第4話 裏切りと、出会い

 ナナセの体はもう動かない。


 リュウが逃げた後、魔物と残されたナナセに、もはやできることはなかった。暗闇の中、逃げ出そうとしたナナセに魔物は素早く襲い掛かり、一瞬でナナセの体は床に伏せた。

 魔物はナナセが動かなくなり標的がなくなると、しばらくその場をうろうろした後奥へと消えていった。


 戦闘不能状態のナナセは体こそ動かせないが、意識だけはあった。

 どうすればいいのだろう。体が動かせなければムギンの操作もできない。声を出せればムギンを呼び出せるのだが……


(ムギン……これからどうすればいいの?)


 当然ながら声も出ない。床にうつ伏せで倒れたまま、ナナセは途方にくれていた。


 ここに来るまでの間、ナナセは道を歩きながらムギンを色々と調べていた。ムギンでは地図を見る他にも様々な機能がある。財布の機能もあり、お金の単位『シル』が表示されていて、支払いはムギンでできるとガーディアンが言っていた。もっとも、まだ住民登録試験を終えていない彼女の所持金は0シルである。

 だがムギンの機能にはほぼ全て鍵がかかっていた。試験を終えないと機能が解放されないとガーディアンから説明を受けていた。一つだけ使える機能があったのだが、それが「救難信号」だった。


 冒険者に何か異変があり、ムギンが全く稼働しない状況が三日続いた時、ムギンは自動でガーディアンに居場所を知らせるというものだ。救難信号にはもう一つあり、自分で救難信号を出して近くにいる冒険者に知らせる方法もあるようだ。


 ナナセはその情報を大したものだと考えていなかった。まさか自分に大きな危機が訪れるとは思っていなかったからだ。だが今、その情報だけが彼女の希望だ。それまではここで待つしかなかった。



 布が擦れるような音が聞こえたり、時々ガタっと物音がしたり、常に魔物が近くにいる気配を感じながら、ナナセはじっと耐えていた。



 どれくらい時間が経ったのか、ナナセは体が動かせるようになっていることに気づいた。できるだけ音を出さないように、慎重に体を起こす。

 ナナセの体はまるで重しを付けられているかのように重い。体力が回復しきっていないせいだろう。彼女の視界もまだ赤いままだ。


(少し、体力が回復したんだ。まだ立てそうにないけど)


 ナナセはそうっとポケットの中にあるムギンを取り出して、画面に目をやる。倒れた時からまる一日経っていた。どうやら戦闘不能になった場合、一日経てば手足が動かせるまで回復するようだ。体は重いが、ここから今すぐ外に出なければならない。


 救難信号を出すことも考えたが、ナナセはそのことに躊躇した。そもそも声を出せば魔物に気づかれるし、仮に信号を出せたとしても、西門からこの屋敷まで、リュウ以外の冒険者らしき者に出会っていない状況で、救難信号を出しても誰が来てくれるだろうか。


 このまま地下から一階に戻り、屋敷の外に出ればいいだけだ。音を立てずに歩けば魔物に見つからずに行けるはずだ、そんなことを考えながら、ナナセは震える手でバッグにあった回復薬を取り出し、三本全て飲み干した。これで体は完全に回復し、ナナセの体は元通りになった。


 ゆっくりと慎重に立ち上がるナナセ。暗闇の中で彼女の服がこすれる音すらやけに大きく感じる。


 ばれませんように……祈る気持ちで足を一歩ずつ前に出す。何も見えないので、方向が合っていることを祈りながら進む。


 ガタッ、と大きな音が響いた。しまった……ナナセは目をぎゅっと閉じた。足に何かが当たって大きな音が出てしまったのだ。


 ナナセの体がこわばる。ざざっと何かが動いたような音がした。反射的に走り出そうとしたナナセの足を「何か」が掴んだ。そしてそのままナナセは床に倒れこんだ。


「やめ……」

 叫びながら振り返ったナナセの瞳に、再び「あれ」が映った。





 またしてもナナセは戦闘不能になった。全く動かなくなった彼女に魔物は興味を無くし、魔物は静かにその場を離れていった。


 ナナセは浅はかな行動で再び倒れた自分を呪う。さっさと救難信号を出すべきだったと後悔してももう遅い。目が見えない魔物は恐らく耳で敵を判別し、戦闘不能になるまで襲うようだ。魔物の目的がよく分からないが、それほど賢い生き物というわけではないのかもしれない。




