第9話 魔術ギルド入会
翌日、ナナセとルインは早速魔術ギルドを訪れた。
魔術ギルドは職業区の一番奥にある。魔術ギルドの周囲だけ木々が生い茂り、外から建物が見えにくくなっている。魔術ギルドの隣には魔術訓練所が併設されており、ナナセ達はそちらで魔術について学ぶことになる。
魔術を使う職業はいくつかある。その中で、攻撃魔術を主に使うメイジと回復魔術を主に使うヒーラーが、新人魔術師が選ぶことができる職業だ。上級職と呼ばれる職業もあるが、今の二人にはまだ選ぶことができない。
魔術訓練所に通うことは必須ではない。だが魔術を学ぶ為に必要な魔術書が訓練所で学ぶと安く買える為、多くの冒険者は訓練所で学ぶ道を選ぶ。
魔術ギルドの中に入ったナナセとルインは、誰もいない受付の前で顔を見合わせた。
「どうしよう、誰もいないのかな」
ナナセが不安そうにキョロキョロしていると、ルインが「あっ」と声を上げた。受付カウンターの奥にある扉が、ギイっと軋む音を立てて開いたのだ。
「ああ、すみません。うちのギルドにご用ですか?」
扉からひょっこりと姿を見せたのは、足元まで覆われた長いローブを身に着けた女性だった。
「こんにちは、あの……私たち魔術ギルドに入りたいんです」
「そうですか! お二人とも、我が魔術ギルドへようこそ! どうぞ中へお進みください。ちょうどギルド長がいらっしゃるところですよ」
女性は二人を別の部屋へと案内した。そこは広い部屋で、机がいくつも置かれていて数人の魔術師が何やら机に向かっていた。壁一面にはびっしりと本が並んでいて、反対側の壁には大きなノヴァリス島の地図が貼られている。地図の真ん中あたりには大きな山脈が描かれていて、山脈の西側は雲のようなもので隠れていた。その隠れている場所には「未開の地」と書いてある。
「こちらへどうぞ」
女性は部屋の一番奥にある机にいた男性の所まで二人を連れて行くと、軽く頭を下げて後ろに下がった。
その男性は艶のある長い黒髪を垂らし、涼し気な瞳と青白い肌が印象的だった。その瞳はおどおどした様子のナナセとルインを捉えると、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「初めまして。私は魔術ギルド長であり、ウィザードのルシアンです。お二人を我々魔術ギルドは歓迎します」
ウィザードというのは、メイジとヒーラーを極めた者がなれる上級職だ。柔らかな口調といい、落ち着いた物腰といい、ルシアンはただ者ではない雰囲気をまとっていた。
「は、初めまして。ナナセと言います」
「ルインです。よろしくお願いします」
二人はぎこちなく挨拶をした。
「魔術ギルドには訓練所もあり、そこで魔術を学ぶことができますよ。お二人はこの後、訓練所への入所も希望されますか?」
「はい、私たち訓練所に入りたいです」
ナナセはルインと目を合わせながら言った。
「そうですか。それならば、お二人にはこちらをお渡ししましょう」
ルシアンは側に立っていた女性に荷物を持ってこさせた。それはメイジ用の黒のローブとヒーラー用の青のローブ。片手で持てる程度の長さのロッドが二つと本が二冊。ナナセたちは渡された品物に興味津々で、本を開いたりローブを広げてみたりしている。
「訓練所へ入所する方へお渡ししています。そのロッドは魔術を扱う者だけが使用できます。それは初心者用ですから、慣れてきたら自分で新しいものを買うといいですよ。その本は『魔術書』というもので、下級魔術を学ぶことができる専門の書です。町の魔術書店で購入すると300シルはするものですが……」
「300シル!」
ナナセは思わず叫んでしまった。
「訓練所へ入所する方なら、ローブとロッドも一緒に合わせて200シルです。おまけにベテランの魔術師から直接魔術を学べる……訓練所での学びはとても意義深いものになるでしょう」
「……はい、確かに」
正直ナナセには200シルですら高いと思ったが、ルシアンの言うことに調子を合わせた。
「あの、ギルド長。訓練所に入所しない魔術師もいるんですか?」
ルインがふと疑問を口にした。
「え? ああ、そうですね。実を言うと……最近訓練所に入らない新人が増えていまして。特にヒーラーはどこのファミリーも欲しがりますからね。街で新人を直接勧誘して、自分たちで魔術を教えて、ファミリー専属のヒーラーに育てようと考える所があるようですね」
