第5話 ドアの向こうの新しい友達

 ナナセが冒険者ギルドの外へ出ると、タケルとフォルカーが早速待ち構えていた。


「登録できたか?」

 タケルがナナセに問いかけると、ナナセは少し紅潮した顔で「はい」と頷いた。






──冒険者ギルドに戻ったナナセは、ガーディアンに案内され、長い廊下の先にある扉の「10」と書いてある部屋に入った。全てが真っ白な部屋の中に大きな椅子が一つ置かれていて、ナナセはそこに座らされた。頭にヘルメットのようなものを被せられ、そのままガーディアンから簡単な説明を受ける。


「それではナナセ様。いくつか質問をさせていただきます」

「は、はい」

 ガーディアンは自分のムギンとナナセを交互に見ながら、彼女の体調について聞いたり、キャテルトリーの街についてどう思うかなどの単純な質問をした。

「はい、では質問は以上となります。ナナセ様、住民登録試験はクリアとなりました。おめでとうございます」

「は、はい……ありがとうございます」

 こうしてナナセは住民登録試験を終え、晴れてキャテルトリーの住民としてこの世界で生きていくことになったのだった──





「よかったな、おめでとう」

 フォルカーが目を細める。

「おめでとう新人ちゃん! で? これから何の職業を選ぶんだ? 冒険者? 職人? 商人? やっぱり冒険者か?」

 タケルは冒険者になれと言いたげにナナセの顔を覗き込む。

「おい、タケル。いい加減『新人ちゃん』はやめてやれ。ちゃんとこの子にはナナセって名前があるんだ」

 眉をひそめるフォルカーに、タケルは「おっと、そうだったな」と肩をすくめた。


「私は……冒険者になろうと思ってます」

 きっぱりと言い切ったナナセに、二人は意外といった表情を浮かべ、顔を見合わせた。


「そ、そうか……。いや、よかったよ。あんなことがあったばかりだから心配してたんだ」

 フォルカーは戸惑ったような顔をしている。

「もちろん怖い思いはしたけど、あなたたちみたいな強い冒険者と知り合えて、私も強くなりたいって思ったんです」

「えらいっ! 冒険者の道を選ぶとは偉いぞ、ナナセ!」

 タケルが大げさに声を張り上げ、ナナセの肩を勢いよく叩いた。


「そうだナナセ、新居のこと聞いたか?」

「あ……はい」

 タケルに聞かれ、ナナセは頷く。


 住民登録が終わったナナセは、冒険者ギルドのガーディアンから、これから暮らすことになる部屋の説明を受けていた。

 キャテルトリーの商業区にアパートがあり、そこにはナナセのような新人冒険者が数多く暮らしているという。


「よしよし。じゃあ早速ナナセの新居に向かうとするか」

「えっ、二人も来るんですか」

 思わずナナセは本音が出てしまった。まさか二人が家にまで着いてくると思わなかったのだ。

 タケルはニヤリと笑う。

「俺達、ちょうどそのアパートに用があるんだよ」




 商店が立ち並ぶ通りがある「商業区」から近いところに、ナナセの新居はあった。

 三階建ての大きなアパートが三棟並んでいる。それぞれコの字型になっていて、長い通路沿いに同じ形のドアが並ぶ。通路からは中庭が見える造りになっていて、中庭には大きな噴水といくつかのベンチがあった。


 ナナセの部屋は二階にあった。三人が部屋に着き、ドアを開けるとそこは広いとは言えない寂しい部屋だった。小さなベッドとチェスト、それにこじんまりとした机と椅子。必要最低限のものだけが置かれている。

「わあ……」

 それでもナナセの瞳は輝いていた。ここが新しいナナセの家。彼女にとって部屋の広さは問題ではない。


「わ、すごい! こっちにはお風呂もあるんですね」

 部屋の隣にはもっと狭い部屋があり、トイレと小さなバスタブがあった。バスタブの上には小さな窓があり、わずかな光が差し込む。

「風呂は大事だぞ。ずっと風呂に入らないと『不潔』になって病気になったりするし、落ち込んだり疲労が溜まったりすると『ストレス』で調子が悪くなる。そうならないように、風呂に入って回復させるんだ」

