第10話 犯人見つけた!

 町の各区画にはポータルポイントと呼ばれる円形の台が設置されている。住人たちは「ポータルの鍵」を使うことで、ポータルポイントまでどんな遠い所からでも一瞬で町に戻ることができる。勿論区画間の移動も可能だが、ポータルの鍵は使い捨てで費用がかかることから、利用するものは少ない。


 ナナセが居住区の入り口に設置されたポータルポイントに着いた時には、既にタケルが腕組みをしながら仁王立ちで待っていた。


「遅い!」

「すいません! あの、一体何があったんですか……?」

 ナナセは混乱しながらタケルに尋ねた。

「向こうに行ってから説明する。今からポータルで移動するから、俺がいいと言うまでその場から動くなよ」

「あの、行くってどこに……?」

 わけがわからないまま、ナナセは台の上に立ち背筋を伸ばしたまま、体を動かさないようにしていた。


「それじゃあ行くぞ」

 タケルはナナセの横に立つと、胸元のポケットから細長い鍵を取り出した。これがポータルの鍵と呼ばれるものである。

 鍵を足元に落とすと、宙でふわりと浮いて足元が光り、二人の体を強い光で包んだ。


 光は一瞬で消え、二人の姿がその場から消えた後、辺りは静かな空間に戻った。



♢♢♢



「もう動いていいぞ」

 タケルはナナセの肩を軽く叩いた。ナナセは棒立ちでこわばった顔のままだったが、タケルに肩を叩かれてようやく我に返った。

「あの……ここは……?」

 ナナセは驚いた顔で口をあんぐりと開けたまま、目の前の光景に圧倒されていた。


 キャテルトリーとは比べ物にならない規模の町だ。大きくて背の高い建物が立ち並び、広い道では沢山の冒険者や住民たちが行き交う。街灯の数も多く、夜なのに手持ちランタンがなくても十分明るいことにも驚いた。


「ここはヒースバリーだよ。ノヴァリス島では一番大きな都市で、住民の数も一番多い」

「ヒースバリー……ここが」

 名前だけは知っていたが、ナナセの想像以上に大きな町だ。


「さあ、急ぐぞ。事情は向こうで話す」

 タケルは急ぎ足で通りに出た。ナナセも慌てて後を追う。


「お前らを騙したヒーラーらしき奴を見つけた」

「え!?」

「お前に顔を確かめてもらいたいんだ。顔を知ってるのはお前だけだからな」

 ナナセはようやく、タケルに連れてこられた理由を理解したのだった。


 タケルは細い通りに入ると、そのまま早足でどんどん歩く。ナナセは必死で後を追って歩いた。

「ほら、あそこ」

 急に立ち止まったタケルが指をさした。その先には赤レンガで装飾された建物が見える。


「あれは『召喚ギルド』だ」

「召喚ギルドって……?」


 キャテルトリーにはないギルドの名前だ。ナナセは他の建物よりも少し古めかしいデザインの召喚ギルドを、じっと観察した。

「上級魔術師しかなれない職業だよ。魔物の力を一時的に借りて味方にすることができるんだ。ブラッドストーンから抽出して作った薬を使って、一度だけ魔物をその場に召喚できるってわけ」

「それってあの時の……!」

 ナナセはピンときた。リュウと屋敷の地下へ行った時、ナナセには到底勝てるはずのない強い魔物がいたのだ。その魔物に何度も倒され、ナナセは地下に閉じ込められた状態になった。


「その通り。変だと思ったんだよな、キャテルトリーの街周辺は、お前みたいなヒヨッコがうろついても平気なくらい安全なエリアなんだよ。魔物はそもそも俺たちドーリアやガーディアンとは敵対関係だ。あいつらだって俺たちにできれば会いたくない。みすみす倒されたくないからな」

 生まれたてのヒヨコ扱いされながら、ナナセは真剣にタケルの話を聞いている。


「キャテルトリー周辺のエリアは警備ガーディアンがめちゃくちゃ多く配備されてるし、そもそもあの辺に湧く魔物なんて知能の低い弱い奴だけだ。それなのに『死神に魅入られた男』があの屋敷にいること自体がおかしいんだよ」