ルシアンはふうっと大きなため息をついた。
「私達は魔術師が訓練所を通さずに魔術を学ぶことについては、特に反対はしていません。しかしながら……ファミリー専属のヒーラーは、我々魔術ギルドに非協力的な面があるのです。ですからあなた達に魔術ギルドに入ってもらえるのは、とても嬉しいことなのですよ」
涼し気な目を細めるルシアンの笑顔に、ナナセとルインは照れたように目を合わせた。
「それではこのまま手続きを進めましょう。お二人とも、ムギンを出していただけますか?」
ルシアンに言われるまま、ナナセとルインは自分のムギンを差し出し、ルシアンは慣れた手つきで登録の手続きをした。
「あの、一つ聞きたいことがあるんですけど」
登録が終わったムギンをポケットにしまいながら、ナナセはルシアンに尋ねた。
「はい、何でしょうか?」
「魔術ギルドに所属しているヒーラーのことは、全て分かるんですか?」
「ええ、全て記録していますから……それが何か?」
ルシアンはムギンを操作しながら顔を上げた。
「あの、リュウって名前のヒーラーなんですけど……ご存じありませんか」
「リュウ、ですか? そのリュウと言うヒーラーをなぜ探しているのですか?」
ルシアンは首を傾げている。突然妙なことを言い出したナナセを訝しんでいるようだ。
「本名は違うかもしれないんですけど、リュウと名乗るヒーラーに、私達嫌がらせをされたんです」
ナナセは慌てて事情を説明した。
「嫌がらせ……ひょっとして『新人狩り』のことでしょうか? 他にもそのヒーラーのことを調べている者がいるのですよ」
「そうです! タケルさん達だ……きっと」
ナナセとルインは思わず顔を見合わせた。タケル達は既に魔術ギルドを訪れ、手がかりを探していたのだ。
「冒険者を助け、癒す役目を持つヒーラーが新人を追い込むような真似をするとは、俄かには信じられません……。我々魔術ギルドも、所属している者に該当者がいないか調査している所です。不安でしょうが、後のことは我々に任せてください」
「はい、ありがとうございます」
ナナセはそう言って頭を下げた。
「新人のあなた方に言うのは気が引けるのですが……この世界にいるのは殆どが親切なドーリアですが、稀にですが悪意を持ってあなた達に近づくドーリアもいるのです。おかしいと思ったらすぐに誰かに相談することです」
最後にルシアンは恐ろしげなアドバイスをしてきた。二人は怯えたような顔で、ただ頷くしかなかった。
ルシアンとの話が終わり、ナナセとルインは訓練所へ向かった。ナナセは主に攻撃魔術、ルインは治癒魔術を学ぶためで、それぞれクラスは別となる。
魔術ギルドに隣接した大きな建物が訓練所だ。魔術ギルドと訓練所は渡り廊下で繋がっていて、訓練所へ行くには必ず魔術ギルドを通らなければならない構造になっている。訓練所では机の上で魔術について学ぶ座学と、実際に魔術の使い方を学ぶ実習があり、二人が始めるのはまず座学から。それから基本的な魔術を学ぶ。
ナナセが学ぶ魔術クラスは、なんとギルド長ルシアンが自ら教えるのだという。ルインの治癒クラスはレイラという美しい女性のヒーラーが担当する。
初日は訓練所の見学で終わり、ナナセは真新しいローブを羽織り、ロッドを大事そうに抱えながら歩いた。メイジ用のロッドは、先端に黒っぽい石が嵌められ、簡単な装飾が掘られているものだ。腰のベルトは武器の鞘として使えるようになっているので、腰にロッドを取り付けてみる。まだ何も学んでいないのに、もういっぱしのメイジになったかのような気になり、なんだか背筋が伸びる気分だ。
ナナセは訓練所のロビーでルインを待つ。ロビーの壁には沢山の絵が飾ってあり、各地の風景らしきものや、メイジやヒーラーがにこやかに微笑む絵などもある。その一つ一つをじっくり見ていると、ルインがようやく戻ってきた。
「待っててくれなくてもよかったのに」
その声に驚いてナナセは振り返った。ルインも青のローブを着て、なんだかヒーラーらしくなっている。
「すぐ来るかなと思ってたから。ねえ、この後職人ギルドの方に行ってみない? 何か受けられる仕事があるかも」
「うーん、そうだね……。確かにお金稼ぎしないと」
ナナセの提案に、ルインは腕組みしながら頷いた。
