第8話 外に出てスイーツを食べよう

 ファミリーに入った翌日、ナナセはルインの部屋を訪ねていた。


「……でね、成り行きでファミリーに入ることになっちゃった。みんな中級冒険者だから、私だけランクが低くてなんだか居心地が悪いんだけど……まだ冒険者にもなってないし」

「……そう」


 相変わらずルインは言葉少なだ。だがナナセがここのところ毎日ルインを訪ねていたせいか、初めて会った時よりもだいぶナナセに慣れてきているようだ。こうして突然部屋を訪ねて来るナナセを嫌がる様子はない。


「ねえ、ルインはどんな職業になりたいの?」

 ナナセはルインに質問してみた。ルインは一瞬戸惑うような表情を見せ、しばらく考え込むと「……ヒーラーかな」と答えた。

「ヒーラー!? ……えっと、言いたくないんだけど『あいつ』の職業だよね?」

 あいつ、とはナナセとルインを騙して置き去りにした犯人のことだ。

「うん……そうだけど、でも、最初からヒーラーがいいなと思ってたから」

「そうなんだ……」

 私だったらリュウと同じ職業なんて嫌だけどな、とナナセは心の中で呟いた。


「ヒーラーが、全員、悪い奴じゃないから」

 ルインがポツリと呟き、ナナセはハッとした。


「そうだよね、あいつがたまたまヒーラーだったってだけで、殆どは立派なヒーラーだもん! ヒーラーって冒険者を回復させたり、戦闘不能になっても助けることができるんだってね。この世界に必要な、大事な職業だもん。いいと思う! 応援するよ!」

 身を乗り出して熱弁するナナセに、ルインは引き気味だ。


「……ナナセは?」

「え?」

 ナナセはきょとんとした。

「ナナセは、なりたい職業とかあるの?」

「うーん、迷ってるんだけど……実はメイジがいいなって思ってて。ファミリーの仲間のメイジに色々教えてもらって、楽しそうだなって思うんだ」

「いいんじゃない」

 ルインは頷いた。

「ね、いいよね! メイジなら魔術訓練所に通うことになるから、ルインがヒーラーになったら同じ訓練所に通うことになるよね! だったら一緒に通えるね」


 魔術ギルドには魔術訓練所が併設されていて、そこでは魔術を使う職業の冒険者が通うことになる。メイジとヒーラーはどちらも魔術を使う職業なので、同じギルドに所属することになるのだ。


「訓練所は同じでも、クラスが違うけど」

「そ、そうだけど、でも同じギルドに通うんだし」

 そもそもルインはまだ外に出られていない。ギルドに所属して冒険者になる以前の問題である。だがナナセは、まるでルインが初めから部屋に閉じこもってなどいないかのように話をしていた。


「ねえルイン、同じ訓練所に通うことになったら、仕事も一緒に探そうよ! 魔術を学ぶには結構お金がかかるみたいだし」

 目を輝かせて話すナナセに、ルインはふっと口元を緩めた。返事こそしていないが、彼女の表情に拒否の感情は見えない。


「そうだ、ルイン。今度レストランに一緒に行ってくれないかな?」

 突然の言葉に、ルインの表情が固まった。

「いつもタケルさんが持ってきてくれるご飯は『マリーワン』っていうお店のやつでしょ? 私マリーワンに一度行ってみたいんだ。甘くて美味しいスイーツもあるんだって」

 ルインは目線を下に落とした。

「すっごく美味しいスイーツ、食べたくない? タケルさんが持ってきてくれる食事だけだと飽きちゃうでしょ? いつも同じようなものだし」


 タケルは毎日ルインの部屋に食事を運んでいる。そのメニューは大抵色々な野菜やら肉やらが入ったスープとパンのセットだ。確かにいい素材を使っていて味付けも完璧だが、そればかりだと飽きてしまうだろうとナナセは思っていた。


