナセは我慢できずに割って入った。


「そう? まあ今から上級の話をするのはちょっと早かったかな! ハハハ! じゃあ登録はこちらでさせてもらうんでね! はい、ちょっとムギンを出してね!」

 ナナセは言われるまま、ノギーにムギンを差し出した。ノギーは慣れた動作で自身のムギンにナナセのムギンを近づけ、すぐにナナセにムギンを返した。

「はい、これで登録できたからね! 後は奥の調合部屋で調合師のシオンから指示を受けてちょうだいね! ああ、それと少し説明させてね。調合のレシピはうちのギルドで学んでね。ギルドでは調合台を販売してるから、それを設置すれば自宅やファミリーハウスで調合ができるようになるよ。素材はうちのギルドで安く買えるからね、もちろん自分で調達する調合師もいるけどね! それと……」

 ノギーは言いかけたところで突然ギルドの入り口に目をやった。

「おう! ノギー」

 聞き覚えのある声だ。ナナセが振り返ると、そこには大きな袋を抱えたタケルと、隣にフォルカーが立っていた。


「タケルじゃないか! それにフォルカーも」

 ノギーは満面の笑みで手を上げた。

「タケルさん、フォルカーさん! どうしたんですかこんな所で?」

 ナナセも驚き、目を丸くしている。

「よう、ナナセ。偶然だな」

 タケルは大きな袋をどさっと床に下ろした。

「ナナセ、元気そうだな」

 フォルカーはすっかりメイジらしくなったナナセの恰好を見て目を細めた。

「はい! フォルカーさんも」


 タケルもフォルカーもこの辺では目立つ格好をしている。タケルは装飾が施された革のベスト、フォルカーは重そうな肩当てが付いた革鎧を着ている。どちらもこの辺りでは見かけないデザインで、いかにも上級冒険者と言った装いだ。ギルドの中にいた他の調合師たちは、チラチラとタケルたちに目をやっていた。


「ノギー、いい素材が沢山採れたからこれ、買い取ってくれ」

 ノギーはカウンターを飛び出し、タケルの足元に置かれた袋の口を開いた。

「……こりゃあいい! 『はちみつ草』に『しだれ花』か……『甲羅茸』もこんなにあるじゃないか!」

 ノギーは目を輝かせ、袋の中を探っている。

「たまたま群生地を見つけたからさ」

「いやあタケル、助かるよ! この辺の素材はヒースバリーに流れちゃうから、うちにはあまり入らないんだ」

「だろうと思ってさ。またいいのが採れたら持ってきてやるよ」

「有り難いよ、タケル! 今支払いの用意をするから、少し待っていてくれ!」

 ノギーは大きな袋をひょいと持ち上げ、カウンターの中へ戻った。


「ここへはよく来るんですか?」

 ナナセはタケルに尋ねた。

「たまにな。ノギーがくれくれうるさいから、いい素材が採れた時はここに持ち込んだりしてるよ。それよりナナセ、お前はここで何してんだよ?」

「私は、調合師になろうと思って。ちょうど今ギルドに入ったところなんです」

「へえ、いいじゃねえか!」

「だいぶ生活にも慣れてきたみたいだな。頑張れよ」

 タケルとフォルカーはそれぞれ笑顔を浮かべている。


「タケルさんとフォルカーさんは、何か職人やってるんですか?」

「フォルカーは鍛冶職人だよ。こう見えて上級なんだぜ」

 タケルはフォルカーを軽く小突いた。

「鍛冶職人ですか! それって武器とか作れるやつですか?」

 ナナセは目を輝かせている。

「そうだな、武器も作るが後は金属鎧なんかも作るな。他にもツールを作る職人もいるぞ。職人が使うナイフや包丁や……」

「いいなあ!」

「フォルカーの武器、自分で作ったやつなんだぜ」

 タケルは自分のことじゃないのに何故か自慢げに話した。

「鍛冶職人は少し大変だが、それなりに儲かるから悪くないぞ。もし興味があるならギルドの見学をしてみるといい」

「はい、今度行ってみます!」

 フォルカーの説明をナナセは興味津々の顔で聞いていた。

「少し、どころじゃねえぞ鍛冶職人は。モノになる前に破産して諦めるやつも多いんだから、やめとけやめとけ」

 タケルは苦笑いしながら手を顔の前で振っている。

「そうなんですか?」

「確かに最初は大変かもしれないな。頑張って作っても買い取りすらしてもらえない。売り物レベルまで仕上げるには、少し根気が必要だ。それでも鉱石から自分で集めれば、資金が少なくても始められると思うが……大変なことに変わりはないだろうな」