「ね、一緒に行こうよ!」
ナナセは嬉しそうに言うと、駆け出しそうな勢いで訓練所の出口へ向かった。ルインも慌てて後を追う。
渡り廊下を抜けて魔術ギルドのロビーに差し掛かると、ギルドの受付カウンターに新人の恰好をした女性の後ろ姿が見えた。淡いベージュ色の髪色の女性と何やら話をしている。
受付の女性が二人に気づくと軽く微笑んだ。ナナセ達は会釈をして通り過ぎ、外に出た。
「ルイン、それじゃあ職業ギルドに急ごう!」
二人は軽やかな足取りで職人区へと向かっていった。
♢♢♢
すっかり辺りが暗くなった頃、ナナセは一人、居住区にあるファミリーハウスに向かっていた。
魔術ギルドを出た後、ナナセとルインは職人区にあるギルドを見て回り、農業ギルドから収穫の依頼を受け、二人でひたすら畑仕事をしていた。こういう下働きの仕事はいくらでもあり、報酬は安いが時間を選ばず仕事を受けられるのが魅力だ。
わずかな報酬をもらってルインと別れた後、ナナセはファミリーハウスに顔を出すことにした。
ファミリーのリーダーであるゼットからは、厳しいルールはないと言われているが、基本的に仲間達はファミリーハウスで過ごすことが多いのだと聞かされていた。中にはそのままファミリーハウスで寝泊まりしてしまう者もいるという。
ファミリーハウスには基本的な設備が整っており、料理も作れるし風呂もある。職人は作業室を自由に使えるし、小さな裏庭で野菜を育てたりもできる。そこに行けばいつでも仲間に会えるし、寂しくないというわけだ。
ファミリーハウスの扉を開けると、リビングにいたのはマルとセオドア、ノブの三人だった。
「やあ、ナナセ! あ、その恰好! とうとうメイジになったの?」
マルが真新しいローブ姿のナナセを満面の笑みで出迎え、セオドアたちも笑顔を浮かべてナナセに挨拶をした。
「うん、さっきギルドで登録してきたよ。今日はゼットはいないんだね」
ナナセは室内を見回しながら尋ねた。
「ゼットはメンバー勧誘に本気になったみたいでさー、今日も朝からずっと街中走り回ってるよ。焦らなくてもいいのにねー」
マルは呆れたように笑った。
「まあ、ファミリーは一人でも多い方がいいのは確かだからな。俺もいい奴がいたら勧誘したいけど、大抵そういう奴は既に別の所に入ってるんだよな」
セオドアは黒い小さな石を光に透かしながら言った。
「やっぱり欲しいのはヒーラーだよな。ヒーラーがいれば俺たちだけで狩りにいけるし」
ノブは身を乗り出しながら話す。
ナナセは彼らの話を聞きながら、少し肩身が狭い思いをしていた。マルの勧めもあってメイジを選んだが、どうやらこのファミリーに必要とされているのはヒーラーらしい。
「職業なんて何でもいいじゃない。とにかくいい子が来てくれたら、それでいいよー」
マルはナナセの気持ちを知ってか知らずか、二人をなだめるように言った。
「それもそうだな。俺たちみたいな小さいファミリーには、誰か入ってくれるだけでも十分ってことか」
セオドアは苦笑いしながら言い、ノブも「そりゃそうだ」と笑う。
「今日の狩りはいまいちだな。ブラッドストーンも小さいし、落とし物もなかったし」
ブラッドストーン、と呼ばれる石を見ながらセオドアはぼやいた。
ブラッドストーンとは、魔物が倒された時に残していく石のことだ。
「それって、魔物が落とすやつ?」
初めて石を見たナナセに、マルはセオドアからブラッドストーンを受け取り、ナナセに渡して見せた。
「そうだよー。ブラッドストーンはね、この『レムリアル』で大事なエネルギーなんだ。今この部屋を明るく照らしてる光とか、町の街灯とか、いろんな所でブラッドストーンの力が使われているんだよ」
マルは丁寧にナナセに説明をした。
「そうなんだ……これがエネルギーになるんだね」
ナナセはまじまじと手のひらのブラッドストーンを見つめた。黒い石の中に赤い粒が無数に散っていて、恐ろしい魔物から生み出されたものとは思えない美しさがあった。
「だから冒険者ギルドはぼくたちに魔物討伐の依頼を出してるんだよ。強い魔物はそれだけブラッドストーンの力も強くなるから、より沢山のエネルギーが生み出せるってわけだね」
マルの説明を、ナナセはうんうんと頷きながら聞いている。