「私がごちそうするから。これでもちょっとはお金稼いだんだよ? ね、お願い」

 ナナセは身を乗り出してルインに頼み込んだ


「……いいよ」

「……え?」


 聞き間違いかと思い、ナナセは目を丸くした。

「マリーワン、行こう」

「いいの?」

 恐る恐る尋ねるナナセを見て、ルインは少しムッとしている。

「そっちが行こうって言ったんでしょ? それに私、別に外が怖いわけじゃないよ。ただ……」

「ただ?」


「……思い出せないんだよね。あの時の記憶があまりなくて」

「えっ……」

 この話は初耳だ。ナナセはじっとルインの話に耳を傾ける。


「覚えてるのは、町の地下にある地下水路に、誰かと一緒に向かったってことだけ。魔物がうようよいる所で倒れてたみたい。タケルさんが私を見つけた時、私は戦闘不能状態だった。誰にやられたのか……はっきりと思い出せないの。奴がヒーラーってことと男の声だったことだけは覚えてるんだけど、顔がどうしても思い出せない」


「その話、タケルさんたちには?」

「もちろん話したよ。フォルカーさんには、ショックを受けたせいで記憶が飛んでるんだろうって言われた。そのうち思い出すだろうから、無理に思い出そうとしなくていいって。だから……まだ記憶が戻ってないうちに外に出るのが不安なの。もし外に出て、またあいつに会っても分からないかもしれない。またあいつに騙されるかもしれないから」

「ああ……そういうことだったんだ」


 ルインはリュウの顔を忘れている。そのまま外に出て犯人を見かけたとしても、彼女が思い出すとは限らない。ルインは再び犯人に会うことを恐れている。だからタケルとフォルカーは、彼女を外に無理やり連れ出そうとしなかったのだ。


「でも……外に出たいとは思ってるよ。ナナセみたいに早く冒険したい。マリーワンで美味しいスイーツも食べたいよ」

 ルインは目を伏せ、ぎゅっとズボンを掴む。

「じゃあ行こう! 私と一緒に行けば、もしあいつがいてもすぐ分かるでしょ? 見つけたらすぐにタケルさんに連絡するから心配いらないよ……と言っても、この辺にいたら私がとっくに見つけてると思うから、近くにはいないと思うんだけど」


