第11話 新しい仲間、リスティ

 ナナセは魔術ギルドの訓練所で、魔術を学ぶ生活を始めていた。

 今日は魔術を学ぶ他の新米メイジたちと一緒に、訓練所の実践エリアに来ている。天井が恐ろしく高くとても広い場所に、訓練用の的となる人形がいくつか置かれているだけの簡素な場所だ。


 メイジの講師はルシアン。ギルド長でもある彼が担当している。

「今日は基本的なロッドの使い方を学びます。まずは私のやり方を見て……」

 ルシアンはロッドを持ち、人形に向かって構えた。するとロッドの先端にはめ込まれた石が光り、光の筋のようなものがロッドの先から真っすぐに的に向かって飛び、見事に人形に命中した。


「これが基本的な攻撃魔術です。メイジ自身の魔力を消費するものなので、最初はすぐに息切れしてしまうでしょう。しかし訓練を積むことで、魔力を上手く使えるようになり、効率よく魔術を使うことができるようになります」

 ヒヨッコメイジ達は一列に並び、それぞれが真剣な表情で頷いている。

「さあ、みなさんもやってみましょう。ロッドであの人形を狙うのです」


 ナナセはロッドを構えた。他のメイジ達のロッドも一斉に光り出す。ナナセはロッドを伸ばし、遠くに置かれた人形を狙った。ロッドから伸びた光の筋は真っすぐに走り出し……まったく見当違いの場所に飛んで行った。

「難しい」

 思わず呟き、ナナセは再び構える。他のメイジ達も同じく苦戦していた。ロッドから魔術がなかなか出ない者、足元にうっかり魔術を当ててしまう者、魔術が強く出すぎて既に息切れしている者もいる。

「最初はそんなものです。すぐに慣れますから、練習あるのみですね」

 ルシアンは穏やかに微笑み、ヒヨッコ達を励ました。




 訓練が終わった後、ナナセはルインと待ち合わせていた。訓練所のロビーでルインを待つナナセの元に、訓練が終わったルインが駆け寄ってくる。

「あ、終わった? ルイン」

「うん」

「はー、疲れたねえ!」

 ナナセはうーんと伸びをすると、ルインと並んで歩き出した。


「ヒーラーの訓練はどうだった?」

「レイラ先生に治癒魔術を習ったよ。あとは基本的な攻撃魔術も」

「へえー、私も攻撃魔術を習ったよ。難しくなかった?」

「コツを掴むまで少し戸惑ったけど、そんなに難しくなかった」


 ルインは事も無げに話した。ナナセはうまく使えるようになるまでだいぶ苦戦したのだが、ルインは飲み込みが早いようだ。


「すごいなあ、私なんて魔術がちっとも的に当てられなくて苦労したよ」

 ナナセは苦笑いしながらルインを見た。

「最初はそんなものだってレイラ先生も言ってた」

 ルインはナナセを励ますように微笑んだ。

「そうだよね……明日も頑張ろう。そうそう、タケルさんからメッセージ届いた? 犯人を見つけたかもしれないって話」

「うん、朝起きたらメッセージが来てた。昨日二人でヒースバリーに行ったんだよね?」

「そうなんだよ。タケルさんに犯人の顔を確かめろって言われたんだけど、顔ははっきりとは見えなくて。でも……似てると思う」

 ナナセはフードを目深に被ったあの男の顔を思い出していた。


「レオンハルトって名前の召喚師かもしれないんでしょ? そいつ」

 ルインは急に立ち止まった。

「ルイン、何か思い出したの?」

「まだ思い出せてはいないんだけど、一つ気づいたことがあるの。私は地下水路で倒れてたって話したでしょ? あそこは確かに『宵の泉』が湧く場所だけど、弱い魔物しか湧かないはずなの。もちろん、弱いとはいえ魔物だから、集団で襲ってこられたらひとたまりもないけど」

