第7話 ファミリーハウスってどんなところかな

 翌日、ナナセはマルからのメッセージに書かれた住所を目指して歩いていた。


 キャテルトリーの街は、中央に冒険者ギルドのある中央区があり、そこから色々な地区にアクセスできるようになっている。ざっくりと分けて南側は商業区や職人区、職業区などがあるエリアで、ナナセが住む下級冒険者用のアパートもここにある。


 街の北側は主に居住区だ。居住区は中級冒険者以上の住居や、ファミリーハウスが立ち並ぶ区画がある。居住区の一番奥、緩やかな坂道を上った所には上級冒険者の住居があり、そのエリアだけはフェンスで囲われていて、勝手に侵入できないようになっている。


 ナナセは居住区がとても広いことにまず驚いていた。道も広くて見晴らしがいい。

 ここはファミリーハウスがある区画だ。ずらりと並んでいる家々は、こじんまりとした二階建ての一軒家で、同じような造りのものばかりだ。

 通りの先に進めば、もう少し大きな一軒家が並んでいるようだ。こちらはもっと大きな規模のファミリーハウスだろうか。庭も大きく、家のデザインもそれぞれ違っている。




 マルのファミリーハウスは、区画に入ってすぐの小さな一軒家だった。そのファミリーハウスは庭と呼べるようなものもない、正面から見ると細くて小さい建物だ。

 緊張した顔でナナセはドアをノックした。


「どうぞー、開いてるから入って!」


 家の中からマルの声が聞こえ、ナナセは「お邪魔します……」と家の中に入った。


「時間通りだね! いらっしゃい」

 ちいさなリビングルームのソファに腰かけていたマルが、勢いよく立ち上がった。

「こんにちは、マル」

「ようこそ、ナナセ! 来てくれて嬉しいよ。今リーダーを呼んでくるから、ここで座って待っててね」

 マルはソファを指してナナセに座るよう促した。

「ありがとう、じゃあ……」

 ナナセが遠慮がちにソファに腰かけると、マルはドタドタと大きな音を立てて階段を駆け上がっていった。


 ファミリーハウスというのはどんなものかと思っていたら、ここは本当に普通の家のようだ。玄関入ってすぐのところには階段があり、リビングは入って右側だ。素朴なソファとテーブルが置かれ、板張りの床は艶がない。

 ナナセがソファに腰かけながら部屋の様子を眺めていると、マルが男を連れて戻ってきた。


「あ、ほら、あの子だよ! 昨日話してた子」

 マルはナナセを指し、一緒にいる男に言った。

「あー、例の新人ね」


 男はすらりと背が高く、金色の髪は短く整えられていた。少し吊り上がった目と気だるそうな雰囲気に、ナナセは一瞬身構える。


「昨日はマルが世話になったんだって? ありがとうな。俺はゼット。一応この『ダークロード』のリーダーやってます」

 自信たっぷりな笑顔で、ゼットはナナセに握手を求めた。

「ナナセと言います。よろしくお願いします。今日は見学で……」

 戸惑いながらナナセはゼットと握手をした。


「まあ、遠慮しないでゆっくりしてってよ。俺のファミリーは創ったばかりでまだ四人しかいなくてさ。これからどんどんメンバーを増やそうと思ってるとこ。今はまだ狭い家だけど、メンバーが増えたらいずれもっと大きな家に引っ越そうと思ってるし、ファミリーも今より大きくするのが目標だから、新人は大歓迎なんだ」

「ゼットはいいドーリアだよ! ぼくが魔物に追いかけられてた時に助けてくれたんだ。それでぼくをファミリーに誘ってくれたんだよ」

 マルはニコニコしている。

「そういや、そんなことあったなあ。マルが『誰か助けてー』って叫びながら逃げ回っててさ、俺が『助けるから、一旦止まれ!』って何度叫んでも全然止まらないんだよ」

 ゼットはマルのものまねをしながらおどけたように話す。

「ごめんよ……あの時は夢中で逃げてたからゼットの声が聞こえなかったんだよー」

 マルは照れたように頭をかいた。


「俺のファミリーはみんな俺が直接勧誘してきたんだけどさ、さすがにこのやり方だと新人を増やすのが大変だろ? だから他のメンバーにも、良い奴がいたら勧誘してくれって頼んでたんだよ。そしたら早速マルが一人! 見つけてきてくれたってわけ」

 ゼットはパチンと指を鳴らしてナナセを指さした。

「あ、あの、でも私まだファミリーに入るかどうか……」

 ナナセは慌ててゼットに言った。

「分かってるって。でもせっかく縁ができたんだし、ナナセはうちのファミリーに入った方がいいと思うけどね。俺のファミリーは面倒臭い決まり事もないし、基本的に行動も自由だし」