「……うん。マリーワンに行きたい」

 ルインは顔を上げ、きっぱりと言った。彼女の瞳には力が宿ったように見えた。

「決まりだね! 楽しみだなあ」

 二人は早速レストラン「マリーワン」へ向かうことになった。



♢♢♢



 レストラン「マリーワン」は商業区の商店通り沿いにある大きな建物だ。キャテルトリーで最も人気があるレストランで、美味しいのに値段が良心的と評判だ。


「うわ……いざ入ろうと思ったら緊張してきた……」

 ナナセは建物の前に置かれたメニュー看板を見つめながらぼやいている。

「いいから、早く入ろう? ここで悩んでても始まらないでしょ」

「う、うん」

 こう見えて意外とルインの方が度胸がありそうだ。ルインに促され、ナナセはオドオドしながらレストランの扉を開けた。


「いらっしゃいませ!」

 エプロン姿の女性が元気に声をかけてきた。店内はとても広く、木材を基調とするインテリアは暖かみがあって落ち着けそうな雰囲気だ。

「空いてる所、どこでも座っていいわよ! 今メニューを持ってくるわね」

 店員の女性は明るく気さくだった。今はちょうど空いている時間なのか、客の姿はまばらだ。二人はとりあえず、窓際のテーブルに着いた。


「はい、メニューをどうぞ……。二人とも、ここは初めて?」

 店員は二人の恰好を見ながら言った。ナナセもルインも同じような服を着ている。いかにもお金のなさそうな、新人丸出しの恰好だ。

「はい、初めてです。でもあの……ここのご飯は食べたことがあるんです」

 ナナセは少し焦っていた。お金がないと思われたら、店から追い出されてしまうかもしれない。


「あら? そうなの?」

「はい、彼女……ルインの所にいつもタケルさんがここのご飯を持ってきてくれるんです」

「タケル? まあ、そうなのね。あなたが噂のルイン?」

 店員は驚いた顔でルインを見つめた。ルインは少し恥ずかしそうにうつむく。

「それで、すごく美味しいご飯だったから、お店でスイーツを食べてみたくて」

 ナナセの話を聞き終わるやいなや、店員の顔がぱあっと明るくなった。


「やだ、嬉しい! 二人ともよく来てくれたわ! 初めまして、私はこのレストランの店主の『マリーワン』よ。よろしくね」

「私はナナセと言います。そっか、マリーワンってあなたの名前だったんですね」

 ナナセは改めてマリーワンを見た。ボリュームのある、ふわふわとカールした長い髪。大きい瞳は少し垂れ目で、人懐こそうな笑顔をしている。赤いギンガムチェックのエプロンが良く似合っていた。


「そうなの。レストラン『マリーワン』はキャテルトリーの全ての住民のお腹を満たす為に、私がオープンしたのよ。タケルに頼まれて持ち帰り用の食事を用意してたけど……いつかあなたがお店に直接食べに来てくれるのを待ってたのよー。本当に嬉しい!」

 マリーワンは興奮気味にまくし立てながらルインの顔を覗き込んだ。

「あの……いつも、ありがとうございます」

 ルインがようやく口を開いた。マリーワンは大きな目をますます見開き、眉はますます下がって嬉しそうだ。


「いいのよ! そうだわ、スイーツが食べたいんだったわね? うちのスイーツはどれも自慢なのよ。おススメはそうね……レモンチーズケーキなんてどうかしら?」

 ナナセは目を輝かせ、ルインを見た。ルインはうんうんと頷いている。

「それ、美味しそうです! じゃあチーズケーキを二つと、後は……」

 ドリンクも頼もうとナナセはメニューに目をやった。ギルドの下働きをして多少お金は稼いだものの、所持金に余裕があるわけではない。チーズケーキは一つ8シルなので二つで16シル。ドリンクは一つが大体5シル前後。


(良かった、そんなに高くない)


 ナナセはホッとしながらメニューをじっくりと見始めた。ルインも同様に真剣な顔でメニューを見ている。

「ドリンクなら、今は桃葡萄ジュースがおススメよ。今朝仕入れたばかりの桃葡萄なの! 滅多に手に入らない特上の品質で、これは是非飲んだ方がいいわ! もちろん、他のドリンクもどれもおススメだけどね」

「美味しそうですね、じゃあ私はそれにします。ルインはどうする?」

 ナナセはじっとメニューを見つめているルインに話しかけた。

「私も同じもので」

 ルインもナナセに合わせた。

「分かったわ、すぐに持ってくるから待っててね」

 マリーワンはいそいそと店の奥へ戻っていった。




 二人の前にはレモンのスライスが乗った白いチーズケーキと、ピンク色の桃葡萄ジュースが並んでいる。

「……美味しい! さっぱりしていくらでも食べられそう!」

 ナナセは初めて食べる味に目を丸くしていた。

「うん、美味しい」

 ルインも夢中になって食べている。


 二人が食事をしている姿を見て、マリーワンは笑顔でテーブルにやってきた。

「どう? チーズケーキのお味は? 気に入った?」

「はい! とても美味しいです」

 ナナセは笑顔で答えた。ルインも大きく頷いている。

「またいつでも食べに来てね、食事のメニューも色々あるから……。冒険に行く前にここで腹ごしらえしていくのもいいわよ。うちのレストランの食事は食べると力が湧くんだから」

 マリーワンは腕組みをして胸を張った。

「確かに、ケーキを食べたらなんだか元気が出てきました」

「アハハ! そうでしょう? 冒険者にとって食事はとっても大切なの。新鮮で質のいい食材を使って作られた料理を、普段からできるだけ食べるようにね。楽だからといって簡単なものばかり食べていてはダメよ? あっ、これは商売人としてじゃなく、この世界の先輩としてのアドバイス」

