第6話 ファミリーに入らない?

 今日は朝から雲一つない青空が広がっている。

 まさに冒険日和といったところだが、ナナセは残念ながらまだ冒険者としてのデビューをしていない。


 賑やかな商店通りを歩きながら、ナナセは色々な品に目を輝かせている。ここには冒険者に必要な武器や防具が売っているだけではなく、食べ物や洋服、家具など生活に必要なものが何でもある。その殆どが、商業区の隣にある職人区で作られたものだ。


「欲しいものばかりだけど、今は無理だなあ……」

 ムギンを見つめながらナナセはため息をつく。彼女のムギンに表示された全財産は500シル。住民登録試験をクリアした際に、当座の生活資金として冒険者ギルドから与えられたものだ。食べていくだけならこれでしばらくは持つだろうが、冒険者になれば新しい武器や防具が欲しくなるわけだし、回復薬などもタダではない。できるだけ早くお金を稼がなければならない。


 すれ違う冒険者らしき者たちは皆、頑丈そうな鎧やローブ、高そうな装備品を身に着けている(ように彼女には見えている)

 ペラペラのシャツに、ポケットがやたら大きい地味なズボンを身に着けたナナセにとっては、どの冒険者も眩しく見えた。


「あれ? ガーディアン……じゃ、ない?」

 ガーディアンが街中を歩いていると思ったら、よく見ると男が数人、まるでガーディアンのような白い鎧に身を包んでぞろぞろと歩いていた。

「あの鎧、どこかに売ってるんだなあ」

 不思議そうに首を傾げながら、ナナセは通りを歩いた。


 ナナセはそのまま商業区を抜けると、職人たちが集う場所である職人区に入った。

 通り沿いに商店がひしめく商業区とは雰囲気が違い、大きな職人ギルドの建物がぽつぽつと道沿いに点在している。建物の横にある大きな広場に、沢山の丸太や加工された板が並んでいるのは木工ギルドだ。向かいに見える石造りの頑丈な建物の中からは、カーンカーンと石を叩くような音が聞こえる。これは鍛冶ギルドに間違いない。

 更に奥にあるギルドも見てみようと歩いていると、調合ギルドと書かれた看板の前にいた男が、ナナセを目ざとく見つけて話しかけてきた。


「こんにちは、その恰好はキャテルトリーに来たばかりだね? 待ってくれ、ひょっとして仕事を探しているんじゃないか? そうだろう? だったらうちで仕事を紹介するよ! さあさあこっちに」

「え……あの」

 戸惑うナナセにお構いなしのその男は、更に早口でまくし立ててきた。


「うちの仕事は簡単だよ! その辺に出かけて、指定された草や虫なんかをちょちょいと採ってきてくれればいいだけさ。採ってきてくれたものはうちで買い取らせてもらうからね! はい、ちょっと待ってね今袋を渡すからね、採れたものはこれに入れて持ってきてね。ほらここ、見て! この掲示板でね、今欲しい品が書いてあるから」


 勢いに飲まれるまま、ナナセは調合ギルドの建物に近づく。建物の入り口には掲示板があり、ギルドが必要とする様々な草花や茸の名前が書いてあった。

「ここに書いてある品以外は引き取れないんでね! そこだけ注意してね。どこに行けば採れるかはムギンが教えてくれるからね! はいこれが袋ね! 沢山入るからね!」

 ぐいぐいと男は巾着袋を押し付けてきた。

「この袋は最初だけサービスするから。無くしたら次からは自分で買ってね! はい、じゃあよろしく!」

 自分の言いたいことだけ言い切った男は、さっさと建物の中に入ってしまった。


「……誰だったんだろう、今の」

 呆然としていたナナセだったが、ここへは元々仕事を探しに来ていたのだから困る話でもない。本当はもうちょっと他のギルドも見て回りたかったが、いくつも同時に仕事を受けるのは大変そうだ。ナナセは早速袋を持ち、町の外へ向かうことにした。



♢♢♢



 ナナセは町の南にあるエリアに来ていた。以前訪れた西のエリアでは殆ど人の気配がなかったが、ここでは冒険者らしき者とすれ違ったり、ナナセと同じような格好の者が威勢よく駆けだしていく姿もあった。

 草と茸の採集は大した利益にはならないが、とりあえず日銭を稼ぐことはできる。こうやってお金を稼ぎながら、冒険者としてどの職業を選ぶかも決めなければならない。

 職人ギルドの下働きでも収入は得られるが、やはりきちんと金を稼ぐには正式にギルドに入って職人を目指すか、冒険者になって依頼をこなすのがいいとタケル達が話していた。


今のところナナセは職人よりも冒険者の道に心惹かれている。もちろん職人か冒険者か、どちらかを選ばなければならないという決まりはないので、ナナセもいずれ職人ギルドへの加入をしたいと考えているが、それは後で決めればいい。