「俺たちが使うランタンもほら、ブラッドストーンの燃料を使ってるんだぜ。冒険者ギルドで加工された燃料を買って使うんだ」
ノブは腰のベルトに取り付けていた小さなランタンを外してナナセに見せた。それはガラスがはめ込まれた金属製の入れ物で、中にぼうっと柔らかな明かりが灯っている。魔物から得たエネルギーとは思えない暖かな光を、ナナセはじっと見つめた。
「そうだナナセ、もうご飯は食べた? ナスのチーズ焼きを作ったけどどう?」
マルが思い出したように言った。
「食べたい! もうお腹ペコペコで」
ナナセは目を輝かせた。
「ナスはね、ここで育てたやつなんだー。今朝採ったやつなんだよ」
マルは胸を張った。
「えっ、自分でナスを育てて、料理も作ったの? すごいね」
ナナセが驚くと、マルは照れくさそうに笑った。
「自己流の味付けだから、美味しくできてるといいんだけど」
「美味かったよ、さっき食った」
「そうそう、マルは料理上手だからな」
セオドアとノブが揃って合いの手を入れる。
「えへへ、そうかな? じゃあ用意するからナナセ、キッチンにおいでよ」
マルとナナセはリビングを出てキッチンへ向かった。仕切りで区切られた小さな調理スペースと六人は座れそうな大きなダイニングテーブルがあり、部屋の中はそれなりに片付いている。
「どこでもいいから座って待っててね」
マルはそう言うと調理台に置いたままの大きな鍋から一人分の食事を取ると、皿をテーブルの上に置いた。
「ありがとう」
ナナセは遠慮気味にテーブルに着く。マルは調理台に置かれたパンを適当に器に移すとナナセの所にそれを置く。
「さあ、どうぞ。もし料理に興味があるなら、このキッチンを自由に使っていいよ。うちのファミリー、料理をするのぼくしかいないから」
「あ……マルしか料理しないんだね」
リーダーのゼットを筆頭に、みんな魔物と戦うことにしか興味がなさそうなメンバーだ。確かに彼らがキッチンに立つ姿を想像できない。
「料理は好きなんだよね。最近魚釣りにもハマってて……今度いい魚が釣れたらご馳走するね」
マルは楽しそうだ。ナナセは目の前に置かれたナスのチーズ焼きを口に運んだ。
「……うん、美味しい!」
「ほんと? よかったー」
ナナセが食べる姿を見て、マルはますます嬉しそうに笑った。
食事が終わり、ナナセは一人キッチンで食べ終わった食器を片付けていた。
『ナナセ、タケルから呼び出しです』
突然ムギンの声が聞こえた。住民たちが身に着けているピアスは通信機能が付いており、ピアスを介して会話ができるようになっている。
ナナセは慌ててピアスに触れた。
「おーナナセ、今どこにいるんだよ。すぐこっちに来い」
タケルの大きな声がナナセの耳に響いた。
「タケルさん、え? 今すぐって……タケルさんこそどこにいるんですか? 私は今ファミリーハウスにいて」
「はあ? ファミリーハウス? お前ファミリーに入ったのか? ……まあいいけど、今居住区にいるんだな? なら居住区の入り口にある『ポータルポイント』に今すぐ来い。迎えに行くから」
「え? ポータルポイント? 今すぐ……?」
ナナセは意味が分からず混乱気味だ。
「早くしないと見失っちまうんだよ! とにかく急げ、いいな!」
一方的にまくし立てると、タケルは通信を一方的に切ってしまった。
「……なんなんだろ」
困惑したナナセだったが、タケルには何か急用がありそうだ。とりあえず言われた通り、居住区の入り口にあるというポータルポイントまで行った方が良いかもしれない。
「ごめんね、今ちょっと知り合いに呼ばれちゃって……先に帰るね」
ナナセはリビングで世間話に花を咲かせている三人に声をかけた。
「えっ、今から? 分かった。気を付けてねー」
マルは驚いた顔で言った。
「知り合いって?」
セオドアはナナセに尋ねた。
「なんていうか……私が住民登録試験を受けた時に手伝ってくれた人で」
リュウのことは今ここで話すことではない。ナナセはなんとなく濁して言った。
「そうか、じゃあ早く行ってあげた方がいいな。夜遅いから気をつけてな」
ノブは手を軽く上げてナナセに挨拶をした。
「うん、また来るね」
ナナセは三人に挨拶をすると、急いでファミリーハウスを出ていった。
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