第21話 咲ちゃんキレる
ということで今日も袴田を家に連れて帰ってくることになった。
どうしてこうなった感は否めないが、さすがにあんな思い詰めたような袴田を見て連れてこないわけにもいかない。
さてさてどうしたものかと玄関のドアを開けた俺だったのだが。
「おにいお帰り。話は全部聞いてるから心配しなくてもいいよ。あ、ママが美優ちゃんはこれからも泊まりに来るだろうからってお布団とパジャマを買ってきてるから、これからはそれを使ってね」
異常なほどに物わかりの良い妹の咲がそんな俺たちを迎えてくれた。
いや、なんで知ってんのさ……。
袴田を見やると「ほ、ほら……お邪魔させていただくし先にご挨拶をしておこうかと思って……」と、すこしばつの悪そうな顔をした。
どうやら咲にはすでにメッセージかなにかで連絡が行っているようだ。
なんだかしてやられた感はあるが、ここまできて追い返すわけにも行かないので、とりあえず彼女を家に上げることにした。
ということでリビングにやってくると、なぜか食卓には出前寿司が並んでおり、すでに全ての事情を知っている両親から袴田は手厚い歓迎を受けていた。
「美優ちゃん、我が家だと思ってくれてもいいんだからね」
「すでに先方のご両親とはいろいろと話をつけてあるから安心しなさい」
などなど両親は寿司を食う袴田に聞き捨てならないことを当たり前のように吹き込んでいく。
た、単に緊急避難的な意味合いで家に泊めるだけだよな?
結局、まるで新しい家族のように持てなされた袴田は一番風呂まで貰って母親が買ってきたパジャマに袖を通していた。
一番風呂でぬくぬく状態の袴田は「中谷くんのご家族はとても優しい方ばかりですね」と満足げな様子だ。
おかしい……俺への扱いと天と地ほどの差がある……。
ということで、なんとも言えない不平を抱きつつも咲、それから両親が風呂に入り俺の番が回ってくるのを待っていると、風呂から上がった咲が脱衣所からやってきた。
彼女もまたポカポカ状態でタオルで頭を拭いながらリビングのテーブルに座る俺たちのもとへと歩み寄ってくる。
「美優ちゃん、少しは元気になった?」
なんて尋ねる咲に袴田は「うん、みんなのおかげだよ」と笑顔で返す。なんだかよくわからんが元気になってのであればそれでいい。
咲も袴田の様子に満足したようでうんうんと嬉しそうに頷いていたが、不意に俺へと顔を向けると「おい」と俺を呼んだ。
お、おい? ……なんすか……その物騒な呼び方は……俺、一応お兄ちゃんだよ……。
咲はなにやら俺を睨みつけたまま俺の肩をぽんぽんと叩く。
「ちょっと話があるから私の部屋に来い」
「は、話ってなんすか……」
「大した話じゃない。顔貸せ」
「は、はい……」
なんだかよくわからないが咲はご立腹の様子である。
いや、なんでブチ切れてんだよ……。
咲は一度袴田に笑みを浮かべると「美優ちゃん、ちょっとおにいのこと借りるね」と言うと「ほら、さっさと行くぞ」と俺を自室へと連行していった。
※ ※ ※
さて、どうして俺はブチギレ咲に部屋まで連れてこられたのか……。
少なくとも咲にブチギレられるようなことしてねえよな……。もしかして昨日食ったプリン、咲が買ってきた物だったのか?
なんて思考を巡らせていると咲が俺の胸ぐらを掴んできた。
「なんで呼ばれたのかわかってるよね?」
こっわ……。
ドスの効いた声でそう尋ねられるもののさっぱり原因がわからない。
やっぱり昨日のプリンか?
ということで。
「プリンのことは済まなかった……てっきり母さんが買ってきた物だと思ってつい……」
素直に謝ると咲は「え?」みたいな顔をした。
ん? もしかして違ったのか?