「召喚師なら、それができるってことですね?」

 タケルは頷いた。

「もちろんできるさ、でもそれはやっちゃいけないし、ギルドでも強く禁止されてるぜ。召喚した魔物は、召喚師がブラッドストーンに戻すってのが基本的なルール。魔物を放置して他の冒険者を攻撃するなんて絶対にダメだ。ばれたら召喚ギルド追放は間違いないどころか、冒険者ギルドから罰を受けることになるぜ」

 タケルの睨むような視線は召喚ギルドから少しも動かない。

「リュウが召喚師かもしれないから、召喚ギルドに私を呼んだんですね」

「そういうこと! 召喚師が怪しいと睨んでここを探ってた。そしたらお前から聞いた容姿の特徴に似てる奴が、最近召喚ギルドに転職してきたらしいって聞いた。しかもそいつは元ヒーラー」

「あ……」

 ヒーラーだと名乗っていたリュウ。確かに、特徴は一致している。


「それでここを張ってたらついさっき、そいつが中に入っていくのを見たんだ。ギルドの奴らには適当に話して、中にいる奴をうまく引き留めてもらってる」

 タケルは振り返り、ナナセの両肩をぐっと掴んで目を覗き込んだ。

「いいか? 俺が今からそいつを外に連れ出すから、奴が出てきたらお前は顔を確認しろ」

「……分かりました」

 ナナセは緊張気味な顔で頷いた。

「ちょうどローブを着てるな、その恰好ならお前とばれないだろ。フードを被って、あいつと目が合わないように気をつけろよ、逃げられたら面倒だ。今は顔を確認するだけだ、分かったな?」

「はい、気をつけます」

 こわばった顔でナナセはフードを頭に被った。


 タケルはナナセをその場に残してギルドの中に入っていった。ナナセはぐっと拳を握りしめる。リュウが召喚師かもしれないというのは全く想像もしていなかった。ヒーラーだと名乗ったのは自分を偽る為だったのだろう。ルインが地下水路に置いていかれた事件も、ナナセと同じ手口かもしれない。


 少しすると頭にフードを被り、長いローブを着た者がギルドを出てきた。ナナセの体に緊張が走る。

 そのすぐ後にタケルが大声を上げながら出てきた。

「おーい! 待ってくれよ。悪かったって! 気に障ったんなら謝るよ」

「うるさい、追ってくるなよ」


 くぐもっているが、男性の声だ。タケルに吐き捨てるように言うと、その男はナナセが身を潜めている方向に歩いてきた。


 似ている気がする。ナナセは必死に記憶を手繰り寄せた。あの時話しかけてきたリュウの声に近い気がした。

 男がナナセに近づいてきた。ナナセはフードを深く被っているから、男に見つかる心配はないだろう。とは言え油断はできない。ナナセは建物に身を寄せ、相手から見えないよう姿を隠した。

 そのローブ姿の男がナナセの横を通り過ぎる瞬間、ナナセは男の顔を見た。男もローブを目深に被り、顔が分かりにくい。見えたのは口元の部分だけだ。


 男はナナセに気づかずに歩いていく。もう少ししっかりと男の顔が見たいと思い、ナナセは男の後を追おうとした。

 その時、男は突然その場に立ち止まった。慌ててナナセが身を隠しながら男を見ると、男の周囲に光の円柱が現れる。

「あっ……」

 ナナセは思わず走り出そうとした。男の姿は一瞬のうちにその場から消えてしまった。



「あいつ、逃げたな」

 タケルがナナセの所に戻ってきた。

「やっぱり逃げたんでしょうか。私の顔は見られてないと思うんですけど」

「あいつの顔は見たか? どうだった?」

 ナナセはうつむきながら首を振る。

「声は似ている気がしました。でも顔は……フードで隠れていてよく分からなかった」

「隠してるみたいだな、顔を不用意に見られないように。ギルドの中でもフードを被りっぱなしだし……あいつ、やっぱり怪しいわ。何もないなら突然逃げるようなことはしねえだろ」

