第14話 冒険者ギルドで依頼を受けてみよう
ナナセとルインは商業区にある屋台通りを歩いていた。二人は通り沿いにずらりと並ぶ屋台の品々に目移りしている。
屋台通りに出店しているのは自分で店を持たない者達。職人の修行中の者が多く、自分で作ったものを並べて売っているので、店によっては商店で買うよりもだいぶ安く買えたりもする。ナナセ達のような貧乏冒険者は、まめに屋台通りを見てお値打ちものを探すのがお決まりだ。
「うーん、今日はあまり目ぼしいものがないね……もう売れ残りしかないや」
「昨日はすごく安い魔力回復薬が売ってたよね。あの店、今日はないみたい」
ルインが昨日の話をすると、ナナセは思い出したように「あー!」と頭を抱えた。
「やっぱり昨日もっと沢山買っておけばよかったよ……あ! ルイン、あそこにローブを売ってる店があるよ、行ってみようよ」
ナナセが指した先に、メイジ用のローブを並べている店がある。二人は店の商品を見に行ってみた。
「いらっしゃい、手に取って見てみてよ」
愛想のいい店主が出迎えた小さな屋台には、綺麗に畳まれたローブがいくつか置いてある。ナナセは早速一つを手に取って広げてみた。
「それは下級メイジ用だけど、中級まで十分使えるよ。対刃性能もいいし、対衝撃、対魔術もついてる。お客さんにはぴったりじゃないかな」
それはナナセが着ている黒色のローブと似ているが、持ってみると違いが分かった。厚みがあるのに持つとそれほど重みを感じない。生地の端に赤のパイピングが施されていて、それがアクセントになっていてデザインも良い。
「いいね、これ!」
ナナセは一目見て気に入ってしまった。
「うん、いいと思うよ」
ルインも頷きながら、隣に置いてあるヒーラー用のローブを手に取った。こちらも色はルインが着ているものと同じ青色で、こちらは濃い青のパイピングが施されている。
「そっちのヒーラー用も、性能はメイジ用と一緒だよ。お二人さん、もし今日買ってくれるなら安くしちゃおうかな。それぞれ一着80シルだけど……商店通りのローブ屋で買ったら一着100シルはする代物だよ。それを今なら……」
ナナセとルインは思わず身を乗り出すと、店主はニヤリと笑った。
「一着50シルで二人で合わせて100シル! どうよ、破格だと思わない?」
「本当ですか?」
二人は片方の眉を上げながらお互い顔を見合わせた。屋台通りの商品は、一流職人が作るものよりも多少品質が落ちる場合がある。だが二人が見る限り、このローブは商店通りのローブ屋で扱う正規品と遜色ないように見える。それなのにあまりにも安いのだ。
「何でそんなに安くしてくれるんですか?」
さすがに怪しんだナナセが店主に尋ねると、店主はため息をついた。
「今日はさっぱり売れなくてさ。下級魔術師が初めて買う装備品として人気がある商品なんだけど……ほら、あそこの店を見てみなよ」
店主が指を指した先に、棚が殆ど空になっている店があった。
「あっちの店がこのローブを一着30シルで投げ売りしてたんだ。30だよ? 信じられないよ! おかげであっちは大繁盛であっという間に売り切れ。作り過ぎて余ったのか知らないけど困るんだよなあ……ああいうことされると。どうせ『上級冒険者様』の道楽で、裁縫に手を出してみたってところだろうけど」
店主は迷惑そうな顔で向こうの店の店主を睨んでいる。向こうの店主は店の商品が全部売れて満足なのか、楽しそうに友人らしき者とお喋りしていた。
「30シルは安いですね」
出遅れた……と思いながらナナセは話を聞いていた。一人50シルでも十分すぎるほど安いのだが、より安い方に気持ちが向いてしまうのは仕方がない。
「そう、安すぎるんだよ! これじゃうちで80シルなんて売れるわけないでしょ? だからといってこっちも30シルにしたら大赤字だし……今日はもう店じまいしようと思ってたところだったから、君たちには特別に一着50シルで譲るよ、どう?」