そう思ったが直後、咲の顔は怒りに満ち始め胸ぐらを掴む手の力が強くなった。
「はあ? あれおにいが食ったのっ!? パパだと思ってボコボコにしちゃったじゃんっ!?」
いや、怖いって……。
小便を漏らしそうな恐怖に震えていた俺だったが「まあ、この際、そのことは水に流してやろう……」と許しを得た。
ということはプリンのことではなかったようだ。
「どうして私が怒ってるかわかる?」
「いえ、さっぱり……」
「はぁ……そういうところだよ。おにい……」
と、ブチギレモードから今度は呆れモードへと華麗な変身を遂げる咲。が、それでも掴んだ胸ぐらを離してはくれない。
「で、どうして怒ってんだよ……」
「決まってるじゃん。美優ちゃんのことだよ……」
「はあ? 袴田? 言っちゃなんだがお前にブチギレられるようなことは何にもしてないぞ」
「何もしてないから怒ってんのよ。あんなに可愛くて優しい女の子とを捕まえておいて、どうして何もしてないのよ」
ということらしい。なんだかわからんが咲には俺が袴田に何もしていないことが気に入らないようだ。
「言ってる意味がわからないんだけれど」
「なんでわからないのよ。おにいは美優ちゃんを見ていて何にも感じないの? あんなに優しくて可愛い女の子が献身的にお弁当を作ったりしてくれているのよ?」
「そりゃ弁当を作ってくれたことは嬉しいしお礼も言ったぞ」
「そういうことじゃないのっ!! そういうときは美優ちゃんをぎゅっと抱きしめて『ありがとな』って言うんだよ」
「いや、絶対それは間違えてるぞ咲……」
と、俺と咲の平行線は続く。どうやら咲はイライラがマックスに近づいているようで目を血走らせながら俺を睨んできた。
「なんで美優ちゃんがおにいのことが好きだと気づいてあげられないのよ……。おにい、これはもう鈍感なんてレベルじゃないよ」
「はあっ!? 袴田が俺を好き? いやいやそれはないない」
どうやらこいつは勘違いをしているようだ。
確かに傍から見ればそういう風に見えかねないのはわかるが、袴田は俺に恩義というか後ろめたさを感じているだけなのだ。
それは恋愛感情のようなものではなく、早く俺に対する負い目を払拭したいという感情である。
それを逆手にとって袴田に下心を抱くような男にだけは俺はなりたくない。
が、
「咲は知らないとは思うけれど、俺は訳あって袴田を助けたんだよ。大したことはしてないけれど、それで袴田は俺に負い目を感じているんだ。だから恋愛とかそういうのではないから」
「ああ、美優ちゃんを怪しいおばさんから助けたって話でしょ? 知ってるわよ」
知ってるんかい……。
いや、知ってるならばなおのこと。
「知ってるなら話は早い。袴田は俺に恩返しがしたいだけだ。もっとも俺はその必要はないって言い続けてるけどな」
少なくとも100回くらいは。
が、それでも咲は納得できないようだ。
「はぁ……私、バカな男って嫌い……」
「俺がバカなのと袴田の気持ちは関係ない」
「関係あるわよ。バカだから美優ちゃんの気持ちが理解できないんでしょ?」
「いや、だから恩返しだって――」
「違うわよ。恩返しだったらあんな目はしないよ。あの目は惚れている目よ。私、わかるもん……」
わかるもんってそんなことが中学生にわかってたまるか。
「これだけは断言しておく。袴田には俺なんかよりもふさわしい男がいる。しかも、そいつは俺よりも格好よくて性格も良くて包容力がある男だ」
「それって生田京介って奴のこと?」
「いや、なんで知ってんだよ……」
こいつの情報収集力はなんなんだよ……。
「美優ちゃんから聞いたから知ってるもん。美優ちゃんの話を聞く限り全然まともな男には見えないけれど? だって、クラスの女の子をはべらせてるんでしょ?」
「人聞きが悪いな。あれは単なるハーレムだ。あいつは全ての女の子を幸せにしようとしているんだ」
「なにそれ……怪しい宗教みたいでキモいんだけど……」
「キモくない」
少なくとも俺は誰よりもあいつの素晴らしさを知っているんだ。
袴田があいつのおかげで幸せになる姿を俺は前世で山ほど見てきたし。
咲は相変わらず俺を睨みつけていた。が、不意に「はぁ……」とため息をつくと俺から手を離して俺に背を向ける。
「おにいには何を言っても無駄みたい……。あ~あ美優ちゃんが可哀想……」
なんて言いながら咲は部屋から出て行ってしまった。
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