「決まり事……?」

 不思議そうな顔でナナセが首を傾げると、ゼットは大きく頷いた。


「他にももっと大きなファミリーは沢山あるけど、そういうとこは結構うるさい決まり事があるんだよ。活動時間が決められてたり、独自のルールがあって、破ったらペナルティがあったり……俺はそういうファミリーは嫌だから、自由に楽しく遊べるファミリーを作ったってわけ」

「そうなんですか……」

 ゼットはマルを助けたり、自由なファミリーを作ろうとしたり、行動力があるタイプのようだ。


 ナナセは考えていた。今日は見学だけのつもりだったが、マルもゼットも悪いドーリアではなさそうだ。せっかくこうして誘ってくれているのだから、このままファミリーに加入してしまうのもいいかもしれない。


「他のメンバーももうすぐここに来るから、もうちょっと待っててな。それまでここの中を自由に見て回ってよ」

「はい、ありがとうございます」

「ぼくが案内するよ! ナナセ、一緒に行こう」

 マルはナナセを伴い、家の中を案内し始めた。


 ファミリーハウスは一階がリビングとキッチン、お風呂とトイレ。それに小さな物置部屋があった。どれもコンパクトにまとまっている。マルは説明しながら、ナナセを二階に連れて行った。

「……で、二階は仮眠スペースとゼット専用の部屋と、作業室があるんだよ」

「作業室?」

 マルは頷くと、目の前のドアを開けた。


 そこはとても小さな部屋で、中には荷物入れのような形のチェストが一つと調合机があった。

「職人を目指すメンバーは、ここで作業ができるんだよ。といっても今は僕しか使ってないから、ここに調合机を置かせてもらってるんだあ」

 机の上には小瓶やら草やらが無造作に置かれていた。

「へえ、いいですねここ! 使いやすそうだし」

「うん、いいでしょ? ここにあるチェストに、たまに仲間が素材とか入れといてくれるんだー。とっても助かってるんだよ!」

 マルは嬉しそうに笑っている。


「このチェスト、勝手に開けてもいいんですか?」

 ナナセが尋ねると、マルはしゃがんでチェストの中を開けて見せた。

「うん、これはファミリー共用のチェストなんだよ。一階にも同じようなチェストがあって、そっちもみんなで使う為のチェストなんだ。薬とか素材とか、ファミリーの為になるようなものをここに入れておくと、誰かが使えるからね」

「なるほど、便利ですね」

「ぼくは調合師だから、大抵ここには草とか茸とか入ってることが多いかな……あ! 二人が来たかも」

 一階からガヤガヤと話し声がすると、マルは急いで立ち上がった。

「行こう、ナナセ。仲間を紹介するよー」

「は、はい」

 ナナセは頷き、マルの後に続いて一階に下りた。



 階段を下りてリビングに向かうと、男が二人、ゼットと話をしていた。

「ああ、この子だよ見学に来た子」

 ゼットがナナセを指しながら二人の男に言った。

「こんにちは、ナナセと言います」

 ナナセは二人に向かって頭を下げた。

「俺はセオドア、よろしく」

 セオドアは剣と盾を持つ剣士のようだ。

「俺はノブ。良かったー、やっと新メンバーが来たか」

 ノブは背中に弓を背負っている。彼はアーチャーだろう。

「ノブったら、まだナナセはうちに入るって決めたわけじゃないんだよ! 今誘ってるところなんだから、気が早いよー」

 マルは笑いながらナナセを見て「ごめんね」と口を動かした。


「でもナナセ、他に入る予定のファミリーもないんだろ? ならとりあえずここに入っちゃいなよ」

 ゼットは本格的にナナセを勧誘し始めた。

「でも、今すぐには……」

「悩むことないって! もし合わなかったら抜けてもいいんだし。まあ、ナナセは絶対にうちに入っててよかったって思うだろうけどね」

 自信たっぷりなゼットと、隣で目を輝かせるマル。セオドアとノブも「そうそう」と頷いている。ここまで来たら断る方が不自然だとナナセは思った。


「じゃあ……お願いします」

「ほんとう!? やったあ!」

 マルがナナセの言葉に飛び上がって喜んだ。

「決まりだな。じゃあ改めて……『ダークロード』へようこそ、ナナセ」


 ゼットは手を広げて歓迎のしぐさをした。セオドアとノブも笑顔で拍手をする。


 ナナセは照れくさそうに笑いながら、彼らの仲間になったのだった。

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