「私は買おうかな、魔物狩りに出るのに新しいローブが欲しいし」
ルインは購入する気のようだ。ナナセにも断る理由はなかった。
「私も買う」
「はい、ありがとう! 君たち、職人ギルドには入ってる? 悪いことは言わないから、裁縫ギルドはやめといた方がいいよ。ちっとも儲からないんだから」
店主はぼやきながらローブを二人に手渡した。
「ありがとうございました」
ナナセとルインそれぞれムギンで支払いを済ませ、ローブを受け取った。
「ねえルイン。新しいローブが買えたことだし、せっかくだから二人で冒険者ギルドの依頼、やってみない?」
その場で早速新しいローブに着替えた二人は、足取りも軽く屋台通りを抜け、商店通りを歩いていた。足取りが軽いのは気持ちだけではなく、実際にローブが軽いからだ。魔術ギルドの支給品はずっしりと重みを感じたが、新しいローブは軽くて生地も柔らかで動きやすいのだ。
「二人で……? 大丈夫かな」
ルインは不安そうだ。
「簡単な依頼ならできると思うよ、近場には強い魔物はいないはずだし」
「……そうだね、レイラ先生も『実践で鍛えるのが大事』だって言ってたし」
最初は乗り気でなさそうだったルインも、ナナセの誘いでやる気が出てきたようだ。
「じゃあ冒険者ギルドに行ってみようか。その前に、この古いローブをお店で買い取ってもらおうよ」
ナナセは手に抱えたずっしりと重いローブを持ち上げた。
「そうだね、殆ど値段はつかないだろうけど……」
二人はローブ屋に立ち寄って古いローブを買い取ってもらった。値段はそれぞれ2シルと、捨てるよりはマシな金額でローブを売った。買い取られたローブは裁縫ギルドの手によって再び新人用のローブに仕立て直され、魔術ギルドに卸される仕組みだ。
ナナセとルインはローブ屋を出て、その足で冒険者ギルドへと向かった。
♢♢♢
キャテルトリーの中央に位置する冒険者ギルド。ギルドの前は広場になっていて、構築者モシュネの像が中央にあり、像の周囲は待ち合わせスポットのようになっている。
広場は即席パーティを組む為の待ち合わせ場所としても使われている。魔物狩りはパーティを組むのが一般的で、強い魔物が相手の場合は、ギルドの掲示板でメンバーを募集することもある。ファミリーの仲間だけで足りない為に募集する場合や、そもそも一期一会の出会いを楽しむ為だったりと動機は様々だ。
広場は他にも様々な住人が行き交っていた。友人同士で楽しくお喋りをしていたり、一人でぼんやりとベンチに座っている者もいた。犬を飼っている者がのんびり散歩している姿も見える。
その中に、一人異様な雰囲気の者が立っていて、何やら大声でわめいていた。
「この世界はまやかしだ! 全てが偽物なのだ! 我々は監視されている!」
周囲の住民は彼の様子を見ても、特に気にすることもない。こういうことには慣れっこといった感じだ。
「なんだろう、あれ」
ナナセとルインは誰にも相手にされない彼を不思議そうな顔で見ながら、ギルドの中へ入っていった。
冒険者ギルドの中には掲示板があり、そこにギルドからの依頼が掲示されている。
ナナセ達は早速掲示板を見てみた。そこにはいくつかの魔物討伐依頼が表示されている。
「えーと、下級冒険者用の依頼は……」
もう目ぼしい依頼は他の冒険者に取られているのか、依頼の数は少ない。報酬も安いものばかりだ。
「なになに……『怠惰な兎を5匹討伐』か。変な名前の兎……報酬は20シルかあ。人数で割るから一人10シル……うーん、こんなもんなのかな」
期待外れ、といった顔で掲示板を見つめるナナセ。
「簡単な依頼だし、こんなものじゃない? 二人でやるならこれくらいでいいと思うよ」
「それもそうだね。じゃあこの依頼を受けようか」
掲示板の情報によると、怠惰な兎が湧くのはキャテルトリー北だという。町からも近いし、危険度も低そうだ。
二人は一番簡単そうなこの依頼を受けてみることにした。依頼の受け方は簡単で、掲示板の依頼内容をムギンにかざして読み込ませるだけだ。
「これでよし……あ、ねえ見てルイン。こっちの掲示板はファミリー募集掲示板だね」
依頼用掲示板の横には他にも掲示板がいくつかある。パーティメンバー募集のものと、ファミリー募集のものがあった。
「ほんとだ……沢山あるね」
二人はファミリー募集掲示板をなんとなく眺めていた。募集要件は「誰でも歓迎」だったり「ヒーラーを募集します」だったりと様々だ。
「ねえ見て『我々はアットホームなファミリーです』だって……『ノルマなし、報酬は平等に』ってどういうことだろう? ノルマがあるファミリーもあるのかな」
ナナセがある募集を指さした。募集文の横に画像が添付してあり、ファミリー全員で撮影したものと思われるものがあった。
「私、なんかここ嫌だな……この画像、みんな同じ笑顔で怖い」
「アハハハ! 確かに、なんか嫌だねこれ」
画像には全員貼りついたような笑顔を浮かべた者達が、並んで肩を組んでいるのが写っていた。
二人がけらけらと声を上げて笑っていると、横を通り過ぎた冒険者らしき者がじろりとナナセ達を睨んでいった。
「しまった……ひょっとしてこのファミリーの人だったのかな」
ナナセは声を潜め、ルインも焦ったように頷く。
「あ、この募集。面白いね、私語禁止のファミリーだって」
取り繕うように、ナナセは掲示板の一番下にあった募集文に目をとめた。
「へえ……挨拶不要……用がある時以外私語は禁止。ファミリーハウスの利用はいつでも自由……ファミリーとのコミュニケーションは不要だがファミリーハウスの利用だけしたい方へ……ふーん」
ルインは食い入るように見ている。
「不思議なファミリーだね。『リバタリア』って言うんだ、へえ……私語禁止って……楽しいのかな?」
「どうかな……悪くない気がする」
ルインは興味を持っているようだ。
「気になるなら、見学に行ってみたら?」
「うーん、どうしようかな……うん。そうしてみる。ファミリーハウスが自由に使えるのはいいよね」
「そうしなよ! もし入ったら教えてね」
私語禁止のファミリーというのがナナセには想像がつかないが、ルインがファミリーに興味を持ったことは嬉しいとナナセは思った。
♢♢♢
キャテルトリーの北は広い森と湖があるエリアだ。魔物が湧く場所である「宵の泉」は人気のない場所に湧くとされていて、森の奥などは魔物にとっては格好の場所だろう。
ナナセとルインは森の奥まで入っていた。途中何人かの冒険者とすれ違ったのを見ると、ここは宵の泉を探すのに適した場所のようだ。
時々ガサガサと音が聞こえ、二人はその度にビクビクしていた。二人とも新人だった頃に格上の魔物に襲われた経験がある為、今にも恐ろしい魔物が姿を現すのではと怯えていた。しかしその音の正体は、角を木の幹にこすりつけている鹿だったり、頬袋にたっぷりと木の実をたくわえた可愛らしいリスだったりした。
「見つからないねえ。他の冒険者に狩られちゃったのかな? 地図だとこの辺りに湧くはずなんだけど」
ため息をつきながらナナセは歩く。
「……あ! 見て、ナナセ」
ルインが指を指した先に、黒い水たまりのようなものがある。
「あれが、宵の泉?」
「多分」
ルインは頷きながら、既にロッドを構えていた。ナナセも慌ててへっぴり腰でロッドを構えた。
宵の泉の中から、飛び出すように小さな魔物が出てきた。黒いもやに包まれた兎、それは怠惰な兎に間違いない。
兎は二人に気づいていないのか、呑気に地面の草を食んでいる。しかし二人が一歩足を進めると耳をピクピクと動かして気配に気づき、黒いもやの中に赤く輝く目が一層濃くなった。
「麻痺せよ!」