 ルインの話を聞いていたナナセは、彼女の言いたいことに気がついた。

「やっぱりルインの時も、強い魔物を召喚してルインを傷つけたんだね」

 ルインは黙ってうなずいた。

「そうだと思う。あそこは奥まで入り込まなきゃそんなに危険はないから、タケルさんたちは私が宵の泉の所まで連れていかれたんだろうって予想してた。でも違うかもしれない。召喚師なら、どこでも関係なく強い魔物を出せるもの」

「きっと私と同じ手口だよ。本当に卑怯な奴」

 ナナセの口調に怒りがにじむ。


「タケルさんはヒースバリーであいつを捕まえるつもりみたいだけど……簡単に捕まると思う?」

「きっとやってくれるよ! ルイン。タケルさん、自分にまかせてくれって言ってたし。今はあの人を信じて待とう」

 今はまだ未熟なメイジとヒーラーの二人では、上級召喚師のレオンハルトにかなうわけもない。二人はタケルを信じるしかなかった。



♢♢♢



 ルインと別れたナナセは、その足でファミリーハウスに向かった。


「こんにちはー」

 挨拶しながら中に入ると、リビングにメンバーが集合していた。

「あ、ナナセだ! ちょうどよかったー、早くこっちに」

 マルはニコニコしながらナナセを手招きする。ナナセはすぐに見慣れない者がいることに気づいた。


 リーダーのゼットの隣に、ベージュ色の長い髪、同じ色のキラキラした瞳を持つ女性が立っていたからだ。


 ゼットがその女性を促し、ナナセの前に立たせた。

「今ナナセを呼ぼうと思ってたんだよ。紹介するよ、彼女はリスティ。ナナセと同じ下級冒険者だ。今日からうちのファミリーメンバーになってくれることになった」


「こんにちは、リスティと言います。これからよろしくお願いしますね」

 リスティは礼儀正しく挨拶をした。


「初めまして! 私はナナセです。えと……私も最近ここに入ったばかりで」

 ナナセはオドオドしながら挨拶をした。

「同じ下級冒険者のメンバーがいるって聞いたから、安心してメンバーになれたの。ナナセはメイジなんですってね? 私はヒーラーなの。同じ魔術師仲間ができてうれしいな」

 リスティは人懐っこい笑顔でナナセに話しかけた。

「そうか、リスティはヒーラーなんだね。あれ、でもそのローブ……」

 ナナセはリスティのローブに目をやった。ナナセとルインは魔術ギルドで支給されたローブを着ていて、ヒーラーは青色のはずだが、リスティのローブはクリーム色で、フード部分に銀の糸で刺繍が入っている凝った作りだ。


「これ? ゼットにもらったものなの」

 リスティは自分のローブをつまんで見せた。

「俺のお古だけどな。昔、ヒーラーを目指してた頃に買ったものだよ。これでも中級まで行ったんだぜ……でも結局俺にヒーラーは向いてないことが分かってさ。剣士に転職してからはずっと倉庫にしまいっぱなし。眠らせておくのももったいないから、彼女に使ってもらおうというわけ」

 ゼットはやけに饒舌に話した。

「そういえば、昔ヒーラーだったって話してたな。ゼットがヒーラーやってたなんて信じられないけど」

「そうだよな。ゼットがヒーラーなんて、危なくて後ろを任せられないよ」

 ノブとセオドアはゲラゲラと笑う。ゼットは苦笑いしながら、改めてメンバーに向き直った。


「お前ら、俺の話はもういいから。えー、うちのファミリーには今までヒーラーがいなかったわけだけど……ようやく念願のヒーラーが来てくれたってわけだ! 今夜はリスティの歓迎パーティをするから、ナナセも予定を空けといてくれよ」