 フォルカーが親切に説明しているのを、聞いているのかいないのか、ナナセは生返事で風呂場をじっくりと眺めている。


「いい家です!」

 目をキラキラさせながら振り返るナナセに、タケルとフォルカーは顔を見合わせて苦笑いした。

「ここがいい家なのは、俺も知ってるよ。何しろここには俺も住んでるんだからな」

 タケルが思わぬことを言い出し、ナナセはきょとんとした。

「タケルさんが? ここに? でもここは私みたいな新人が住むところじゃ……」

「タケルは変わり者だからな。上級冒険者なのにここに暮らしてる奴なんて、こいつくらいなもんだ」

 フォルカーはフッと笑みを漏らした。


「上級……?」

 ナナセの今の立場は「下級冒険者」というものだ。下級、中級、上級とランクが上がっていく。つまりタケルは一番高いランクの冒険者ということになる。恐らくフォルカーも同じだろう。


「俺の家は最上階の角部屋なんだぜ。こことは違って眺めもバッチリ!」

「そんなことで威張るなよ」

 胸を張って自慢げなタケルをフォルカーは呆れた顔で見ている。

「でも、タケルさんは上級ならお金持ちなんじゃないですか……? もっといい家に住めるんじゃ」

 ナナセが不思議そうな顔をしているのを見て、フォルカーは吹き出した。


「その通り。こいつはそこそこ金を持ってるが、家に全く興味がない。家なんて寝るスペースがあればいいと思ってる。普通、中級か上級に上がった辺りで大抵の奴は引っ越すもんだが」

「ここが便利なんだからいいじゃん。商業区にも近いし」

 タケルは口をとがらせている。

「そりゃ、便利だろうが……」

「家なんてなんでもいいよ。屋根とベッドがあれば十分! 他の街にもいくつか家があるし」

「あれは家じゃなく物置だろう」

 二人のやり取りを聞きながら、タケルさんは不思議な人だなあ……とナナセは思った。このタケルという上級冒険者は、どうやら相当変わり者のようだ。


「さて、ナナセの新居も見たしそろそろ目的地に行くか。ナナセも一緒に来いよ」

 タケルは部屋の出口に向かった。

「目的地?」

 きょとんとしているナナセの肩にフォルカーが軽く手を置いた。

「俺たちがここへ来た本当の目的だ。このアパートにはもう一人の『被害者』がいる。その子に会いに行こう」

「あ……例の『部屋にこもっている被害者』ですか?」

 フォルカーは頷いた。

「そうだ。その子は部屋から出たくないと言っててな。タケルは毎日その子に食事を持って行ってやってるんだ」


「フォルカー、先に行っててくれよ。俺は飯を調達してくるから」

 タケルは部屋のドアに手をかけながらフォルカーに声をかけると、そのまま外に駆け出して行った。

 慌ただしく出ていったタケルを見送り、フォルカーはナナセに声をかけた。

「じゃあ俺たちは先に行こうか。ナナセのことを紹介するよ」

「は、はい」




 目的地は同じ二階だった。長い廊下をぐるりと回り、中庭を挟んだ向かい側にその部屋はある。

 フォルカーはドアの前に立つと、軽くノックをした。

「ルイン、フォルカーだ。今少し話せるか?」

 ドアの向こうから音はしない。フォルカーはドアに耳を近づけ、中の様子を探っている。

「ルイン、今タケルが飯を持ってくる。一緒に飯でも食いながら話をしよう。実は今日、ルインに紹介したい子を連れてきたんだ」

 相変わらずドアの向こうの音は聞こえない。フォルカーの隣に立つナナセは、緊張した顔でドアを見つめている。


「この子はナナセだ。ルインと同じ被害に合った子だよ」

 フォルカーがナナセを見て、挨拶をするように促した。

「こ、こんにちは。ナナセと言います。あの……今日ここに引っ越してきました」


 まだ反応はない。だがフォルカーは全く焦る様子がなかった。ドアから少し距離を取り、中庭に面した手すりに寄りかかる。ナナセも同じようにドアから離れた。

「いつもこんな感じだから気にしなくていい。そのうち顔を出すだろう、そろそろ腹も減ってくる頃だからな」

 フォルカーは慣れた様子だ。

「彼女、本当にずっと外に出てないんですか?」

「ああ、出てない。飯を食う金もないから、タケルが毎日持って行ってるんだ。ルインは俺よりもタケルに懐いてるから、あいつが戻ってくるのを待とう」

「はい……」


 ナナセは心配そうにドアを見つめた。ルイン、と呼ばれているそのドーリアは、ナナセと同じ目にあい、タケルに助けられたと話していた。一体どれほどの恐怖を味わったのだろう、せっかく試験をクリアしてキャテルトリーの住民になれたのに、これでは気の毒だ。


