第28話 エピローグ
そして京介くんは無事、警察に連行されていったとさ……めでたしめでたし……。
と言いたいところだが、今の俺には命の危機を脱したことを素直に喜んでいる余裕はない。
「放せっ!! 放せって言ってんだろっ!! 俺は生田京介だぞっ!!」
「はいはいわかったから暴れるな」
なんて警察ともみ合いをしながら連行されている京介を眺めながら俺は思う。
どうしてこうなった……。
もはやくどすぎて説明の必要もないはずだが、京介は俺が前世で大好きだった『星屑のナイトレイド』の主人公である。
山なしオチなし意味なしの三拍子揃った良くも悪くも内容のない、ただ女の子とイチャイチャするだけのクソゲーだったはずだ。
それでも俺はこのゲームが大好きだった。このゲームは社畜生活で心が疲弊していた俺を何度も癒やしてくれた。
だから何もしないつもりだったのだ。
この世界のモブとして転生した俺は、モブらしく主人公京介とヒロインたちのいちゃいちゃを傍目から楽しむつもりでいた。
が、この様である。
心からヒロインたちを愛してヒロインたちのためならなんだってするはずの京介はナイフを振り回す殺人未遂犯に変貌し、天然癒やしキャラだったはずの袴田美優はなぜか俺を神様扱いしてくる。
なんだこれ……。
いやいやおかしいだろっ!! 俺の大好きだった『星屑のナイトレイド』の素晴らしい世界観はどこ行った?
なんであんな癒やしワールドが殺人未遂事件に発展するんだよ。
俺がシナリオに介入したせいか?
いやいや俺一人がちょっとヒロインと関わるようになっただけで主人公が殺人未遂は飛躍しすぎだろ。
が、これが現実である。これが現実である以上、俺にはこの現実を受け入れる以外にできることはない。
それから俺たちは警察署へと連行されて色々と事情を聴取されることになった。幸いなことに警察も俺たちに何も非がないことを理解してくれたようで、数日間警察署に通ったところで解放された。
気になったのは袴田の心身の状態だったが。病院に行った結果目立った怪我もないようで精神状態も安定しているようだ。
京介がそれからどうなったかは俺の知ったことではないが、とにかく事件から一週間ほど経った今も彼が高校にやってくることはない。
まあ当然だけど。
ということで事件から一週間ほどで俺も袴田もほぼ日常生活に戻ることとなった……のだが。
「おにい、そろそろ現実を認めたらどう?」
そんなことを妹の咲から言われたのは事件が起きて二週間ほど経ったときのことだった。
学校から自宅に帰ってきた俺は、帰るなり玄関で妹の咲からそう迫られた。
「いや、認めるってなんのことだよ……」
「決まってんじゃん。美優ちゃんのことだよ。いつまで美優ちゃんと中途半端な関係続けてるつもりなの?」
「いや、いつまでって特に決まってないけど……」
「はあ? 美優ちゃんを生殺しにするつもり? そんなこと言ってたらいくらおにいでも殺るよ?」
「おい殺るとか言うな。俺、今そういうの敏感なんだから」
こちとら本当に殺されかけてるんだしさ。
が、咲が何を言わんとしているかは理解できた。どうやら俺に早く袴田と付き合えと言いたいらしい。
が、咲よ。お前は勘違いをしている。
「言っておくが俺と袴田はそういう関係じゃない。そもそも俺なんかじゃ袴田には不釣り合いなんだし、あいつにはもっとふさわしい男がいるんだ」
そうそう、袴田は『星屑のナイトレイド』のヒロインなんだ。モブの俺が出る幕ではない。
が、そんな俺の言葉が納得できないようで、咲は俺のすねを蹴ってきた。
「ってえなぁ……」
「もしかして……もしかしてだけど、そのふさわしい男って例のおにいを殺しかけた殺人未遂犯のこととか言わないよね?」
「え? …………あっ……」
「そんな意味不明なことを言ってたら本気で殺るよ?」
「………………」
そこで俺はようやく思い出す。
そうだ……もう袴田にはふさわしい男がいないんだった……。
俺はこれまで袴田には京介がふさわしいと思い続けて生きてきた。まあ自分がモブであることは今も自覚しているが、京介が捕まってもなお、俺は袴田にはふさわしい男がいるとか寝ぼけたことを考えていた。
そうだ。袴田にふさわしい男はもう京介ではないのだ。
なにせ京介は捕まったのだから……。
「もう少し美優ちゃんのこと真剣に考えてあげたらどう?」
「真剣に考えろって言われてもなぁ……」
が、それでもなお、俺は咲の言うことをすんなりと受け入れられなかった。
たとえ京介という絶対的な主人公を失ったとしても、袴田と俺が付き合うかどうかはまた別の話である。
というか咲は勘違いをしているが、別に袴田は俺が好きで俺のそばにいるわけではないのだ。
あくまで彼女が俺によくしてくれているのは、彼女が俺に恩返しをしようとしているからである。
それを好意だと勘違いしていい気になるわけにはいかない。
「袴田が俺のことを好きになってくれたら真剣に考えるよ。まあ袴田がお前が思っているような感情を俺に抱いているとは到底思えないけどな」
「はあ? おにいそれ本気で言ってる?」
「本気だよ。お前だって俺の地味さをよく理解しているだろ」
「そう。そういうこと言うんだ……」
と、そこで咲はなにやらニヤリと不適な笑みを浮かべた。
「な、なんだよ……その気持ち悪い笑いは……」
咲の笑顔の意図が理解できず困惑する俺だったが、その疑問は直後あっさりと解決した。
「中谷くん」
そんな声が家の奥から聞こえ、顔を向けるとそこには制服姿の袴田の姿があった。
彼女はなにやら頬を真っ赤にしたまま俺をじっと見つめている。
「は、袴田っ!?」
その予想外の人物の登場に困惑する俺だったが、袴田はそんな俺を見つめたままこちらへと歩み寄ってきた。
「中谷くん、ひとつだけ中谷くんに苦言を呈してもいいでしょうか?」
「苦言? な、なんだよ……」
「中谷くんはちょっと卑屈すぎます……」
「卑屈っ!?」
え? なんでいきなり卑屈って言われたの?
「お、俺が卑屈?」
袴田はコクリと頷く。
「そ、そうか?」
「はい、中谷くんは卑屈すぎます。中谷くんが思っている以上に中谷くんは素敵な男性だと思いますし、もっともっと自分に自信を持っても良いと思います」
「いや、でも俺モブだし……」
「モブ? 中谷くんが何を言っているかはわかりませんが、中谷くんがモブだったとしても私は中谷くんのことが大好きですよ?」
そう言って袴田は赤かった顔をさらに赤くした。
そんな彼女の表情で、俺は彼女が俺を大好きだと言ったことに気がついた。
「おいおい、むやみに異性に大好きとか言わない方がいいぞ? 男なんて単純なんだから勘違いされかねん」
そう忠告するが、彼女はそんな俺を見てクスッと笑う。
「そういうところが卑屈なんです。勘違いも何も私は中谷くんのことが大好きです。ずっとそう思われるよう行動してきたのですが、まさかここまでしても気づいてもらえないなんて思いもしませんでした……」
「いや……え? お、おい袴田。その好きってのは異性としてという意味か?」
「はいっ」
そしてこの元気の良い返事である。
え? おいおい……こいつ本気で言ってんのか?
少なくとも俺はその可能性を一番初めに排除していた。いや、だって俺だぞ? なんの取り柄も魅力もないモブオブモブの俺だぞ? そんな相手をどうしてヒロイン袴田美優が好きになる?
「おい、本気で言ってんのか?」
「はい、本気で言っています」
「…………」
待て待て頭が追いつかない。
袴田が俺のことが好き?
あまりにも想定外な事態過ぎて気持ちの整理がつかない。
そりゃ俺だって袴田のことを魅力的な女性だとは思っている。
少々ぶっとんだところはあるけれど、根は優しい女の子だし見た目だって可愛い。
けど、そんなことあり得るのか?
目を見開く俺に袴田は再び笑みを漏らした。
「とりあえず喫茶店にでも行ってこれからのことをゆっくりと話しませんか?」
「そ、そうだな……それがいい気がする」
そう言って袴田は靴を履くと俺の手を取った。
とりあえず、俺が現実を受け入れるまでにはもう少し時間がかかりそうだ。
「おにい、美優ちゃんをふったらぶっ飛ばすからね?」
そんなことを言う咲に「んなことしねえよっ!!」と答えると、俺と袴田は喫茶店へと向かって歩き出すのであった。
――――――
ここまでお読みいただきありがとうございました。
久々のラブコメだったのですが、想像していたよりも何倍も多くの読者さまにお読みいただき感謝しかございません。
長編と呼ぶには少々文字数は短いですが、本作はここで一区切りとさせて頂きます。
また感想も全て目を通させて頂きました。
改めて自らの実力不足は痛感しております。ですが、皆様のご意見を参考に次回以降の連載に生かしていければなと考えております。
お読みいただき本当にありがとうございました。
もしも『あきらあかつき』の作品を少しでも面白いと思ってくださった方がいらっしゃれば新連載もやっておりますので是非是非遊びに来て頂ければ。
『全寮制の女子校の教師になった俺、女子校生と女性教師に狙われる』
大好きなエロゲのモブに転生したけど、どうやらここはヒロインがヤンデレ化する隠しモードの世界らしい あきらあかつき@10/1『悪役貴族の最強 @moonlightakatsuki
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