 ゼットはヒーラーを仲間にできて心から喜んでいるようだ。

「よかったね、ゼット。新しい仲間が欲しいってずっと探してたんだもんね」

 マルも嬉しそうに笑っている。

「ああ、これでうちのファミリーもだいぶ充実してきたな! この調子で二人には頑張ってもらって……早くファミリーだけで魔物狩りに行きたいよな!」

 ゼットは上機嫌だ。セオドアたちも「楽しみだな」などと言いあっている。


 魔物狩りは基本的にはパーティを組んで行う。一人で魔物と対峙するのは危険だからだ。前に出て盾になる者、後ろに立ち前衛を援護したり攻撃する者、回復をするヒーラーと、役割分担をすることで強い魔物とも戦える。強い魔物を倒すことができれば、それに見合った莫大な報酬をギルドから受け取れる。そしてその報酬で、更に強力な装備品を手に入れることができるのだ。


 パーティは即席で組むこともできるが、できれば気心知れた仲間と行動した方がいい。ファミリーの規模を大きくしたい理由の最も大きいのがそれだ。ファミリーメンバーが充実すればパーティの編成もしやすい。

 

 ナナセも新たにヒーラーが仲間に入ったことを喜んでいた。ナナセはメイジを選んでしまったので、少しばつが悪い思いをしていた。これで安心してメイジの訓練に集中できる。

「私も頑張って、早くみんなと狩りに行きたい」

 ナナセが言うと、仲間たちは笑顔で頷いた。

「頼りにしてるぞ、ナナセ! マルはすっかりメイジのやる気をなくしてるからな」

「やる気はあるよお、ただちょっと……やることいっぱいあって後回しにしてただけ! これからはちゃんと頑張るよお」

 ゼットがマルをからかうとマルは頬を膨らませ、周囲は笑い声で包まれた。



♢♢♢



 その日の夜、ファミリー『ダークロード』のメンバーが集まり、ファミリーハウスでささやかなパーティが行われていた。

 マルが腕を振るった料理がリビングのテーブルに置かれ、中央に立つゼットがグラスを掲げて挨拶をする。


「今夜はリスティの歓迎会だ。我が『ダークロード』に参加してくれたことを感謝して……乾杯!」

「乾杯!」

 それぞれがグラスを掲げ、笑顔でドリンクを飲み干す。ナナセとリスティには桃葡萄ジュース、他のみんなはワインというものを飲んでいる。ワインが美味しいかどうかは分からないが、みんなはそれが大好物のようだ。


「ワインって美味しいの? どんな味?」

 リスティが興味深そうにワイングラスを見ながらゼットに尋ねた。

「これか? 葡萄で造った酒なんだけど美味いぜ、リスティも一口飲んでみるか?」

ゼットにグラスを渡されたリスティは、ワインに少しだけ口をつけると、首を振ってグラスを置いた。


「うーん、私はあまり……やっぱり桃葡萄ジュースがいいな」

 マルは笑いながらリスティからグラスを取り上げた。

「もー! ゼットったら。下級冒険者はお酒禁止だよ! リスティ、中級になってから飲もうね」

「まだリスティには早かったな。でもすぐに飲めるようになるさ」

 ゼットはワインの瓶を持ち、自分のグラスに並々と注いで一気に飲み干す。

「ゼットは飲むのが早いんだよー、もうなくなっちゃったじゃない。ぼく飲み物取ってくる」

 椅子から立ち上がりかけたマルを見て、ナナセは慌てて制した。

「それなら、私が行ってくるよ。ジュースのおかわりも欲しいし」

「そう? ならお願いしようかな」

 マルは嬉しそうに微笑む。ナナセはキッチンへ飲み物を取りに向かった。アルコールは気分を高揚させ、ストレスを軽減する効果があるらしいが、なぜみんながワインをあんなに嬉しそうに飲むのか、ナナセにはまだ理解できない。