──何故リュウは私を置いていったんだろう。さっさと幽霊を見つけて試験は終わるはずだったのに、なかなか見つからないからイライラしたんだろうか? それとも私が魔物と戦うのが下手すぎて呆れたんだろうか── 




 考えても分からない答えを、ナナセは暗闇の中で探し続けた。見知らぬ人の「悪意」というものに初めて触れた彼女に、リュウの気持ちを理解することは難しい。



──お手上げだ。私の力でここから脱出することはできない。大人しくここであと一日待とう。救難信号をなんとか出して、誰かが助けに来てくれるのを待とう。それが無理なら三日待てば、ガーディアンがきっと私を助けに来てくれる──



 ナナセは覚悟を決め、このままじっと時が過ぎるのを待つことにした。



♢♢♢



 ナナセが再び戦闘不能になり、どれくらい時間が経っただろうか。

 突然の出来事だった。地面に伏せたままじっと耐えていたナナセは、突然バタバタと複数の足音のようなものを聞いた。

 そして激しい光が一瞬周囲を照らし、同時に魔物の恐ろしい唸り声が聞こえた。


 それは一瞬の出来事だった。眩しい光が消えた後、今度は暖かい光がナナセを包み込んだ。ナナセは急に体が軽くなる感覚を覚えた。


(体が動く。戦闘不能から回復したんだ)


「早くこの子を回復してやって。俺は泉がないか見てくる」

「了解」


 ナナセの体の上で誰か二人が会話をしている。助けが来た……? ナナセが声を上げる間もなく、彼女の体が誰かの手によって起こされた。


「よく頑張ったな、もう大丈夫だ」


 ナナセの前にいたのは、筋骨隆々な大柄の男だった。灰色の肌に白い髪、頑丈な鎧を身に着けている。


(誰だろう?)


「これを飲むといい。すぐに動けるようになる」

 男の手には緑色の瓶。ナナセが持っていた回復薬よりも大きな瓶だ。ナナセは男に言われるまま、その薬を一気に飲み干した。すると体がすっと軽くなり、真っ赤だった視界が元に戻った。


