第18話 反省しない男
ヒースバリーはノヴァリス島の北東に位置する。
町の東には海があり、海に向かって大きな川が町を横切るように流れている。
レオンハルトはビークルに乗り、橋を渡って町に入った。冒険者ギルドに入れなくなった彼は、依頼で金を稼ぐことができないばかりか、移動に使うポータルの鍵を正規の手段で買うことができなくなっていた。
ポータルを管理しているのは冒険者ギルドである。冒険者たちが魔物狩りをスムーズに行えるよう、ポータルを設置したのは冒険者ギルドだ。その鍵を売っているのも当然、冒険者ギルドの管理下に置かれた店である。レオンハルトは鍵を買うことができなくなったので、手持ちの鍵を節約する為にビークルを乗り回している。どうしても鍵が欲しければ、法外な値段で鍵を売っている者と交渉しなければならない。
賑やかな通りを一人、フードを目深に被ったレオンハルトが歩いている。召喚ギルドを追放された彼は周囲の目を恐れていた。いずれ彼が追放された噂は上級冒険者たちの間で広まるだろう。上級冒険者たちの間で悪評が広がるのはまずい。今はできるだけ目立たないように生きていくしかない。
だが彼が生きていく為には、金を稼ぐ必要がある。彼は職人などという地味で目立たない仕事には興味がない。冒険者として魔物を狩り、大金を稼ぎ、豪華で目立つ装備品を身に着け周囲から羨望の眼差しを浴びる。仲間からは唯一無二のヒーラーとして敬われ、彼の名がノヴァリス中に広まる。これが彼の目指す生き方である。
レオンハルトは自分が所属しているファミリー『ライトブリンガー』の仲間に会う為、ファミリーハウスへ向かった。このようなふざけた処分が下された自分を、リーダーのエマは見捨てるはずがない。きっと自分を受け入れてくれるとレオンハルトは考えていた。
ライトブリンガーのファミリーハウスに着いたレオンハルトは、扉が開かないことに気づいた。
「は? なんでだよ」
焦ったレオンハルトは何度もドアを引いたり押したりした。ファミリーハウスのドアは認証制で、メンバー以外が入る為にはメンバーの許可がいるが、メンバーならドアを開ける段階で認証されているはずなので、ドアが開かないはずがない。
「おい! 俺だ! エマ、いるんだろ? 開けてくれよ!」
ドアの前でレオンハルトは声を張り上げた。すると少しの間が開き、ドアがゆっくりと開いた。
「なんだよ、開かないかと思ったぜ……」
ホッとした顔のレオンハルトの前に現れたのは、リーダーのエマと仲間の男が一人。
「レオンハルト、あの時以来ね」
エマは冷たい顔だ。隣の男も硬い表情を浮かべている。
「あのさーエマ、頼みがあるんだよ。冒険者ギルドの依頼を受けられなくて困ってるんだよな。だからギルドを通さずに魔物狩りをしたくてさ。うちのメンバーで誰か一緒に行ってくれるやつを何人か用意してくれない?」
「……」
エマと男は目を合わせ、無言のままだ。
「ああそれと、ポータルの鍵もさー。店で買えなくなっちゃって困ってるんだよ。いくつか貸してよ」
「レオンハルト、それはできないわ」
エマは厳しい表情で口を開いた。
「はあ? なんでだよ。俺はライトブリンガーのメンバーだぞ? 困ってるメンバーがいたら助け合うのは当たり前だろ? ファミリーなんだよ? 俺たち」
「うちのメンバーに、あなたを助けたいと思う者がいないということよ。今回のあなたがしたこと、メンバーで話し合いました。みんな、あなたのしたことを許せないと言っているわ」
「な……」
レオンハルトは怒りで顔が真っ赤になった。
「たった六か月よ、審問会はあなたに反省をしろと言っているの。それが分からないの? 自分のしたことを反省して、大人しくしていれば処分は解除される。今まで通りに過ごそうとするのが間違いよ」
「エマ、仲間の俺を見捨てる気か?」
レオンハルトは眉を吊り上げ、エマに迫った。仲間の男が慌ててエマを守るようにレオンハルトの前に立ちはだかった。
「レオンハルト、やめとけ」
「うるせえ! ダリオ。エマの腰巾着が」
レオンハルトはダリオに悪態をついた。
「見捨てる? 私が? あなたが新人狩りなんて馬鹿なことをして、召喚ギルドも追放され、ブラックリストの処分まで受けて……今の私は他のファミリーから笑いものよ。それでも私はあなたをすぐに追放しなかった。なぜだか分かる? 私はファミリーを見捨てたりしない。あなたが真摯に反省し、生き方を変えると誓えば私はあなたを許すつもりだったの」
エマの激しい怒りに、レオンハルトは怖気づいた。
「あなたとは長い付き合いだもの……私が初めてパーティを組んで魔物狩りに行った時に出会ったのがあなただったわね。それからファミリーを一緒に作って、色んな冒険をしたわね。だから……私の気持ちも分かってね、レオンハルト。残念だわ」
レオンハルトはエマの口調が急に穏やかになったことに気づき、急に焦り始めた。
「悪かった、悪かったよエマ。俺は物凄く反省してるんだ。な? 長い付き合いなんだから、俺が悪い奴じゃないってことは分かるよな? あの時俺はどうかしてたんだ。ライトブリンガーに俺の居場所がなくなる気がして、不安だったんだよ」
レオンハルトは必死に訴えるが、エマの冷たい表情は変わらなかった。
「本当に残念だわ、レオンハルト。あなたがここに来て、心からの謝罪をするなら、私はあなたを追放しないつもりだった。でもあなたはこんな状態でも自分のことばかり」
エマは一呼吸置き、顔を上げた。
「レオンハルト、あなたは今日限りで『ライトブリンガー』のメンバーではなくなります。今すぐにここを出て行ってください」
レオンハルトは愕然とした顔で立ち尽くし、ぐっと拳を握った。
「そうかよ……ならもういいよ。クズどもと仲良くやってろ」
レオンハルトは吐き捨てるように言い、荒々しく足音を立てながらファミリーハウスを出て行った。
エマは出ていくレオンハルトの後ろ姿を見ながら、ため息をついた。ダリオはエマを慰めるように肩に手を置く。
「大丈夫か? エマ。レオンハルトとは長い付き合いだったし、辛いよな」
「平気よ。元々レオンハルトは追放するつもりだったから」
ダリオの予想に反してケロリとしているエマ。ダリオは不思議そうな顔でエマに尋ねる。
「そうなのか? じゃ、じゃあ……なんで今許すつもりだったなんて言ったんだ?」
「追放する前に、一応レオンハルトと話し合ったっていう体裁を取らないと。彼と話しても無駄だろうとは思っていたけど、やはり予想通りだった」
エマはせいせいした、と言いたげに腕を上げて伸びをした。
「彼とは長い付き合いだけど、彼の利己的な性格には困っていたし、あの性格は直らないでしょうね。レオンハルトにいじめられたマサキも、顔を合わせるたびに喧嘩していたリュウも、追放を知ったら喜ぶでしょう。早くみんなに知らせてあげないと」
「……そうだな。とにかく、ファミリーの問題が解決して良かったよ」
レオンハルトを責めていた時とは別人のように明るいエマに、ダリオはホッとした笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます