第13話 みんな、リスティのために

 レオンハルトが捕まり、審問会の結果が出るまでの間、しばらくナナセは普段通りの生活を続けることになった。


 今日も魔術訓練所のメイジクラスでは、ギルド長ルシアンから魔術を学ぶヒヨコ達がいた。


「皆さん、今日は麻痺魔術を学びましょう。魔術書は持ってきていますね?」

 ルシアンの呼びかけに、ヒヨ……生徒達はそれぞれ魔術書を掲げて見せた。

「では麻痺魔術のページを開いて……今から魔術を覚えます。指を本にかざし、ページに書かれた文字をゆっくりとなぞってください」

 生徒達は言われた通りに魔術書を指でなぞる。ナナセもやってみると、次第に腕に痺れを感じた。


「痛い!」

 思わずナナセは声を上げた。他の生徒達もそれぞれ「痛いー!」「イタタ……」などと悲鳴を上げる。


「我慢して。魔術を体に叩き込んでいるのです……もう少しです」

 痛みをこらえていると、急に腕が軽くなった。そして突然魔術書のページが青白い炎に包まれ、あっという間にページが燃え尽きてしまった。


「はい、みなさんできましたね。これで麻痺魔術の習得に成功しました。それでは実践に移りましょう。あの人形を的に『麻痺せよ』とロッドに命令をしてください」

 今度は的に向けて麻痺魔術を放つ訓練だ。ナナセは言われた通りに「麻痺せよ」と言いながらロッドを的に向ける。

 だが上手く術が出ない。焦って何度もロッドを前に突き出すナナセに、ルシアンは優しく声をかける。

「落ち着いて。集中するのです。肩に力が入りすぎないように……」

 他の生徒達も苦戦していた。その中でようやくナナセは上手く麻痺魔術が人形に命中し、人形はガクガクと震えた。

「よくできました。その調子で練習を続けて……はい、もう一度」

 ルシアンの訓練はしばらく続いた。


 訓練が終わり、ルインと待ち合わせて職人ギルドへ。いつものように簡単な仕事を請け負い、少しばかりのお金を稼ぐ。その後ルインと別れたナナセはファミリーハウスへと向かった。






──レオンハルトを捕まえたあの時、リスティの歓迎会を抜け出して気まずい思いをしていたナナセだったが、翌日恐る恐る顔を出すと、意外にも仲間達の反応はケロリとしていた。


「こんにちは……」

 家の中に入ると、中からなんだか賑やかな話し声がする。リビングを覗くとメンバー全員がリビングで雑談をしていた。


「もう、マルったらおかしい」

「えー、そうかなあ?」

 リスティとマルが腹を抱えて笑っている。ゼット達も笑顔で楽しそうだ。


「こんにちは」

 聞こえなかったのか、もう一度ナナセが声をかけると、ようやくマルが気づいて振り返った。

「やあ、ナナセ! みんなで魔物狩りに行ってたんだ。さっき帰ってきた所なんだよ」

「リスティに実践で教えたいってゼットが言いだしてさ。ちょっと近場で狩ってた」

 セオドアはテーブルの上にブラッドストーンを並べていた。

「ヒーラーは実践で覚えるのが一番だからな! ソロよりもパーティでの戦い方を覚えないと」

 自信たっぷりに言うゼットを、リスティはニコニコしながら見ている。


「そうなんだ、みんなお疲れ様! ……あの、みんな。昨日のことなんだけど……ごめんなさい」

 神妙な顔で謝るナナセの顔を見て、それぞれがキョトンとしていた。

「何で謝るの? 昨日は楽しかったし、私は何も気にしてないから平気よ」

 リスティは笑顔で首を振った。

「そうそう、なんだか知らないけど急用だったんだろ? 仕方ないって」

 昨夜は機嫌が悪かったゼットも、何もなかったように今日は上機嫌だ。セオドアとノブも笑顔で頷いている。とりあえず彼らが気を悪くしている様子がないことに、ナナセは胸を撫で下ろした。


「昨日はね、あの後みんなで星が見える公園まで行って、たき火しておしゃべりしたんだよね」

 マルが話し出すとリスティがうんうんと頷いた。

「楽しかったわね! あんなに星が綺麗に見える所が近くにあったなんて……マシュマロを焼いて食べたの初めてで、すっごく美味しかったー!」

「ふふ、ぼくマシュマロ大好きだから。持って行ってよかった」

「そうなんだ、私も行きたかったな」

 ナナセは少し羨ましそうに言った。

「今度はナナセも一緒に行こうよ! ぼくまたマシュマロ沢山作って持っていくからさ!」

「うん、行こう!」


 どうやら彼らはナナセが出ていった後で、外に星を見に行っていたようだ。彼らの機嫌がいいのはそのおかげかもしれなかった。翌日、仲間達はリスティと魔物狩りをして、みんなすっかり仲良しになっていた──



♢♢♢



 今日もファミリーハウスの中は賑やかだ。リスティを中心にゼット、マル、セオドア、ノブと全員揃って何やら盛り上がっている。


「みんな、こんにちは」

 リビングに入ったナナセが挨拶をすると、大笑いしていた彼らがピタッと会話をやめ、それぞれがナナセに挨拶をした。


(邪魔しちゃったかな)

 少し居心地の悪さを感じながら、ナナセは空いている椅子を引っ張り、腰かけた。するとマルがそんなナナセに気づいたのか、笑顔で話しかけてきた。


「今日はリスティの中級昇格試験をみんなで手伝ったんだー。試験があっさり終わっちゃったから、その後みんなで魔物狩りをしてきたんだよ」

「えっ、リスティもう中級に上がったの!?」


 ナナセは驚きで思わず声が大きくなった。ナナセとルインは同じ下級魔術師として、訓練所で訓練する日々だ。その彼女達とほぼ同時期にヒーラーになったリスティが、もう中級ヒーラーになったということだ。


 驚いているナナセを見て、ゼットが話に入ってきた。

「基本的な魔術の使い方さえ分かれば、後はやっていくうちに慣れるから。中級昇格試験の課題も簡単な魔物退治だから、俺たちが手伝えば試験なんてすぐに突破できるってわけ」

 ゼットが堂々と話す姿を、リスティはうっとりと見つめている。

「ゼットが早く中級に上がった方がいいって言うの。中級になれば蘇生魔術も使えるようになるし、強いロッドも装備できるみたいだから」

「あーそうだ、忘れてたよ! ロッドを新しく買わなきゃって話してたよな! リスティ、早速武器屋に見に行くか。新しいロッドを買ってやるよ」

「え、いいの?」

 リスティは目を丸くした。

「中級に上がったのに、そんなしょぼいロッド使ってたら笑われるぞ? ああ、それと『魔力のペンダント』も買っておいた方がいいな。あれはヒーラーには必需品なんだ」


 魔力のペンダントは、レオンハルトがナナセと出会った時に着けていたものだ。魔力を貯めておける便利なもので、簡易的な灯りとして使うこともある。もちろん、中級に上がったばかりのリスティに買える金額ではない。


「色々ありがとうゼット。でも……ペンダントって高いんじゃない?」

 さすがにペンダントまで買ってもらうのは申し訳ないと思ったのか、リスティが遠慮する様子を見せた。

「遠慮しなくていいって。これは先行投資ってやつ! リスティが立派なヒーラーに育てば俺たちが助かるんだから! な? お前らもそう思うだろ?」

 ゼットはセオドアとノブに同意を求めた。彼らはゼットの行動に反対しない。二人は揃って頷く。

「そう……? じゃあ、お言葉に甘えようかな?」

 渋々同意したリスティだったが、すぐその後笑顔になった。


「よし、じゃあ今すぐに行くか。ちょっと俺たち出かけてくるから」

 ゼットはそそくさと立ち上がり、玄関へ向かう。リスティも「またね、みんな」と言いながら、小走りでゼットの後を追った。

「いってらっしゃい!」

 マルが笑顔で手を振った。二人が家を出ていった後、リビングは火が消えたように静まり返った。


 これが今の「ダークロード」の普段の姿だ。

リスティがいる時はとても賑やかだが、いなくなると急に静かになる。そもそもリスティが加入する前の「ダークロード」は、いつもこんなものだった。

 リスティはあっと言う間に仲間に溶け込んだ。ヒーラーだから、というだけではなく、彼女の天真爛漫な明るさは、すぐに仲間たちに受け入れられた。


 なんとなく、自分の存在感が薄いことに気づいていたナナセだったが、それも仕方のないことだ。ナナセはヒーラーではないし、レオンハルトの事件があってファミリーハウスにいられないことも多かった。遠慮がちなナナセの性格も邪魔しただろう。


(大丈夫、これからはもっとファミリーと時間を過ごせるようになる。訓練所で頑張って中級に上がったら、みんなと魔物狩りに行ったりできるようになるはず。そうしたらみんなともっと仲良くなれるよ)


 ナナセはそう自分を慰めた。

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