「大丈夫か?」

「は、はい。ありがとうございます」


 男はナナセの無事に目を細めると、顔を地下室の奥に向けてもう一人に声をかけた。

「タケル、こっちはもう大丈夫だ。泉はあったか?」

 奥にいるタケルと呼ばれた者が、ドタドタと大きな足音を立てながら戻ってくる。

「なかったよ。おかしいよなあ? さっきまで『死神に魅入られた男』がいたのにさ」

 タケルと呼ばれていたのは、緩くカールがかかった赤く長い髪を揺らせた、若く美しい女性だった。


「確かに妙だな……。そもそもこのエリアにあれが出るなんて聞いたこともない」

 大柄な男は顎に手を当てながら考え込んでいる。

「まあとにかく今は早く外にでようぜ。この新人ちゃんに色々聞きたいこともあるしな」


 タケルは美しい見た目とは裏腹に乱暴な言葉遣いの女だった。すらりと背が高く、革のベストを身に着け、背中に弓を背負い、膝上まであるブーツがよく似合っている。


「あの、二人ともありがとうございます。助けてくれて……」

「お礼はいいよ。ほら、早く出るぞ」

「はい……あ! 幽霊! 幽霊を探しに来たんです。それがないと試験が」

「幽霊?」

 タケルは不思議そうな顔をした。

「住民登録試験の課題だろう? 地下室に幽霊がいると思ってここへ来たんだな?」

 大柄な男がナナセに尋ねる。

「そうです。一階にも二階にもいなかったから、ここにいるんじゃないかと思って」

「ん-? 幽霊ねえ。ちょっと見てくるわ」

 タケルはそう言うと再び奥へと様子を見に行った。



 タケルはすぐに戻ってきた。

「ここにはいないな。多分上の階にいるんだろ。住民登録試験はめちゃくちゃ簡単なんだぜ。すぐ見つかるはずだけどなあ」

「でも、さっき見たときは確かにいなかったんです」

「見落としたんじゃねえの? さあ、さっさと探しに行こうぜ」

 そう言うとタケルは階段を駆け上がっていった。


 せっかちな人だなあ……ナナセはあっけにとられている。

「俺たちも行こう。それで君……名前は? 俺の名前はフォルカー。あの落ち着きのない奴はタケルだ」

 フォルカーは赤い髪の相棒を指しながら言った。

「私はナナセって言います」

 ナナセはぺこりと頭を下げた。




 階段を上って一階に戻ったナナセは、薄明りが差し込む屋敷の中をぐるりと見回し、安堵のため息をついた。

「よかった……本当に戻ってこられた」

「災難だったな」

 ナナセの後をついてきたフォルカーが低く優しい声で呟く。

「あの……本当にありがとうございました。魔物に何度も倒されちゃって、どうしても逃げられなかったんです」


 ナナセが全く歯が立たなかった魔物を、フォルカーとタケルは一瞬で倒してしまった。きっと二人とも腕の立つ冒険者なのだろう。よく見ると目の前のフォルカーは大きな剣を鞘に納めている。鍔のデザインも凝っていて、いかにも強者が持つ剣、といった見た目だ。

「あれは君のような新人が戦う敵じゃない。そもそも町の近くには現れないはずなんだがな。何故かここに現れたようだ」

「そうなんですか……どおりで強すぎると思いました」


 二人が話していると、タケルが赤い髪を揺らしながら戻ってきた。

「一階にはいないみたいだぞ。早く二階に行こうぜ」

「ああ、そうしよう」

 フォルカーは頷き、二人は階段をひょいひょいと上がる。ナナセは慌てて二人についていった。


 二階の書斎に入ったタケルは、机の引き出しを何度も開けたり閉めたりしている「お手伝いの幽霊」をあっさりと見つけた。


「おーい、いたぞ」

 タケルの呼ぶ声に慌てて駆け付けたナナセは、自分達がいても構わずにぶつぶつ言いながら、机の引き出しを開け閉めしている「幽霊」を見た。それはちょっとだけ透けていたが、パッと見た限りではこの屋敷に住んでいる者にしか見えない。幽霊、と言われなければ気づかないほど自然だった。


「ほら、こいつの画像を記録するんだろ?」

 タケルに促され、ハッとしたナナセはオロオロしながらムギンを取り出し「幽霊の画像を記録して」と呟いた。これで試験の課題は無事に終了である。


「ふう、ありがとうございました。でも、こんなに分かりやすくここにいたなんて」

「これを見落とすかあ? 本当にこの部屋を見たのか?」

 タケルは幽霊を指さしながらナナセに尋ねた。幽霊は訪問者のことが見えていないかのように、掃除のような仕草を繰り返している。

「……いえ、私はこの部屋は見ていないんです。あの人が、リュウさんがこの部屋を見たんです」

「リュウ?」


 ナナセは思い出した。リュウと二人で屋敷に来た時、彼は確かにこの部屋を探していた。ナナセは彼に書斎を任せ、他の寝室を探したのだ。



 タケルの顔がみるみる曇った。

「おい、新人。ここへはそのリュウって奴と一緒に来たのか?」

「え……はい、そうです。リュウさんが試験を手伝ってくれるって」

「どうしてリュウは今いないんだ?」

 フォルカーも厳しい表情で、ナナセに尋ねた。

「それが……先に帰っちゃったんです。私が魔物を倒せないから、下手くそだから、呆れて」

「帰っただあ……?」

 タケルの表情がみるみる怒りに変わった。


「リュウって奴は何者だ? 何故ナナセの試験を手伝うことになったんだ?」

 フォルカーの口調は優しいが、表情は厳しい。ナナセは二人の剣幕におろおろしている。

「屋敷に入る前に、声をかけられたんです。親切な人だなって……。確か、ヒーラーだと言ってました」

「ヒーラー……」

 フォルカーは呟きながらタケルを見た。タケルは何か考え込んでいる。

「あの、リュウが何か……?」

 ナナセは不安そうな顔をしている。


「あんたは嵌められたんだよ、新人ちゃん」

 タケルはため息をついた。


「嵌められた?」

「これで四人目だ。あんたと同じ被害を受けた新人が他に三人いる。ほらな、フォルカー。やっぱりこの辺を探して正解だったろ?」

 少し得意気な顔でタケルはフォルカーを見た。

「まあな、タケルの言う通りだった。新人は大抵南へ行くから、あっちだと思い込んでいたかもしれん」


 二人はいったい何の話をしているのだろう。ナナセは二人の顔を交互に見ながらただ話を聞いている。


「俺のカンが冴えわたってただろ? こっちは人目がないからな、ターゲットが少なくても犯人にとっては動きやすい場所なんだよ」

 ナナセ達がいるここは西の地区で、他の新人は南の地区に行くことが多いようだ。住民登録試験の目的地が西だったから何も考えずにここまで来たが、そういえば他に人影らしきものを見なかったことをナナセは思い出した。