 飲み物の瓶を沢山抱えて仲間たちの元へ戻ると、ゼットを中心にパーティは盛り上がっていた。


「……だからリスティは訓練所なんか行かなくていいって、俺が辞めさせたんだよ」

「まあ、訓練所は別に行かなくてもいいもんな」

「あそこはちんたら教えるし、座学がかったるいよな……」

「でもゼット、リスティに誰が魔術を教えるの?」

 マルが尋ねると、ゼットはニヤリと笑う。

「当然俺だよ。下級魔術くらいなら俺にも教えられるからな。その後は誰かヒーラーを雇うつもりだ」

「えー、ヒーラーを雇うの? それって高いんじゃない?」


 なんとなく話に入りづらいナナセは、そうっとリスティからグラスを受け取ってジュースを注いだ。

「ありがとう、ナナセ」

「いえいえ」

 ナナセは微笑み、残りのジュースを自分のグラスに注ぐ。ほんのり桃の香りがして、甘酸っぱさがたまらない飲み物だ。


「それなりに高いだろうけどな。でも訓練所に通うより、一対一で学ぶ方が早く魔術を習得できるだろ? リスティが早く中級になって魔物狩りに行けるようになれば、それくらいの金、あっさり報酬で取り戻せるさ」

 ゼットは自信たっぷりに言うと、隣にいるリスティも笑顔を向けた。

「ありがとう、私もみんなの期待に早く応えられるように頑張らなきゃね」

 仲間たちは拍手をしながら「頑張れ」などと口々に言い、ナナセも慌てて拍手をした。




 パーティは和やかに進み、会話をしたり食事をしたりとそれぞれが好きに過ごしていた。ナナセもマルの作った料理をほおばったり、世間話をしたりと楽しく過ごしていたその時、ムギンが突然ナナセに呼びかけた。


『ナナセ、タケルからの呼び出しです』


 ナナセは慌てて一人キッチンへ走り、会話をするために右耳のピアスに触れた。

「タケルさん? どうしたんです……」

「おい! ナナセ! あのクソ召喚師を見つけたぞ! 今すぐこっちへ来い!」

 タケルのつんざくような声が響いた。


「えっ!? もう見つけた……!?」

「今フォルカーがこいつを抑えてる! おいフォルカー! ちゃんと手を掴んでおけよ! ……いいかナナセ、すぐにルインと一緒に『マリーワン』に行け。向こうに着いたらマリーワンにポータルの鍵を貸してもらえ! あいつなら鍵を貸してくれる! そしたらすぐに二人でヒースバリーの居住区まで来い、住所はムギンに送っておく! ここはゲートがあるけど、門番には俺が話して通れるようにしておくから」

「え? え? 今すぐ……? で、でもタケルさん、今ファミリーハウスで新しい仲間の歓迎会が」


「今すぐだ! お前が顔を確認しねえと、こいつが犯人と確定できねえんだよ! 歓迎会だかなんだか知らねえが、今を逃すと次の機会はねえぞ! 急げー!!」

「わ……分かりました!」

 ナナセは慌ててリビングに走った。


「あの! ……ごめんなさい、私今すぐ行かなきゃいけなくて」

 リビングにいた仲間たちが、一斉に怪訝な顔でナナセを見た。


「今すぐ? ナナセ、今夜は大事なパーティだから予定を空けておけって話したよな?」

 ゼットの機嫌がみるみる悪くなった。


「分かってる……でも、どうしても今すぐに行かないと……事情は、後でちゃんと説明するから」

「だからって、リスティに悪いと思わないのか? せっかく彼女の歓迎会だってのに」


 ゼットは椅子から立ち上がり、ナナセに詰め寄ろうとした。すると隣のリスティが慌てて椅子から立ち、ゼットの腕に手を置く。

「ゼット、私はいいの。気にしないで、ナナセ……大事な用なんでしょう? そろそろパーティもお開きかなと思ってたし、ナナセとも沢山おしゃべりしたし、私は十分楽しんだから平気よ」

「……そうか? まあ、リスティがそう言うなら……」

 リスティになだめられたゼットは急に大人しくなった。


「ごめんなさい。リスティ、ありがとう」

 ナナセの申し訳なさそうな顔を見て、リスティはにっこりと微笑み、首を振った。

「本当に気にしなくていいのよ。さあ、急いでるんでしょ? 早く行った方がいいわ」

「……うん!」

 ナナセは挨拶もそこそこに、慌てて出ていった。

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