 タケルの顔には確信の色があった。

「私のせいかも……つい後を追いかけようとしちゃって」

「いや、気にすんな。あいつのことを色々聞けたし、今日はこれでいい」

 タケルはニヤリと笑って見せた。


「お前にも教えてやる。あいつの本当の名前は『レオンハルト』だ。以前は上級ヒーラーで、今は上級召喚師」

「レオンハルト……」

 レオンハルトと言う名前の元ヒーラーだった男。彼が犯人かもしれないと知り、ナナセは再び怒りが沸き起こってきた。


「どこに逃げたか知らねえが、必ずヒースバリーのどこかに顔を出すはずだ。名前も分かってるし、もうすぐ捕まえてやるから心配すんな」

 こわばった表情のナナセをいたわるように、タケルは優しく語りかけた。

「はい。彼を見つけたら教えてください」

「もちろん、任せとけ。俺はここに残るからお前はキャテルトリーに戻れ……あ、しまった」

 タケルはポケットをごそごそし始めた。

「悪い、ポータルの鍵がもうなかった。すぐそこに売ってるから行こうぜ」

 言うが早いか、タケルは長い髪をひらりとさせ、さっさと大通りの方へ歩き始めた。ナナセは慌ててタケルの後を追った。


 先ほど来た道を戻れば、大通りに出る。通りには様々な店が並んでいて、もう夜だというのに人通りが多くにぎやかだ。

「すぐそこにあるからさ……ほら、あそこがポータルポイントで、ポータルの近くに店が……」

 通りの向こうを指さしたタケルは、突然「ゲッ」と言い顔を歪めた。ナナセがタケルの視線の先に目をやると、向こうから真っ白な鎧に身を包んだ三人の男たちが歩いてくるのが目に入った。


 冒険者だらけのこの町で鎧姿は珍しいものではない。だが全身真っ白の鎧は異様でとても目立つ。それは、キャテルトリーの門を警備しているガーディアンが身に着けているものとよく似ていた。ナナセも白鎧を着ている男を時折見かけることがあった。


 男らの中心に立つ輝くような金髪の男がタケルを見つけると、にーっと口を広げて笑顔のまま近づいてきた。


「おや、こんな所で会うとは偶然だね、タケル」

「……ユージーン」

 ユージーンと呼ばれた金髪の男は、貼りついた笑顔のままナナセに目を向けた。


「やあ、私はユージーン。ノヴァリス自警団の団長をしている」

「自警団……」

 ナナセはぽかんと口を開けている。

「ふむ、君は……見たところ初々しい冒険者にしか見えないが、一体こんな所で何を?」

 ユージーンは笑顔だが、その目は笑っていない。ナナセは思わず背筋を伸ばした。

「初めまして、私はナナセと言います。今日は……」

「ナナセは俺が連れて来たんだよ。ヒースバリー見学ってやつさ」

 タケルが慌てて会話に割って入った。

「ほう、それはいいじゃないか。ヒースバリーはノヴァリスの中心と言える素晴らしい街だよ、ぜひゆっくりしていってくれ!」

 ユージーンは大げさに両手を広げ、歓迎の仕草をして見せた。

「ありがとうございます……」

 ナナセはユージーンの迫力に少し戸惑い気味だ。


「そういえばタケル。最近ヒースバリーで、ある召喚師を探していると耳にしたんだが?」

 タケルはユージーンの質問に、頭をかきながら大きなため息をついた。

「ちょっとな、人探しだ」

「ほう。人探しなら我々『ノヴァリス自警団』をなぜ頼らない? 我々はヒースバリーの治安を守るだけではない、住人の困りごとの力にもなっている。タケルも知っているはずだ」