「すいません、犯人ってどういう意味ですか?」

 ナナセはさっきから感じていた疑問をようやく口にした。フォルカーは彼女に向き直る。

「ああ、すまない。君には何がなんだか分からないだろうが、実はここに俺たちが来たのは偶然ではないんだ」

「新人ちゃん、俺たちは『新人狩り』をしてるクソヤローを探してるってことよ」

 タケルは腕組みをしてニヤリと笑った。



「ここに来たのは偶然じゃないって……?」

 ナナセの頭の中は疑問でいっぱいだ。

「俺とタケルは町の近くの怪しい場所を調べていた。そしたら、偶然倒れてる君を見つけたというわけだ」

「俺が他のエリアも探そうって言ったのに、フォルカーが南にこだわりすぎたんだよ。確かにあっちには新人が多いけどさ」

「確かにそれは悪かったが、タケルも賛成しただろう? 今までの被害は殆ど南の地区で起きてるんだ。まずはあっちを探るだろう」

 フォルカーはムッとした顔で言い返した。


「被害って……新人狩りってやつですか?」

 ナナセの問いに、タケルは大きく頷いた。

「そう。ここ最近、住民登録試験を受ける新人を狙って洞窟に置いてきぼりにしたり、魔物だらけの地下水路に置き去りにしたり……新人をわざと痛めつけて楽しんでるやつがいるんだ」

 タケルの話を聞き、ナナセはゾッとした。リュウの行動は最初からナナセを痛めつけ、地下室に放置することを目的としていたのだろうか。


「いったいなんの為に、そんなことをするんですか……?」

 暗い表情でナナセが呟く。

「分からない。それを確かめる為に、俺とタケルは犯人を捜している」

「そうそう。そういうわけだから新人ちゃん、犯人捜しに協力してくれるよな?」

「えっ、私も犯人捜しを?」

 タケルの言葉にナナセは驚いて聞き返した。

「当然だろ? 新人ちゃんをこんな目に合わせた犯人を捕まえないと。お前も一発ぶん殴りたいだろうしさ」

「おい待てタケル、まずはこの子を町まで送り届けよう。いきなり協力しろとか言われても、この子も困るだろう?」

 フォルカーは呆れた顔でタケルをたしなめた。

「いえ、大丈夫です。私もリュウが許せないし……協力します」

「ほらー、大丈夫って言ってるじゃん」

 タケルはナナセを指して笑った。

「すまない、ナナセ。できればでいいが、俺たちに協力してくれると助かる」


 フォルカーはとても礼儀正しい冒険者だ。タケルはガサツな印象があるが、二人とも新人狩りの犯人を捕まえる為に頑張っているようだ。信用してもいいかもしれない、とナナセは思った。

「もちろんです。何でも言ってください」


 フォルカーは他の被害者のことを話し始めた。

「ナナセの他に被害にあったのは、分かっているだけで三人。そのうち試験そのものを拒否してこの世界を去ると決めたのが二人。残る一人は試験を突破したものの、部屋から出ることを拒んで引き籠っている。みんな心に大きな傷を受けているんだ」


 ナナセには彼らの気持ちが痛いほど理解できた。信用した者に裏切られたショック、簡単に他人を信じてしまった後悔、暗闇の中で身動きができない恐怖、あらゆる感情を味わったのだ。


「世界から去ったって……どういうことですか?」

「この世界で生きていくことをやめた、って意味だよ。始まりの場所に還って、ガーディアンの手によって存在そのものを消される。もう二度と『レムリアル』に生まれることはないってことだ」