「だから俺は鍛冶をやめたんだよ。あんなのやってられねえって」

 タケルは悪態をついた。どうやらタケルは以前鍛冶をやったことがあるようだ。

「鍛冶だけじゃないだろ、お前は。タケルは飽きっぽくてな、何の職人をやっても中途半端なんだ」

 フォルカーはあきれ顔でタケルを見た。

「俺は職人で稼ぐより魔物狩りで稼ぐ方が合ってるんだよ!」

 タケルは胸を張って見せた。


 カウンターの中で計算をしていたノギーは、終わったらしくタケルを呼んだ。

「タケル! 待たせたね」

「お、終わったか」

 タケルはカウンターへと向かう。ナナセは調合部屋へ行くことにして、二人に声をかけた。

「じゃあ私は調合部屋に行きます。タケルさん、フォルカーさん、また」

「おう、またな」

「頑張れよ、ナナセ」

 二人はそれぞれナナセに声をかけ、ナナセは軽く頭を下げて奥の部屋へと向かった。



♢♢♢



 調合部屋にはいくつもの作業台が並び、何人かの調合師が作業をしていた。

「こんにちは、今日からギルドに入ったナナセと言います」

 ナナセは一番近くにいた男に声をかけた。すると男は神経質そうな目でじろじろとナナセを見た。

「新人か。あんたの指導はそこにいる『シオン』が担当する。おい、シオン!」

 男は奥の作業机にいた細身の男に声をかけた。

「ああ、新人さんが来たんだね? ちょうど手が空いた所だよ。君、こっちへ」

「あ、はい」

 手招きをする細身の男の所へナナセは向かった。


「ようこそ、調合ギルドへ。私はシオンと言います。最初は分からないことが多いでしょうから、私が指導役として調合の基本的なことを教えますね」

「よろしくお願いします、シオンさん」

 ナナセは慌てて頭を下げた。シオンは銀縁の眼鏡をかけ、作業用の上着は薬でもついたのか、あちこち汚れていた。


「それでは、今日は簡単な回復薬を作ってみましょう。材料はこの乾燥したリリー草を使います」

 シオンは調合台の上に乾燥して茶色くなったリリー草を置いた。

「リリー草は回復薬や様々な薬の材料として使われる、基本的な薬草です。まずはこれを乳鉢に入れ、乳棒で粉状になるまですり潰しましょう」

 ナナセは言われるまま、リリー草を乳鉢に入れ、ごりごりとすり潰した。単調な作業だが徐々に粉になっていくリリー草を見ていると、なんだか楽しくなってくる。


「はい、できましたね。次は、すり潰したリリー草をこちらの鍋に入れ『蒸留水』を入れて火にかけ、ゆっくりとかき混ぜます」

 調合台には火を起こせる小さな調理台のようなものがついていた。小さな鍋を火にかけ、スプーンでぐるぐるかき混ぜていると次第に茶色く濁ってくる。

「火加減に気をつけて。このタイミングで品質が大きく変わりますから…………はい、今です!」

「は、はい!」

 急に声が大きくなったシオンに驚きながら、ナナセは慌てて鍋を火から下ろした。


「この液体を別の容器に移した後、最後にこれを加えます」

 そう言ってノギーが取り出したのは、瓶に入った黒っぽい液体だ。

「これはブラッドストーンを加工した液体です。全ての薬はこれを加えないと完成しません」

 ナナセがじっと見守る中、シオンは瓶からスポイトを使って一滴だけ、ガラスの容器に入った液体に垂らした。すると一瞬液体がぱあっと光り、茶色い液体が鮮やかな緑色に変化したのだ。

「わあ……」

 思わずナナセは呟いた。


「これで基本的な『回復薬』の完成です。冒険者の傷を癒し、体力を回復してくれます。他の素材を加えることによって、その力を高めることができますよ。はちみつ草を加えた薬は特に回復力が上がるとされ、冒険者に人気ですね」