「戻ってきたな」

 フォルカーが通路の奥に目をやると、器が乗ったトレイを手に持ったタケルが戻ってきた。

「お待たせ、お前らの分も持ってきてやったぞ……あれ、まだ中に入れないか?」

 タケルが持つトレイにはスープのようなものが入った器が四つとパンが乗っている。タケルはドアに近づくと、ドアに向かって声を張り上げた。


「おーい、ルイン! 飯を持ってきたぞ。早く開けないとお前の分も食べちゃうぞー」

 タケルは片手にトレイを持ち替え、パンを一つ手に取るとむしゃむしゃとかじりだした。

(もう食べてる……)

 緊張しながら見守るナナセにお構いなしのタケルは、口いっぱいにパンをほおばりながら更にドアの向こうに話しかける。

「ほらー、ふぁやくしないとなくなっひゃうよー」


 ガチャ、とドアノブが回る音がした。きしむ音と共にドアがゆっくりと開き、中の人物が姿を現した。

「……どうぞ」

 そこに立っていたのは、小柄な女性だった。雪のような真っ白な髪とうっすらピンクがかった白い肌。桜色の瞳と同じ色の唇。とても可愛らしい雰囲気を持っているが、その表情はとても暗い。

「ほら、中に入ろう」

 タケルは顎を上げ、後ろにいるフォルカーとナナセに中に入るよう促した。




 ルインの部屋は驚くほど何もなかった。ドアの横に空の食器が置かれていること以外、ナナセの部屋と大して変わらない。

「ほら、今日はカブとかぼちゃと……あと何だっけ? なんか入ってるスープだぞ。お前らも早く食べようぜ」

 タケルは床にどかっと腰を下ろすと、器を手に取って早速食べ始めた。フォルカーもその隣に座り、ナナセもそれに倣って腰を下ろした。ルインは暗い表情のまま器を手に取り、ベッドに腰かけた。


「紹介するよ、ルイン。こいつはナナセ、お前と同じ被害に合ったんだ。お前と気が合うと思って連れてきた」

 タケルはルインにナナセを紹介した。ルインは無言のまま、じっとナナセを見つめる。

「……初めまして! ナナセです」

 ナナセは慌てて頭を下げた。


「私は……ルイン」

 口を開いたルインを見て、ナナセは驚いて目を丸くした。彼女がこのまま口を開かないのではと思っていたからだ。

「うん、美味い! やっぱり『マリーワン』の飯はいつ食べても美味いな。ほら、遠慮しないでナナセも食べろよ。何も食ってないんだろ?」

 タケルはナナセに食べるよう促した。


(そういえば……なんだか力が入らないし、気分も良くない気がする。ひょっとしてこれが「お腹がすいた」ということなのかな?)


 ナナセはスプーンを口に運んだ。

「……美味しい……!」

 目を輝かせ、ナナセはがつがつと食べ始めた。フォルカーはそんなナナセを見て目を細める。

「腹が減ってると力が出ないだろう? 食事は大事だ。緊急用の携帯食料じゃ満腹にはならないから、腹が減ったら店で何か買ったりレストランで食べないとな。キャテルトリーにもいくつか店はあるが、俺達のおススメは何と言っても『マリーワン』だ。あそこはいい食材を使ってるから、食べるとたちまち元気になる」

 タケルも口いっぱいにパンをほおばりながらうんうんと頷いている。

「そうなんですね。でも、そういう店って高そう……。私、まだ冒険者になったばかりでお金が全然ないんです」

 ナナセは苦笑いした。


「そりゃあ、ナナセはここに来たばかりだから今は金がないのも当然だ。心配しなくても金はすぐに稼げるようになるさ。職人ギルドに行けば小さな仕事をいくつか紹介してくれる。本格的に職人ギルドに入って稼ぐのもいい。俺も最初はそうしていた」