 ノヴァリス自警団はノヴァリス島のそれぞれの町にあり、町の治安を守る集団だ。全員お揃いの白い鎧を着ているのが特徴となっている。


「お前らが頼りにならねえから、俺らが自分でやってんだよ。人探しはおかげ様でもう解決してるからお構いなく」

 タケルは苛立った様子でユージーンに答えた。

「我々が頼りにならないとは、心外だなあ! そうだろう? お前たち」

 ユージーンは両脇を守るように立っている二人に言って見せた。二人は「その通りです」「我々を侮辱するとは」とユージーンに同調して大げさに頷いて見せた。


「頼りになってたら『新人狩り』はとっくに見つかってるはずだろ! お前らがちっとも犯人捜しに本腰入れねえから、俺らがやってんだろうが!」

 タケルの声が急に大きくなった。腕組みをしてユージーンを睨みつけ、険悪な空気になっている。ナナセは二人を心配そうにただ見ていることしかできない。

「ああ……キャテルトリーで起きた例の『新人狩り』事件のことか? そのことなら我々も犯人を捜している所だ。まさか……さっき言ってた人探しとは、そのことか?」

 ユージーンは余裕たっぷりの顔で腕組みをしている。


「だったら何だよ、どうせお前らには見つけられねえだろ? キャテルトリー分団の奴らときたら何もしやしねえ。あいつら酒場に入り浸って、昼間から飲んだくれて朝になってから寝るような奴らだぜ」

 タケルは吐き捨てるように言った。

「それは申し訳ない、団長として詫びさせてもらうよ。だが、キャテルトリーはそもそもガーディアンがしっかりと街を守っている場所だろう? 我々の出番がないほど平和な街だからね、つい団員も気が緩むのかもしれないな。ふむ、近々キャテルトリーを訪ねて私が直接話をしようじゃないか」


 身振り手振りが大げさで、芝居がかったような話し方をする男だ。タケルが食ってかかっても涼しい顔をして、動揺を一切見せない。


「そもそもお前がちゃんと団員を見てねえから、あいつらがサボるんだろ? ガーディアンは魔物から街を守ることしか命じられてねえ。ガーディアンに街のことを任せていいのかよ」

「ガーディアンは現状ではキャテルトリーを守る最適な盾だと思うが?」

 ユージーンも負けずに言い返す。

「あいつらはあくまで街を守るだけで、住人のトラブルには介入しねえのが決まりだろうが! だから新人狩りなんてふざけたことをする奴が現れるんだろ」

「ガーディアンへの不満を私にぶつけられても困る。そういったことは冒険者ギルド総本部へ……」


 二人の言い合いがヒートアップしてきたところで、ようやくユージーンの脇にいた男が割って入った。

「団長、ここで言い合いをしている暇はありません。会合に遅れます」

「おお、そうだったな。ではお二人とも、我々は『ハイファミリー同盟』の会合があるのでここで失礼する。要望などがあれば後で自警団を訪ねてくれ。では」

 ユージーンはフンと鼻で笑うと、その場を去っていった。


「はあ、ほんとむかつくぜ」

 ユージーンたちの後ろ姿を見ながら、タケルは吐き捨てるように言った。

「あれが自警団なんですね」

「一応キャテルトリーにも分団はあるけど、あいつらに会いたきゃ夜の酒場にでも行くしかねえだろうな。奴らは酒飲んで騒いで、毎日遊んで暮らしてる連中だ」

「前に何度か見かけたことがあります」

 ナナセは彼らが偉そうに歩く後ろ姿を見ながら呟いた。


「自警団なんてあてにならねえから、あいつらを頼らない方がいいぞ……。あいつら宿舎もあるし飯もあるし、給料も出るからな。何もしなくても暮らすには困らねえんだよ。ああやって街中を偉そうに練り歩くだけの連中さ」

 タケルは心底自警団を嫌っているようだ。ナナセは何故彼女がそんなに自警団を嫌うのか気になったが、その剣幕を見て詳しく聞くのはやめておいた方がいいと思った。


「さあ、さっさとポータルの鍵を買ってくるか。変な邪魔も入って遅くなったしな」

 取り繕うようにナナセに微笑んだタケルは、カツカツとブーツの踵をわざとらしく鳴らしながら歩いて行った。

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