第20話 そろそろ気づけよ大河
「どうして俺をそんなに警戒するんだい? まあ、その目は嫌いじゃないよ。必死に自分の欲望を理性で抑えつけようとしているんだよね?」
生田京介という男はどうやらしつこい男らしい。
ゲームセンターのベンチに腰を下ろした美優はそう思った。
いつの間にか京介は美優の真横に腰を下ろしており、右腕を彼女の肩にまわし、左手は彼女の手を握って握っていた。
彼はなにやらいやらしい手つきで美優の掌をさすりながらじっと顔を近づけてくる。
「本気で怒りますよ?」
「本気で怒っていたら今の時点で叫んでいるよね? そう言わなきゃ自分が自分でいられないようだね」
「…………」
美優には不思議で仕方がなかった。こんなにも不快な思いでいるのに彼女に叫び声を上げることができなかった。
そして、周囲の人間たちはこんなにも接近してベタベタする自分たちに目もくれない。
いや、単純にカップルがいちゃついているように見えているのかも知れないけれど、ここまで露骨に体を密着させていたら、チラ見ぐらいはするはずである。
が、周囲の人間はまるで自分たちが存在しないかのように振る舞っている。
彼らもグルなのだろうか?
さすがにそれはありえないとすぐに思い直す。が、同時にあまりにも京介の周りの光景が彼にとって都合がいいような気がしてならなかった。
京介の周りの世界は京介のために動いているようである。彼の周りの可愛い女子生徒たちも当たり前のように京介に惹かれ彼の思い通りに行動する。
まるで物語の主人公のように、彼の周りのものは彼にとって都合良く動く。
そして、京介の言うとおり美優は気を抜いているとこの不快な男に魅了されそうになるから恐ろしい。
心からこの男に嫌悪感を抱いているにも関わらず、この男に支配されてみたいと思いそうになるから恐ろしい。
が、美優はそれでもこの男に抵抗する。この魔法のように他者を魅了する男に逆らうように彼から顔を背けた。
そして、彼女にとっての神様の顔を思い浮かべる。
――中谷くん助けて中谷くん助けて中谷くん助けて中谷くん助けて中谷くん助けて。
そう頭の中で念じていると、ふと彼女はあることを思い出す。そして、京介にバレないように自らの鞄のファスナーをわずかに開いた。
直後、彼女にとってもっとも幸福な匂いが彼女の鼻腔をくすぐった。
鞄の中に目を向けると、そこにはくしゃくしゃのTシャツが顔を覗かせていた。これは彼女が密かに大河の家から盗み出した彼のTシャツである。
Tシャツからは大河の汗の匂いがわずかに漂ってきてそれだけで美優は内股がむずむずしてきた。
その瞬間、京介に魅入られそうになっていた美優は正気に戻る。自分の手を握っていた彼の手を逆に握り返してぐいっと捻ってやると、彼は不意打ちを食らったように目を見開き、直後、痛みに表情を歪ませる。
「ってえなぁ……」
京介は慌てて美優の手を逃れると彼女を睨みつけてきた。が、美優は逆に京介を睨み返すと「あんた如きのあの人の足下にも及ばない」と口にしてベンチから立ち上がった。
そして、一目散に彼の前から逃げ出すのであった。
――汚れた汚れた汚れた汚れた汚れた。あんなキモい男に触れられて私の体は汚れた。中谷くん、早く私の体を清めてっ!!