 フォルカーはナナセに微笑んだ。


「金稼ぎの方法は色々あるぜ。冒険者になって職業を決めたら、冒険者ギルドで下級向けの依頼を受けて稼ぐこともできるな。俺はこっちの方がおススメだけど」

 既に食べ終わったらしいタケルが話に入ってきた。フォルカーもそれに続く。

「確かに冒険者ギルドは稼げるが、最初は冒険者だけで食べていくのは難しい。他の仕事もしながら金を稼いで、いい武器や防具を買ったりして装備を整えてから、冒険者ギルドの仕事を受ける方がいいだろう」

「遠回りすぎねえ? 多少無理しても冒険者ギルドで報酬もらって、武器やら防具やら買う方がいいだろ」

「いや、最初はまず地味な仕事で資金を貯めた方がいい」

「フォルカーは慎重なんだよなー」


「な、なるほどー。勉強になります」

 いつの間にか言い合いになっているタケルとフォルカーをなだめるように、ナナセは割って入った。ルインは会話に参加せず、ゆっくりと食事を取っている。


「ナナセは冒険者になるんだろ? 職業はどれにするんだ? もう決めてるのか?」

 タケルはナナセに尋ねてきた。

「うーん……まだどれにするか決めてないんです。お二人は何の職業なんですか?」

「俺は『ローグ』だ。フォルカーは『剣士』の大剣使い!」

「……ローグ? 剣士……」

 ナナセはきょとんとしている。

「ほら、ちゃんと説明してやれタケル。ローグってのはダンジョンの探索が得意で魔物を見つけるのも上手い。弓や短剣なんかを使う。剣士は様々な種類の剣を使う、冒険者の中では最も基本的な職業だ」

 フォルカーはまるで先生のようにナナセに丁寧に説明をした。


「剣士は下級冒険者でもなれるが、ローグは上級冒険者じゃないとなれないから、まずはアーチャーになってから転職してローグを目指す、というルートを取ることになる。後はヒーラーとメイジ。魔術が好きならこっちを選ぶのがいいだろう。俺は魔術には疎いが、癒しの職業がヒーラーで、攻撃魔術に特化しているのがメイジだ」

「そうそう、その通り!」

 タケルはフォルカーの説明に調子よく合いの手を入れている。

「どの職業を選んでも、合わなければ転職をすればいいんだから、深く考えずに気に入った職業を選べばいいさ」

「はい、ありがとうございます」

 ナナセはフォルカーに礼を言った。


 その後もナナセはタケル達と世間話をしていたが、特に二人が被害に合った出来事については触れなかった。関係ない話をして、笑いあい、楽しく食事をしていた。


 食事が終わると、タケルはトレイに食べ終わった食器をさっさと乗せ、片づけ始めた。

「さて、腹いっぱいになったし俺たちは帰るか」

「そうだな」

 フォルカーは頷き、立ち上がる。ナナセもそれに合わせて慌てて立った。


「そうだ! ナナセ。お前、ルインと連絡先交換しておけ。いいよな? ルイン」

 タケルはルインに声をかけた。

「……別にいいですけど」

 ルインは無表情のまま、自分のムギンをポケットから取り出した。

「交換? どうやるんですか?」

 ルインを見て慌ててナナセは自分のムギンを取り出し、オロオロしながらタケルを見た。

「簡単だよ、お互いのムギンを近づけるだけ」


 タケルはルインのムギンを取り上げると、ナナセのムギンに近づけた。するとナナセのムギンにルインの顔が表示され「ルインを連絡先に登録しますか?」というメッセージが表示された。

「お前はそれを許可すればいい……よし、できたな。これで二人はいつでもムギンで連絡を取り合えるぜ。そうだ、ついでに俺たちとも交換しとくか」

 タケルは自分のムギンも取り出し、ナナセと連絡先を交換した。フォルカーもそれに続く。ルインは二人と既に連絡先を交換しているようで、その間じっとムギンを見つめていた。


「ありがとうございます」

 連絡先リストに三人の名前が表示され、ナナセはなんだか嬉しそうだ。誰も知り合いのいなかった彼女に三人も知り合いができた。リュウに騙されて散々な目に合ったが、おかげで彼らと知り合えたのだから、悪いことばかりではない。


「じゃあ俺たちはもう帰るから。明日また飯を持ってくるからな、ルイン」

 タケルとフォルカーが部屋の出口へ歩き出し、ナナセも慌てて後を追った。


「またね、ルイン」

 振り返ってルインに声をかける。ルインは相変わらず無表情のままだったが、少し口元が緩んだようにナナセには見えた。

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