第17話 審問会の結果

 ナナセとルインがコートロイから戻って数日後。


 今日ナナセはファミリーハウスに来ている。中にはナナセの他にリスティとマルがいた。二人はすっかり仲良しになったようで、リビングルームでずっとお喋りをして盛り上がっている。


「昨日の狩りはいまいちだったわね……落とし物も大したものなかったし」

「仕方ないよー、ぼくたちが狩れる魔物はそんなに貴重な奴じゃないからねー。もっと強くなれば貴重な魔物も狩れるから、いい落とし物も手に入るよ、きっと」

 二人は昨日の魔物狩りの話をしているようだ。ナナセは下級冒険者だからまだ彼らと狩りに行けない。楽しそうな二人を見ていると羨ましい気持ちになったが、ナナセももうすぐ中級昇格試験が待っている。中級に上がったら、ファミリーと一緒に狩りに出られるようになるのだ。

 ナナセはなんとなく二人の話を聞きながら、キッチンから持ってきたレモン水を飲んでいた。その時、タケルから呼び出しが来た。慌ててナナセは椅子から立ち上がり、リビングの外に出る。


「タケルさん?」

 ナナセがピアスに指を当ててタケルとの通信に応じると、いつもの明るいタケルの声が響いてきた。

「おうナナセ、今ファミリーハウスにいるんだろ? ちょっと外に出て来いよ」

「え? 今ですか?」

 首を傾げながらナナセがドアを開けると、庭とも言えない小さな敷地の外にタケルとルインが立っていた。


 ナナセは慌てて二人に駆け寄る。

「どうしたんですか? ルインも一緒に」

「ルインがお前はここにいるだろうって言うから、直接会いに来ちゃったよ」

「ナナセ、急に来てごめんね」

 申し訳なさそうなルインを見て、ナナセは首を振った。

「ううん、いいよ。それより何か急用?」

 二人がファミリーハウスまで訪ねてくるとは、何かあったのだろうか。不安そうな顔のナナセを、今にも吹き出しそうな顔でタケルが見ている。

「この間、コートロイでジェイジェイの手伝いをしてもらっただろ? その報酬を渡しに来たんだよ」


 そう言えば……とナナセは思い出していた。コートロイに行った時、タケルに連れられコートロイのレストラン「コートロイ酒場」へ行き、たらふく魚料理をご馳走してもらい、たくさんお喋りして楽しく過ごした。そのまま報酬のことをすっかり忘れて帰ったままだったのだ。


 タケルはもう我慢できない、といった様子でナナセにあるものを差し出してきた。


「これは?」

 不思議そうな顔でそれを受け取る。ナナセの手の上には、真新しいロッドがあった。先端に黒い石がついているのは今持っているものと同じだが、それは所々に青い筋が入っていて、動かすときらりと光り、とても美しい。


「ふふーん、これが報酬だよ! あの時、お前から羽根を預かっただろ? 調べたらあれ『歌わない鳥アリア』っていう名前持ちの魔物の落とし物だったんだよ! それであの素材を使って作ったロッドってわけ!」

 タケルは笑いながら両手を広げて見せた。隣に立つルインもニコニコと笑顔でナナセを見ている。

「え……!」

 ナナセは信じられない、という顔でタケルとルインを交互に見た。


「最初は報酬をシルで支払うつもりだったんだけどさ、この羽根を調べて『よし、これでお前の武器を作ろう!』と思いついたわけよ。どうせお前、大した武器持ってないだろ?」

「でも……い、いいんですか? 羽根を勝手に使っちゃって。それに名前持ちのロッドなんて高いんじゃ……」

「なーに言ってんだよ、お前はあの羽根を裂け目の中でゲットしたんだろ? あの羽根は正真正銘、お前のもんだ! だからお前の羽根を使って、お前の新しいロッドを作ったんだよ。値段なんか気にすんな、お前には迷惑かけたし、詫び代も入ってる」

