第15話 港町コートロイ

「じゃーん! これが乗合ビークルだ」


 タケルが大きな乗り物の前で手を広げる。それは荷馬車のような形をしていた。長いベンチが向かい合い、簡素な屋根がついている箱形の乗り物だ。運転席らしきものが前方についていて、白いキャスケットを被ったガーディアンが運転席に背筋を伸ばして座っている。


「これは町と町の間を結ぶ乗り物さ。一度に十人まで乗れて、お値段なんと片道1シル! 安いだろ? こんなに安いならいっそタダにしろってなもんだよ。なあ!?」

 タケルはガーディアンに話しかけるようにわざと大きな声を出した。当然ながらガーディアンは前を向いたまま微動だにしない。


「あ、お前らの運賃は俺が払うから心配すんな。さあ、乗ろうぜ」

 タケルはガーディアンにムギンを見せると、早速ビークルに乗り込んだ。ナナセ達も後に続いて中に乗り込む。

「ありがとうございます」

「気にすんな。下級冒険者からビークル代せびるなんて、そんなせこいことしたらフォルカーに怒られるわ。乗合ビークルは速度は遅いけど、街道沿いを走るから安全だし、何より安いのがいいよな! 昔はよく使ったわー」

 タケルは懐かしそうにビークル内を見回した。先に乗っていた客はいなかったが、タケル達の後に数人が乗ってきて、それぞれ席に座った。乗客はみんな質素な服装で、タケルのような上級冒険者らしき者はいない。そもそも上級冒険者が使う乗り物ではないのだろう。


「コートロイ行き、出発の時間です」

 運転席のガーディアンが声をかけた。それと同時にビークルはふわりと浮き、ゆっくりと動き出した。



♢♢♢



 乗合ビークルは街道沿いに東へ向かって進む。座席を通りぬける風がタケルの長い髪を揺らしている。

「たまにはいいなあ! こういうのんびりした旅も」

 タケルは上機嫌で、座席から身を乗り出して外の風景を見ていた。

「気持ちいいね、ルイン」

「うん」

 ナナセとルインもリラックスした様子だ。

「お、そういやお前ら、新しいローブ着てるな。いいじゃねえか」

 タケルは二人の新しいローブを褒めた。

「さっき買ったばかりなんです。あ……そういえばヒーラー用のクリーム色のローブって売ってなかったなあ。どこに売ってるんだろう? あれ」


 ナナセは突然思い出したように言った。ファミリーメンバーのリスティが、リーダーのゼットにもらったと言っていたクリーム色のローブ。彼女がまだ下級だった頃にもらっているはずだから、そんなに貴重な装備品とは思えない。だが商店通りのローブ専門店にも、屋台通りにもあのローブは売っていなかった。