※ ※ ※
とりあえずこれで一安心だ。
京介とともに教室を出て行く袴田を見送った俺はほっと胸をなで下ろす。
これこそがこの世界において正しい光景である。
それが率直な俺の感想だ。
ここのところ袴田と深く関わりすぎたせいで忘れそうになっていたが、袴田美優は『星屑のナイトレイド』のヒロインなのである。
そんな彼女が俺みたいなモブと一緒にいるのはおかしい。彼女が一緒にいるべきなのは主人公生田京介であり自分ではないのだ。
生田京介は素晴らしい人間だ。必ず彼女を幸せにすることができる。
俺はそのことを知っている。何度も『星屑のナイトレイド』をプレイをした俺は生田京介という男が心優しく勇敢な男であることを知っている。
そのことをまだ知らない袴田は少し不安げに教室を出て行ったが、彼女もすぐにそれが杞憂だと理解できるはずだ。
だから、俺はそんな彼女たちを見送った後、心晴れやかな気持ちで自分もまた教室を出た。
これからは再びモブらしく生きていこう。改めてそう決意を固めた俺はモブらしく一人寂しく駅前を散策することにした。
極力彼女のいるゲーセンを避けるように軽くウインドウショッピングを楽しんだ俺は駅の方へと歩いていた……のだが。
「中谷くんっ!!」
背後からそんな声が聞こえて、唐突に後ろから誰かに抱きしめられた。
「えっ!? ええっ!?」
と、突然の行動に困惑する俺だったが、すぐにその声が袴田のものだと気がつく。
「は、袴田っ!?」
そう尋ねてみるが、彼女は俺の背中に顔を押しつけたまま微動だにしない。
おやおや……これはどういう状況ですかねぇ……。
なんだかさっぱりわからないが、とりあえず俺のお腹をぎゅっと締める彼女の腕を掴むとそっと体から離して彼女へと体を向ける。
「袴田……どうしたんだ?」
そう尋ねると彼女は頬を真っ赤にして俺のことを見上げた。
そして。
「中谷くんっ!!」
再びそう叫んで俺にぎゅっとハグをしてきた。
「ちょいちょいっ!! さすがに思考が追いつかねえぞ。何がどうなったらこうなるんだよ」
「いいんです。中谷くんはただ私を受け入れてくだされば」
「いや、いいんです……じゃなくて……」
いや、ホントなんでこんなことになってるの……。
袴田の暴挙に困惑しながらも、俺は色々と思考を巡らせてみる。
まず考えられるのは京介に何かをされたという可能性だ。が、何度も言うとおり俺は京介のことは熟知しているし、彼が彼女を困らせるようなことをするとは思えない。
だとすればババアか?
「もしかしてあの女が会いに来たのか?」
そう尋ねると彼女は首を激しく横に振った。
じゃあ、もうなにもわからない。
「何があったんだ?」
「…………」
そんな俺の質問に彼女はなにも答えなかった。なにやらばつの悪そうな顔で俺から顔を背けてくる。
彼女の表情を見て、俺はふと思った。
まさかとは思うけれど……。
「生田に何かをされたのか?」
「何もされてないです」
袴田は即答した。
袴田は京介と一緒にいたのだ。京介が真っ当な人間であることは知っているけれど、まさかと思って尋ねることにしたのだ。
が、ここまで即答するのであれば、やはり京介のせいではないようだ。
「じゃ、じゃあ何があったんだ?」
「…………」
「俺に言いたくないことか?」
「…………」
彼女は何も答えなかった。どうやら俺に話したくないことのようだ。だったら無理に聞き出すのはよした方が良さそうだ。
「中谷くん……」
「どうした?」
「今晩、中谷くんの家に泊めて頂くことはできますか?」
「え?」
「も、申し訳ありません……さすがに迷惑ですよね……」
と、彼女はそこでようやく俺に視線を向けた。
正直なところを言えば彼女と必要以上に接触するのはやはり危険だ。が、彼女の身に何かが起こったことは間違いないだろう。
家に俺だけではなく咲もいる。彼女も咲にであれば話せることもあるかもしれない。
シナリオには関わりたくないが、現状の彼女を放置するような勇気は俺にはない。
だから。
「心配するな。うちの親も咲も袴田だったらいつでもウェルカムだよ。だから変な気は遣わないくてもいい」
ということで彼女を連れて自宅へと帰ることにした。
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