 ナナセはじっと新しいロッドを見た。アリアのロッドと名付けられた新しい武器を手に入れた喜びが、じわじわと湧き上がってくる。

「……でもルインは? 私だけロッドをもらうわけには」

 ナナセの言葉に、待ってましたとばかりにルインは自分のロッドを取り出して見せた。

「ほら、私もタケルさんからロッドを報酬でもらったの。ナナセのとは違って私のは名前持ちのじゃないけど、これも十分いいロッドなんだよ」

 ルインは満足そうに笑っている。


「……ありがとう、ありがとうございます。大事に使いますね」

 ナナセは満面の笑みでロッドをぎゅっと胸に抱いた。

「おう、どんどん使え! これでお前ら、ロッドもローブも新調できたし、そろそろ中級昇格試験受けられるんじゃねえか?」

 ナナセとルインは顔を見合わせて頷いた。

「そうだね、そろそろ試験を受けようか? ルイン」

「うん。私もそう思ってた」

 タケルはお互いにロッドを見せ合ってはしゃいでいる二人の様子に目を細めた。

「頑張れよ! 中級に上がれたら、やれることもぐんと増えるし、覚えられる魔術も増えるからな」


 思わぬ形で新しいロッドを手に入れ、ナナセは心の底から喜びがどんどん湧き上がってきた。お金を稼いで新しいロッドを買おうと思っていたところだったのだ。そこへタケルが報酬として新しいロッドをくれた。しかも名前持ちの珍しいロッドだ。裂け目に落ちて大変な目に合ったが、おかげでロッドを手に入れたのだから悪くない結果だ。


「これでロッドも無事渡せたし、後はもう一つ、大事な用を済ませるか」

 タケルの言葉に、ナナセとルインは不思議そうな顔をした。

「レオンハルトの件、審問会の結果が出たらしい。ブラックが説明するからギルド総本部に来いとさ」

「分かりました」

 ナナセとルインは真顔に戻り、共に頷いた。レオンハルトが起こした事件を審問会で話し合い、彼にどういう処分を下すか。その判断が下ったのだ。

「じゃあ私、仲間に出かけてくるって伝えてきます」

 ナナセは小走りでファミリーハウスの中へ戻った。


「私、今からちょっと出かけてくるね」

 リビングに顔を出したナナセに、何やら笑い転げていたマルとリスティは同時にナナセに目をやった。

「あ、そうなんだ。行ってらっしゃい!」

 マルは笑顔で手を振った。

「またね、ナナセ」

 リスティも微笑んだ。

「うん、またね」

 ナナセは急いでタケル達の元へ戻る。


「俺は先に行ってるから、お前らにポータルの鍵を渡すよ。行先はヒースバリーの中央区だ。間違えんなよ?」

 タケルはルインにポータルの鍵を手渡すと、その場で自分の鍵を出してさっさと移動していった。

「私たちも行こう」

 ルインは鍵をかざし、ナナセは光の輪の中に入る。そして二人もその場から光と共に消えていった。




 ナナセ達が消えていくのを、ファミリーハウスの窓からリスティがじっと見つめていた。

「ねえ、マル。あのドーリア、誰?」

「ああ、ナナセの知り合いでしょ? たまに呼び出されてるみたいだよ」

 マルは椅子に座ったまま、テーブルの上のごつごつした形のクッキーを手に取った。

「あの赤い髪の女……上級冒険者よね? あんな豪華な弓、今まで見たことないわ」

「そうなのー? よく見てなかった」

 マルはようやく腰を上げ、リスティの隣に立った。しかしナナセ達はもう移動した後だ。

「もういないわよ。ポータルでどこかへ行ったみたい」

 リスティはぷいと窓に背を向け、ソファへ戻った。

「詳しくは知らないけど、ナナセと仲がいいみたいだね」

「ふーん」

 さっきまで上機嫌だったリスティは、なぜか急に不機嫌になっていた。



♢♢♢



 ヒースバリーの冒険者ギルド総本部。ナナセとルインが到着すると、タケルが入り口の前で待っていた。

 三人はそのままガーディアン「ブラック」が待つ部屋まで、以前と同じようにエレベーターを使い、向かった。




「ようこそ、お待ちしておりました」

 ブラックは礼儀正しく三人を出迎えた。片手に大きいムギンを本のように抱え、三人に部屋の奥へ進むよう促す。


「約束通り、この二人を連れて来たぜ」

「ありがとうございます、タケル。ナナセとルイン、今日はこちらまで来ていただき、ありがとうございます。審問会の結果が出ましたので、お二人に直接お伝えすべきかと思いました」