「クリーム色?」

 タケルが首を傾げた。

「はい、フードの所に銀の糸で刺繍がされてて……。新しく入ったファミリーメンバーで、下級ヒーラーだった子が着てたんです」

「ああー、多分そりゃ『名前持ち』の落とし物で作る防具だな。店には殆ど出回らねえよ。落とし物を持ち込んで職人に作ってもらう装備品だから」

「名前持ち?」

 ルインがタケルに尋ねた。

「魔物の中にはたまに、名前を持ってる奴がいるんだよ。そいつの落とし物は貴重だし、魔物の力も多く得られる。だからより強い装備品が作れるってわけ」

「そうなんだ……じゃああれは珍しい装備品なんですね」

 そう言われてみれば、凝った装飾が施されていて豪華なローブに見えなくもなかったな……とナナセは思い出していた。


「珍しいって言ってもそこまで高くはないはずだけどなー。下級が着られるやつだろ? 性能もそんなに良くないはずだし。お前らが着てるそのローブで十分だと思うぜ」

 ナナセとルインは顔を見合わせて、嬉しそうに微笑んだ。

「そのクリーム色のローブ着てたお前の仲間、どこでそんなの手に入れたんだ?」

「えーと……確か、リーダーが持ってたものをもらったって言ってました」

「ふーん、名前持ちのローブを新人にプレゼントか。そのリーダーってやつ、随分気前がいいんだねえ」

 タケルは何故か棘のある言い方をした。



♢♢♢



 港町コートロイ。赤いレンガ造りの建物が建ち並び、町から見える海の景色はキャテルトリーとは全く違っていた。


「初めて見た! すごいね、海!」

 ナナセは目を輝かせている。ルインもキョロキョロと視線が落ち着かない。

「いい町だろ? ここにはでかい漁師ギルドがあるんだ。漁師になりたいなら、ここを拠点にするのもアリだぜ。俺も良く来るんだ」

「漁師か……それもいいね」

「後で見に行ってみようか」

 二人がはしゃいでいると、タケルはその間に割り込み、強引に肩を組んだ。

「後で行く必要はねえよ。俺たちの目的地はその『漁師ギルド』なんだから。漁師ギルドに俺の知り合いがいるはずなんだ。早速行くぞ」



 漁師ギルドは港のすぐそばにあった。赤いレンガ造りの倉庫のような見た目で、同じ形の建物が連なっている。

「漁師ギルドにはレストランも併設されてるんだ。ここの魚料理は『マリーワン』にも引けをとらないくらい美味いぜ」

 タケルの説明を聞きながら、ナナセとルインは漁師ギルドに入った。


 倉庫の中は想像以上に広く、天井は恐ろしく高かった。あちこちに吊り下げた羽根がくるくると回っている。中では多くのドーリアが行き交い、活気があった。

「よう、ジェイジェイはどこにいる?」

 その中の一人にタケルが声をかけた。

「おう、タケルじゃないか! ジェイジェイなら奥にいたはずだよ」

「分かった、ありがとな」

 タケルは声をかけた者と顔見知りのようだ。三人は言われた通りに建物の奥へ向かった。


 奥にはいくつかに区切られた部屋がある。タケルは慣れた様子で、一番奥にある部屋に入った。


「ジェイジェイ、ここにいたか」

 中には一人、椅子に腰かけながら釣り具を作っている者がいた。

「……その二人は?」

 ジェイジェイ、と呼ばれたその男は顔を上げてナナセ達に目をやった。

「ほら、お前の為に助手を連れてきてやったんだよ。喜べ、しかも二人だぞ」

 タケルに促された二人は、慌てて自己紹介をした。

「はじめまして、ナナセです」

「ルインです……」

「こいつはジェイジェイだ。ちょっと無口だけどいいやつだから」


 ジェイジェイは無言のまま視線を釣り具に落とした。彼は目が隠れるほど長い前髪で、あまり愛想がよくない男だった。


「こういう奴だから気にすんな。こいつは漁師もやってるけど、今日お前らに手伝ってもらう仕事は魚釣りとかじゃねえ。こいつの『別の仕事』を手伝ってもらう」

「別の仕事……?」

 ナナセとルインは不安そうに顔を見合わせた。

「こんな下級の奴らじゃ役に立たない」

 顔を上げ、ジェイジェイはようやく口を開いた。

「大丈夫だって! こいつらは素直だし面倒くさいことは言わないし、何より口が堅い! 俺が見込んだ奴らだから心配すんな」


「褒められてる……のかな?」

 ナナセがひそひそとルインに耳打ちした。


「俺は一人でやる方が集中できる」

「なんだよ、手伝いが欲しいって言ってたの、お前だろ? 一人じゃ手が回らないって」

「そうだけど、誰でもいいってわけじゃない」

「すぐ慣れるって! な?」

「うーん……」

 タケルは気乗りしない様子のジェイジェイの肩を抱き、何やらひそひそと話し始めた。気まずい雰囲気の中、ナナセ達はただその場で待つしかない。


「……よし! 話は決まったな。ナナセ、ルイン! 今からすぐ出発しよう」

 ようやくジェイジェイの説得が終わったのか、タケルは意気揚々と振り返った。

「これからどこへ行くんですか?」

 ナナセが不安そうに尋ねた。

「おっと、行き先を言ってなかったな。コートロイ海岸の灯台だよ」

 なぜそんなところへ? 二人の頭に疑問が浮かぶ。

「お前は、いつも説明が足りない。この子らが困っているだろ」

 ジェイジェイはあきれ顔だ。

「悪い悪い、説明とか苦手なんだよ……。えー、オホン! お二人さん、ジェイジェイはな、ガーディアンから重要な任務を受けて『世界の裂け目』を調べる活動してるんだ」

 ナナセとルインはますます意味が分からないという顔をした。タケルは二人に説明を続ける。


「世界には『裂け目』と俺らが呼んでる危険な場所がある。パッと見た目にはおかしなところはないんだけどな、そこにうっかり足を踏み入れちまうと、裂け目の中に入り込んじゃうんだ」

「裂け目……」

 ナナセとルインは顔を見合わせている。


「一度裂け目に入ると、自力で戻るのが難しいんだよ。運が良ければすぐ戻れるけど……ずっと戻れなくなる奴もいるんだ。どうしても戻れない時は、ガーディアンが『構築者モシュネ』に頼んで見つけ出してもらうしかないらしい」

「怖い……」

 ルインは怯えた顔で呟いた。

「そう、とてもこわーい場所なんだ。だからそういう裂け目を探して、そこを塞ぐのがガーディアンの役目。そしてその裂け目を探す才能に長けてるのが、このジェイジェイなのさ」

 タケルはジェイジェイを指した。ジェイジェイは「暇なだけだ」と呟き、目を伏せた。


「ジェイジェイはどんな小さい裂け目も見つけちまうんだ。だからガーディアンから正式に依頼されて、裂け目を探してるんだよ。でも一人でやるのはさすがに大変だろ? だからお前らを助手として連れてきたってわけさ」

「……俺は一人で平気だ」

「まだそういうこと言う!」

 タケルは苦笑いでジェイジェイを軽く睨んだ。


「で、でも私たちに裂け目なんて探せません」

 ナナセはタケルに訴えた。見たことも聞いたこともないものを探すのを手伝えと言われても、ナナセ達は困惑するばかりだ。

「だーいじょうぶ! おまえらはあくまで手伝いだから! これから灯台に行くけど、おまえらはジェイジェイが裂け目を探しやすいように、部屋を片付けたり物を動かしたり…要するに体を動かしてくれって話!」


 どうやらナナセ達は裂け目を探すことよりも、ジェイジェイが動きやすいよう手伝えばいいようだ。それくらいなら自分達にもできそうだとナナセは思った。

「分かりました。私たちで力になれるなら」

 ナナセとルインはジェイジェイを手伝うことに決めた。


「話はついたな、なら早速出発しないと。日が暮れるまでには帰ってきたいからな。ああそれと、このことはお前らの友達とかファミリーとかには話すなよ。一応、あまり公にしないってガーディアンと約束してるからな」


 ナナセ達は揃って頷く。こうして二人は、なんだか奇妙な仕事の手伝いをすることになった。

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