 フォルカーの説明を聞いてナナセは恐ろしさを感じた。もうこの世界で生きていたくないとまで思い詰めてしまった者がいる。


 タケルは大きくため息をついた。

「ノヴァリスに誕生したドーリアが減るのは大きな損失なんだぜ。魔物狩りには沢山の冒険者が必要だし、職人やら商人やら……とにかく住民は多い方がいいんだ」

 フォルカーもその通りだ、と頷く。

「もう一人、部屋に閉じこもっている者はタケルが偶然地下水路で発見した。それから俺たちは、新人狩りの犯人をずっと捜している。色々調べていたら、以前にも被害者がいたことが分かったというわけだ。犯人の名前までは分からなかったが、職業がヒーラーというのは、前回の事件と一致している」

「俺は奴が偽名を使ってると見てるぜ。馬鹿みたいな顔で本名を名乗るわけないもんな」

「偽名ですか……」


 二人の話を聞き、だいぶ状況が分かってきた。リュウという(本名は分からないが)ヒーラーが親切を装って住民登録試験を受けている新人に声をかけ、危険な場所へ連れていき置き去りにして逃げる。

 リュウの目的がなんなのか、なぜ自分を狙ったのか、彼を捕まえて問い詰めてやりたいとナナセは思った。




 話がひと段落したところで、フォルカーはタケルに言った。

「タケル、とりあえずここを出てキャテルトリーに戻ろう。ナナセも疲れているだろうし、まずは彼女の住民登録試験を終わらせてやろう。犯人捜しはその後だ」

「そうだった、登録試験まだ終わってないんだったな。悪い悪い、早く戻ろうぜ。町まで送ってやるよ」

 タケルはそう言い、屋敷を出ようと先に歩き出した。フォルカーとナナセも慌ててタケルの後を追った。



 三人が屋敷の外に出ると、そこには不思議な乗り物のようなものが二台あった。ナナセがここへ来た時にはなかったものである。

「これは?」

 タケルとフォルカーは当然のようにその乗り物に近づいた。それは人が一人乗れるくらいの板に長い棒が伸びていて、先にハンドルのようなものが付いている。

「これ? これは『ビークル』だよ。近場を移動する時は『ポータル』使うより便利なんだぞ」

 タケルはビークルのハンドルをポンと叩いた。

「あの、ポータルって?」

 この世界のことをあまりにも知らなすぎるナナセは、申し訳なさそうに尋ねた。


「ポータルというのは移動用の、まあ分かりやすくいうと瞬間移動だな。ポータルを開くと町に一瞬で戻れる便利なものだ。利用する為には『ポータルの鍵』っていうものが必要なんだが、シルを払わないと手に入らない」

 フォルカーは嫌な顔一つせずにナナセに説明した。シルというのはお金の単位だ。


 そういえば……とナナセは思い出した。リュウが逃げる時、光の中に入って姿を消していたが、あれが恐らくポータルなのだろう。


「ポータルは便利だけど、ポータルの鍵が高いんだよなあ」

「お前ならいくらでも使いたい放題だろ」

 ぼやくタケルをフォルカーはじろりと睨んだ。

「そりゃ俺はいくらでも使えるけどさあ、無駄遣いするとあいつに怒られるからさあ」


 二人の会話を聞きながらナナセは考えていた。リュウはあの時、なんの躊躇もなくポータルを使っていた。あの男は安いものではないポータルを、簡単に使えるお金を持つ冒険者ということになる。


「さあ、町へ戻ろう。ナナセ、狭くて悪いがタケルのビークルに乗ってくれ」

 フォルカーは自分のビークルに乗るとスイッチを入れ、起動させた。板の下からぶおっと風が吹き出し、ふわりとビークルが浮いた。

「来いよ、新人ちゃん。フォルカーの体はデカくて一人しか乗れないからな」

 タケルもひらりとビークルに乗り、同じく起動させた。

「は、はい」

 ナナセは慌ててタケルの後ろに飛び乗った。

「俺にしっかり掴まっておけよ。振り落とされるぞ」

 タケルは後ろのナナセに声をかける。ナナセは恐る恐る、タケルの腰のあたりに腕を回した。


「悪いな、これ元々一人乗りなんだ。狭いだろうけど我慢しろよ」

「は、はい!」

 もう一度ナナセは大きな声で返事をした。まるでその声が合図のように、タケルのビークルが走り出す。

「わあっ」

 思わずナナセの体が後ろに倒れそうになり、ナナセは必死にタケルの体を掴んだ。タケルの長く赤い髪がナナセの顔にバシバシと当たる。


 こうしてナナセは美しい女性のタケルと大柄な男性のフォルカー、二人の冒険者と知り合った。

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