「あ、はい」

 ナナセは緊張気味に頭を下げた。横のルインもナナセに続く。

「審問会で協議した結果、レオンハルトには『ブラックリストレベル2』の処分が下されました」

「おー、レベル2か! まあまあかな」

 タケルは腕組みしながらうんうんと頷いた。


 ブラックリストレベル2、が何なのか分からずきょとんとしているナナセとルインに、ブラックは説明を始めた。


「ブラックリスト、というのはドーリアが犯したルール違反に対する処分のことです。ブラックリストに入った者は、対象者と接することを禁じられます。つまり今回の被害者であるナナセとルインはレオンハルトと接触することがなくなるだけでなく、姿すら見えなくなるのです」

「見えなくなる……」

 ナナセはルインと顔を見合わせ、頷いた。レオンハルトの顔をもう二度と見たくないと言ったナナセ達の希望が叶ったのだ。


「そしてブラックリストにはレベルがあります。レベル1は対象が被害者のみ。レベル2は被害者だけではなく、対象が広がります。今回のレオンハルトはレベル2の処分が下されました。レオンハルトはナナセとルインに接触することが不可能になる他に、冒険者ギルドへ立ち入ることを禁じられます」

「冒険者ギルドに入れないってことは、討伐依頼も受けられねえし活動が制限されるんだよなー。大変だと思うぜ」

 タケルはわざとらしく同情するそぶりを見せながらも、どう見てもその顔は嬉しそうだ。


「彼が新人狩りをするきっかけとなったのが、ファミリーメンバーへの勝手な思い込みと恨みでした。彼はいまだ反省の色がなく、再び冒険者に対して同じような迷惑行為を行う可能性があります。冒険者への攻撃は決して許されるものではなく、被害者への接触禁止だけでは不十分、というのが審問会の意見です。我々ガーディアンは審問会の結果を踏まえ、今回の処分を決定しました」


「良かったねえ、ルイン」

「うん、良かった……」

 二人は静かに喜び合った。これで二人の前にレオンハルトが現れることはなくなるし、彼が接触しようと思ってもできなくなる。

「それで、ブラックリストの期間はどのくらいだ?」

 タケルはブラックに尋ねた。

「レベル1に関しては無期限です。特段の事情がない限り、永遠と捉えてもらって構いません。レベル2は六か月となります」

「六か月? もうちょっと長くならねえの?」

 タケルは眉をひそめた。

「審問会での話し合いの結果です。レオンハルトは今回のブラックリストの他に、召喚ギルドからの永久追放もされたとのことです。召喚に必要な召喚薬は召喚ギルドを通さないと購入ができません。彼は召喚師としての活動を永久に封じられたというわけです。罰は十分に受けている、との判断です」

「だけどなあ、六か月なんてあっという間だろ? せめて一年とかさあ」

 タケルはブラックに食って掛かった。

「いいんです、タケルさん。私はそれで十分ですから……」

 ナナセは慌てて会話に割って入った。

「私たちはあいつの顔が見えなければ、それでいいんです」

 ルインもナナセに続く。

「そうか? ……お前らがそう言うならいいけどさ。まあ、これでもうあいつの顔を見ることはないんだからいいか……」

 不服そうな顔をしながらも、タケルはようやく引き下がった。


「タケルさん、色々ありがとうございました」

 ナナセはタケルに向き直り、頭を下げた。

「タケルさん、私が部屋に籠っていた時、ご飯を持ってきてくれたり……ありがとうございました」

 ルインは顔をくしゃっと歪め、頭を下げた。

「なんだよお前ら、大げさだなあ! そんなこと気にすんなって」

 タケルは照れているのか、やけに大きな声で言った。


 これで、ようやく一つの事件が終わったのだ。ナナセとルインは心から笑い、タケルに感謝を伝えた。


「ちなみに……ブラックリストレベル3ってあるんですか?」

 ナナセはふと疑問を口にした。

「はい、レベル3は最も重い処分となります。ブラックリストレベル3の対象は『全て』です。全てのドーリアへの接触と、全てのギルドへの立ち入りが禁止となります。」


 ガーディアンのブラックは恐ろしい答えを淡々と説明した。ナナセはその言葉の意味を理解すると、思わず震えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る