ナナセは怠惰な兎に素早く麻痺魔術を放ち、それは見事に命中した。兎が痺れて動けなくなったところに、ルインが魔術で攻撃をする。ナナセもそれに続いて魔術を放ち、怠惰な兎はあっという間に倒れた。
怠惰な兎は倒れた後、体がさらさらと崩れ、消えていく。消えた跡には小さなブラッドストーンが転がっていた。
「二人なら、いけるね!」
ナナセとルインは胸を撫で下ろした。後は同じ魔物を四体倒してギルドに戻るだけだ。
森の中を歩き回り、最後の一体を倒したその時、兎が消えた跡にブラッドストーンと小さな爪が落ちていた。
「あれ? これも魔物のものかな」
ナナセは爪を拾い上げた。
「そういえば魔物を倒した後、稀に魔物が落とし物をするって聞いたことがあるよ。素材は武器とか防具に加工して使うんだって」
「そうなんだ。これ、何に使えるんだろうね」
ナナセが小さな爪をまじまじと眺めていると、突然ムギンが話し出した。
『タケルからグループ会話の呼び出しです』
「ん? グループ?」
首を傾げると、隣のルインも「私にも来てる」と不思議そうな顔をした。とにかくタケルの呼び出しなので応じないわけにはいかない。
「おう、二人とも今暇だろ? 暇だよな?」
相変わらずタケルは強引だ。
「こんにちはタケルさん。グループ会話って、みんなで話せるんですね」
ナナセは三人での会話ができることに感心ながら会話に応じた。
「便利だろ? 連絡先交換してる奴同士なら何人でもできるぜ。それよりお前ら、暇なんだろ?」
「暇って言えば、暇ですけど……」
ルインは困惑しながら会話に参加する。
「お前らどうせ金がなくて、ギルドのしょぼい依頼を受けて、ちんけな魔物を倒して飯代にもならない金を稼いでるんだろ? そんなお前らに俺がいい仕事を紹介してやろうと思ってさ! 今から行かないか?」
「仕事!」
ナナセは声を上げ、嬉しそうにルインを見た。ルインも首を何度も縦に振っている。お金が稼げると言われたら、二人に断る理由はない。
「行きます。どこへ行けばいいですか?」
「まあ焦るなよ、ルイン。お前ら今どこにいる?」
「キャテルトリー北です」
「なら、一度町に戻ってキャテルトリーの東門で待ち合わせるか。門の所で待ってるよ」
タケルは一方的に話すと通信を切ってしまった。
「肝心の仕事の内容を教えてくれないんだから」
ナナセは苦笑いをした。
「行けば分かるってことかな。待たせちゃ悪いし、急いで戻ろうか」
ルインも苦笑している。二人は急ぎ足で町へ戻っていった。
♢♢♢
街に戻った二人は大急ぎで冒険者ギルドに立ち寄り、ギルドの報酬を受け取った。落とし物の『怠惰な兎の爪』はギルドの中にある「鑑定屋」で価値を調べ、必要なければその場で買い取りもしてくれる。貴重なアイテムかとドキドキしながら鑑定を受けた二人だったが、残念ながらタダ同然の価値だったのでその場で買い取ってもらった。
その後急いで東門に向かったナナセとルインは、周囲から一際目立つタケルの姿を見つけた。
赤く長い髪がふんわりと揺れる美しい顔という見た目もそうだが、装飾が施された豪華な弓を背負い、この辺では見かけない防具を身に着けている彼女は、いかにも上級といった出で立ちだからだ。
「遅い!」
口の悪さとは裏腹に、タケルは笑顔でナナセ達に声をかけた。
「すみません」
二人は急いで来たのでスタミナ切れ状態だ。
「これからコートロイに行くぞ。お前ら行ったことあるか?」
二人は揃った動きで首を振った。
「コートロイはここからちょっと遠いからな。キャテルトリーから東に行ったところにある港町だ」
「港町! 楽しみだね」
ナナセはルインと微笑みあった。
「移動は『乗合ビークル』を使うぞ。門の外に乗り場があるから行こう」
タケルは意気揚々と歩き出し、ナナセとルインは慌ててタケルの後を追った。
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