 シオンはすらすらと流れるような説明をしながら、出来上がった回復薬をナナセに渡した。

「こちらは差し上げます。次はナナセが実際にやってみる番です。成功したら次のレシピを教えましょう」

 ナナセはぐっと手のひらを握り、頷いた。

「はい、頑張ります」

 緊張した顔で、ナナセは乾燥したリリー草を手に取った。



♢♢♢



 調合ギルドでの訓練が無事に終わり、ナナセはファミリーハウスに顔を出した。まだ夜までは時間があるせいか、中にいたのはマル一人だけだ。


 マルはキッチンで一人、料理を作っていた。

「こんにちは、マル。他のみんなはいないんだね」

「やあ、ナナセ! みんなは魔物狩りに行ったり買い物とか……色々だよ」

「そっか、ねえマル、一つお願いがあるんだけど……」

 マルは料理の手を止めた。

「お願い? ナナセがお願いなんて珍しいね、何かな?」

「うん、あのね……私今日、調合ギルドに入ったんだけど」

 ナナセの言葉を聞き、マルはぱあっと弾けるような笑顔になった。

「とうとう職人デビューだね! 調合ギルドはとってもおススメだよ。あちこちお散歩しながら素材を集めるのとか、楽しいよー」

「うん、マルに勧められたから調合師になろうと思ったんだ。資金がなくても始めやすいみたいだし」

 マルはうんうんと頷く。

「素材を自分で調達すれば、仕入れ代はタダだもんね! ぼくもそうしてたんだー」

「それで、ファミリーハウスの作業室、マルが使ってたでしょう? あれ、私にも時々でいいから使わせてもらえないかなと思って」

 ファミリーハウスには職人用の小部屋がある。マルはそこに自分の調合台を持ち込んで使っているのだ。


「……あー、あれね……」

 なぜかマルの表情が曇った。

「ごめん、やっぱり図々しかったかな」

 ナナセは慌てて手を振った。ファミリーハウスにある調合台を使わせてもらえれば、ここでも調合の訓練ができると考えていたのだ。

「いやいや、違うよ! そういうことじゃないんだ。ただね……ちょっと、一緒に来てもらえる?」

 マルは慌てて否定し、ナナセを連れて二階へ向かった。二階には作業室がある。


 マルが作業室の扉を開けると、中の様子がまるで変わっていた。

「あれ……? これは?」

 ナナセはあっけにとられている。調合台があった場所には大きなミシンと作業台が置かれ、壁際の棚には沢山の生地が積まれている。床には生地の切れ端が散らばっていた。


「実はぼく、調合師から料理人に転職したんだ。それでここを使わなくなったから、リスティが使うことになったんだよ。彼女、裁縫ギルドに入ったから」

 マルは気まずそうに話した。

「そうだったんだ! マル、料理人になろうか迷ってたもんね。向いてると思う! マルの料理はとっても美味しいもん」

 ナナセがマルを褒めると、マルは嬉しそうに笑った。

「そう言ってくれると嬉しいな。でもそういうわけで、ここはリスティの裁縫部屋になっちゃったんだよ」

「私の友達も、ローブを作りたいからって裁縫ギルドに入ったんだよね。裁縫ギルドって人気あるんだなあ」

 ルインも裁縫ギルドに入ったばかりだ。奇しくもリスティと同じ、ヒーラーで裁縫職人ということになる。


「リスティは装備品とかよりも、街着を作りたいんだって。いずれは自分のブランドを立ち上げたいらしいよ。リスティはオシャレ好きだからねー」

「へえ、自分のブランドを? それはいいね」

 裁縫ギルドで作れる物は多岐にわたる。冒険者用の服やローブだけではなく、街着や帽子など様々だ。上級裁縫職人にもなれば自分でブランドを持ち、その名を街中に轟かせることも夢ではない。


「そういうわけだから、ごめんねナナセ」

 マルは申し訳なさそうにナナセに言った。

「ううん、気にしないで! そういうことなら私もリスティを応援するよ」

 するとマルが突然、思い出したように叫んだ。

「そうだ! ナナセ、よかったらぼくが使ってた調合台、いる?」

「え、いいの?」

「もちろんだよ、ちょっとこっちに来て!」

 マルは作業室を飛び出し、階段を駆け下りていく。ナナセは慌てて後を追った。



 ファミリーハウスの外へ出たマルは、家の横に野ざらし状態になっている調合台をナナセに見せた。

「後で調合ギルドに引き取ってもらおうと思ってたんだ。でもナナセが調合師になったなら、ちょうどいいからナナセに譲るよ」

 ナナセは目を輝かせた。調合台はギルド以外の場所で作業をすることができる為、ナナセもいつか欲しいと思っていたのだ。

「嬉しいけど、ほんとにいいの?」

「いいよ! どうせ処分するものだし。ナナセの家に運んでもらうよう、すぐに『配達ガーディアン』を呼ぶね!」

 そう言うとマルは、自分のムギンを取り出し、配達ガーディアンを呼び出した。


 配達ガーディアンは、その名の通り荷物を運ぶ為のガーディアンだ。街中で荷物を配達するだけではなく、町から町へと遠くまででも運んでくれる便利なシステムだ。


 さほど時間がかからずに、配達ガーディアンはやってきた。見た目は他のガーディアンと同じだが、服は作業用の動きやすいものを身に着けている。ガーディアンは後ろに荷台を取り付けたビークルに乗っていた。


「これを、ナナセの家まで運んで欲しいんだ。住所はここね」

 マルがムギンを片手にガーディアンと話し、それが終わるとガーディアンは調合台に手をかけ、まるでカップを手に取るように軽々と調合台を片手で持ち上げ、荷台に積んだ。

「すごいなあ」

 ナナセは目を丸くして、その様子を眺めていた。

「それでは、ナナセ様のご自宅までお運びします」

 ガーディアンはそう告げると、ビークルに乗ってさっさと行ってしまった。


「はやーい……」

 物凄いスピードで去っていくガーディアンを、ナナセは眺めていた。

「街中の配達なら無料で運んでもらえるから、ナナセも大きな買い物した時使うといいよ」

「うん! マル、本当にありがとう。助かったよ」

 ナナセは改めてマルに向き直り、お礼を言った。

「やだなあ、気にしないでって言ってるのに! 調合師頑張ってね、ナナセ」

 マルはナナセの肩をポンと叩いた。


 その日、早速自宅に戻ったナナセは、狭い部屋にぎっちりと置かれた調合台を見て満足そうな笑顔を浮かべていた。

 メイジの訓練も順調で、日々新しい魔術を覚えている。調合師もこの調子ならば上手くいきそうだ。ナナセの生活は順調に回り始めていた。

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