「これが終わったら、職業ギルドを見学しようかなあ」

 剣士になるか、アーチャーになって弓を扱うか、はたまたヒーラーかメイジになるか……ナナセにはどれも魅力的で決めかねていた。


 心地良い風がナナセを頬を優しく撫でていく。ふとナナセは顔を上げ、空を見た。

「ルイン、まだ外に出られないのかなあ」

 ナナセは小さなアパートに閉じこもったルインを想った。このままルインはあの部屋に閉じこもったままなのだろうか。せっかくこの世界で新しい生活が始まったのに、彼女は外の世界を知らないままなのだ。




──初めてルインの部屋を訪ねたあの日、フォルカーはナナセにこう言った。

「これから時々ルインを訪ねてやってくれ。最初は嫌がられるかもしれないが」

「わ……分かりました」

 タケルは目を細めると、ナナセの肩を勢いよく叩いた。

「頼むぞ! ルインは俺と話はするけど、どうしてもあと一歩、外に出ようとしないんだよな。同じ境遇のお前が誘えば外に出るかもしれないからさ」

「でも、私にできるかな……自信ないです」

 不安そうなナナセに、フォルカーは目を細める。

「無理にルインを連れ出そうとしなくていい。ただ、あの子が外に出たくなった時にナナセがいれば心強いだろう? 一人で外に出るよりずっといいはずだ」

「そうですね……分かりました」

 ナナセは力強く頷いた──




 ナナセとルインを苦しめたリュウの行方はまだ分からない。タケルとフォルカーは犯人捜しをすると言っていた。怪しい奴を見つけたらナナセに連絡が来ることになっている。ナナセが見れば犯人かどうかはすぐに分かるはずだ。

 早く犯人が見つかり、どうしてあんなことをしたのか問い詰めてやりたい。ルインだってきっと同じはずだ。ナナセは手に持った草をぎゅっと強く握りしめた。




 その時、ガサガサと後ろから何者かが近づく音がして、ナナセは振り返った。


「あれえ、この辺はもうないかあ」


 ぽりぽりと頭を掻き、困ったような顔をした男が立っている。垂れ目に下がり眉、小柄でぽっちゃりした体に似合わない大きなリュックを背負っていた。

「うーん、もっと遠くに行ってみようかなあ。……ねえ君、もしかして調合ギルドの依頼で来たの?」

 男はナナセが持つ袋に目をやりながら話しかけてきた。

「はい、そうですけど……」

 突然話しかけてきた男に、ナナセは少し警戒気味だ。ナナセは袋をぎゅっと強く掴んだ。


「ああやっぱり。急に話しかけてごめんね、ぼくの名前はマルって言うんだ。実はぼくが集めてる素材が足りなくて……よかったら少し分けてもらえないかな? もちろんお礼はするよ」

 ナナセはホッとして、力を入れていた袋を掴む手を緩めた。

「私はナナセと言います。沢山採ったから、よかったらどうぞ」

「わあ、ありがとう! 助かるよー。ぼくはこう見えても調合師なんだけど、素材はできるだけ自分で集めたいんだ。でも今日に限ってなかなか見つからなくて」

 ナナセはハッとして袋の口を開いて中を見た。自分がこの辺りの草を採りすぎてしまったのかもしれないと思ったのだ。


「ごめんなさい。私、夢中になっちゃって沢山採っちゃいました」

 マルは慌てて首を振った。

「気にしなくていいよ! ぼくがいつも採ってるお気に入りの採集場所があったんだけど、今日は先客がいたみたいでさ。採集場所は他にも沢山あるけど、他の場所はちょっと遠いから行くの面倒だなって思って……」

 そう言いながら、マルは気まずそうに頭をかいた。

「そういうことなら、必要な分を持って行ってください」

 ナナセはマルに袋を差し出した。

「やったあ、本当にありがとう。えっとじゃあ、これとこれと……これだけもらうね」

 マルは袋の中から緑色の細長い草だけを選んで取り出し、自分の大きなリュックを重そうに地面に下ろすと、リュックの中に詰め込んだ。


「ふうー助かったあ。あ、そうだお礼を渡さないとね! えーと……」

 一体何が入っているのか、荷物でパンパンのリュックの中をごそごそと探っていたマルは、小瓶をいくつか取り出した。

「はい、これお礼! ぼくが作った回復薬と、毒消し薬をあげるね! あ、君……ナナセって、冒険者を目指してるの? それとも職人になる予定だったりする?」


 ナナセの服装はこの土地に降り立った時に支給された服のまま。マルの目にも彼女が新人であることは明らかだ。


「いえ、まだ決めてないんですけど……一応、冒険者を目指してます。何の職業にするかはこれから決めようと思ってて」

「そっかあ。ぼくは一応冒険者もやってて、これでもメイジの端くれなんだ。もしもナナセがメイジを目指すなら、魔力回復薬もあげようかなと思ったんだけど。ぼくいっぱい持ってるから」