「分かりました」

 マリーワンの話を真剣に聞いて何度も頷くナナセとルイン。そんな二人の姿を見てマリーワンは目を細めた。


「ああ、そうだ。今日の食事代はタケルに請求しておくから、お代は心配しないでね」

「えっ?」

 ナナセとルインは驚いて目を合わせた。

「ルインの食事代はタケルに請求することになってるの。だから今日の食事代も一緒に請求しておくから、気にしないでね」

「あの、でも……ルインはともかく、私の食事代までタケルさんに払わせるのは悪いと思うんで、だから私だけでも払います」

 ナナセは慌てながらマリーワンに訴えた。

「それくらい、タケルなら余裕で払えるんだから平気よ! 彼女には私から言っておくから」

 マリーワンは豪快に笑いながらナナセにウインクして見せた。

「……じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうございます、マリーワンさん」

「気にしなくていいのよ。それじゃあゆっくりしていってね」

 マリーワンはさっさとテーブルを離れていった。


「なんか悪いね、タケルさんに私までご馳走になっちゃった」

 ナナセが気まずそうに言うと、ルインも「うん」と言いながら目の前のチーズケーキを見つめた。


「そうだ、タケルさんから何か聞いてる? 犯人捜しのこと」

 ルインは首を振った。

「そっか。怪しい奴を見つけたら連絡するって言ってたけど……今タケルさんどこにいるんだろう?」

「結構遠くの町まで行ってるみたいだよ。昨日はヒースバリーって所に行ってたみたい。ノヴァリス島で一番大きな町なんだって」


 ヒースバリーは、ノヴァリス島の中で最も発展している都市と言われている。


「ヒースバリーは上級冒険者が多く暮らしてる町なんだって。住民の数も多いし、そこに犯人がいるかもしれないって言ってた」

 ルインはレモンケーキを口にほおばった。

「ヒースバリーかあ。確かにこの辺であいつがうろうろしてたらすぐに見つかりそうだもんね。大きな町にいるなら見つけにくいかも……」


 キャテルトリーはナナセのように、この世界に生まれたばかりのドーリアが多く暮らす町だ。中級や上級の冒険者でここに居を構えている者もいるが、殆どがいずれはヒースバリーのような大きな都市や、暮らしやすい他の町に拠点を移すことになる。

 タケルやフォルカーのような上級冒険者は、この町では目立つ存在なのだ。リュウも恐らくは中級以上の冒険者であろうことから、キャテルトリーに拠点を持っているわけではないのかもしれない。


「……タケルさんとフォルカーさん、どうしてここまでしてくれるんだろう」

 ふいにルインが呟いた。

「そうだね、すごく親切だし色々お世話してくれるし……」

 ナナセもルインと同じ疑問を持っていた。偶然ルインを助けたことがきっかけで、タケルたちが犯人を捕まえようとしてくれているのは分かったが、ルインの食事代を出したり、他の町まで出かけて犯人の手がかりを探している。気まぐれでできることではない。


「私、あの二人にどうやってお礼をしたらいいのかな……」

 ルインは食べかけのチーズケーキをじっと見つめている。

「ねえルイン、それなら一緒に冒険者にならない?」

 ナナセは少し体を乗り出した。


「……」

「冒険者になって、強くなろうよ。あの二人に恩返しができるように」

「……恩返し」

 ルインはポツリと呟く。

「私たちが強くなれば、いつかタケルさんたちを助けることもできるかもしれないよ。すごく……遠い未来かもしれないけどさ」

「……」

 ルインはしばらくじっと何かを考えているようだった。ナナセはそれ以上何も言わず、黙って桃葡萄ジュースをごくりと飲んだ。


 少しの沈黙の後、ルインはようやく顔を上げた。


「私、冒険者になるよ。明日、魔術ギルドに行く。ヒーラーを目指すよ」


 ナナセの顔が笑顔でいっぱいになった。

「うん! 私もメイジになる! 明日一緒に行こう」

「メイジになること、もう決めたの? 迷ってたんじゃなかった?」

 ルインは驚いている。

「今決めたんだ」

 笑顔で言い切るナナセの顔を見て、ルインは思わず吹き出した。


「そんなあっさり決めちゃって、後悔しても知らないよ?」

 ルインは口調とは裏腹に嬉しそうな笑顔を見せた。

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