 マルはリュックの中から更にいくつかの小瓶を取り出した。どうやら涙型の瓶に黒っぽい色の液体が入っているのが魔力回復薬のようだ。先にマルからもらった回復薬は細長い瓶に緑色の液体が入っている。紫色の小瓶は毒消し薬だ。

 調合ギルドというのは、冒険者たちが使う様々な薬を作る所のようだ。マルのように自分で薬を調合して使うのもいいなとナナセは思った。


「マルさんはメイジなんですね。なら私は普通の回復薬でいいです。まだメイジになるかどうか決めてないから」

「うーん……いや、やっぱり魔力回復薬もあげるよ! いらなかったら売ってくれていいし、もしかしたらメイジになりたいって思うかもしれないし! メイジは楽しいよー」

 マルはニコニコしながら、更に小瓶を三本もナナセに押しつけてきた。ナナセは戸惑いながら「ありがとうございます」と受け取った。


「と言ってもぼくは中級に上がったばかりでさ……正直言って、ぼくにはメイジは向いてないんだ……。本当は調合師を本職にしたいんだけど、ファミリーのみんなと一緒に冒険がしたいから、メイジもなんとなく続けてるって感じなんだよね」

「……ファミリー?」

 ナナセはきょとんとしている。


「ああ、ナナセはまだファミリーに入ってないんだね。この先どこかのファミリーに入っておくと色々便利だよ。ファミリーの仲間たちと一緒に冒険できるし、ファミリーハウスもあって、そこでみんなで集まれるんだよー」


 この世界では住人同士でそれぞれグループを作ることを「ファミリー」と呼ぶ。ファミリーは最低二人以上で作ることができる。

 リーダーはファミリーの名前を決めることができる。上級冒険者が集まるファミリーの中でも最上級のファミリーは通称「ハイファミリー」と呼ばれている。ハイファミリーに所属する者は上級冒険者の中でも更に優れた者ばかりで、冒険者たちの憧れの存在と言われている。


「ファミリーってどうやって入るんですか?」

「うーん、入り方は色々だね! ぼくはリーダーに直接勧誘されたんだけど、冒険者ギルドにファミリー募集の掲示板があるから、そこを見て応募する入り方もあるみたいだよ……そうだ!」

 マルは何かを思いついた、という顔をした。


「どこのファミリーに入るか決めてないなら、よかったらぼくのファミリーに入らない? まだ人数は少ないんだけど、みんな仲良しでいい人ばかりだよー」

 突然の申し出に、ナナセは少し困った顔をした。

「えっ……うれしいんですけど、でも、まだファミリーに入ることは考えてなくて」

「あっ、そうだよね。突然こんなことを言われたらびっくりするよね。でもうちのファミリーは今、絶賛新入り募集中なんだよ。冒険者になったばかりのナナセも大歓迎! よかったら今度、ぼくのファミリーを見学においでよ。そこで気に入ったら入ってくれればいいし、気に入らなかったら別に入らなくていいし……でもきっと気に入ると思うけどね!」


 これは「見学する」と言わないといけない空気だ。ファミリーの制度そのものはナナセも知っていたが、ファミリーに入るのはまだ先の話だと考えていた。ファミリーの所属を変えるのは自由だから、合わなかったらファミリーを抜ければいいだけなのだが……。


 ナナセはマルの顔をじっと見た。マルはリュウのようないじわるなドーリアではなさそうだ。ほんの少し草を分けただけで、沢山の薬をお礼に渡してくれたとても親切なドーリアだ。彼が勧めるのならいいファミリーなのかもしれない。


「……じゃあ、見学しに行ってみます。入るかどうか分からないけど……」

 マルの顔がぱあっと明るくなった。

「やったあ! じゃあ早速明日、ぼくのファミリーハウスに来てよ。リーダーに紹介するから」

 思わぬ出会いでナナセはファミリーの見学に行くことになった。マルと連絡先を交換してその場は別れた。

マルはブンブンと手を振り、もう少しこの辺りを探索してから帰るよと言い残して去っていった。




 ナナセはマルを見送った後、ムギンに表示された連絡先を見た。マルの欄だけ名前の表記が違う。名前の後ろにファミリーネーム「ダークロード」と表示されている。


「……うーん」

 こう言ってはなんだが、かっこ悪いファミリーネームだ。


 ナナセは連絡先リストを見てあることに気がついた。タケルとフォルカーにはどちらもファミリーネームがないのだ。二人ともファミリーに所属していないのだろうか。

「あんなに強そうな二人なのに……?」

 不思議に思ったが、そもそもファミリーに入ることは必須ではない。あの人たちには何かそれぞれ事情があるのだろう。


「さてと、そろそろ帰ろうかな」

 あとは町に戻って、調合ギルドに採集した品を納品すれば報酬がもらえるはずだ。


「そうだ、帰りにルインのところに寄って行こうかな。薬をいっぱいもらえたから、分けてあげようっと」

 ナナセは軽い足取りで町へと戻っていった。

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